私が応援する福岡・北九州と金沢

4泊5日の金沢出張を終えて、北陸新幹線「はくたか」で東京に帰ります。
「かがやき」の座席指定を取っていたのですが、訪問先が入り、自由席がある「はくたか」で帰ることになりました。各駅停車の「はくたか」でも16:50金沢発〜20:00東京着で3時間10分の乗車時間です。 お酒とつまみと夕食の弁当を買って、ほろ酔い気分で東京に帰ることができるのです。これでは、私の場合、小松からの飛行機では帰るメリットは全くありません。

北陸新幹線で金沢は完全に全国区になりました。京都の小型である小京都ではありません。金沢独自で堂々と全国に世界に打って出るところまで来ました。

OUEN塾に関しては、福岡+北九州の250万人の地方都市とは対抗する思い上がりはありませんが、全国どこにもない差別化した金沢の魅力は自信を持ってアピールできることだと思います。

私は、人生は個性の勝負と思っています。大きくても、どこにでもあるような人間や都市では、人を惹きつける魅力ある人や都市ではありません。 そんなことを考えると、私も金沢も同じようだなと、ちょっと嬉しい気分になります。

私が応援する福岡や北九州、金沢は、私と同期する親近感を持つのです。
好きになってナンボ、差別化できてナンボ。
これは人生とても同じこと。そんな人生を送りたいものです。

小林 博重

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片町2丁目『味の小径 富来』

宿泊している「風と翼」から歩いて2分程度か。片町の大通りに出るまでに『味の小径 富来』はあります。

富来(とぎ)町は、平成の大合併で志賀町に併合された能登半島外浦の町です。私が生まれた中能登町の隣町です。
片町通りの犀川大橋北詰から右に入ってゲストハウス「風と翼」までの一方通行の小道に面しています。富来という懐かしい名前に惹かれ、「風と翼」の管理人の小林さんのお薦めもあり、山本美沙さんの石川県庁就職お祝いを『味の小径 富来』の個室で行いました。

焼酎のボトルも入れて、日本海の美味を堪能しながら、あっという間の3時間でした。

石川啄木
「ふるさとの訛り懐かし停車場の人混みの中にそを聞きに行く」
岩手県出身の啄木は、東京上野駅の人混みの中に出かけて東北弁を聞き、ふるさと岩手を懐かしんだのでしょう。

同じく、私も『富来』で「能登の訛り懐かし」というところです。

能登ごころを味に咲かせて、味の小径 『富来』
金沢市片町2丁目30-4 霜 外次 さん

15歳で能登を離れて半世紀になります。やはり「ふるさとはとおきにありておもうもの」です。
遠くて近くなった東京から思うふるさと「能登」は懐かしく、いい思い出しか思い出しません。この金沢に来ていても、能登は近くて遠いのです。それでいいんだと思います。金沢から能登を思うくらいなのがいいのです。

小林 博重

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山本美沙さんとの久しぶりの再会

北國銀行前田専務を訪問し、[OUEN塾in金沢/石川]の進捗状況をご説明しました。
石川県に絞ったこと、金沢市をイベント名に入れたことをお話しし、協賛のお願いとお取引先のご紹介をお願いしました。
前田専務からは、全てにおいてご了解いただき同行として前向きにご対応いただける旨、お話しをいただきありがたい次第でした。
また、前田専務から「石川県が後援いただく以上、金沢と加賀、能登とのバランスは大切だ。北國銀行の取引先で能登でご紹介したい会社もある」と。ありがたいことです。

夕方に、今年石川県県庁に入庁した、東大応援部後輩の山本美沙さん(金沢大学附属高校の後輩でもあります)を片町2丁目の「金沢富来」にて就職のお祝いをしました。能登のお魚を堪能し、楽しいひと時を過ごしました。これから、彼女が石川県のために頑張ってくれることを祈っています。

早いもので、明日は金沢星稜大学稲置理事長と金沢学院大学太茂野副理事長を訪問します。浦建築研究所の浦社長と鈴野専務にご同行いただきます。ありがたいことです。

応援とは双方向のコミュニケーションである。人のために尽くすことが即ち自分のために尽くすことである。
山本美沙さんと久しぶりに会って、楽しく応援談義をしました。歳は40歳以上違いますが、高校と大学のクラブの可愛い後輩です。

明日は4泊5日の出張を終えて東京に帰ります。たくさんいいことがありました。
また1ヶ月後の金沢出張を楽しみにして、金沢を後にしたいと思います。

小林 博重

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[OUEN塾in金沢/石川]のスタート

昨日は金沢工業大学水野先生(元副学長)を訪問し、[OUEN塾in金沢/石川]実行委員会顧問をご快諾いただきました。
泉屋理事長をご紹介いただき、同大学もOUEN塾にご協力いただけることになりました。

石川事務局長にはツエーゲン金沢の西川代表取締役GMにお願いし、そのサポートをライクスタッフィングの小倉支社長にお願いしました。

実行委員には、後援いただく石川県と金沢市からもご就任いただき、後は大学と企業へのお願いです。

大学は、金沢大学、金沢工業大学、金沢星稜大学、金沢学院大学、北陸大学、金城大学、石川県立大学にお声をかけようと思います。

会長と副会長へのご就任のお願い、北國銀行や北國新聞社へのお願い等、10月の実行委員会設立のために、2ヶ月間詰を怠ることなく対応したいと思います。

協賛企業は金沢と加賀、および能登とのバランスを考えなければなりませんし、業種、企業規模等も考慮しなければなりません。
私のふるさとですが、殆ど知らないことばかりで、50年近くもふるさとを離れているのですからこれも当然なことです。

昨夜は、浦社長に『中能登の会』を催していただきました。
杉本町長他、中能登にご縁がある方の集まりで、ふるさと中能登の話に花が咲きました。
私が一番驚いたのは、中能登に約200名の外国人が働いているのだとか。東南アジアや中国・韓国の人が中能登にある工場に働いていらっしゃることです。旧鹿島町、鳥屋町、鹿西町の三町が合併して中能登町ができたのですが、中学校や小学校は統合され、私が卒業した能登部小学校は鹿西小学校に変わり、鹿西中学校は中能登中学校に統合され、今はその活用方法を模索しているとか。 様変わりのふるさとの町に時の経過を感じざるを得ませんでした。

OUEN塾in金沢/石川は、金沢や加賀のみならず、能登にも光を当てるイベントにもしたいと思います。

人口が減少しているから地域活性化はできないと短絡的に考えないで、それだからこそコペルニクス的転回で地域活性化を考えることが必要です。OUEN塾をそのきっかけにすることができたらと思いました。

小林 博重

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ふるさとはとおきにありておもうもの

自由民主党総裁選に岸田さんは出場しないとか。安倍さんと主義主張が違うというのに禅譲狙いなのか。
これでほぼ安倍-石破の一騎打ちの公算が大きくなったような。
日本の総理大臣を選ぶ総裁選なのにどうでもいい気がしています。それだけ今の政治家に人間的魅力がないということなのか。アメリカもよく似たものです。

いつの時代も、昔は良かった、尊敬できる政治家は昔はいたのに、ということなのか。今の政治家も後の世になったら立派な政治家と言われるのだろうか。政治とはそんなものなのか。よく分かりません。 少なくとも、私には尊敬できる政治家は今の日本にはいないということ。寂しいことです。

[OUEN塾in金沢/石川]は、石川県や金沢市の後援をいただける方向になり、後は金沢経済同友会の後援もお願いしたいと考えています。 このイベントは学生が主体となるものですから、金沢大学をはじめとする主要大学のご理解とご支援をいただきたいと思います。
そして、10月には実行委員会を立ち上げ、協賛企業と学生リーダーの募集活動をスタートさせます。
来秋の開催までは後1年強しかありませんが、福岡の実績を踏まえて成算ありと考えています。これも私のふるさとであるからの思い入れなのかもしれません。

金沢とのご縁は高校時代の3年間だけですし、生まれた能登も中学生までの15年間であり、今は実家もありません。しかし、それがふるさと。いくら東京の生活が長くなっても子どもの頃の思い出は懐かしく心の奥底に堆積しているのです。 「ふるさとはとおきにありておもうもの」とは、それは真実ですね。

今夕、浦社長が「中能登会」を企画していただきました。中能登町は七尾市と羽咋市の間にあった3つの町(鳥屋町と鹿島町と鹿西町)が平成の大合併で合併した町です。鹿島郡なのですが、鹿島郡の他の町は七尾市と合併したので鹿島郡=中能登町になりました。
山田修路参議院議員の話では、中能登町はなかなか頑張っているとか。山田さんは杉本町長のことを話していましたので、今日は杉本町長にお目にかかることを楽しみにしています。当に「ふるさとはとおきにありておもうもの」です。

ふるさと石川県のために少しでも貢献したい。
高校時代は政治家志望の若者が、今は一匹狼のプー太郎ですが、ふるさとへの想いは変わらない。天が私に命じたことはこんなことだったのかとも思います。 気を引き締めて、ふるさと石川のために尽くしたいと思います。

小林 博重

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謡が降る街、影笛聞こえる街、金沢

北島三郎の『加賀の女(ひと)』
♫謡が降る降る加賀宝生の♫

川中美幸の『金沢の雨』
♫影笛聞こえる茶屋街の♫

金沢は歴史と文化の街です。それが日常の生活の中にそのまま溶け込んでいる情緒あふれる地方都市です。

昨日の「小太郎」の大将も宝生流の謡に造詣が深く、お店のカウンターの壁面には二つの能面が飾ってありました。
金沢は「能楽の街」なのです。植木職人が梯子に登って植木を剪定している時、謡を唄うのだそうです。だから、町家の2階から謡が降るように聞こえてくるのだとか。北島三郎の『加賀の女』の歌詞にも、♫謡(うた)が降る降る♫とあります。

今朝、ゲストハウス「風と翼」の管理人の小林さんの奥さんと話していた時に「影笛」をご存知ですかと聞かれました。そういえば、川中美幸の『金沢の雨』に♫影笛聞こえる茶屋街の♫という歌詞がありました。 茶屋街では、お客様に芸事をご披露する時は、音曲は影で隠れて演奏するのだとか。

昨日、ユニパックの松江社長が「小太郎」で仰っていらっしゃいましたが「私が住んでいる川口市は60万人だが、人口が多い東京の衛星都市で、文化の香りという点では金沢市の足下にも及ばない。金沢は実に魅力的な素晴らしい街だ」と。私もそう思います。

「小太郎」さんは、金沢では皆さんよくご存知の「鍋料理の小太郎」なんだとか。
8月の出張のおりにも訪ねてみたいお店です。焼酎のボトルも入れたことですし。

小林 博重

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金沢片町の「小太郎」

ユニパックの松江社長と金子次長を浦建築研究所鈴野専務にご紹介しました。
お二人は北陸新幹線で大宮からいらっしゃいました。日帰りの出張です。
同社の洗浄フィルターを石川県に拡げるために石川県でトップの浦建築研究所とのコラボ狙いでの来沢です。

商談が4時過ぎに終了したので、少し早いのですが、何処か美味しいお酒と肴のお店がないか、との松江社長のご依頼なので、私が宿泊している片町のゲストハウス界隈で開いているお店を探しましたが、時間も時間なので殆どのお店はまだ準備中で開いていません。 唯一、片町の鍋料理の店「小太郎」が開いていたので入りました。
これがなかなかのお店だったのです。夏は鰻ということで「鰻鍋」。これがなかなかの美味です。出汁は関西風で、最高級の鰹と昆布なんだとか。能登の天然の牡蠣は大振りで肉厚。 お酒は富山の若鶴のOEMで、これもまた美味。
ゲストハウスから歩いて2〜3分の狭い路地にある小洒落たお店です。焼酎のボトルを入れました。

金沢 「小太郎」
住所:金沢市片町2-30-12
電話:076-221-4056

店主は大洞孝則さん。昭和26年生まれ。私の1年先輩です。富山県高岡市のご出身。奥さんの女将さんは金沢生まれの品の良い方でした。 常連のお客様が殆どだとか。リピーターが新しいお客を呼びます。リピーターが多いお店は美味しいこともさることながら、店主や女将さんの人柄がいいんです。 焼酎のボトルも入れたことですし、8月に来た時にまた来ようと思います。

小林 博重

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7月の金沢出張にあたり、

7.23 04:00 最高血圧 121/最低血圧 59

東京発6:16-金沢着8:46の「かがやき501号」で金沢に向かいます。2時間30分の旅です。
大学時代は信越線-北陸線の夜行急行「能登」か、東海道新幹線米原経由の「雷鳥」で帰省していました。金沢までは5〜8時間でした。実に隔世の感があります。

北陸新幹線が開業して3年が経ちますが、金沢の誘客数は落ち込んでいないのだとか。新幹線が開業して最初の1年は誘客は増えるものの2年以降は逓減するのが一般的なのですが金沢はその常識が当てはまらないらしい。 金沢は歴史や文化、自然と総合的な魅力ある観光地であり、バックには能登半島や加賀温泉郷を擁しており、それが金沢の魅力を一層引き立てているものと思われます。 冬は雪で難儀しますが、東京から2時間半という時間距離が一層魅力を高めているのです。
また、金沢は旧制第四高等学校があった学都であり、今でも金沢大学をはじめとする多くの大学があり、「学生の街」でもあります。
その地域の人口に対する学生数の比率は、トップは京都、続いて東京、大阪と続きますが、第4位と第5位は福岡と石川で、その差はコンマ以下の僅差です(地域活性化をテーマにした地方で開催する[OUEN塾]は、たまたま福岡と金沢/石川だったのは全く偶然ですが、学生が主体となるイベントであればそれは当然なことだったのです)。

[OUEN塾in金沢/石川]は、早々に石川県や金沢市が後援の方向で前向きに考えていただいており、私や浦建築研究所浦社長の人脈、NPO「趣都金澤」や東大同窓会「石川赤門会」のネットワーク等、ゼロからのスタートだった福岡とは全く環境が違います。 来秋の開催はリーズナブルではないかと思っています。

まずは実行委員会の立ち上げですが、福岡・北九州は9月ですので、金沢/石川は10月を考えています。これは浦社長と今週ご相談します。

OUEN塾の地方開催は、当初は旧帝大がある都市を考えていました。札幌、仙台、名古屋、京都、大阪、福岡です。
しかし、最初にアプローチした京都はさまざまなイベントを開催しており、その時はOUEN塾も方向性が見えなかったこともあり頓挫しました。 大阪は偉大なる地方であり、地域活性化の切り口では難しい。そんなわけで、私のふるさとである金沢/石川になったのです。
福岡が軌道に乗った段階で、次は北の大地札幌がいいのではないか。私も2年間勤務した都市でもあります。

何よりも、福岡・北九州と金沢/石川を不動のものにすることです。それでこそ次のステップに行くことができます。
コツコツコツコツ。これが大事です。

小林 博重

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健康で長生きすること

2017年(平成29年)の日本人の平成寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳で、ともに過去最高を更新したとか。
ちなみに、2016年(平成28年)の65歳男性
の平均余命は19.55年でした。こちらも少し伸びているのでしょう。私は後、平均で20年は生きるということ。
個人的には後35年は現役、その後20年は余生を生きる計画ですから、平均余命とのギャップを如何に埋めるかが問題です。

ただ長生きしても、人のお役に立つことができず生き長らえることは本意ではありません。漫然と生きればきっとヨイヨイの人生になってしまいます。 そうならないためには人一倍の努力精進が大切です。

そのためにすることは、

⒈健康に一段と留意する。
⑴毎年1回の人間ドックの受診。
⑵年相応の運動の励行。
私の場合は、1日一万歩のウォーキングの励行。
⑶2週間に1回のプチ断食の励行。
⑷暴飲暴食をしない。腹八分目。
⑸飲酒は顧客との接待に限る。
⑹ベジタブルファースト。

2.若い人たちとの付き合いを続ける。
気持ちを絶えず若く保つ。そのためにも、OUEN Japan の活動を拡大継続していく。

3.生涯現役。
100歳まで、後35年間現役を続ける。人のお役に立つことをする。遊びたいとか休みたいとか思ってはいけない。
Mapのビジネスマッチング、ビジネスコラボレーションサポートの肝は「友だちの友だちはみな友だち」ですから、人間関係を大切にする。

習慣が人間を作るのです。
いいことを習慣化することです。

今週一週間は金沢出張です。楽しく意義ある一週間にしたいものです。

小林 博重

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ふるさと金沢/石川の出張

7.22 09:00 最高血120/最低血圧60

いつ終わるか分からない異常な暑さの日々が続いています。
気象庁は、一日の最高気温によって、25度以上が夏日、30度以上が真夏日、35度以上が猛暑日。最低気温が25度以上の日を熱帯夜と呼んでいます。 今年の夏は、猛暑日と熱帯夜が当たり前。まだ夏の始まりなのに、8月になったらいったいどうなることやら。

私が小学生の頃は、夏休みは涼しい午前に勉強して、午後はトンボやセミ取りに野原や山を駆け回ったものです。
勿論、家にはせいぜい扇風機がある程度で、それでも暑かったら冷蔵庫の中で涼んでいたものでした(私の家は肉屋もやっていて、骨つきの牛や豚が吊るしてある超大型の冷蔵庫がありました)。今から半世紀以上前の話です。

明日からふるさと石川県に4泊5日の出張です。金沢での5日間です。[OUEN塾in金沢/石川]のスタートの固めの月です。
10月には実行委員会を立ち上げなければならないので、その人選につき浦建築研究所の浦社長と打ち合わせをします。
宿泊は片町にあるゲストハウス「風と翼」です。仕事を終え、片町の犀川縁からゲストハウスまで歩いて帰ります。
その細道には居酒屋やスナックやワインバー等、昔から行きつけのお店が点在しているので、それは楽しみです。月に1回、せっかくふるさとに来たのだからと足はお店に向いてしまいます。 やはりふるさととはいいものです。

「風と翼」は学生リーダーの宿泊所であり、同じ片町にある金沢市の「学生の家」はイベントのおりの学生たちの集合場所です。
そんな片町は、全ての面で[OUEN塾in金沢/石川]の拠点なのです。

早速、東京リーダーの黒田琴音さんと駒田里子さんはUターン学生を如何に集めるか、ツイッターの活用を考えているとラインで連絡がありました。この分野は私は全くの門外漢なので、若い学生リーダーの皆さんにお任せすることになりますが、実に頼もしい限りです。凸凹人間はその自覚を持つことによって、凹んだところをカバーする信頼できる人たちに任せることで、組織はゼネラリストとスペシャリストの合同体になるのです。そのベースには『素直な心』と『感謝の心』がなければなりませんが。

私の足らずを学生リーダーの皆さんに支えられて何とかOUEN塾を運営しています。皆さんに感謝しながら、明日からの金沢出張を頑張りたいと思います。

小林 博重

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