これからの『危機の時代の生き方』

産経新聞朝刊(7.2)の「コロナ・・・知は語る」で、作家の瀬名秀明氏は語っている。

瀬名氏は危機に備え、各分野の専門知識を結集し国の針路となる「総合知」を形成していく大切さを訴える。

〜『総合知』への夢は抱きつつも、一人ですべてを判断できるようなゼネラリストは存在しない。
危機に対処するためには『専門知』を集めて全体を見渡す視点がいる。科学や経済、政治、歴史、心理学といった多様な分野の専門家がお互いに敬意を抱きながら問題に向き合い、日本や世界を良い方向に導くストーリーを描き出す仕組みが求められる。

大切なのは前向きに希望を持って生きること。自分もプレーヤーとして『こうすれば勝てる』という気持ちで常に臨むことだ。

個人主義の現代、私たちは『自分さえ助かれば』という自己中心主義に陥りがちだ。だがパンデミックでは個人を超えた社会全体の意識が問われる。 危機の時代こそ、自分とは違う他者の心を想像し他人のためにできることをする『利他の精神』が求められる。
自己愛の限界を超え、その先を想像すること・・・。そんな人間らしい感情を一人ひとりが伸ばしていけば希望が見えてくるかもしれない〜

私が考える『これからの生き方』は間違ってはいないのだ。
信頼できる皆んなが協力し合って、大局的見地から『世のため人のために』と『利他の精神』で明るく楽しく夢に向かって邁進することが、これからの『危機の時代の生き方』なのだ。

小林 博重

ストレスなく、コロナウイルスと共存する。

ここのところ、東京ではコロナ感染者が100名を超える日が続いている。都道府県を越えた移動が緩和されたせいなのだろう、首都圏のみならず、その他の道府県も増えている。第二波の前触れなのか。

再度の緊急事態宣言はよっぽどのことがなければ発出されないだろうが、今こそ、ここは日本人の賢さを発揮する時ではないだろうか。

ウイルスと戦い、ウイルスを滅ぼすと考えることは人類の驕りでしかない。人類の誕生以来、人類はウイルスと共存して生きてきた。であるなら、如何に賢くウイルスと共存していくかを考えよう。

この新型コロナウイルスはここ半年で世界を席巻した。グローバル社会がその速さの原因だ。国境を超えた人の移動がコロナウイルスを世界に拡散した。そのスピードは想像を絶するものだ。 世界至るところに人が介したウイルスが潜んでいる。私の周りにも、私には見えないが、ウイルスはいる。

「3蜜はいけない。人との長い接触を避けよう」と言うのは、人はウイルスを持った悪と言うことではなく、ウイルスは人を介して人に伝わるということだ。決して人は悪ではない。私たちは、そのウイルスを自分の体内に入れないことに意を尽くすことだ。

それは至極簡単なことではないか。
それは、厚生労働省が言っている「新しい生活様式」を守ることで、コロナウイルスが体内に入ることを避けられる。
日々の経済活動を続けながら、「新しい生活様式」を守ることは、賢い人であればできることではないか。

今までの生活様式に戻ることを前提にするからストレスが溜まるのだ。ここは、発想の転換をすることだ。180度のコペルニクス転換をしてみたらいい。無理なくコロナウイルスと付き合っていくことができると思う。

おかげで、私の生活様式は今までとは様変わりになった。ちょっと人付き合いは悪くなったと思うが、私にはちょうどいいのかもしれない。

要は「何のために人は生きているのか」を考えながら生きることだ。人が生きている原点に立ち戻ることで、コロナウイルスと仲良く共存できるのではないかと思う。

小林 博重

長崎出張を堪能する。

朝8時に福岡空港傍のホテルを出発して長崎市に向かう。10時10分には長崎市内に到着。

長崎市の人口は40万人強。金沢市(46万人くらい)よりも少し少ない。市内に入ると市内電車が走っている。

11時の長崎県庁のアポまで時間があるので、稲佐山公園まで足を伸ばす。野外ステージはさだまさしがコンサートを開催するので有名だ。 稲佐山頂上にはロープウェイで登ることができる。そして、長崎市内が一望できる。ちらほら教会が見える。山腹には空くことのない家並だ。石畳の坂道。これがオランダ坂か。 海峡の街、函館と瓜二つ。教会、外人墓地、坂のある街、市内電車。稲佐山から見る夜景は、神戸、函館と並び、当に100万ドルなのだろう。異国情緒漂う街だ。

お昼は老舗中華料理店の「四海樓」で長崎ちゃんぽんと餃子を堪能した。長崎の老舗で食べるちゃんぽんはまた格別だ。

昼食後、四海樓から坂道を歩いて数分のところにある「大浦天主堂」と「グラバー園」を見学した。グラバー園には文化財としていろいろな建物が移設されている。グラバー邸は大修理の真っ最中だった。
観光客はまだまだ疎ら。長崎のような観光ビジネスで成り立っている街は回復するのにここ一年は大変だろう。観光は人の心を癒す行動だから、臥薪嘗胆すれば必ず回復するものだと思う。特に長崎のような日本屈指のメジャーな観光地は、いつの時代になっても廃れることはない。

長崎平和公園を見学して、佐世保のハウステンボスに向かう。長崎から佐世保は60数キロ。1時間強だ。大村湾沿いに大村湾の西の沿道を走る。
ハウステンボス内の「ウォーターマークホテル長崎・ハウステンボス」にチェックイン。ハウステンボス内で夕食を摂る。ハウステンボスは大村湾に面してオランダを真似た建物が並んでいる。まだまだ観光客は疎ら。ホテルの宿泊客も私たちのほか数組のようだ。

ふと、30年前、銀行の札幌支店に勤務していたおり融資をした帯広市幸福町の「グリュック王国」を思い出した。グリュック王国は「グリム童話と中世ドイツの街並み」をキャッチコピーとしたテーマパークだった。2007年に閉園したとか。夏休みに、道北に家族旅行したことを懐かしく思い出した。

地方活性化、地方創生は昔から叫ばれている。人口減少時代になって東京一極集中も進みこそすれ、その流れは明治維新以降150年以上続いている。
コロナはその流れを止める役割を果たすのか。少なくとも、コロナ禍を切っ掛けに地方を見直すことをすべきだろう。それは、昨日の東京でのコロナ感染者が100名を超えたことでも言える。 「禍いを転じて福となす」のだ。

今日はハウステンボスほか、佐世保市を視察して、夜に福岡から東京に帰る。来週は、月曜日から水曜日まで金沢・七尾・小松の出張だ。この土日は、ウォーキングで汗を流し、出張の疲れを癒して、石川県出張に備えようと思う。

小林 博重

夜のハウステンボス

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長崎平和公園

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四海樓、大浦天主堂、グラバー園から見る長崎市内

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長崎県庁屋上から長崎市内を見る。

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長崎・稲佐山公園(2020.7.2)

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一泊二日の長崎・佐世保の小旅行

今日は福岡から長崎に向かう。OUEN塾の学生リーダー統括の江崎君(福岡工業大学)が福岡空港傍のホテルまで、大石さんと私を迎えにきてくれる。3人の凸凹トリオで、今日明日の一泊二日の長崎小旅行だ。

2時間半を掛けて、長崎県庁を訪問。打ち合わせを終えて、長崎市内の観光だ。生まれて初めての長崎、楽しみだ。

長崎は異国情緒豊かな国際都市のイメージがある。また、ただ二つの原爆の被災地だ。
長崎の出島、大浦天主堂、グラバー邸は江戸時代。幕末は、坂本龍馬の亀山社中。昭和では、軍艦島と長崎原爆。戦後は長崎平和公園、長崎原爆資料館。
歌謡曲では藤山一郎の「長崎の鐘」、春日八郎の「長崎の女」、クールファイブの「長崎は今日も雨だった」。長崎には雨が似合うのだろうか。「西海ブルース」も聞いたことがある。
その他、オランダ坂や眼鏡橋等々。長崎は日本屈指の観光の町だ。半日で観るところは限られるが、この小旅行は単なる観光ではない。しっかりと長崎をインプットしたいと思う。

そして宿泊は、長崎県二番目の都市である佐世保だ。ハウステンボスに隣接する大村湾を一望できるホテルに泊まる。

ネットで「琵琶湖と大村湾、どちらがどれだけ大きい?」と検索したところ、同じ質問があったのだろうか。すぐ検索できた。

「琵琶湖のほうが約2倍大きいです。大村湾の面積が321㎢、琵琶湖の面積が670.4㎢です」とのこと。へぇ、そうなんだ。

佐世保は、軍港とハウステンボスとジャパネット本社所在地しかイメージがない。佐世保は、長崎に匹敵する観光地に変貌するのだろうか。イメージを膨らませたい。

小林 博重

主体的な学生リーダーたち

昨夜は、OUEN塾最終日の2月14日に天神のホテルに宿泊して以来、コロナ禍でご無沙汰していた、4ヶ月半ぶりの福岡の夜だった。

夕食を終えて、20時から福岡リーダーとZoom MTGだ。同じく、金沢リーダーも21時からZoom MTGだった。福岡MTGが終わらなかったので、私は金沢には参加できなかったが、大石さんはラインで金沢に参加した。これもコロナ禍のおかげか。コロナ禍が今まで考えもしなかったオンラインMTGをこれからの当たり前にしてくれた。

これはオンラインMTGに限らない。全てはコロナが背中を押してくれて「新しい日常」を当たり前にしてくれた。私のようなIT音痴な人間でも若者の力を借りて、令和維新に付いていくことができる。持つべきものは、信頼できる若い力だ。

福岡は、第4回OUEN塾は令和4年2月に延期せざるを得なかったが、それまでの1年半にオンラインで企業とのコンタクトを取る。それを「第3.5回OUEN塾」とリーダーたちは称している。

リアルなオンラインでの学生たちと企業との交流か、学生リーダーたちがOUEN塾や企業紹介の動画を作ってYouTubeやアプリで学生たちに紹介するのか。みんなで話しあった結果、後者で取り組むことになった。

今回のZoom MTGは2〜3年生でのMTGで、4年生はオブザーバーとして声を出さずにMTGを聞いているだけにしたとか。みんなの意見でそうなったのだとか。
私は「何で4年生が顔を出さないのか」と質問したが、そんな理由だった。それもいい。4年生はアドバイザー的立ち位置のリーダーになっている。毎年新たになる学生リーダー組織のあり方は学生たちで決めるのがいいのだ。それをOUEN事務局であるOUEN Japanはバックアップするのが、これからのOUEN塾だろう。 金沢も同様な意見だったようだ。金沢はそれを第0回OUEN塾と称している。
福岡と金沢、図らずも同意見だ。企業とのオンラインの交流は、それがきっとベストなのだろう。

学生リーダーたちは成長する。今までは、OUEN事務局が手取り足取りしなければ動かなかったが、コロナは学生リーダーたちの主体性を引き出した。

災い転じて福となす

世の中は上手くしたものだ。

小林 博重