OUEN CompanyとOUEN塾

今朝は2時前に目覚めた。いつもはもう一回一寝入りして、4〜5時まで眠るのだが、今朝は目が冴えて、2時半には事務所に出かけた。身体の声に逆らわないのがストレスは溜まらない。この点、一匹狼は気楽な稼業だ。サラリーマンはそうはいかない。

今日はZOOM MTGが2つ入っているだけだ。緊急事態宣言中だからということもある。ZOOMだけなら半分休日のようなものだ。朝が早すぎたこともあってあまり調子に乗らない。こんな時は、何もせずに自宅で休むことにしよう。チコちゃんも「ボーッと生きてるんじゃないよ」とは言わないだろう。

人間は独りでは生きていくことができない。いくら一匹狼になったとしてもガチガチの組織に属していないだけで、仕事は緩い組織を作ってしなければならない。その「緩い組織」でも人間関係が付いて回るから、どうしてもストレスは溜まる。そこで考えた。 私が中心になる組織ならそうでもないだろう。そうでなければ、ガチガチの組織と似たり寄ったりだ。

今、私は、いくつかの「緩い組織」に関わっているが、やはりストレスがない組織でないと、なんで独立したのか、独立した意味がない。 組織で悩ましいのはやはりほとんどが人間関係だろう。私は気にしないような性格と思われることが多いが人一倍この人間関係を気にする性格なのだ。

緊急事態宣言中にOUEN Companyの構想を固めようと思う。その下地はできている。OUEN Companyは、OUENをサポートしていただく企業の集団だから、それもれ歴とした「緩い組織」なのだ。それも私が中心にいる組織だ。しかし、私は組織の頂点ではない。ヒエラルキーの組織ではない。フラットな和気藹々とした組織にしていきたいと思う。

OUEN CompanyとOUEN塾リーダーがどのような形で交流するのか。
コロナ禍では、今までのOUEN塾は開催できない。新しいOUEN塾を考えたいと思う。
まずはOUEN Companyの確立だ。盤石なOUEN Companyにしたい。それから、OUEN塾のことを考えよう。

小林 博重

トップリーダーの資質・・・想い続けること、それを言葉に発すること

昨日は小春日を思わせるような温かい一日だった。何もアポイントが入っていなかったので、午後はいつもの2時間ウォーキングを楽しんだ。勿論、スマホ持参のウォーキングなので、オフでありオンである。サラリーマンはこんなわけにはいかない(これだけでもサラリーマンを辞めた意味がある)。

今、2月からNHK放送予定の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一の『論語と算盤』を読んでいる。渋沢栄一は新しい一万円札の人物でもあり、出身地の埼玉県深谷市では、市挙げて盛り上がっているようだ。深谷市は、冬の鍋には欠かせない「深谷ネギ」の産地だが、渋沢栄一という明治の英傑を生んだ土地なのだ。

渋沢栄一は「立派な人間の争いであれ」と言っている。

彼は「好んで他人と争うことはしないが、全く争いをしないというわけではない」と言っている。正しい道をあくまで進んでいこうとすれば、争いを避けることは絶対できないものだと。

何があっても争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に負けてしまうことになり、正義が行われないようになってしまう。正しい道に立っているのに悪と争わず、道を譲ってしまうほど、円満で不甲斐ない人間になってはいけないと。

人は如何に人格が円満でも、どこかに角がなければならない。あまり円いとかえって転び易くなる。信ずるところを揺り動かし、これを覆そうとする者が現れれば、断固としてその人と争うことを躊躇わない。信じて正しいとするところは、いかなる場合にといても決して他に譲ることはしない。円満になりすぎることは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」だ。それでは、人として全く品性がなくなってしまうと。

「信念を持て」

「生きる哲学を持て」

と言うことだろう。

リーダーシップを考える。

そして、菅首相、メルケル首相、バイデン大統領という東西の政治のトップリーダーを比較する。

経営のカリスマであった松下幸之助翁は"初めに言葉ありき"と言って将来ビジョンを明示する。

松下翁は、昭和52年、21世紀初頭の日本のあるべき姿を描き、『私の夢 21世紀の日本』という書籍をまとめて発表した。

その「まえがき」で、"初めに言葉ありき"という聖書の句を引いて、「私が経営においてやってきたのは、最初に一つの発想をし、それを"このようにしよう"という言葉に表し、みんなで達成していくということをやってきたのだ」と仰っている。松下翁が仰るには、まず経営者が「こうやってみたい」「こうありたい」といった希望や理想を将来ビジョンとして力強く発表し、その経営理念と具体的目標を社員に明示することが事業活動の第一歩なのだろう。

そして、それらが力強く社員に語り掛けられ、訴え続けられて、組織の隅々にまで浸透し、目指すべき方向が明確になれば、それが精神的支柱、判断のよりどころとなって、経営者や社員の行動、信念が力強くなる。全社一丸となって、その実現に努力するようになる。

メルケル首相の演説は胸に迫ってくる。また、バイデン大統領の就任演説も胸を打つものがあった。か。菅首相との差は何なのだろう。国民性の問題か?いや、トップリーダーとしての気概の差なのではないか。

ずっと欧州のトップリーダーをし続けている人、長期に亙り分断のアメリカで大統領選を闘い続けてきた人は迫力があり哲学がある。やはり想いつづけて、その想いを言葉に発して、人はついてくる。やはり、目指すところをしっかりと見据えることだ。その人の器量の範囲でだが。

小林 博重

1月最後の1週間

1月もあと1週間だ。アッと言う間に月日が過ぎていくような気がする。これは歳を取ったせいだけではない。コロナが色を消しているのだ。

春夏秋冬、いずれの季節にもその季節らしい色がある。しかし、コロナはそれを単色にしてしまったようだ。一年中、心は白と灰色の北国の冬が続いているように私は思う。

私は能登の生まれなので、冬は雪の白と空の灰色のイメージがある。それは冬の色で、春の到来を恋い願う、ある意味では希望の色でもある。稲盛さんが仰る「苦を磨き砂と思う」前向きな色である。 しかし、これが年がら年中だと、相当の根性の持ち主であっても希望を持つことは至難の技だ。
やはり、いつ春が来るのか、分かっているのとそうでないのとは天と地の開きがある。

今朝は4時ごろに目覚めたが、いつものように額に手を当てて、平熱であることを確認してホッとする。いつもは、そろそろ起きようかと床を離れるのだが、なぜか、今朝は「北陸の冬」を思い出して、もう少し寝ていようと今一つ気合いが入らなかった。私らしくもないと、気合いを入れて、5時に床を離れて、漸くいつもの朝のスタートをしたが、コロナはあらゆるところにダメージを与える。

コロナを乗り越えて春が到来するのが待ち遠しい。
昨日のテレビで、専門家の先生は「ワクチンが出ても行き渡るのは1年以上かかるだろうから、平時に戻るのは2〜3年はかかるのではないか」と仰っていた。
これでは、東京オリンピックやパラリンピックは、せいぜい無観客での開催ができるくらいだろう。9月には石川県でOUEN塾ができるかと思っていたが、ちょっとどうなることか分からない。遅くともリーダーは5月から活動しなければならないし、そもそも、今は1年生のリーダーはいない。そして、4月の新入生はどうなることか。OUEN塾は東京オリンピック如何だ。 東京オリンピック開催の可否は3月くらいに決定するとのこと。コロナとの闘いは長丁場になる。

そうは言ってもボーッとしているわけにもいかない。生きている以上、創意工夫でない知恵を巡らせなければ。私に知恵がなければ、知恵ある人たちの力を借りることだ。そんな人集めは私の得手とするところだ。

今日から1月最後の1週間が始まる。生憎、今日のアポは入っていない。事務所でじっくり2月以降の活動を考える時間にしようか。 この点、一匹狼は気楽な稼業だ。「こんな時はテレワーク」と、小池知事に言われなくても、私は楽しく仕事をすることができる。

小林 博重

ウォーキングの効用

緊急事態宣言は3月まで続くだろう。と言ってもそれなりにすることはある。緊急事態ならではのビジネススタイルがある。むしろ、今だからこそ、長期的観点でビジネスを構築することができるのではないか。そう考えると、緊急事態宣言様々と前向きに考えたほうがストレスは軽減される。

先週は土曜日から日月と3連チャンで2時間ウォーキングをした。コースは靖国神社コースと明治神宮コースと麻布十番コースだ。昨日は靖国神社コースだ。2時間のウォーキングなので、それも寒いこともあり、トイレは近くなる。そうでなくても歳のせいで頻尿の気がある。この3つのコースはいずれもトイレに不自由しない。歳を取った人間のウォーキングはそんなことが一番気になる。それと私が生まれた北陸とは、特に冬の天候が真逆だ。北陸では冬のウォーキングなど思いもつかない。

ウォーキングの2時間はオンとオフのどちらかと言ったら、そのどちらもだ。一石二鳥だ。特に、サラリーマンはオンとオフをキチッと分けろだの働き方改革がどうだだの、人に決めてもらわないと何もできない傾向がある。自分で考えろだの、大学の共通テストは考えることを見る試験に変わっただの、いろいろ言っているが、そんなことでどれだけ自分で考える癖がつくのか。
私はどうかと言ったら、オフがオンでありオンがオフである。オンとオフがいつも重なっている。すなわち、人の8時間が私の場合は2倍の16時間になる。だからストレスはほとんど溜まらない。好きなことばかりしているからだ。こんな人生を送っている人間は私だけかもしれない。ここまで来るのに相当時間が掛かった。

ウォーキングをしていて、いろいろなアイディアが頭をかすめる。そんな時はポケットに入っているペンとメモ帳を出して、すぐポイントの単語を書くことにしている。そうでないと、これも歳を取ったせいで、事務所に戻ってそのアイディアを思い出そうとしても思い出せないのだ。そんな失敗が何度もあって、今は、ウォーキングにペンとメモ帳は離すことができない。それとスマホも手放せない。思いついたらすぐ電話することも頻繁だ。相手に「今はウォーキング中です」というと羨ましがられる。私は心の中で「サラリーマンは気重な稼業ときたもんだ。羨ましいだろう。ざまぁみろ‼︎」と思う。

昨日もウォーキング中にいいことが一つならずあった。ウォーキングは身体のためにもいいが精神もリフレッシュしてくれるし、ビジネスにもつながる。いいことづくめだ。 原日出子さんが健康食品のコマーシャルで「いいこと尽くめなんです」と爽やか笑顔で言っているが、私も「ウォーキングはいいこと尽くめなんです」と言いたい。

今日は土曜日だが、今日も仕事だ。入間市の山田食品産業の工場に行く。ビジネスマッチングのためだ。これも私のビジネスの原点だ。コツコツコツコツやっていこうと思う。

小林 博重

得手に帆あげて[OUEN Company]を立ち上げる。

人には得手不得手がある。得手は、それが好きで苦にしないことが多い。好きなことが不得手という話はあまり聞いたことがない。好きであれば、困難なことがあっても諦めず継続することができるだろうから、自ずと得手になってくるのだ。

芸能人のように好きなことが得手になって生きていく糧になることがベストだ。しかし、殆どの人は好きなことで得手なことでも、それでおまんまを食べていくことはなかなか簡単なことではない。 とにかく、若い時はそれを見つけるために、いろいろなことにチャレンジしてみることだ。

そして、自分自身を知ることができて、この道で食べていけると思うまで丁稚奉公だと思って継続すれば、得手が見つかり、それをどのようにビジネスにしていくかも分かるようになるだろう。
その時期が早くくることに越したことはない。私のように還暦を過ぎて自分自身を知る人もいるが、人生100年と思えば遅いことはない(と痩せ我慢で、そのように思っている)。

私のビジネスのベースは「敬天愛人」「応援人生」だ。すなわち、「世のため人のために尽くす。そのため、応援する」ことだ。
それを果たすための得手のキーフレーズは「友だちの友だちはみな友だち」だ。その「友だちつくり」をあらゆる機会を使って持てる力を尽くす。それは自然体でなければならない。わざとらしくなったら友だちはできない。

私が思うに、この私では何でもない「友だちつくり」があまり得手でない人が多いようだ(だから、私の得手が人さまに重宝されるのだが)。そして、人さまが得手なことで私には不得手なことは山ほどある。だから、私は、私の人との差別化のために「友だちつくり」に拘っているのだ。

[OUEN DANCHO]のホームページの一つのコーナーである「OUEN Company」は、そのような発想で構成するものだ。OUEN Companyはお互いが信頼し合う仲間たちだ。どんどんOUEN Companyのメンバーを増やしていきたい。それはメンバーのためのOUEN Companyだからどんどんメンバーは増えてくるのだ。
そして、その主要メンバーはOUEN Japanのビジネスパートナーであり、私とはザックバランな付き合いができる仲間たちだ。このビジネスパートナーもどんどん増やしていきたいと思う。

小林 博重

歯の治療から思いを巡らす。

成人の日の11日に新宿のサンデンタルで割れた歯の応急処置をしてもらった。歯ぎしりで奥歯が割れたのだと。それが原因で虫歯になってしまったのだとか。

何本かインプラントを入れた時にマウスピースを作った。歯ぎしり防止のためだと言われていたが、何度かやってみて面倒と思ってやめてしまった。それが今回の歯の治療につながった。歯を失うのは歯周病や虫歯に限らず、歯ぎしりで歯が割れて失ってしまうケースもあるのだ。先生の仰ることは素直に聞くものだと大いに反省している。

たまたま、応急処置の後、サンデンタルの小山悠子理事長と顔を合わせたこともあり、小山さんに治療をしていただくことになった。 小山さんは私と同い年だ。私と高校同期の仲谷清孝さんとは福岡先生門下だとか。こんなところも「友だちの友だちは友だち」だと思う。世間は広いようで狭い。 小山先生は、バレエをされているだけあって実に若々しい。姿勢がいい。
また、患者には、将棋界のトップ棋士も何人かいらっしゃる。大相撲の谷町でもあるのだろう。19日の治療のあと、大相撲か将棋のカレンダーのどちらがいい?と言われたので、大相撲のカレンダーをいただいた。早速、事務所に掛けた。

歯ぎしりの原因はほとんどがストレスだという。
私は、今はストレスには縁がないと思って思っていたが、眠っている時は自分に嘘はつけない。それなりのストレスを感じて生きているのだろう。 人間、ストレスはなくならないものなら、歯ぎしり防止対策はやはりマウスピースを付けて寝ることだ。今は毎晩、マウスピースをして寝ている。

自分の歳を考える。
壮年を過ぎて老年に差し掛かっている。あと32年は現役と思っているのであれば、誰よりも心身の健康に留意する必要がある。ストレスの解消と人間ドックでチェックする部位の他に、歯も無視してはいけない。そうでないと、心底、仕事はできない。

歳を取るとわがままはいけないと思う。そして、人のアドバイスを素直に聞くことが何より肝心だ。その点では老人は子どもに戻ったほうがいいと思う。 「老いては子に従え」ではないが「老いては若人に従え」だ。そのほうが人さまはいろいろなアドバイスをくださるし、貴重な情報も入ってくる。

そして、老人になると「一匹狼」になるのがいい。私はずっと「一匹狼」だから、それは全く抵抗がないし、スムーズに生きることができる。一匹狼は自由気ままに何でもすることができる。 昔の栄光(大した栄光でもないと思うが)を引き摺って生きている老人がなんと多いことか。それでは幸せな人生を送ることができないのにと思う。

昨日は「長崎IR」で動いたが、それがOUEN Companyにつながっている。OUEN Companyのイメージはどんどん具体的になってきている。全ては有機的につながっているものだと思う。 WIN WINの連鎖はどんどん拡がってくるものだ。「類は友を呼ぶ」という諺は真実だ。

アメリカは20日にバイデン大統領になったが、これからの世界は少しずつまともになっていくだろう。○○ファーストは自己中であり、やはり長続きしないのだ。相手のことを考えないビジネスや政治は邪道だ。 もっと日本の政治家先生は「敬天愛人」「利他主義」の思想を持って活動していただきたいものだ。

小林 博重

コロナと『恕の心』

ある小学校の会報に『恕の心』について下記のような文章が書いてあった。

「恕(じょ)」の心
中国のお話です。孔子(こうし)というえらい人がいました。 あるとき、弟子が孔子に聞きました。

弟子:「ただ一言で、一生おこなっていく価値のあることがありますか?」
孔子:「それは『恕』だろうな。『恕』とは、自分がされたくないことは、人にもしてはならないということだよ」

ある日の児童朝会のときに、子どもたちに話したことです。 論語の中の話ですが、是非、子どもたちに考えてほしいと思って話しました。 学校では「自分がいやなことは友達もいやなのだから、しないようにしましょう」 とよく声かけしています。 子どもたちもきっとよくわかってくれていると思います。
しかしながら、ちょっとしたことでトラブルになることは少なくありません。自分を主張することは大切ですが、気持 ちをもう少し抑えることができればいいと思うこともあります。
コロナ禍で、マスク着用が社会のニューノーマルになっている。勿論、マスク着用で会食はできないから、会話をする時はマスクを着用するというものだ。実際のところ、会話時にマスクをして会食するには抵抗がある。それでは、その趣旨を踏まえて、二人での会食では斜め向かいに着席して、会食は控えめにするくらいか。さもなければ会食はしないことだろう。

政府は「夜8時以降の外出は控えよ。ランチも基本的には感染の恐れがあるから控えよ」等、理屈が通らないことを宣っている。
これでは飲食店はやっていられないだろう。飲食店のみに無理を言っているだけで、飲食店以外の店は開いているのだ。それで、飲食店でのランチを控えよとは全く矛盾でしかない。こんな中途半端な緊急事態宣言を発出したせいだ。店が開いていれば人は街に出掛けるのは当たり前のことだ。 その理由は第一回の緊急事態宣言を出したら補償金が莫大な額になるからだというのが透けて見える。これでは、2月8日の解除は無理だろうと思う。 このような事態の原因は、政府に『恕の心』がないからなのではないか。

私は、少なくとも緊急事態は3月いっぱいは続く、と思って活動している。

マスクについても同様だ。
私はコロナの症状が出ていないから恐らく感染していないのだろう。だから、感染防御のために人と会う時はマスクを着用する。それは相手も同じだ。
私が思っているように相手も思っているだろう。ということは、相手は私がコロナに感染しているかもしれないと思っていることなのだ。私が防御しているのと同様に相手も防御している。

人がしてほしくないことはしない。人がしてほしいと思うことをする。

自分がしてほしくないことは自分が一番分かっているのだから、それは相手にしないことだ(人がしてほしいことは、こちらの想像でしかないのだから、これはTPOを考えて行動することだろう)。

小林 博重

「絶対」はないけれど、冷静になって「絶対」を追求する 。

久しぶりに2日続けて、ウォーキングをした。昨日は、外苑前〜絵画館〜四ツ谷〜半蔵門〜市ヶ谷〜四ツ谷〜外苑前。今日は逆コースで、外苑前〜四ツ谷〜市ヶ谷〜半蔵門〜赤坂見附〜青山〜外苑前。いずれも約2時間のいつものコースだ。
緊急事態モードに突入して2時間ウォーキングが日常になる。人間ドックで、野菜多めの食生活と腹八分目、適度なウォーキングを指摘されたのも影響している。そして、今日は帰りに外苑前のヴィルマルシェ青山で野菜を中心の買い物をした。人生100年、あと32年は現役人生なのだ。健康に一層留意気しよう。

歩きながら考えた。今日のTBSテレビ8時からのサンデーモーニングを観ていたら、1月12日に亡くなった半藤一利さんのことを特集していた。 半藤さんは東大ボート部卒部、文芸春秋の社員・役員を経てジャーナリスト。特に『昭和史』について造詣が深く、私も何冊か読んだ。 彼は太平洋戦争の死にかけた経験がいつも頭にあって「歴史に絶対はない」が彼の哲学だったとか。「絶対、正義は勝つ」
「絶対、神風が吹く」
「絶対、日本は勝つ」
「絶対」「絶対」が日本を敗戦に追いやったと。
そして半藤さんは「絶対」という言葉を使わないようにしたのだと。しかし、たった一つ「絶対」を使わなければならない。それは「絶対に戦争はしてはいけない」ということだと。

ところで今の日本はどうだ。どちらかと言ったら「保守反動(半藤)」と言われていた半藤さんが今は左と言われるような時代になった。安倍政権における「集団的自衛権の憲法解釈変更」が20年先、30年先に一大転換点だと言われるのではないかと半藤さんは心配する。日本はそれだけ右傾化してきた。それを菅政権も引き継いでいる。

半藤さんの仰る通りだ。日本は少しずつ右傾化の道を歩いている。そう思う人はそう多くないかもしれないが、日本人は騙されて「茹でガエル」になっているのかもしれない。知らないうちに、戦争という熱狂に突き進むかもしれない。恐ろしいことだ。

個人的に考えても「絶対」と思っても冷静に考えると「絶対」はない。私も「絶対」が好きだが、深いところで「絶対」はないと思っている自分がいる。世の中は、全て「相対」なのだろう。 しかし「絶対」は気分がいいし、自分は正義になったつもりになる。

「絶対」はないが、「絶対」になるように本質を追求することだ。それは相対であり、冷静であるということだ。

そんなことを、歩きながら考えた。

小林 博重

校歌を想う 。ふるさとをふり顧る。

今日も4時前に目覚めた。

私のふるさとは石川県の中能登だ。

中能登と言えば、七尾や和倉温泉、羽咋(はくい)の千里浜海岸は知られているが、生まれた町のアピールするものは私は思いつかない。

そんな何もない田舎町だが、どうしてか、今日は、夢に私の卒業した能登部小学校の校歌が出てきた(校歌と言えば、私は小学校と高等学校しか思い出せない。なぜか中学校校歌は歌詞も曲も全く思い出せない)。

能登部小学校校歌の歌詞には、

①ふるさとの風景

②ふるさとの歴史

③生きる志

があつた。

素直で多感な児童がことあるごとに小学校で校歌を歌うことで、それが自然に私の感性に訴えかけたということだろうか。

その能登部小学校は平成の市町村大合併のあおりで、合併して、今はない。

[能登部小学校校歌]

1.姿優しき眉丈山(びじょうざん) 

流れは清し長曽川(ながそがわ)

鹿西野々(ろくせいのの)の只中に

歴史は古き能登部校

2.遠つ御代より伝え来て

今に栄ゆる織り布は

生業(なりわい)励む里人の

習わし永遠(とわ)に語るかな

3.学びの道は世を理する

全ての業(わざ)の基(もとい)なり

我らもここに務めつつ

やがて尽くさん国のため

また、金沢大学附属高等学校の校歌は、金沢が生んだ歌人「室生犀星」が作詞した格調高いものだ。

[金沢大学附属高等学校校歌]

1.山を仰ふがぬ日もなきは

山の奥處(おくか)に厳しさの

極まりていく空の色

母校を包み白妙に

2.我らの若さをとどめゆく

市街(まち)の北なる荒海は

白波立ててけぶるかな

窓に寄りそふ友や我

3.学びて去らばふり顧(かへ)れ

学び来たらば不変の自然

野田のみちみち謙虚の

若き我らは歌ふかな

歌詞は、私が在学中に教頭先生をされていた川西先生が、室生犀星の東京の自宅を訪問されてお願いしたのだとか。『附高五十年』に下記のように記載されている。

人は過去をふり顧り、現在に生き、未来を夢見る。過去はふるさとであり、歴史である。そして如何に素晴らしい未来を描くことができるか。「賢者は歴史に学ぶ」というが、ふるさとをふり顧ることも未来を切り開く人間には不可欠な要素のように思う。

小林 博重

校歌『学びて去らばふり顧れ』

「学びて去らばふり顧れ」。附属高校生が折にふれ時にふれ歌い継いできた校歌、そして卒業してもなお同窓会しめくくりに必ず歌われる校歌の一節である。

この校歌の作詞者は言うまでもなく室生犀星である。室生犀星に校歌の作詞を依頼したのは、川西弘晃教頭であった。

川西はその時の思い出を、『金大付高新聞』(第九四号)開校20周年記念の特集「はたちの付高」で次のように語っている。

「東京文京区駒込のお宅に犀星先生を訪ねたのは昭和27年晩秋の一日であった。生垣に囲まれた先生のお宅、門を入ると芝生が美しく、その中に飛び石伝いの道が通じている。その道が自然と曲って玄関へ出た。木造和風平屋建ての可成り年代を経た家である。かねてご連絡申し上げておいた訪問であったので、来意を告げると直ちに通された。部屋の中程には四角な炉が切られ、鉄瓶から静かに湯気が立っている。襖と紙障子に囲まれてガラスが全然使われていない。明治の住居に返ったような静けさである。数分後襖を開けて出てこられた先生は、和服をきちんと着こなされているが、丸刈りの頭で、農村育ちの私には田舎の村長さんに相似たようで親近感を覚えた。話題が金沢に入ると、先生の話ぶりはとつとつとではあるがしばし望郷の念にかられておられたようである。やがて私は、学校の性格と所在を申し上げ、厳しい真理探求の態度、あたたかい友情と謙虚な気持ち、師弟の間の信頼感等を織り込んだ校歌の作詞についてお願いした。先生は校歌は純文学ではないのでむつかしいのだ、と言われたが、二カ月の期限を切って快く承諾して頂くことができた。」

昭和28年(1953)の年が開けてまもなく、犀星から校歌の原稿が届けられた。詞に「疑問なり、希望なりあったら申し越されたい」とのことであった。

川西は「謙虚」は音読したら字足らずになるのであるがどう読めばよいのかという質問を折り返した。


「学びて去らばは、卒業の意味でわすれないように思ひだすよう。学び来たらばは、入学、『不変の自然』自然も変わらないといふ意味を入学者に加へて詠んだもの。とくに不変の自然といふ硬い文字をえらんだのは、いくらか額ぶち的な役割です。野田のみちみち謙虚の、は、けんきょですが、やはりさういふ硬さが必要な気がしたのです。この二文字は私にも不本意なものですが、これは適当にお考へになってお示しを願へればそれに改訂してもよいのです。

一章  学校の所在、総則的な示訓、厳格と清浄

二章  海との関係、生徒の和平

三章  学びて去らば、及び次の『来たらば』の二行は教師から生徒への言葉。次の二行は登校の歌

これが犀星の回答の原文そのものである。なお、「謙虚」は改訂されなかったのは言うまでもない。

作曲は、当時の音楽担当教官吉島喜三郎の提案により、同氏の恩師東京芸術大学教授下総皖一に依頼した。下総も「室生犀星さんの作詞なら」と快諾した。

こうして格調高い校歌が出来あがったのである。

緊急事態宣言モードに突入する。

緊急事態宣言が関西のみならず、福岡はじめ全国に拡がろうとしている。そして、2月7日に解除されるだろうという有識者は一人としていない。この闘いは長期戦を覚悟しなければならない。

私は昨日、来週の九州出張、再来週の金沢出張を全てキャンセルした。
先方からのキャンセルがあってアポが虫食い状態であることもあるが、東京から来る人間と会うことはリスクがあると思うのが皆さんの本音だと思うので、こちらから「申し訳ないが緊急事態宣言中なので」とお話しすると、ホッとされる。 また、どうしてもという案件はwebで対応することもできる。そんなことで、思いの外、スムーズにキャンセルに応じていただいた。

このキャンセルで、私も本格的に緊急事態モードに入った。
今回、万全の体制で出張すると覚悟する以上に、事務所に閉じこもることにしよう。そして、小池知事の言いつけを死守しようと思う。私は思い込んだら一途の性格であり、今回の長丁場はコロナに負けるわけにはいかない。

1月5日の人間ドックの結果が自宅に届いた。一年前の前回と違うのは、血糖値が大幅に高くなっていたことだ。以前もそういうことがあったので、体質的にそうだと流すわけにはいかない。100年現役人生を目指しており、あと32年の現役人生が残っているのだ。

痛風と少し高めの高血圧が私の持病だが、これに糖尿病予備軍が加わった。こうしてどんどん持病が増加してくる。
今日、掛かりつけの藤田クリニック(南青山)で尿酸値と血圧を下げる薬に加えて、血液中の中性脂肪を低下させる薬が増えた。
この他に健康食品も2種類飲んでいる。元気な私ですらこうなのだ。これからも日本の医療費はどんどん増えていくだろう。

これから気をつけること
⑴野菜を多く食べること。
⑵補助食品として、野菜ジュースや青汁を飲むこと。
⑶カップ麺は極力食べないこと。
⑷早食いはしないこと。よく噛むこと。
⑸適度な運動を継続すること(ずっと続いているウォーキングを続けること)。

とにかく、あと32年弱の現役人生であり、52年弱のピンピンコロリ人生なのだ。そのために気合を入れて、健康に一層留意することだ。

小林 博重