世の中上手いことできているものだ。

「世の中上手いことできているものだ」と思います。

昨日、北九州市国際部を訪問しOUEN塾について打ち合わせをしたおりに、北九州市が6日に開催する予定の留学生120名を集めてのイベントが台風25号の進路によっては中止せざるを得なくなることがあるとお聞きしました。
秋に台風が日本に襲来することは何の不思議もありません。特に九州は台風銀座ですからこんなものかと思いますが、今年はあれやこれや自然災害の連続で、もういい加減にして、といいたくなります。
北九州市の留学生イベントが中止になると、OUEN塾MTGにも影響して、予約している会場が使用できなくなります。当初は北九州市立大学北方キャンパスでしたので、万が一を考えてキャンパス内の教室に変更することにしました。
6日のイベントが中止になるということは、台風が北九州に大きな影響を及ぼすということで、JR鹿児島本線は運休になるかもしれない。その場合、どうするかも考えなければなりません。
こんな時、ラインは役に立ちます。学生リーダー全てが参加しているラインで事情を説明し、5日にアクロス福岡にて福岡リーダーのみでMTGすることにしました。北九州担当の福岡リーダーも参加するので、たとえ6日の北九州での合同MTGがなくなっても別の日に学生リーダーのみでMTGすることで問題はクリアします。

三人寄れば文殊の知恵
文明の利器の有効活用
問題が起きてもそれはよりよい知恵を出すことで解決するものであること
問題はその知恵を出すために起こっているのだと前向きに考えること
宇宙の大きな流れは、人類を幸せにしようという意思があるのだから、悪いように考えず何事も前向きに考えること
学生リーダーたちは素直で純粋で前向き。打てば響く。心は鏡のようなもの。私の心は相手の心にそのまま写るものです。

世の中は良くしたものです。真面目に一生懸命に謙虚に頑張っていれば、神様はそれをよくご覧になっていて、最後のどうしようもなくなったときは手助けしてくださるものです。

台風25号の襲来で、そんな当たり前のことを改めて思いました。

小林 博重

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[羽田〜福岡]の空の旅

ようやく秋が到来したようです。少しガスっていますが、飛行機から見下ろす日本列島は疎らに雲に隠れていますがはっきりと目に飛び込んできます。 やはり、天候に気分は左右されるものです。爽やかな秋の風情は心も爽やかにしてくれます。

宇宙の命も有限ではありますが、あと140億年以上は続くとか。私たち人間の命はせいぜい120年であることを思うと、人間は悠久の宇宙の流れに沿って生きることが一番自然な人生なのだと思います。人間の命は有限ですが人間の想いは繋いでいくことによって永遠に続くものです。 私のミッションは私一人では到底成し遂げることができるものではありませんが、バトンを繋いでいくことによってそれは永遠に続くものになるでしょう。
では、誰に繋いでいくか。血で繋ぐとしたら、私は子どもたちよりも孫たちの中から後継者が出てこないか、それまでの間、生涯現役で頑張ろうかとも思います。それが私の生きがいというのも、それもまたいいでしょう。これは私だけの想いですから。

こんなことを考えるのも[OUEN Japan]というNPOを立ち上げたから引くに引けなくなったんだと妻は言いますが、その通りと思います。 銀行に勤めていたら今頃は悠々自適な年金生活を送っていたかもしれません。それが私にとって幸せであったとは思いませんが。

痛風と高血圧は毎日の投薬で何とか表面化していないのですが、五十肩という厄介なものがなかなか身体から去ってくれません。50歳の頃、一度は患ったのですが、65歳になってまた頭を持ち上げてきました。五十肩は自然に治ると言いますが、再発してもう1年以上経っています。整形外科も役には立たない。今は「リョウシンJV錠」だけが頼りです。
歳を取ると、身体のどこかがおかしくなるのは一病息災で長生きするのだと言いますが、この痛いのは気持ちも塞いでしまいます。私より年上の人で元気で頑張っている人は一病息災ではないのだろうかと思ってしまいます。特に尊敬もできない政治家なる人種に人間を乗り越えた人が多い。こんなところだけは見習いたいものです。

まもなく、福岡空港に到着します。1時間30分あまりの短い空の旅でした。雲海を突き抜けて福岡空港に降り立ちます。
新しい1週間の始まりです。

小林 博重

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10月の福岡と北九州の出張

今日(10月2日)から6日(土)まで、10月の福岡と北九州の出張です。
福岡市、北九州市の自治体の他、OUEN塾に協賛いただくお願いで企業の訪問、6日は小倉で学生リーダー19名の合同MTGです。ようやく学生リーダーにバトンタッチすることができます。

外苑前から羽田空港への交通手段はいくつかありますが、いつもは銀座線で新橋まで、新橋から都営浅草線、京急線で羽田空港までですが、今日は久しぶりに東京モノレールにしました。 外苑前〜新橋〜浜松町〜羽田空港です。都営大江戸線を利用することもできます。

人間は、人生の終点(ミッションの達成)に向かって、いろいろな生き方(行き方)があります。最初は自分のミッションは何かを探す旅ですが、それを掴むと、そのミッションに向かってまっしぐらに人生を邁進することが人間に課せられた生き方だと思います。 高校や大学選びから始まって、就職先選び、結婚、独立起業等、様々な選択を経て、終点まで走り続けるのです。

JALに搭乗するのでモノレールの羽田空港第1ビル下車でしたが、久しぶりに乗ったので羽田空港第2ビルまで乗り過ごしました。時間に余裕があるので引き返しましたが、人生にはこういうことが間々あります。何事もゆとりを持って生きることです。バタバタ人生では身体だけ使ってあまり頭を使わないと思います。

人は自分が思うほど、こちらのことを考えてくれていないと思っていた方が腹が立ちません。自分と同じか自分の思い以上に考えてくれていて対応してくれた人には、ありがたいと深い感謝の念を持つことです。それで人生はストレスなく楽しくなります(私は還暦を過ぎてそのことを身に染みて理解しました。少し遅いですがその分長生きして社会に貢献すればいいと思っています)。

昨日も心では「こん畜生」と思うことがありましたが、それを口に出さず、少し時間が経って考えると、大したことはない。相手のレベルが低いだけだ、そんな人と対等に喧嘩して何もいいことはないと自然に思うことができました。 私は金持ちではありませんが、「金持ち喧嘩せず」の心境です。

人間は日々成長します。私の場合、成長速度が遅いので終点まで行く時間が長いのです。長生きすることが必ずしも幸せであるとは思いませんが、長生きしなければミッション達成が難しいのであれば、元気で長生きしたいものだと思います。

羽田7:15発〜福岡9:10着のJALに搭乗しました。これから[OUEN塾in福岡・北九州]の5日間の旅の始まりです。

小林 博重

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自らの人生は自らが切り開いていってほしい。

今日は10月1日。多くの企業が来年3月に卒業する学生たちに正式に内定を出す日です(実態は6月1日から内々定という形で内定が出ていますが)。

日本経済新聞朝刊の「18歳プラス」欄の『池上彰の大岡山通信』に池上さんが「就活節目 学生に贈る言葉」を書いています。

池上さんはNHKに1973年に入社して社会部の報道記者として活躍され、1994年から11年間は「週刊こどもニュース」で子どもたちに分かりやすく国際情勢や社会問題を解説されました。私のような社会人には、当然分かっているだろうと思われてなかなか人に聞くことができない時事問題を分かりやすく解説してくれる番組だったので、毎週必ず拝聴していました。私は、この番組で池上彰さんの存在を知ったのです。

池上さんは将来はNHKの解説委員になりたいと考えていたそうですが、ある時当時の解説委員長から「池上さんは専門分野がないから解説委員にはなれない」と引導を渡されたのだとか。

それからの池上さんはどんなことを考えたのか。
「専門分野がないことは弱点かもしれないが、逆に考えるとどんな分野でも解説ができるということ。これは強みではないか」と。
それと池上さんは、次々に素朴な質問を発する子どもたちに生放送でニュースを解説することは大きな学びだったのだと。子どもたちが池上さんの先生だったのだと。

NHKのような大きな組織はどこでもそうなのですが、型破りな能力の高い人財を生かすことが得てしてできないのです。
それと池上さんの逆転の発想と子どもたちが先生という謙虚な人生に対する姿勢が、NHKを退職してフリージャーナリストとして押しも押されもせぬ何処からも引っ張りだこの替りのいない人財になったのです。

内定をもらった学生諸君は来年4月の入社まであと半年。意中の企業から内定を得たとしても、社会人として働き始めて自分の生き方や働き方を考えることを続けていってほしいと思います。 そして、その組織に馴染めないと思い考えた末に退職して起業することもあるでしょう。
長い人生です。真っ直ぐに、自分に正直に、純粋さを忘れないで、長い人生を切り開いていってほしいと思います。

明日から土曜日まで4泊5日の福岡と北九州の出張です。

学生リーダーが主体のイベントとして、学生リーダーにバトンタッチする第1段階になります。彼ら彼女たちの将来に想いを致し、大きく成長していってくれることを切に祈ります。

小林 博重

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1年を締め括るモードは10月から

今日は9月の最終日。今年も後3ヶ月で終わります。
今年ほど自然に対して人間の限界を感じた年はなかったのではないかと思っています。人間は何でもできる、何でもしてきたと「自然を征服する」西欧的発想は人間の驕りでしかないと思います。

東京大学や国立天文台などの研究チームが、「宇宙が今後1400億年以上は存在し続けることが分かった」と発表しました。
宇宙がビッグバンで誕生したのは138億年前だとか。まだ宇宙にはその10倍の寿命があると言うのですから、人生100年時代になったこととの比較で、私のような数字に弱い人間にとっては、そんなことどうでもいいような話です。

ただ、人の命はせいぜい生きても120年。宇宙の命は1500億年以上。いずれにしても生まれたものはいつかは滅するのです。長島さんの「巨人軍は永久に不滅です」ということはありません。
松下幸之助さんや稲盛和夫さんは「宇宙の摂理、宇宙の真理」に沿って生きることを説かれますが、せいぜい120年の人生は宇宙の摂理・真理に沿って謙虚に生きることが大切なのだと思います。

明日から10月です。秋本番と思ったらすぐ師走です。
12月18日には、第5回のOUEN Japan望年会を東京ガーデンパレスで開催します。
毎年10月半ばには皆さんにメールか手紙でご案内しています。
会場の関係もあり定員は220名がアッパーです。お声を掛ける方々の入れ替えもあり、その作業は私でなければできないことなので、昨日から今朝まで、半日以上をかけて整備しました。
隅から隅までいただいた名刺をチェックすることは、望年会のご案内の観点もありますが、ビジネスコラボレーションサポートを生業にしている私にとってはこれからのビジネスの拡がりを考える切っ掛けにもなるのです。これは年賀状の整理にも言えることですが、私の場合は、その観点のウェイトが相当高いのだと思います。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」と言いますが、これを淡々とできるようになることが「人間が成長した」ことになるような気がします。人と人との距離感の取り方をスマートにしなければならないと言うことです。
私の財産は皆さんからいただいた名刺ですが、意識して名刺を保管するようになって10年くらいでしょうか。私が名刺交換させていただいた人たちで、どれくらいの比率で私は今お付き合いしているかと考えるとアバウト数%くらいではないか。それでも結構高いのだと思います。殆どの人が通り過ぎていく。一時は親密にお付き合いしていても消えていく人たちも多いのです。
それでも人さまは「小林は顔がバカ広い」と言います。「来る者は拒まず」精神のせいかとも思いますが、私は一番は「何か自分ができることはないか」と考え行動に移していることを にあるのだと感じています。そんなに難しいことではないと思いますが、皆んなそれがあまりできないのだと思います。 ビジネスの基本は「人のために尽くして、そのお礼が報酬である」ということなのですが。

そういう私は商売下手でお金を稼ぐ感覚があまり優れていないのです。なかなか松下幸之助さんや稲盛和夫さんのようにはいきません。

10月からの3ヶ月は1年の締めくくりです。来年に繋げる準備は3ヶ月くらいは必要ではないでしょうか。

小林 博重

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貴乃花親方の角界退職に思う。

貴乃花親方が日本相撲協会に退職届を出し、角界に激震が走っています。
協会と貴乃花親方との言い分は全く食い違っていますが、今までの様々な経緯を考えると、絡んだ糸をほぐすことは感情的な観点からしても難しいことでしょう。

報道しか知り得ない私としては、貴乃花親方の「相撲道」への直向きな想いと彼の禁欲的な生き方には心から共感するものの、もっと大人の対応があってもいいのではないかと思っていましたが、ここ退職の意思を固め新しい人生を模索し邁進することを決断した姿を見て、やむを得ないと思うと同時に、それで良かった、彼の生き方を貫く姿勢、その潔い生き方に深く心を打たれました。

人生には何度か大きな決断をしなければならない事態に直面するものです。そしてその時の決断に人間性は表面化するものですし、その決断により、一層人間性は高まるのだと思います。 平成の大横綱として一斉を風靡した貴乃花親方のこれからの新しい人生の益々のご活躍を祈るものです。

日本相撲協会のみならず、特に歴史がある組織では、設立当初のピュアな精神がお題目だけになって、組織の成員の利益団体に堕してしまっていることが間々あります。
私のような一本気な生き方しかできない人間にとっては、組織に所属することは結構辛いことがありました。私は組織人としては自分自身を生かすことができないと思い組織を飛び出したのですが、それだから貴乃花親方にも喝采と心からの応援をしたいと思います。

日本経済新聞夕刊の「私のリーダー論」で、オリックスの井上亮社長は、
⑴部下に「やりたい」と言わせる
⑵組織はないほうがいい
⑶クリーンに、謙虚に
と仰っています。

部下をやる気にさせること。部下が自ら考え、行動するようになる組織作りが大切です。

組織は時が経つと、組織の成員はその組織を守ろうとして本来の組織ができた目的を忘れてしまう傾向があります。何かを解決するために組織を作るのですが、組織を守ることが目的になってしまう。本来、守る組織などないほうがいいのです。

やはり、リーダーはクリーンで謙虚でなければ、人は付いていきません。リーダーは人が付いていきたくなるカリスマ性を持つ必要があります。

クリーンに生きること、謙虚さを忘れないこと。これはリーダーのみならず、人間として必要不可欠な要素だと思います。

小林 博重

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守山淳さんからの『守山通信』から

経営コンサルタントの守山淳さんは定期的に『守山通信』をメールしてくださいます。
いつも示唆に富むお話しばかりで、とても刺激を受けています。

昨日、「歳を重ねて・・・」と題した通信をいただきました。心に留めておきたい“ありがとう”でした。

小林 博重

今年は猛暑の為か多くの著名人の訃報が報じられました。古希を過ぎれば昔TVなどで親しんだ俳優、芸人の訃報に接するのは当然と言えば当然ですが何か自分の青春が消えていく様な寂しさも感じます。



秋のお彼岸の日も青山墓地には大勢の参拝者を見かけましたが老婦人が一人で墓参りをしている姿が多く見られました。少子化の為でしょうか娘なり息子の姿がない高齢者の参拝にはどこか切ない思いを致しました。

7月14日は父の命日でした。もう18年が経過。存命であれば97歳です。この父の命日を覚えていて呉れた姉妹がいます。60年位前に我が家の隣に住んでいた小学生の姉妹は父親が慶応の病院の医者で那須塩原に単身勤務していた事もあり母子家庭でした。男の子しかいなかった我が両親はこの姉妹を実の娘の様に可愛がっていました。その思い出を60年経ても忘れず両親の墓参りに猛暑の中態々出掛けて呉れました。

久しぶりに会った姉妹は私とほぼ同じ歳。子供の頃が思い出されました。人にはそれぞれの思い出、人生があります。改めて過ぎし日の良き思い出を思い出させて呉れた姉妹の来訪でした。これが歳を重ねるという事でしょうか。



「ありがとう」の反対語をご存知ですか?「ありがとう」は漢字で書くと「有り難う」で「有ることが難しい」という意味です。従って反対語は「当たり前」です。有ることが難しい=まれである、珍しい事という意味です。

しかし我々は「当たり前」と思っている事が沢山あります。朝太陽が登るのは当たり前。朝起きるのが当たり前。食事をするのがあたり前。明日会えるのが当たり前、と思っています。



毎晩黙って一人で晩酌をしているご主人がある晩、「おい、お酌をしてくれないか」と奥様に言ったそうです。奥様は台所で片付けをしていたので「今、手を離せないから自分でして・・」と答えました。ご主人は少し寂しそうに手酌で飲んで居たのですがその2時間後に溶体が悪くなり救急車で病院に運ばれましたが帰らぬ人になりました。

奥様は今でもあの時、何故お酌をして挙げなかったのか・・・溢れる笑顔でお酌をして挙げなかった後悔がつきまとったそうです。



明日があるのが当たり前と思っていても何の保証もない。だから今を精一杯笑顔で人に接する事が大切です。「ありがとう」には「あり得ない事への感謝」が込められている言葉なのです。

趣都金澤東京交流委員会に出席して

昨夜は実に楽しい一夜でした。

7時から、浦建築研究所東京事務所にて、認定NPO趣都金澤東京交流委員会の会合がありました。出席者は会員26名中たったの5名。今年度のイベントについての話し合いですがこれではどうしようもない。まずはこの分会を如何に活性化するか。
義務を伴った組織ではありませんから、いやいやで参加することはありません。面白ろかったり自分が決定に何らか関わっているのだったら参加するでしょう。まずはその気になってもらうことです。委員長だけが悩んでいても話は前に進みません。
情報の伝達手段をメールだけではなく、ラインかフェイスブックのような堅苦しくないものを加えてはどうか。最後まで残った3名が手分けして得手の分野を担当しようということになりました。

打ち合わせはそんなところでやめて、3人で懇親の席でもと赤坂見附に繰り出し、9時過ぎから3時間弱の飲み会です。水口さんの行きつけの居酒屋です。ざっくばらんな飲み会になりました。お互い心を開いていろいろな話ができたと思います。ちょっと飲み過ぎました。

佐野さんは41歳。静岡県富士宮市出身。東工大を卒業して立教大〜金沢星稜大〜現在は東洋大国際観光学部で教鞭を取っています。金沢に勤めていたご縁で趣都金澤に関わったのだとか。東京交流委員会の委員長です。

水口さんは金沢出身。私より一回り年下の54歳。金沢美大卒業し電通勤務を経て起業し、本社は南青山5丁目。青南小の傍。金沢にも支社があるとか。デザインの関係で浦社長とも仕事の繋がりがあり、趣都金澤の会員になったのだとか。 OUEN塾の話をしたところ、金沢美大の先生や学生を紹介すると。

兎に角、本音で語り合うことです。オープンが一番。何をやるにつけても、何のために生きているのかを考えることです。自分で考えることです。この趣都金澤東京交流委員会はそのための一つの気付きの場として活性化することになればと思います。

11月には、私が会員の例会で、なぜ[OUEN塾in金沢/石川]を開催しようと思ったのかを話すことになりました。
趣都金澤は、趣のある都市金沢をより一層元気でメジャーな地方都市にすること、大勢の人に金沢を知ってもらって金沢に来てもらう、金沢に住んでもらうことを目的にしているのだと思います。 OUEN塾も地域活性化がテーマであり、OUEN塾から金沢を考えることをしてみたいと思います。

小林 博重

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ようやく活動の秋の到来です。

酷暑の夏を過ぎ、9月は名残の残暑かと思いきや、そうでもない1か月でした。秋は足早に近づいてきます。
私もようやく息を吹き返し、ウォーキングを再開。これから何やかや行事の多い秋の活動に勤しもうと思います。

11月24日(土)には国立七大学応援団OB・OGの七朋会を東大駒場で開催し、12月18日(火)にはOUEN Japan望年会をお茶の水の東京ガーデンパレスで開催します。この2つは私が主催のイベントですので、9月〜10月初旬から準備活動をスタートします。並行して福岡・北九州と金沢でのOUEN塾の準備活動も重なり、結構バタバタ。きめ細かいスケジュール管理が必要です。私はアバウトにできていますが、このような人を集めるようなことは得意中の得意と思っています。

今朝は、[OUEN塾in福岡・北九州]の後援・協賛につき詰めのメールと、七朋会の呼びかけのメールを発信しました。

特に、OUEN塾については、ラインで学生リーダーへのプッシュをしました。
平均45歳ほど歳の差があり、特に女性が圧倒的に多い学生リーダーですので、その対処の仕方に戸惑うことも多いと思いましたが、さにあらず、OUEN塾のミッションや目的、学生リーダーに求めること等を、本音で、ざっくばらんに、分かりやすく具体的に、しつこくならない程度にコツコツと伝えることです。 第1回のリーダーはよく理解しているので、その伝染があることも、功を奏しています。
やる気がある、熱い心を持っている若者たちですから、そのリアクションは想像以上です。特に女性は感性的で感じると心から動く傾向が強いと思います。 彼女たちがどうしたら付いてくるかと思いを巡らすのではなく、ストレートにそのままぶつかることです。あくまでも人間として対等と言う気持ちが大切だと思います。

嘘やテクニックは不要です。逆に、悪ですらあります。何よりも芯が通った哲学を持っていることです。私はこのことをOUEN塾の学生リーダーから学びました。彼らは打てば響く釣鐘のような存在なのです。

「きょういく」とは、今日行くところがあることでも、人を教え育てる「教育」でもなく、共に育つ「共育」であると学生リーダーから教わりました。

小林 博重

今年2回目の高校同期会

昨夕は金沢大学附属高校22回生(昭和46年3月卒業生)の関東同期会を東京大学駒場キャンパス内のファカルティハウス1階にあるブラッスリールヴェソンヴェール駒場にて行いました。

ファカルティハウスは以前は同期会館と言って、私はクラス会の飲み会や応援部の合宿の宿泊施設として利用したものです。今ではリノベーションして外部業者に運営を委託しています。昔の和風旅館の風とは様変わりで、1階はブラッスリールヴェソンヴェール駒場のネーミングでフランスレストランに変貌しました。

ここのところ、10年ほど前から、高校の同期会は関東と関西で定期的に開催しています。

最初は卒業20周年の時だと思います。その時は確か恵比寿ガーデンプレイスのウェスティンホテルにて大々的に同期会を開催したことを覚えています。それから5年毎に東京と金沢で交互に開催していましたが、それが10年くらい前からでしょうか、私が永年幹事となって半年毎に東京で開催するようになりました。

1学年150人ほどのこじんまりとした和気藹々の雰囲気の高校です。関東同期会はいつも20〜25人は集まりよく続くと思いますが、これも還暦を過ぎ人懐かしい歳になったからでしょうか。

最近は、年2回のうち1回は東京での飲み会、もう1回は主に関西での一泊旅行です。なぜ関西かと言えば、高校時代の学年旅行が奈良や大和や吉野といった関西方面だったからです。

同期会では皆んな高校時代に戻るようで、会話している皆んなの顔は高校生そのものです。たった3年間ですが社会人の3年間とはわけが全く違います。学園生活と言えばやはり、多情多感な高校時代なのでしょう。

しかし、親の介護とか自分たちの老後生活とか、実に今の現実的な話題が多く、高校時代を回顧するなんて話は殆どありません。子どもは手を離れ、専ら親の介護で苦労している年代です。

私たちにも近い将来にやってくる悩ましい問題です。皆んなピンピンコロリであの世に行きたいと、そんな話ばかりでした。それも親の介護で苦労しているからなのです。切実な問題です。

後100歳まで34〜35年です。生涯現役と言っているのは私一人ですが、とにかく生きているうちはピンピンしてコロリとあの世に旅立つ人生でありたいというのが、私たち同期の同じ気持ちです。

一層健康には留意したいものです。

小林 博重