人生二毛作ということ

11月半ばになり、今年もあと1か月半。一年はあっという間だ。私も67歳になった。人生100年時代は人生二毛作の時代ともいえる(二期作ではなく二毛作というところがミソ。一生とは違う人生を生きることだ)。

信長は敦盛で「人生50年」と謳った。人生100年時代は信長の時代の2倍。私は67歳だから、二生の17歳。論語でいうところの志学(15歳)+2歳。漸く学に志す歳を過ぎたところで、而立=自立には程遠い。これからの二生は、一生の経験を活かして、コストパフォーマンスを高めて生きることだ。

今週、みずほ信託銀行新宿支店長の伊藤信明さんが私の青山の事務所にいらした。平成3年入社。私の最後の採用だ。今では支店長。50の坂を超えたのだとか。採用は平成2年だったから、あれから30年近く経った。会ったのはその時以来だろう。伊藤さんは「小林さん、変わっていないですね」と。

気持ちは変わらない。私は大学時代から何も変わっていない。少し精神は成長したとは思うが、本質は全く変わっていないと思う。青春真っ只中だ。それはOUEN Japanで若い学生さんたちとフランクに交流しているからだろう。しかし、身体の中身は年相応だ。至るところガタが来ている。それは明確に実感するようになった。 死は避けたいが、生あるものは必ず死ぬ。これは絶対的真理だ。
老化していくことを自覚するから、素直に死を受け入れられるようになるのだろう。人間は歳を取ると誰でも哲学者になる。

OUEN塾は私にとって、若返りの特効薬であり、そのお礼として学生さんに恩返しをしたいというのが、私にとってのOUEN Japanを続けていく意味でもある。

小林 博重

人の集まりで人生を楽しく有意義に過ごす。

昨日現在、OUEN望年会の出席者は174名。上限は220名だが、200名を超えるまで持っていきたい。あと26名だ。
一方、七朋会(国立七大学応援団OBOG有志の会)は、72名だ。もう少し増えるかもしれない。

秋から年末年始は、いろいろな会が催される季節だ。歳を取ると、人によってはあまり人に会いたくない、特に旧知の仲間の集まりなら出席するが「見知らぬ人と接するのはどうも」という人もいる。
私が最近感じるのは「東大同窓生の場合は、同期で偉くなった人に会うのは自分が惨めになるから、そのような会には出たくない」という人が意外と多い。社会的に偉くなることが価値があるという一面的な価値観に凝り固まって、人の価値は人生何を成し遂げたか、人の役に立った人生か、という人生観を持ち合わせていない。素直ではないのだ。それだと人生の後半戦は敗者になってしまうのではないか。
私などは人と接することが人生を豊かにすると思っており「人のために尽くすことが価値ある人生だ」という価値観を持っているので、私の人生後半戦は実に楽しいものになっている。

先週の金曜日11月8日に私は67歳になった。あと33年間、現役で頑張りたいと思う。
本日、日欧フーズの安藤裕美さんから、16日に私の誕生日祝いをしたいと連絡があった。崔さんと水谷歩さんもご一緒だとか。妻にも声を掛けてくださった。 安藤さんは次女、崔さんは長女、水谷さんは妹のような存在だ。家族が集まって楽しいディナーをいただくというところか。ありがたい。

今朝、日曜日のウォーキングのおり、新宿の東急ハンズで買い求めた「2020年Diary」に来年前半戦のアバウトなスケジュールを固めた。福岡・北九州と金沢・加賀・能登には毎月出張する。加えて、東京にいる週には関西にも出張することがある。すなわち、月の約半分は出張していることになる。半年タームのスケジュールは不可欠だ。ボランティアとビジネスのバランス、一層の一体不可分の推進を図っていきたい。

小林 博重

能登⇄関空の就航で「能登の地域活性化」に貢献する。

私はLCCのジェイ・キャスの顧問をしている。専ら能登空港と関西空港を結ぶ航空路線を就航する営業を仰せつかっている。

趣意書-新規航空会社「シティ・エアー(仮)」設立プロジェクトについて-から

私共は現状の国内航空路線が羽田を中心に展開されており、関西・中部地域と北陸・山陰地域を結ぶ航空路線網は不十分であり、その充実は地方創生および観光立国のためには必須のインフラであると認識しております。特に北陸地方から関西・中部方面に移動するための手段はJRまたはバスに限られており、北陸地域や山陰地域と関西・中部地域は近くにありながら時間的には遠く、『経済活動をより迅速・活発化させる航空路線の空白』は経済活動ちとっても活性化を妨げる要因となっているものと思料します。 このためこれらの地域を結ぶ新たな航空路線網を構築し、地域間の移動時間を短縮するのみならず、人・者・情報の流れをより活発にすることが必要であると考えております。

また新たな航空路線の開設は、関西・中部空港を利用するインバウンド旅客の地域への誘引のみならず、地元企業の経済活動においても、関西・中部空港を利用した国内各地および東南アジア 方面への利便性向上に寄与できると考えます。

北陸新幹線が開業して3年が経つが、その恩恵に預かっているのは、独り金沢のみと言っても過言ではない。
同じ石川県とは言っても、金沢を除く加賀や能登はさほど入り込み数は増加していない。興能信用金庫の理事が仰るには、NHK朝ドラ「まれ」が終了して大幅に減少しているのだとか。 能登地方は能登の入り口である七尾市を中心とした「口能登」と、輪島市、珠洲市、奥能登町、穴水町の二市二町の「奥能登」がある。
口能登はJR七尾線があり、和倉温泉までは特急列車が走っているが、奥能登は第3セクターの「のと鉄道」が七尾⇄穴水間を繋いでいるのみで、輪島や珠洲はバス便のみだ。能登空港の活性化を一番願っているのは七尾市以上に「奥能登」なのだ。

能登空港は現在は、ANAが能登⇄羽田間を1日2便就航している。搭乗率は70%を超えている。首都圏とは近いが、関西や中部とは依然として時間距離は遠いものがある。
アジアとの就航については、羽田は14都市だが、関空は64都市だ。能登へインバウンド旅客を呼び込むためには、関空と能登空港の就航が不可欠なのではないだろうか。そのことは、興能信用金庫の田代理事とお話しして強く思った。やはり、ジェイ・キャスで能登⇄関空の就航は、能登、特に奥能登の地域活性化には不可欠だ。

ジェイ・キャス白根社長は、「能登⇄関空が就航した暁には、小林さんは能登支店長になってほしい」のだと。
支店長になれば、今までのような月1〜2日の訪問というわけにはいかない。その点の問題があるが、ジェイ・キャスとOUEN塾を通じて「能登の地域活性化」の一助となりたいと思う。

小林 博重

香箱蟹を堪能する。

一昨日の11月6日はズワイガニの解禁日だった。金沢でも初水揚げのズワイガニが競にかけられ、一ぱい30万円だったとか。金沢の老舗料亭「金城楼」が競り落としたらしい。一ぱい30万円とはとんでもないと思うが「加能蟹」をブランド化する第一歩だ。
福井の「越前蟹」や鳥取の「松葉蟹」の初競はその10倍の300万円だとか。金沢は文化の面では北陸随一だが、こと「ズワイガニのブランド化」では、福井や鳥取の後塵を拝している。

今日は私の67歳の誕生日。昨夜は、独りで66歳の最後の一日を過ごすのかと思いきや、LNSジャパンの戸田社長に、私の定宿のそばにある寿司居酒屋「だいだい」でご馳走になった。この店は戸田社長の知人の娘さんが若女将として経営している。日本海の新鮮な海産物を手頃な値段で食べさせてくれる。私も何度かお邪魔したお店だ。 何をお出ししましょうかと若女将。もちろん、ズワイガニの雌である金沢で言うところの大好物の「香箱蟹(コウバコガニ)」だ。その美味に舌鼓を打った。

戸田社長とはお知り合いになって一年も経たない。日本生命の中川さんのご紹介だ。それが、OUEN塾を石川県で開催したいということで、月に4日は金沢出張するのならと中川さんは私に戸田社長を紹介してくださった。 LNSジャパンはOUEN塾にも協賛いただき、戸田社長の個人的なお手伝いもするようになった。
当に、“友達の友達は皆友達”であり、"袖触れ合う縁をも生かす"とはこういうことだ。

今日はジェイキャスの白根社長と同行する。関西空港⇄能登空港の航路開業のプレゼンだ。付け足しでOUEN塾のアピールもしよう。

レンタカーで3時間かけて、奥能登の宇出津にある興能信用金庫を訪問。金沢にとんぼ返りして、谷本石川県知事を訪問。そのあと、NHKの取材を受ける。

今日はいい誕生日になりそうな予感がする。

小林 博重

OUEN塾協賛企業のビジネスサポート

[OUEN塾in金沢/石川]はほぼ協賛企業が固まり、これからは学生リーダーの組成と参加学生の募集にウェイトをかける。OUEN塾は学生主体のイベントであり、東京・福岡・北九州の学生リーダーのサポートを得て、成功裏に持っていきたい。 これから私がウェイトを掛けるのは、協賛企業に対してどんなサポートができるかだ。
もちろん、OUEN塾に絡む人財の採用サポートが第一だが、加えてMapのビジネスマッチング、ビジネスコラボレーションサポートをすることだ。首都圏や福岡県の企業と石川県の企業のビジネスコラボレーションサポートをしていきたい。

その萌芽はぼちぼち現れてきている。OUEN望年会がそれを一歩も二歩も進める役割を果たす。
やはりトップとの本音で話すことができる人間関係を構築することだ。そうすれば価値ある情報が入ってくる。ビジネスとは騙し合いではなく、信頼関係を構築することだ。ウィンウィンの関係がビジネスを長続きさせると思う。

OUEN塾の成功とMapのビジネスサポートによって、ふるさと石川県の発展に貢献したいと強く思う。

小林 博重

ふるさとの訛りなつかし

OUEN望年会の出席者数が150名を超えた。上限は220名だ。200名を超える出席者を目標にする。
締切は今月末。20日余りで、あと50〜60名だ。

昨日は能登空港(輪島市の山中)に降り立ち、ふるさとタクシー(予約制のマイクロバス)で、和倉温泉まで約1時間。空港は能登半島の真ん中少し北部。観光客は輪島、七尾、珠洲へも行くので、立地的にはちょうどいいのだろう。それにしても1時間とはちょっと遠い。能登は広いということか。

加賀屋さん、のと信金さん、御祓川さんで打ち合わせをして、七尾から金沢行きの鈍行列車に乗る。鈍行で単線なので、1時間半は掛かる。

私が生まれた中能登町の能登部駅を通過する。まだ、ここに先祖代々の墓があるんだ、私は棺を覆った時どこの墓に入るのだろうと考える。 どこでもいい。その時は生きていないのだからとも思うが魂は永遠なのだから、そんなわけにもいかないのか。
私自身は散骨でも樹木葬でも何でもいいと思う。先祖代々の墓に入らなければならないとも思わない。全くもって何の拘りもないのだ。10年後になればもう少し真剣に考えるかもしれない。

定宿の金沢片町の「風と翼」にチェックインして、すぐそばの小料理屋「富来」で美味美食に浸る。ご主人は能登の富来出身、女将さんは金沢の人だ。ここに来ると、石川啄木の詩を思い出す。

ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみのなかにそを聴きにいく

この停車場は東京の上野駅だ。東京にいた啄木(岩手県出身)は、ふるさとを懐かしくなると、東北本線の終着駅である上野駅に来て、人ごみの中で「東北訛り」を聴くのだ。

私は石川県を離れて約半世紀。能登弁や金沢弁は聴き分けることができても自分は話さない(人は北陸弁と思っているかもしれないが)。 石川県の土着の人が話す言葉は、当に能登弁であり金沢弁だ。私にとっては実に懐かしい言葉だ。そんな言葉を聴きに飲みに行くのだ。

今日は金沢と小松の企業を訪問する。
[OUEN塾in金沢/石川]はほぼ協賛企業が固まり、これからは学生リーダーの組成と参加学生の募集だ。
12月にも1月にも石川県に出張することになるだろう。

11月は行きも帰りも飛行機だが、12月からは開通した北陸新幹線を利用することになるだろう。
それにしても、2週間程度で9割方、北陸新幹線が開通できるとは、日本は素晴らしい国であり、日本人は素晴らしい国民だと改めて思う。

小林 博重

能登へ、空からの凱旋

今朝の冷え込みで、今までご用がなかったネクタイのお出ましだ。半年振りにネクタイを締めた。漸く冬の到来間近と実感する。

今日はふるさと能登への初めての空からの帰省だ。既に自宅はないが、やはり生まれ故郷だ。「帰省」が相応しい。
昨夕は7時過ぎに床に就いたこともあり、真夜中1時に目が覚めた。寝つかれないので、3時前に事務所に出向いた。準備万端と思いきや、やはり再度のチェックでトランクに入れ忘れたものがある。
この歳になると、有意注意の必要性を感じる。若い頃は無意注意で事足りたが、歳を取ると、意識をして事をなさないと思いもよらない失策をすることになりかねない。まして、私は一匹狼であるから、秘書というありがたいサポーターはいないのだ。有意注意を心掛けたいと思う。

事務所で朝のNHKラジオを聴きながら出かける準備をする。まだ時間があるので昨日買った書籍を読む。
羽田発8:55なので充分時間の余裕があるが、ぼちぼちと5時半に事務所を出る。
地下鉄で座ると睡眠不足でついうとうとして新橋で降りるのを寝過ごし、日本橋で降りるが、京急は日本橋も通るので、日本橋から羽田空港で急行に乗り、7時過ぎに朝食を摂る。レストランは中心部にしかない。能登行きの搭乗口は67B。羽田空港の端っこだ。LCCではないのでいい料金だ。一日2往復で搭乗率は70%を超えているという。日本の過疎地の先頭を走っている能登がそれだけ魅力なのか。主に観光客なのか。兎に角、魅力がある地域ではあるようだ。

OUEN塾の目的は、大学生や留学生と地元企業を繋げることで、それが近い将来、就職に繋がり、延いては地域活性化に貢献することだ。 LCCも同様。これから、能登の地域活性化に本格的に関わっていきたい。

小林 博重

爽やかな秋晴れに思う。

昨日は久しぶりの爽やかな秋の一日だった。当にウォーキング日和だ。コースは、外苑前→赤坂見附→虎ノ門→日比谷→丸の内。オアゾの丸善で本2冊と、即位の礼のおり、招待客に配布されたという「東京の中心部の地図(1/10,000縮尺)」を買った。事務所で貼ろうと思う。 丸の内線で東京から四谷三丁目まで乗り、丸正で夕食のおかずを買う。ちょっと買いすぎて、歩いて帰るのも辛く、地下鉄で外苑前まで帰る。 昨日の歩数は15,000歩強。いい運動だ。

①11月30日の七朋会(70人規模)
②12月19日のOUEN望年会(200人規模)
③12月27日の大学クラスの同期会(15人規模)

すべて私が幹事をしている(もちろん、その他にも、年末はいろいろ飲み会がある)。その連絡に漏れがないか、歩きながら考える。親しい人が参加すると、私も参加しようかという気にもなるだろうとか。一人ひとりを思い浮かべて、頭を巡らす。これも人脈を拡げたり深めたりする秘訣だ。早速、事務所に戻ってメールを発信する。これが10月半ばから11月末までの1か月半の定例行事だ。

今日から金曜日まで、3泊4日の石川県出張だ。いつもは北陸新幹線を利用するが、11月は台風の被害があったこと、今日は一日、七尾の企業回りということもあり、初めて羽田→能登便に搭乗する。約1時間弱。

明日は小松、明後日は金沢、4日目もまた能登。最後は谷本知事を訪問する。
OUEN塾と関西空港⇄能登空港の航路開業だ。特に能登は能登総体での能登地方の活性化を目指す。
有意義な出張にしたいと思う。

小林 博重

『人間の芯』(曽野綾子著)を読み始める。

『人間の芯』(曽野綾子著/青志社)をAmazonで買い求めた。私は彼女の著書(エッセー)を稲盛和夫さん同様、好んで読む。 それは、彼女の人間哲学にほぼ共感するからだ。私の生き方が間違っていないと再確認できるからだ。
彼女はクリスチャンであり、その思想は宗教的だ。私は仏や神を信じている者ではあるが、仏教や神道の徒とは恥ずかしくても名乗ることはできないほどの無宗教的な人間だ。宗教ではないが、心から信奉しているのは、稲盛和夫さんであり、それは稲盛教と言えるのかもしれない。

この本の帯に「なぜ、かくも日本人の『芯』がここまでひ弱になったのか・・・精神の豊かさを問い直す至高の『幸福論』」とある。

「利害を離れて人のために働けるか」
動物と人間とはどこが違うか、というと、動物は自分が得になることしかしない。自分の欲望に従って生きる。犬橇に繋がれる犬は夢中で橇を引くが、実は引きたくはないので、人間が鞭を振るって無理やり引かせているだけのことである。
しかし、人間には、自分が、得になることしかしないような人間だとは思われたくない、という気持ちがどこかにあるはずである。いや、あるはずであった、と過去形で言ったほうがいいかもしれない。 今はそうでない知識人や若者や政治家がたくさんいるからだ。
人間になるためには、利害を離れて、人のために働くことのできる存在にならなければならない。損になることのできる人にならなければならない。それが人間の資格だからだ。そしてそれは、不思議な見返りを伴っている。人の役に立つということは、金銭的・時間的・労力的な面だけで計算すれ、損をすることになるかもしれないが、、精神的には、それを補って余りある充足感が残るのが普通である。

私も今は、OUEN Japan に精を出しているのだ。

小林 博重

「ふたりの最期の七日間」を視聴する。

昨日(11月2日)、NHK番組の「首都圏情報 ネタドリ!」で、『ふたりの最期の七日間~ある夫婦の愛の詩』を視聴した。

70代の男性が新聞に投書した一編の詩「七日間」。ガンで亡くなった妻が、生前「神様お願い この病室から抜け出して 七日間の元気な時間をください」と夫に残したものだった。

昨年、投書欄に掲載されると瞬く間にSNS上で拡散し、大きな反響を呼んだ。無名の一般男性が寄せた詩は書籍化され、歌になるなど、今も共感の輪が広がっているそうな。

その歌詞は下記のようだ。

題:妻が願った最期の「七日間」

一日目には 台所に立つの
好きな料理を残らず並べてあげたい
二日目には ミシンを踏もう
心残りはおいていかない

三日目には 片付けをする
愛した古布(こふ)と紅絹(もみ) 
貰い手を決めなくちゃ
四日目には ドライブしたいわ
なつかしい景色が きっと新しい

五日目には パーティをひらく
家族の誕生日 一年分まとめて
六日目には 女子会をするの
薹(とう)の立ったガールズトーク
お酒も飲むんだ

七日間の自由を 私にください
神さま 最期に七日間だけ
普通の幸せしか望まないのに それがいちばん難しいのね

七日目には あなたとふたりきり
こころ満ち足りて 私は旅に出る
また会えるその いつかのため
あなたの指に指を そっとつないで

男性は、私より5歳歳上だ。家庭や妻を大切にしている、誠実そのものの優しい男性。妻は、夫を心からサポートする、当に良妻賢母の女性のようだ。

私自身のことを考える。結婚してずっと私の想い通りに生きてきた。

銀行を辞めて転職したこと。
会社を立ち上げたこと。
NPOを設立して仕事の半分をボランティアに精出していること。

私を知る人たちは、「よくやっているな」という。それは私がライフワークとしてボランティアをしていることではなく、妻が、私の好き放題をすることを快く許していることに対してだ。
私が妻の掌の上で踊っていること、妻が私を踊らせていることに対して、「偉いもんだ」ということらしい。
私もありがたいと思っている。

それが、件の男性のように、妻に想ってもらうことができるかどうか。どうも心許ない。
しかし、ここまできたのだから、もうどうしようもない。このまま突き進むしかない。

あと33年。100歳現役を全うして、NPO OUEN Japan を後世に引き継ぎたいと思っている。

小林 博重