10月の北九州・福岡 出張

今日から金曜日まで、2泊3日の北九州・福岡出張だ。
今日は、9:15羽田発〜10:55北九州着のスターフライヤーに搭乗する。
北九州市産業経済局の杉本課長のご配慮で、北九州空港には市の車が迎えに来てくださっている。ありがたいことだ。北九州市活性化のために全力を尽くそうと思う。

本日は、北九州市との打ち合わせは、OUEN塾のご報告と障碍者雇用のヒアリングだ。
OUEN塾のこれからのあり方をご報告して、これからも側面支援をしていただきたい。
また、障碍者雇用については、地元の障碍者の人たちの求職の支援になるスキームを北九州市で作りたいと思う。そのために市がどのようにお考えかヒアリングして、そのニーズに応えたいと思っている。OUEN Japanは学生(日本人大学生および来日留学生)の応援団だが、人財育成の観点で弱い立場の障碍者に対しても支援していきたいとも考えている。その第一歩をOUEN塾でお世話になっている北九州市と福岡市でスタートしたいと思う。

いつもは7時過ぎの福岡行きのフライトだが、今日は北九州なので、2時間遅い。
しかし、出張の日はやはり多少は緊張しているのか、3時過ぎには目が覚める。いつものように事務所に出掛けて、出張の準備が万全かどうかチェックする。
東京に戻るのが25日の夜だ。25日の支払いは間に合わないことに気がついて、インターネットバンキングで数件の振込をした。クワバラクワバラ。痛風と高血圧の薬、2種類の健康食品をバッグに入れて準備万端。今日はたっぷり余裕がある。
少し早いが、5時半過ぎの地下鉄に乗る。6時半には羽田空港に着く。9時15分のフライトには充分過ぎるほどの時間がある。新聞を読んでもいい。ボーっとしていてはチコちゃんに叱られる。

北九州市の後、北九州市の協賛企業を1社訪問して、博多駅傍のホテルにチェックインする。
6時から、福岡の学生リーダー(リーダーのリーダー)2人と打ち合わせだ。第3回OUEN塾への私の想いを伝えておきたい。OUEN望年会のこともある。その他諸々、考えていることを話しておきたい。

小林 博重

OUEN塾の目指すところ

企業にOUEN塾の協賛勧誘をして感じるのは、OUEN塾のコンセプトと企業のニーズや考え方が合わない企業は、結局のところ、OUEN塾の協賛から降りてしまうということだ。 当初は、人間関係から協賛してあげるという姿勢で協賛いただいても、担当の人が替わったことを機会に協賛企業から降りてしまう。 いろいろな理由をお話しになるが、その本音を私はよく分かるので、「今までありがとうございました」とお礼を申し上げ、それ以上お願いしないことにしている。

OUEN塾の目的は、「地域活性化と国際交流」であり、「B to B企業や、学生があまり知らないが、これから成長発展するだろうと思われる企業、ベンチャービジネス」を学生に紹介したいからだ。それが地域活性化につながる。 学生が、企業名をよく知っている企業は、OUEN塾には触手が動かないだろう。

OUEN塾が目指すところは、ニッチトップなビジネススタイルであり、それをブラッシュアップすることだ。そのため、アナログの核を死守しながら、デジタルのスキルを融合して、アナログとデジタルをそれぞれブラッシュアップすることだ。

漸く、目指すところが明確になってきた。
OUEN望年会には、そこのところをご出席いただく皆さんにアピールしたいと思う。

小林 博重

能登⇄関空の就航計画が北國新聞に掲載される。

本日の北國新聞朝刊一面に「能登⇄関西の就航検討 21年秋、70〜80席の小型機」の記事が掲載された。私が顧問をしているLCCジェイ・キャスの記事だ。同日、富山新聞でも一面で「富山⇄関空 新たに計画 ジェイ・キャス 小型機1日4往復」の記事だ。

私は関空と能登の就航推進の顧問だが、富山は竹原工務店の竹原社長をはじめとした何人かの顧問が関わっている。

[OUEN塾in金沢/石川]においても、金沢や加賀に加えて、私の生まれ故郷である能登(七尾)の活性化の一助を考えている。おかげさまで七尾市の主力企業は数社がOUEN塾に協賛していただくことになった。OUEN塾と能登⇄関空の就航によって、能登を活性化するベースを作ることは夢物語ではない。一歩一歩の地道な積み重ねで、具体化に向けて邁進していくスタートに立ったと思う。 11月8日は私の67歳の誕生日だ。その日に谷本石川県知事とお会いして、[OUEN塾in金沢/石川]とジェイ・キャスの能登⇄関空の就航計画をお話しする予定だ。 まだまだ山坂があるが、着実に進んでいる。頑張りたいと思う。

小林 博重

ラグビー日本代表チームに学ぶ。

ラグビーワールドカップで、史上初となるベスト8の成績を残した日本代表チームに、優れた文化活動に携わった個人や団体に贈られる「菊池寛賞」が贈られることになりました。

ラグビー日本代表のベスト8入りの活躍を受けて、日本文学振興会は、優れた文化活動に携わった個人や団体に贈られる「菊池寛賞」を、ラグビー日本代表チームに贈ることを決めました。

受賞の理由について、日本文学振興会は「さまざまな国から来た選手たちが『ONE TEAM』となり、強豪国を破る姿は、日本中に勇気を与えた」としています。

ことしの菊池寛賞は、小説家の浅田次郎さんやNHKの幼児番組「おかあさんといっしょ」など4つの個人と団体に贈られることが、今月18日に発表されていましたが、ラグビー日本代表がすべての試合日程を終えたのに合わせて、追加で発表したということです。

菊池寛賞の贈呈式は、12月上旬に東京都内で行われます。

ラグビー日本代表は、ワールドカップ日本大会で1次リーグを4戦全勝で突破し、20日夜、準々決勝で強豪・南アフリカに敗れたものの、史上初となるワールドカップ、ベスト8入りを果たしました。 NHKニュース(10月21日16時26分)

受賞理由がいい。『ONE TEAM』は、21世紀の日本のあるべき姿を表している。当に昨今言うところの『ダイバーシティ』ではないか。日本文学振興会はなかなか粋なことをやるもんだと思う。

このチームが日本代表か?と言う人もいるが、昔日の日本は「神国日本」。純血主義を死守するのが日本だった。当に「大和魂」だ。しかし、今はどうだ。このラグビー日本代表チームのメンバーが全員、試合前に「君が代」を歌い、感涙を流す選手もいる。

彼らは、「君が代」の精神を学ぼうとして、「さざれ石」を全員で見学したのだとか。
日本の国歌「君が代」の歌詞のさざれ石(細石)は文字通り、小石の意であり、それらの小石が巌(いわお)となり、さらにその上に苔が生えるまでの非常に長い歳月の間、君が代が続く。 また、その「さざれ石」は日本人ではないか。いや、日本人とは限るまい。同じ日本人の精神を持った一人の人間なのではないのか。
その様々な人生を経た人間が集まり、同じ想いを持って同じ目的に向かい、邁進し続けていくことで、勝利を収めるのではないか。当に『ONE TEAM』であり『ダイバーシティ』だ。それを具現化したのが日本代表ラグビーチームだと思う。

OUEN Japanも、そのような人間形成のNPOを目指していきたいと思う。

小林 博重

ウォーキングの効用

10月中旬になって漸く秋めいてきたが、昨日は地下鉄では冷房が入っていた。東京ビッグサイトの帰り、ゆりかもめで新橋まで来て、新橋から外苑前まで約4.5㎞をウォーキングをした。早足だと汗ばむ。

ウォーキングはいろいろと考えを巡らせるにはちょうどいい運動だ。ジョギングではそんなことは考えも及ばない。年齢と健康を考えるとウォーキングはベストな運動だと思う。

『人のために働く』ことを考える。
ベンジャミン・フランクリンは言っている。
「私が自分だけのために働いているときは、自分だけしか私のために働かなかった。しかし、私が人のために働くようになってからは、人も私のために働いてくれた」 その通りだ。私はこのことを日々実感している。何事も自分で体験しないと腹にストンと落ちないものだ。

自分のせっかちを時折反省する。せっかちはいいこともあるが、対人との関係ではあまりよろしくない。間々、人間関係を悪くしてしまう。 松下幸之助さんの言葉を肝に銘じる。
「叱るときに大事なことは、失敗した部下を叱るときも感謝の気持ちを忘れたらいかんということや。
日頃はよくやってくれている。ありがとう。しかしこれは、気をつけんといかん、ということやな。
とにかく、まず、感謝の気持ちを持って叱らなければならん。まぁ、心の中で、手を合わせながら叱る。
こういう心掛けで叱らんといかんよ」
私には部下はいないが、大勢の歳下の仲間の皆さんがいる。親しくなると、部下と思って、つい厳しい叱責をしてしまうことがある。部下でもないのにと思うが、何をやっているんだと思うからだ。 そんなとき、私はその人に感謝の心を持って言葉を発しているだろうか。感情に任せて叱責していないだろうか。松下幸之助さんの言葉を思い起こそう。

本田宗一郎さんは『経営と哲学』について、こう述べている。
「哲学のない人は、経営をやることができない。理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」
これは経営者のみならず、全ての生きとし生ける人間に当てはまることだ。経営は人生であり、人生は「人間の経営」だ。哲学を持って生きることは、幸せな人生を生きることでもある。

稲盛和夫さんは『仕事を好きになれ』と仰っている。
「仕事をやり遂げるためには大変なエネルギーが必要です。そして、そのエネルギーは、自分自身を励まし、燃え上がらせることで起こってくるのです。そこで、自分が燃える一番よい方法は、仕事を好きになることです。どんな仕事であっても、それに全力を打ち込んでやり遂げれば、大きな達成感と自信が生まれ、また次の目標へ挑戦する意欲が生まれてきます。その繰り返しの中で、さらに仕事が好きになります。そうなればどんな努力も苦にならなくなり、素晴らしい成果を挙げることができるのです。こうした心境にまで高まって初めて本当に素晴らしい仕事を成し遂げることができるのです」

当に、心身の健康のために、ウォーキングを継続したいと思う。

小林 博重

アナログとデジタルの融合がビジネスやボランティアを拡 げる。

北陸新幹線の金沢⇄東京間が10月25日に再開される。本数は約8割になるようだが、毎月石川県に出張している身にとってはありがたいことだ。 11月はどうなるか分からなかったため、行きは羽田⇨能登、帰りは小松⇨羽田の便(ANA)を予約した。
関空と能登の航路を開業を目指しているJ.casの顧問をしている私としては、一度はのと里山空港に降り立っておきたいという思いがあったので、ちょうど今回の羽田⇨能登へのフライトはいい機会だ。 のと里山空港は輪島にあり、七尾までは「里山タクシー」と称する乗合バスがある。七尾まで1時間弱。9:50に到着するので11時に加賀屋訪問はなんとか間に合う。

OUEN塾では、能登の地域活性化をテーマにしたいと思っている。参加学生には「どうしたら能登が元気になるか」を企業訪問前に考えてきて、能登の経営者の皆さんとのディスカスすることを考えている。

福岡市は日本一元気な都市だ。金沢市も北陸新幹線開業を機に、北陸地方で別格の県庁所在地になった。福岡市や金沢市の地域活性化はその元気さに乗って、こちらが元気をもらうことでもある。
しかし、能登は里山里海で魅力がある地方だが、なかなか住むには難儀なところらしい。若者がどんどん減少し、石川県の4割の面積を有しているにも関わらず、人口は20万人に満たない。どうして元気にするか。私のふるさとでもあり、私のライフワークにしたいと思っている。 同じく、北九州市は昭和38年に5市合併して日本で最初の政令指定都市だが、人口は当初から10万人以上減少して現在は95万人を割っている。 高度成長期には北九州工業地帯で名を馳せた代表的な工業都市だ。
如何にしてアウフヘーベンして北九州市を活性化するか。私に何ができるか。これも私の大きなテーマだ。

アナログではこの両県にしか関われないが、デジタルの力を加えて、その他の地域にも貢献したいものだ。

小林 博重

絶えず、自分の人生の原点を思い起こす。

早暁に目覚めて眠られなかったので、スマホのアプリで「昭和歌謡」を聴きながら二度寝をした。その歌の真っ先が村田英雄の『王将』だった。最近ちょっとご無沙汰だ。『王将』は私の十八番だ。

吹けば飛ぶよな将棋の駒に
賭けた命を笑わば笑え
生まれ浪速の八百八橋
月も知ってるおいらの意気地

あの手この手の思案を胸に
破れ長屋で今年も暮れた
愚痴も言わずに女房の小春
つくる笑顔が意地らしい

明日は東京へ出ていくからは
何が何でも勝たねばならぬ
空に火がつく通天閣に
俺の闘志がまた燃える

この歌は確か昭和35年に流行った。私がまだ小学生中学年だった。それから私の十八番になった。
「そうだ、『王将』が私の生きる原点だったのだ」となぜか真夜中に胸を熱くした。
稲盛和夫さんは、鹿児島大学を卒業され、入社した松風工業で悪戦苦闘の日々を送っていらっしゃる時だ。川辺で『王将』を口ずさむことで、新たな人生の開拓にチャレンジされていたのだ。

高校では文化祭で寸劇『王将』を3人で演じた。坂田三吉は勿論私だが、他は関根金次郎と小春だ。
この寸劇は、大学に入っても応援部で披露した。この時は一人二役。坂田と関根だ。安田信託でも同じく続けた。評判は良かった。歌謡演劇と称して、1番と2番、2番と3番の歌詞の間に台詞を入れる。これがまぁ、自分で言うのもなんだが、玄人はだしだ。 還暦まで演じていたか。もうそろそろやめようと思って、今はお蔵入りしている。

東大応援部の3Sスピリッツ(Service、Sacrifice、Study)は、私の会社であるMapのフィロソフィーだ。OUEN Japanも3Sスピリッツがある。Supprt、Strengthen、Sustainだ。

人はSpiritsで生きている意味を確認する。人生の目的を失わない。目的を手段化しない。
日々、自らの原点に立ち返って、人生の王道を歩いていきたい。

小林 博重

東大の大先輩がOUEN Japan望年会にご出席いただく。

昨日は、地方自治研究機構の石原信雄会長(元内閣官房副長官)を訪問した。OUEN望年会ご出席のお願いだ。
93歳とは思えない。矍鑠としていらっしゃる。一つ返事でご快諾を得た。ありがたいことだ。石原先生には、口火のご挨拶をいただきたいと思っている。
石原先生は、全ての人に対して分け隔てなく応対される。政治家や高級官僚の方々で、このような謙虚で穏やかなお人柄の御仁はごく稀ではないか。私ごときに対しても実にフランクにお話しされる。このようなできた人間にいつ私はなることができるだろうか。

今日は同じ目的で、東大応援部の大先輩である、資本市場研究会顧問の篠沢恭助さん(元大蔵事務次官)を訪問した。篠沢さんにもご出席のご快諾をいただいた。応援団部OBOGが揃い踏みして乾杯の音頭を取るが、そのおり乾杯の音頭を取っていただきたい。

また、10月28日には日本赤十字社の大塚社長(元厚生事務次官)を訪問し、ご出席のお願いをする。

本当に偉い方は実に謙虚だ。一人で偉くなるのではない。本人の実力もさることながら、周りから信頼され、人が付いていきたいと思う人間性があるかどうかだ。 「謙虚と感謝」は人生成功のキーワードだと思う。

今日はこれから、東京大学同窓会連合会の第10回全国大会が神田の学士会館である。
東京大学卒として恥じない人生を送りたいものだ。

小林 博重

2カ月掛けて、OUEN望年会を開催する。

OUEN望年会は12月19日(木)18時半〜、御茶ノ水の東京ガーデンパレスで開催する。社会人200名、学生20名、総勢220名(22卓、着席)の大パーティだ。

OUEN Japanの1年間の活動報告と今後の展開についての紹介、OUEN学生リーダー(有志)の紹介、東大応援部現役の応援パフォーマンス、ビンゴ大会は通常だが、超アナログのOUEN Japanが一皮も二皮も脱皮して飛躍するだろうプレゼンもしたいと思っている。
私のフットワークもそろそろ限界に差し掛かってきているし、遠い将来の私の後継者がスムーズに就任できるベースも作っていかなければならない。OUEN Japanは私個人からゴーイングコンサーンに脱皮するの 必要があるからだ。

OUEN望年会の出欠は11月末を締日としているが、本日現在で75名になった。学生20名は固まっているから、あと125名だ。何とかなるだろう。
OUEN望年会の出欠のチェックを日々していると、どの人とどの人を結びつければいいかが見えてくる。新しいビジネスマッチングが見えてくるのだ。OUEN望年会はMapビジネスにつながり、それがOUEN Japanに還流する。私ならではのボランティアとビジネスのコラボだ。人は大切にすれば、面白いようにどんどん人脈は拡がってくるものだ。コツコツコツがある時から幾何級数的にビジネスは拡がる(ことを信じて日々活動している)。

小林 博重