『京セラフィロソフィ』で、人間の原点を思い起こす。

私は何か悩み事ができると『京セラフィロソフィ』を紐解く。

私は稲盛さんのご本は全て読み通している。しかし、「『稲盛フィロソフィ』とはこういうものだ」と頭では理解はしているが、それは、それが私の血肉になって私の言動に落ちていることとは全く違う。だから、悩み事が頻繁に起きる。一度ならずトラブルも起こす。そんな時、このバイブルを手に取って、原点に立ち戻ることをしている。

きっと、長い人生で「悩みからの卒業」ということはないのだろう。それだけ人生を極めることは至難の業だ。

スイスの法学者であり文筆家であるカール・ヒルティは言っている。「仕事のさなかに倒れること、これこそ正常な老人の正しい経過でありおよそ人生の最も望ましい終結である」と。

人間は、極めきれない人生の極意を追求し続けて、そのさなかに人生を閉じるのであろう。

「悩み続けて100歳現役を生きる。そして20年の余生を生きる」ということが最も望ましい人生の生き方なのだろう。

京セラフィロソフィの第2章は「経営のこころ」だ。今の私の悩みに答えてくれる、いくつかの相応しいアドバイスがある。

〇心をベースとして経営する

京セラは資金も信用も実績もない小さな町工場から出発しました。頼れるものはなけなしの技術と二十八人の信じ合える仲間だけでした。

会社の発展のために一人一人が精一杯努力する、経営者も命をかけてみんなの信頼にこたえる、働く仲間のそのような心を信じ、私利私欲のためではない、社員のみんなが本当にこの会社で働いて良かったと思う、すばらしい会社でありたいと考えてやってきたのが京セラの経営です。

人の心はうつろいやすく変わりやすいものと言われますが、また同時にこれほど強固なものもないのです。その強い心のつながりをベースにしてきたからこそ、今日までの京セラの発展があるのです。

〇大家族主義で経営する

私たちは、人の喜びを自分の喜びとして感じ、苦楽を共にできる家族のような信頼関係を大切にしてきました。これが京セラの社員どうしのつながりの原点といえます。

この家族のような関係は、お互いに感謝しあうという気持ち、お互いを思いやるという気持ちとなって、これが信じあえる仲間をつくり、仕事をしていく基盤となりました。家族のような関係ですから、仲間が仕事で困っているときには、理屈抜きで助けあえますしプライベートなことでも親身になって話しあえます。

人の心をベースとした経営は、とりもなおさず家族のような関係を大切にする経営でもあるのです。

〇パートナーシップを重視する

京セラでは創業以来、心の通じあえる、信頼できる仲間づくりを目指し、これをベースに仕事をしてきました。したがって社員どうしは、経営者と従業員という縦の関係ではなく、一つの目的に向かって行動を共にし、自らの夢を実現していく同志の関係、つまりパートナーシップという横の関係が基本となっているのです。

一般にありがちな権力や権威に基づく上下関係ではなく、志を同じくした仲間が心を一つにして会社を運営してきたことにより今日の発展があるのです。

これはパートナーシップとしてお互いを理解しあい、信頼しあえる人間同士の結びつきとなったからこそ可能であったのです。

〇ベクトルを合わせる

人間にはそれぞれさまざまな考え方があります。もし社員一人一人がバラバラな考え方に従って行動したらどうなるでしょうか。

それぞれの人の力の方向(ベクトル)がそろわなければ力は分散してしまい、会社全体としての力とはなりません。このことは野球やサッカーの団体競技を見ればよくわかります。全員が勝利に向かって心を一つにしているチームと、各人が「個人タイトル」という目標にしか向いていないチームとでは、力の差は歴然としています。

全員の力が同じ方向に結集したとき、何倍もの力となって驚くような成果を生み出します。一+一が五にも十にもなるのです。

私はいわば一匹狼で、いわゆる組織に属してビジネスをしているわけではない。しかし、人は一人ではできることは限られている。多くの信頼できる人たちのお力を借りることでしか、私の夢を果たすことができないと思っている。それは、私が「緩やかな組織」をつくることで夢を実現させることであり、その「緩やかな組織」は、フルに私の得手を活かすことができる組織なのだと思う。

京セラは「心をベースとした経営」をモットーとしている。京セラの「志を同じくした社員のみなさん」は、私の場合、それは「ビジネスパートナー」だと思う。

ビジネスの相手には様々な人がいる。その相手は、反社会的な組織や人を除き、基本的に「来る者は拒まず、去る者は追わず」でいいと思っている。

しかし、ビジネスパートナーは二人三脚、一体不可分な対等な関係が大前提だ。そしてお互いを偽ることなく、駆け引きをせず、本心を吐露しあえる深い信頼関係がなければならない。

そうでなければ、ビジネスは共にできない。私は利では動かない。理と情で動きたい。

稲盛哲学に立ち戻り、私の思いはますます固まった。そして、OUEN Japan のこれからのありようは明確になった。

昨日はいつもの2時間ウォーキングをしたが、今日は奥歯をつけてもらいに新宿のサンデンタルクリニックに行く。往復をウォーキングすればそれくらいだ。

心身共に爽やか。心穏やかに残り3日のGWを楽しむこととしよう。

小林 博重

「運命」と「因果応報の法則」

私のバイブルは稲盛和夫さんの著書である。
人生にはいろいろ想像していないことが起こる。しかし、それは果たしてそうだろうか、全て必然なのではないか。では、どのように考え、どのように生きたらいいか。

ちょうど本棚に『いま、「生き方」を問う①「どう生きるか なぜ生きるか」』を手に取って読んでみる。何度も何度も読んでいるのだが、まだ血肉にはなっていない。 この本の中身は盛和塾での講話であり、CD付きだ。読んで聴く。そして血肉に沁み込ませる。何度も何度も沁み込ませる。

その中に『シルバー・バーチの霊言集』のことをお話しになっている。そこでは霊魂が因果応報について喋っている箇所がある。

「因果応報とは、よいことをすればよい結果が生まれ、悪いことをすれば悪い結果が生まれるということなのだが、どうもその辻褄が合わない。だから、それを疑い、信じていない人もいると思うが、私(シルバー・バーチ)のいるこの場所からみなさんの生きている現世を見通せば、一分一厘の狂いもないくらい、悪いことを思い、悪いことをした人は悪い結果になっている。よいことをした人はよくなっている。一分一厘の狂いもないくらいに、この法則はピタッと当たっている」

また、『「因果応報の法則」は運命をも変える』についてお話しされている。

「運命というものを縦軸にすると、横軸には因果応報の法則があります。
この二つの法則で、我々それぞれの人生が全部決まっているわけですが、実は因果応報の法則のほうが、運命よりも少し強いのです。
ですから、もともと運命というものが定まっていますが、その運命のとおりにはならない。因果応報の法則には運命を変える力があるので、人生は生まれたときにもってきた運命のとおりにはならないのです」

とにかく、善いことを思い、善いことをすることだ。
それを、天が、霊魂が、ちゃんと見てくださっているのだ。

小林 博重

新赤坂クリニックで生活習慣病健診を受診する。

昨日は新赤坂クリニックでの生活習慣病健診だった。
1時間足らずで終えることができた。人間ドックの時よりも診査項目は少し少ないだけでフルコースとほとんど変わらないにも関わらずだ。GW中でもあるのだろう。受診者は私の他、たった1人だった。 これからは1月最初の人間ドックと5月のGWの生活習慣病健診の、年2回の健康診断を行うことにしよう。

結果は郵送で報告があるが、血圧と体重・腹囲はその場で分かる。
最高血圧 120mmHg
最低血圧 60mmHg
体重 66kg(←71kg)
腹囲 86cm(←91cm)

食事療法は4月上旬から開始したので1ヶ月足らずで体重と腹囲は減少した。食事療法といっても特別難しいことではない。ベジタブルファーストと腹8分目、早食いを止めることくらい。食事内容も脂っこいものをあまり摂らないとか、ご飯は小さいご飯茶碗に一杯とか。 とにかく、以前よりも野菜はたくさん摂るようになった。加えて、野菜ジュースと青汁とお茶を定期的に飲む。ザバスとサラシアとセサミン。こちらは健康食品だが、 それに痛風と血圧と中性脂肪を下げる薬を飲む。これら全ては、世のため人のためと思えば、大して苦痛ではない。

ほんとに健康オタクになってしまった。10日後くらいになるだろうか、健診の結果が楽しみだ。

今朝も2時前に起床し、2時過ぎには事務所に出かけた。パソコンで仕事をして、7時過ぎには帰宅し朝食を摂る。眠くなったら少し仮眠をして第2ラウンドの開始だ。 午後は天候によるが、できればウォーキングをしたい。あとは読書だ。
そんなわけで、私にとって緊急事態宣言中のステイホームは全く苦ではない。

小林 博重

心穏やかに生きる。

5連休のスタート。今日は六本木の新赤坂クリニックで「生活習慣病健診」だ。

糖尿病の指摘を受け、4月の1ヶ月は定例の2時間ウォーキングに加え食事療法を徹底した。
ベジタブルファースト、腹8分目は徹底したが、早食いはなかなか改まらない。早食いを止める趣旨は、早食いだと満腹感がないので多く食べてしまうということで有れば、腹8分目を心がけているのであれば問題はないのではないかと勝手に考える。しかし、一口30〜40回程度噛むことによってジアスターゼが多く出ることに意味があるのであれば、それは心がけなければならないと思う。

昨夜は9時過ぎに寝たのにも関わらず、起床時間は毎度ながらの3時前だ。いろいろ考えることがあると目が覚めてしまう。
それが前向きなことならいいのだが、そうでないと身体に悪い。トラブルでも、起こることは必然であり、それは魂を磨く磨き砂と考えれば、全てのことは前向きなことばかりであり、人間の成長も早いのだろうが、まだまだ未熟者であるためにそうは思えないことがある。それであればストレスは溜まってしまう。 稲盛和夫さんのご本をバイブルにしている身でありながら、これではいけないと思う。

今朝の血圧は上が150前後だった。ちょっとビックリだ。いつもは120台にも関わらずにだ。
心穏やかな気持ちになって心を落ち着けようと思い、少し時間を置いて再度測ってみた。そうしたら120台に戻っていた。何度測っても120台だ。 身体と心は繋がっている。「病は気から」という諺は真実だと痛感する。
穏やかな心で日々を過ごしたいものだ。

今日は11時から健診だ。朝食を摂らず、水も飲まず。六本木まで、青山墓地を通ってウォーキングをしようと思う。

昨日は2社を訪問したが、なかなか実り多い1日だった。
OUEN Company は少しづつ増えていっている。200社はとうに超えた。この企業同士のビジネスマッチング、人材育成、プロジェクトへの参画紹介等、どんどん拡大と深掘りを進めていこう。

案件は小粒から大粒まで、短期から長期まで。全ての業種を網羅したいと思う。これで、人脈の拡がりのみならず、様々な人たちとの触れ合いの中で、私の人格が陶冶されることは間違いないだろう。

“人格の陶冶”といえば、東大の校歌がわりの「運動会歌 大空と」が思い出される。北原白秋作詞、山田耕作作曲の厳かな歌だ。

大空と

大空と 澄みわたる淡青
厳たり我が旗 高く開かん
仰げよ梢を 銀杏のこの道
蘊奥(うんのう)の窮理 応じて更に
人格の陶冶(とうや) ここに薫る
栄光の学府 巍々(ぎぎ)たり赤門
我が赤門 高く開かん

これからの私の人生は「蘊奥の窮理を明らかにし、人格の陶冶を目指したい」ものだ。

小林 博重

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GWのスタートに当たり、

昨日からGWがスタートした。私には平常と同様の1週間だ。しかし、皆さんがお休みのこともあり、この期間はウォーキングと読書三昧な1週間になるだろう。

5月1日は、六本木にある新赤坂クリニックで「生活習慣病健診」を受診する。このクリニックでは毎年初に人間ドックを受診している。今度の健診は受診項目を人間ドック並に増やして受診する予定だ。何せ、古稀間近の高齢者だ。今まで以上に身体には留意しなければならない。そして、その結果を真摯に受け止めて、100歳現役目指して体調管理に努めたいと思う。

私は古稀から30年間が「実りの秋」と思っている。万全な状態で70歳を迎えたいと思う。
この1年半は、心身は勿論、ビジネスに於いても、私の夏(45〜70歳までの25年間)の整理整頓の期間だ。
今まで関わっていた様々なこと、それはエンディングノートではないが「私の春夏の断捨離」をすることだ。そして、それは着実に進んでいる。

OUEN Japanのビジネスとしての企業( OUEN Company)の応援が、 OUEN Companyだ。
OUEN DANCHOのHPに、その想いの丈を書く。それがプレスタートになる。

GWには、 OUEN Company についても少し深掘りしようと思う。

小林 博重

「昭和の日」に思う。

今日は「昭和の日」だ。平成18年まで「みどりの日」(現在は5月4日)だったが、その翌年から昭和の日になった。

NHKラジオ深夜便で、昭和の日にちなみ、「カバーで聴く昭和の流行歌特集」をしていた。

その一つに「いつでも夢を」を原由子&桑田佳祐が歌っていた。

♫ 星よりひそかに 雨よりやさしく

あの娘はいつも 歌ってる

声が聞こえる 淋しい胸に

涙に濡れた この胸に

言っているいる お持ちなさいな

いつでも夢を いつでも夢を

星よりひそかに 雨よりやさしく

あの娘はいつも 歌ってる

歩いて歩いて 悲しい夜更けも

あの娘の声は 流れくる

すすり泣いてる この顔上げて

きいてる歌の懐かしさ

言っているいる お持ちなさいな

いつでも夢を いつでも夢を

歩いて歩いて 悲しい夜更けも

あの娘の声は 流れくる

言っているいる お持ちなさいな

いつでも夢を いつでも夢を

はかない涙を うれしい涙に

あの娘はかえる 歌声で ♫

私の年代は、橋幸夫さんと吉永小百合さんの爽やかな歌声が強く耳に残っているだろう。

生涯に亙り「いつでも夢を いつでも夢を」お持ちなさいな。一生青春、一生燃焼だ。

[人生二毛作]

一毛作は50歳までの50年だ。二毛作は51歳から。その現役は100歳までの50年。101歳から120歳までの20年が余生だ。

70歳は二生の20歳。70歳で二生の成人式を迎える。

[人生の春夏秋冬]

人にも春夏秋冬がある。私の春は安田信託銀行を退職するまでの45年。夏は70歳までの25年。秋は100歳までの30年。実りの秋だ。ここまでが現役。冬は120歳までの20年。この20年は余生。

私なりに自分の人生を真剣に考える。

70歳(古稀)は、二生の20歳であり、実りの秋だ。

20歳はこれからが人生。実りの秋は人生の総決算。70歳は私にとって、青春であり、燃焼であり、人生の総決算なのだ。

船井幸雄さんは、多くの箴言を残している。

一番上手に生きる方法は、今までにあったことを肯定し、感謝し、今やらねばならないことに全力投球をし、それから学び、愉しみ、希望を持ち前向きにいきいき生きること。

この、常に希望を持ち、前向きに愉しく生きるということが大事なのです。


「ありがとう」という感謝の心がなくなるとツキがなくなります。
傲慢な人のかたわらには誰しも近づきたくないものですが、それはツキとて同じことでしょう。


相手によって態度を変えてはいけない。

本当に偉い人というのは誰に対しても謙虚で、相手の人間性を認める度量がある。
分けへだてなく対応することが大切だ。


私は、人間は忙しくなればなるだけ、そしてしなければならないことの処理を完全にしようとすればするほど、論理的納得力と直感力、そして「想造力」(「思い」が実現する力) が強くなるように思います。


謙虚にすなおになると好循環が無限に繰り返されるようになります。

そうするとそんなに苦労したつもりでなくとも、人から見たら驚異的なことを楽々とやってのけられるようになるのです。
努力は人一倍しますが、やることが楽しいので、つらい努力とは思いません。むしろわくわくしてやります。


まず自分の周辺に起こる全てを肯定し、感謝し、その上でプラス発想することから始めるのが正しく生きる基本だといえます。


普通の人は、あげ惜しみをします。
もらうのは好きだけど、あげるのは嫌いだという人が多いのですが、これは下手に生きるコツでもあります。
これでは、人から嫌われ、人に足を引っ張られ、運が逃げていきます。


人を喜ばせるよう努力することも、人財になろうと考えている人にとっては、よい習慣といえるでしょう。人は喜ばせられると、必ず何か相手にプラスになることをしたくなるものです。
それが自分に返ってくるので、いつも人を喜ばせている人は、全体に仕事がうまく運んでいるものです。


生き方のコツは決して後ろ向きにならないこと。
どんな状況にあっても前向きの姿勢で、すべてのことに取り組む心構えです。


何でもそうですが、大事にしなければ逃げていってしまいます。

お金を集めたかったら、お金を大事にしなければならない。
物を集めたかったら物を大事にしたらいい。
大事にしたら必ず集まってきます。

人の場合も、よい人財が欲しいなら、人間を大事にするべきだということです。

あと1年半で70歳。この1年半が人生の本番の準備期間だ。1年半はちょうどいい期間だと思う。

私の個人会社(南青山ビジネスパートナーズ)とNPO( OUEN Japan)のドッキングをすることだ。

船井さんの箴言を忘れることなく、努力精進をし続けることだ。

小林 博重

「強者になる」ということ

出口治明さん著書の『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎新書)を読んでいる。

出口さんは京都大学法学部を卒業し日本生命に入社、ロンドン現法社長、国際業務部長を経て2006年に退社し、ライフネット生命を起業。2012年上場し、社長・会長を10年務めたのち、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長だ。バランスが取れた博覧強記の素晴らしい経営者だ。

この本は22の論点をテーマとしているが、基礎知識を記載し、自分の頭で考えるヒントを述べている。全てに「あぁ、そうなんだ」と首肯できる良書だ。

その中の「論点16―自由貿易はよくないのか」は、私の生き方とも重なって、大変興味深く読ませていただいた。

出口さんは「自分の頭で考える」で述べている。

自由貿易は原則的には強者の論理だと思います。自分に力のある者は自由にモノやサービスを売り買いしたいと思うでしょうし、逆に、自分に力がない者は保護してほしいと考えます。主体が強いか弱いかで貿易に対するスタンスは大きく変わります。そして、もう一つ、自由貿易や保護貿易については、時間軸で捉えるという方法もあります。

その典型的な事例に、アメリカの南北戦争があります。圧倒的に競争力のある農産物を有していた南部は自由貿易を主張し、ひ弱な繊維産業や軽工業しかなかった北部は保護貿易を主張しました。

南北戦争は、日本でよくいわれる奴隷制度存続をめぐる対立だけではなく、その根底に、自由貿易vs.保護貿易という、明確で妥協が難しい対立図式があったからでした。

結果は、北部が勝利し、アメリカは保護貿易を行うことになりました。それによってアメリカは工業国としてテイクオフを果たします。ところが、ひとたび大工業国になったら、今度はアメリカが自由貿易を主張し始めます。

つまり、自由貿易か保護貿易かは、必ずしも、主義主張だけの問題ではなく、その国の発展段階に応じた時間軸の問題だということが見えてきます。

私は、これは私自身の生き方そのものではないかと、私個人の自分ごととして妙に納得した。

私の場合、私が大企業に勤務していた時は「寄らば大樹」と、大企業の看板で生きていたのだが、それはいわば保護主義の信奉者だったのだ。そして、一匹狼で独立した今は、頼るものなしの自由貿易論者に衣替えして生きていかなければならないのだと。

それは、ある意味では、組織に属していた時は「弱者の論理」で生きていたのに対して、一匹狼は「強者の論理」で生きていかなければならないのだということ。

一匹狼には、頼りにする組織はないのだから、自らが強者にならないと生きてはいくことができない。そして、一匹狼は少しづつ強くなっていく。守られた生温かい生簀から冬の日本海・玄界灘に揉まれて強くなっていくのだと。

人生の生き方の基本は「強者になる」ことだ。そして、「弱者の立場を理解し援けることができる強者になること」なのだ。

私は自由主義論者でありたいと思う。自由主義は厳しい現実に遭遇することばかりだが、それを一つひとつ乗り越えて「悠々、堂々とした自由主義論者」に成長していく。そして、保護がないといきていくことが困難な人たちのことに思いを致すことを忘れないこと、そしてその解決のために行動することだ。自由主義を原則としつつも、保護主義を主張する人たちにも心を配ることを忘れないことだ。

出口さんが言わんとする論点の趣旨とは全くもって飛んでしまっているが、自分ごととして、そんなことを感じながら読んだ。

小林 博重

ダイバーシティの大切さ

先週土曜日の朝にNHKテレビを見ていた時、島根県邑南町のドキュメンタリーを放映していた。

次男の義父上が邑南町のご出身で、現在は京都のご自宅と島根県のご実家で交互に生活していらっしゃる。邑南町は島根県の中部に位置する町で島根県で一番広い自治体とか。内陸の町だ。孫たちは学校の長期休暇のおり、大阪から自然環境豊かな邑南町に行っている。

そんなことで、興味を持って視聴した。

それは、「地方で暮らすLGBTsのわたし」と言うドキュメンタリーだ。その内容は下記の様だ。

女/男の性別の感覚がなく、恋愛感情もない1人の性的マイノリティ。移住した島根県の集落で貴重な若者として歓迎されるが、「結婚しない」という告白が波紋を広げていく。

女や男という性別の感覚がなく、恋愛感情ももたない、1人の性的マイノリティ。東京の会社に就職するが、女性としての振る舞いを求められ、逃げるように島根県の小さな集落にやってきた。人口減少が進む集落では貴重な若者として歓迎されるものの、「結婚しない」という告白が波紋を広げていく。「性別ではなく“個”で見てほしい」。旧来の男女観が根強く残る地方で、“あるがままの自分”として生きようとする姿に密着した。

LGBTとは、

Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)

Gay(ゲイ、男性同性愛者)

Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)

Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)

の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつだ。

これらがLGBTを構成しているが、それ以外のセクシャル・マイノリティの人もいる。それらを総称して、「s」をつけてLGBTs(エルジービーティズ)と言うらしい。

ドキュメンタリーの主人公は、可愛い若い女性だ。邑南町の皆さんは、彼女には非常に好意的に接してくれている。

彼女は昔、火事に遭遇した時、消防団に救われたことがあって、邑南町でも消防団に加入したのだが、女性は後方で支える役割だということで、男性の消防訓練には参加させてもらえない。しかし、どうしてもその訓練に参加したい。

そこで、消防団長との交渉が始まる。団長は最初は「あなたは女性なのだから、安全なところにいて男性を支える仕事をしてもらいたい」と聞く耳を持たなかった。それは彼女のことを思っての対応だ。差別意識からの発言ではない。男女の区別、それぞれの特色から発した「思いやり」の発言だ。

しかし、彼女は「それはおかしい。私を人間として扱ってほしい」と食い下がる。何度かの話し合いで、団長から「女性の訓練に参加することを条件に、男性の訓練に参加していい」との回答を得た。彼女の思いは達成することができた。

邑南町の人たちは優しい人たちばかりだ。優しいことは、場合によっては人を傷つけることもあるのだ。

人間として人に接すること。既成概念を捨てて人間として人を考えることなのだろう。

ドキュメンタリーの最後に、町内会長が彼女に発した言葉がホッとさせる。

「結婚したい人もいるけど、結婚したくない人もいる。人それぞれ、それでいいんじゃないかね」

私たちは生まれてからいろいろな教育を受けてきた。祖父母や両親をはじめ、周りの多くの大人から「世の中はこうだ。それを分かって、人とトラブルなく生きること」を体中に染み込ませて生きてきた。しかし、そうではない。

「人間として」という本質的な観点から物事を考えてみるくせをつけなければならないのだ。

「女性」「障がい者」「外国人」等々、差別を生む要素は至るところにある。これからの21世紀は「多様性」「ダイバーシティ」の時代なのだ。

心して生きていくことだ。そして、それを行動に移すことだ。

小林 博重

月曜日のウォーキングを楽しむ。

自由業と言えば聞こえはいいが、私は一匹狼で自由気ままに仕事をしている。年中無休ではあるが、年中遊んでいるとも言える。好きなことを好きな時間にしているのだ。これでおまんまが食えれば何も言うことはない。

平成20年5月に個人会社(南青山ビジネスパートナーズ)を設立し、未だ軌道に乗らないまま、平成26年1月にNPO( OUEN Japan)を立ち上げた。
虻蜂取らずになりかねなかったが、この2つの法人を有機的に結びつけて、学生と企業と地域をウィンウィンウィンの関係に持っていくことが私のミッションと思い、ようやくそれを確信にまで高めることができた。

“仕事をしながら遊び、遊びながら仕事をする”ことは最高の生き方であり、それで皆さんが喜んでくださる仕事をする。

“情けは人のためならず”を自らが実践している。最高に幸せなことだ。

今日は月曜日だが、企業訪問は午前の1社のみ。あとは電話でことが足りる一日だった。そして、午後はスマホ片手にウォーキングだ。

久しぶりに明治神宮コースを歩く。
外苑前の事務所を出て、青山通りを渋谷に向かう。渋谷のビックカメラに立ち寄って、明治通りを原宿まで歩く。明治神宮にお参りして、新宿の東急ハンズで小物を買って、伊勢丹新宿の角を曲がり、新宿通りを四ツ谷まで。四ツ谷から新国立競技場を右に見て、外苑前に戻る。約2万歩弱。 いい運動だ。ウォーキング中にいくつか電話がかかる。それを歩きながら処理する。

自民党が衆参3選挙で全敗した。当然の結果だ。
“因果応報”
“驕る平家は久しからず”
政治家先生たちは賢い人たちばかりではなかったのか。
手痛い下野の辛酸を舐めた経験があるのに、政権を奪取し長く続くと、知らぬうちに傲慢になるのだろう。これが人間の性なのだろうか。 その点、哲人経営者と言われる人は、日々の生活の中で自らの至らなさを自覚して、反省の日々を送ることで、「謙虚と感謝」の心を絶えず維持している。 日本には鉄人政治家はいても「哲人政治家」はいない。日本の輝かしい将来は「哲人政治家」の登場にかかっているのではないか。

人には人それぞれの能力がある。それは、天から授かったものだ。それをレベルアップすることは若いうちなら、するべきであろうが、私の歳ではそれは無駄と言うものだ。70の手習いというが、それをできる人もいることはいるだろうが、私にはそんなことはできない。

私ができることは、私の得手を磨き続け、誰にも負けないレベルまで引き上げることなのだ。
人は一人では生きていけないのだから、信頼できる仲間をたくさんつくることだ。それで、不得手をカバーすればいい。

私は、それが恥ずかしいことだとは最近になって全く思わなくなった。一皮も二皮も剥けたような気がする。恥ずかしいと思ったら、それ以上成長しないし、決して大きなビジネスはできないだろう。

歩きながらそんなことをいろいろ考える。ビジネスのヒントもたまにはピカッと光ることはあるが、今日はそのピカッはなかった。
今度歩く時にそのピカッを期待したい。

小林 博重

エビサン整体院八丁堀に通う。

野本さんのご紹介で八丁堀のエビサン整体院を受診した。
院長先生は気さくな性格で、話好きだ。院長は、野本さんから「私の病状(というほどでもないが、腰痛と五十肩)については少し聞いている」とのことだった。 私は、あと31年間は現役で頑張りたいから心身のメンテナンスは怠りなくしなければならないと思っていることを話した。

診察の前に、足を開いて真っ直ぐに立つようにとの指示。その時の左右の足と床面との角度が少し違っていることを指摘された。体の重みが左足にかかっているので、左腰に負担がかかっているのだとのご指摘だった。同様に骨盤を上から触って左右の傾きの差から同様のご指摘を受けた。その確認をして骨盤の修正とマッサージ。 部屋の中を少し歩いても前と後では微妙に違う。
1年以上前から具合が悪い右肩の五十肩も診ていただいた。
自宅近くの整形外科に3ヵ月毎日のように通院したが治らなかったが、少し楽になり腕が回るようになった。
話は半分くらい分からないところがあったが、何せ体がその理屈が正しいと証明している。
先生は定期的に新しい治療法を学ぶために定期的に研修に出ているのだと。そうでないとお客様志向とは言えないと仰る。そして、その研修の日以外は全て仕事なんだとか。それじゃ年中無休ということか。上には上がいらっしゃる。

そんなことで、3週間後の5月16日(日)に予約を入れた。17日から1週間、九州出張のため、体調を万全にしておきたいのだ。

そして、野本さんが1カ月に2回は受診するという意味が分かったような気がした。腰肩が痛いということではなく、私が今の今気がついた、心身のメンテナンスを定期的にされているのだと。 私も糖尿の指摘を受けてから、内科的なチェックには気をつけるようになったが、外科的なことまでは気が回らなかった。
この腰痛をきっかけに頭のテッペンから足の先までのチェックも忘れてはいけないと思った。それが精神にも影響する。

“思い立ったが吉日”
“七十の手習い”
とはよく言ったものだ。
人生は思い立ったが吉日であり、手習いは人生の最後の最後までするものだ。

13時に整体院を出て、日本橋丸善に立ち寄り、その足で外苑前まで早足で歩いた。約14千歩。天候は曇り。いいウォーキング日和だった。体調は万全だ。明日から1週間頑張ろう‼︎

これからの2週間、東京は崖っ淵の緊急事態だ。
私は、読書とウォーキングで、健全な緊急事態を乗り越えよう。

小林 博重