「人脈が拡がる」ということ

北陸信用金庫の福井さんは、九州北部信用金庫協会専務理事の篠原さんにご紹介いただいた。篠原さんは西武信用金庫理事長の髙橋さんのご紹介であり[OUEN塾in福岡・北九州]の実行委員をお引き受けいただいている。

福井さんにも[OUEN塾in金沢/石川]にご興味を持っていただいて、同金庫には協賛いただけないが、彼の広い人脈の中からいろいろな方々にお話しいただき、ご興味を持っていただいた方々(企業人、大学教授、マスコミ、学生)をご紹介していただいている。

今日は、金沢大学3年生の中西君、北陸大学の田中先生と福山先生、ビジネスコンサルタントの杉本社長をご紹介いただいた。
皆さんご一緒にANAホテルにてお目にかかり、OUEN塾のご紹介をさせていただいた。

中西君は学生リーダーに手を挙げてくれた。田中先生と福山先生は、国際コミュニケーション学部の学生を複数、学生リーダーとして紹介すると。杉本社長は、金沢市の企業を複数紹介すると。

人脈は拡げようと思って拡がるものではない。きれいな想いが伝染して、自然体の中から拡がっていくものだ。
OUEN Japanを立ち上げて、福岡・北九州、金沢/石川とOUEN塾を開催することは間違いではなかった。
活私奉公の精神で自分の想いを貫くことは、それは世のため人のためにつながるのだ。そして、ありがたいことに、同じ想いの人たちは私の想いを応援してくださるのだ。それは、ある時をきっかけに幾何級数的に拡散するものだ。

柳生家の家訓
小才は、縁に出会って縁に気づかず
中才は、縁に気づいて縁を生かさず
大才は、袖触れ合う縁をも生かす

ベンジャミン・フランクリンの箴言
私が自分だけのために働いているときには、自分だけしか私のために働かなかった。しかし、私が人のために働くようになってからは、人も私のために働いてくれたのだ。

今日は2月の石川県出張の最終日だ。
午前は、公立小松大学の山本学長を訪問し、OUEN塾についてご説明し、学生リーダーのご紹介をお願いする。
午後は浦社長に同行いただき、小松市役所で竹村副市長にお会いする。副市長には、OUEN塾に協賛いただける企業の紹介をお願いする。 出張の最後の面会は、金沢星稜大学岡先生にご紹介いただいた同大学の高橋金太郎君とお会いする。彼は学生リーダーに手を挙げている。

そして、5時には北陸新幹線に乗ることができるだろう。有終完美で東京に帰ることができる。

小林 博重

七尾の山藤家で祖父を想う。

特急「能登かがり火」で七尾駅に到着し恵寿総合病院に向かう途中、『山藤家』という老舗大衆食堂がある。のと共栄信用金庫本店の前を通って恵寿病院に行く、ちょうどその中間くらいだ。いつもはその前を何気なく通るのだが、昨日はどういう心境だったのか祖父のことがふと脳裏をかすめた。

七尾では毎年5月に青柏祭が開催される。知る人ぞ知る、能登最大の有名な祭りだ。私たちはこの青柏祭を『七尾の山』と呼んでいた。今もそうだろう。七尾の道路はそんなに広くはないが、何台かの山車(だし)が狭い道路に繰り出す。

祖父は、毎年、この青柏祭に私を連れて行ってくれた。私が小学生の頃だったろうか。
七尾に行くといつも祖父が必ず行くのは、おばあさんがお店をしている小さい果物屋さんと、お昼は山藤家だった。
果物屋では、当時は高価だったバナナ。それも台湾バナナを鱈腹食べさせてもらった。
山藤家は、祖父が「七尾で一番美味しいうどん屋」と言って、うどんを食べさせてくれた。いつも天ぷらうどんだったろうか。ちょっと贅沢なうどんだった。青柏祭は、私にとって年に一回の「贅沢な日」だったのだ。そのことを今でも忘れない。そして、その時の祖父との温かい交流とその笑顔を決して忘れない。

恵寿病院訪問を終えて、50年以上前に食べたうどんを食べてみたくなった。福岡のうどんに似ている。柔らかい。そして美味しい。しかし、七尾の山藤家で食べるうどんは格別だ。祖父を思い出し、胸が熱くなった。

私は祖父母にこよなく大切に育てられたと思う。いつも3人で一緒に寝た。愛されていたと思う。
祖父は私に「東大に行って日本のために尽くす人間になるのだ」といつも言っていた。それで必死に東大に入ったのだと思う。あとは「日本のために尽くす人間になる。世のため人のために尽くす人間になる」ことだ。

私は私の祖父母のように孫たちと生活を共にすることはない。接することも、私は仕事人生で、なかなかそんな機会はない。しかし、そうありたいとも思わない。 私は、私のこれからの生き様で孫たちの心に残る祖父でありたいと思うだけだ。

正々堂々、人生をかっこよく生きて去って行ったと思ってくれる、そんな人生を送りたいと思う。

小林 博重

冬の能登路を行く。

金沢発8:56の和倉温泉行きの特急「能登かがり火1号」に乗車する。七尾着は9:47分、51分の七尾線の旅だ(「大人の休日倶楽部 北陸フリーきっぷ」は、特急自由席にも乗車できる)。 観光客が和倉温泉に行くには、金沢発8時台では早すぎる。乗客は一車両に数人だ。決してパンデミックのせいではない。
「能登かがり火」の停車駅は羽咋と七尾。私の産まれた「能登部」の最寄駅は羽咋と七尾の中間にある。懐かしい冬の七尾線の風景を楽しみながら七尾に向かう。

空は曇天。北陸の冬らしい。しかし、沿線に全く雪がない。これは能登の冬とは思えない。

七尾では、恵寿総合病院〜のと共栄信用金庫〜加賀屋の3社を訪ねる。能登の代表する会社だ。幼い頃から私が慣れ親しんだ名前だ。その会社がOUEN塾に協賛していただき、またOUEN Japanが彼らを応援することは私にとって感慨深いものがある。
今回の訪問は、今秋のOUEN塾の現況の報告と、OUEN Japanの支援企業とのビジネスマッチングが目的だ。応援されて応援をお返しする。「応援とは双方向のキャッチボール」が私のOUEN哲学であり、それを具現化することがOUEN Japanの発展につながるのだ。

[OUEN塾in金沢/石川]の協賛企業は、金沢・加賀・能登のバランスからしたら、能登のウェイトが高い。社数には満足しているが、もう少し金沢と加賀の会社の協賛がいただきたい。
お陰様で、昨日、別件で金沢本社のゼネコンの真柄建設真柄社長を訪問したおり、OUEN塾の話をして協賛をお願いしたところ、一つ返事で「了解」の一言をいただいた。私としたことが、以前から交流がある真柄社長になぜお願いにいかなかったのか。真柄社長に寛容にもお許しいただいて、彼の穏やかなお人柄に改めて感じ入った。

28日には、小松市役所と小松大学を訪問し、協賛企業と学生リーダー、参加学生を募りたい。
学生リーダーも11名を超える見込みだ。3月末までには20名に届くまでに持っていきたい。
[OUEN塾in金沢/石川]の展望は明るい。

小林 博重

ダイバーシティとテレワーク(パンデミックから学ぶ)

日本も新型コロナウィルスが猛威を振るう段階になってしまった。1ヶ月前は中国の話と、申し訳ないが半ば対岸の火事と思っていたが、感染症とは軽く国境を超えてしまうグローバルの最たるものだ。いくらトランプの力をしても防ぎようがない。
石川県も4人の感染者が出たとか。北陸では唯一石川県のみだ。県職員が東京の会合で感染したらしい。息子さんの中学生も感染し、通学している中学校は3月初めまで休校になったとか。
金沢駅では、感染症に対する注意事項を何度もアナウンスしていたし、北陸新幹線の乗客は殆どの人がマスクをしていた。駅員もホテルの従業員も全てマスク着用だ。訪問先の中には、マスクを外さない人もいた。もう誰が感染者か全く分からない。会う人全てが感染者だと思って、念には念を入れて感染症対策をしなければならない。

石川県に来てみて、日本は今、パンデミックなのだと実感した。私にしてみれば、石川県はふるさとであり、東京から遠い北陸の田舎なのだ。マスコミはコロナが全世界に拡散していると言っているが、石川県での現実は、自らのこととしてパンデミックを実感する。人間とは実に身勝手な動物だと思う。

昨日の3つの打ち合わせで、ダイバーシティとテレワークがこれからのビジネスのキーワードだと思った。この2つのワードは、パンデミックのみならず、これからのビジネスのありようを示している。

人口減少社会の日本において、外国人の労働なくしては経済は成り立たない。ダイバーシティ社会だ。仕方なしに外国人を受け入れるのではなく、共に生きて共に幸せになる「共生時代」を迎えているのだ。
また、今はIT(情報化)時代とかIOT(もののインターネット)とかAI(人工知能)とか、このような横文字で表現される時代になった今、旧態依然とした「一箇所に大勢が集まって仕事をする大会社が世界を引っ張っていく時代」ではなくなった。仕方なしのテレワークではなく、テレワークこそこれからの働き方であり、独立した人間の働き方なのではないか。
すなわち「大きいことはいいことだ。森永エールチョコレート」や「寄らば大樹の陰」の時代は遠い過去になったのだ。そこで生きる私たち人間も大きく意識と行動を変えていかなければならない。そうでないと、本当の人間の幸せを得ることができない。そんな時代になっていくのだと思う。

それを踏まえて、OUEN Japan のこれからのあり方を考えようと思う。

小林 博重

OUEN塾学生リーダーの皆さんへ(お礼とお願い)

今日は2月25日(火)。14日に第3回[OUEN塾in福岡・北九州]を終えて早いもので10日以上が過ぎました。
OUEN塾リーダーの皆さん、この1年間ご苦労様でした。特に10月以降の5ヶ月間は、企業との打ち合わせや参加学生募集では大変だったと思います。改めて深く感謝します。

私は今日から28日(金)まで、今秋(9月下旬)の[OUEN塾in金沢/石川]のため、石川県出張です。
学生リーダーは現在のところ、澤田君、矢ケ部君をはじめ、11名が手を挙げてくれており、3月末までに15名〜20名まで持っていきたいと考えています。3月11日にはリーダーMTGを金沢市の「学生の家」で開催します。二人は、福岡県でのOUEN塾に参加して、皆さんの頑張りに大いに刺激を受けたようです。石川県でのOUEN塾は、福岡県に負けない充実したものにしたいと意欲満々です。

次回の私の福岡・北九州出張は4月初めを予定しております。第4回OUEN塾のキックオフMTGは、5月上旬に開催したいと思います。

新人リーダーに関しては、OUEN塾参加学生のうち10名以上が「リーダーになって頑張りたい」とアンケートに書いてくれました。また、4月に入学してくる新入生もリーダーの対象です。

皆さんは、リーダーはOUEN塾が終わって、そこでリセットして再度の募集と思っていらっしゃると思いますが、私は大学のクラブ活動と同じく卒業するまで学生リーダーと考えています。勿論、いろいろな理由で退部(あえて「退部」といいます)する人はやむを得ませんが、できれば入部して卒業までOUEN塾リーダーを続けていただきたいと思っています。

私は、私が大学で属していた「東大応援部」とOB・OG会である「赤門鉄声会(私は昨年4月まで10年に亙り「赤門鉄声会幹事長」を務めていました)」のイメージを持って、OUEN Japanを設立しました。
東大応援部は温かい人間集団であり、赤門鉄声会も同様です。OB・OG会員は定期的に集まり、現役学生のサポートとお互いの親睦を深めます。それが自然体でビジネスにも繋がってきています(ビジネスありきのOB・OG会ではなく、人間関係がベースでそれがビジネスにも拡がるということです)。副団長の池田智子さんは、私の11歳年下のOGですが、私との人間的繋がりでOUEN Japanに参画していただいたのです。 東大応援部と赤門鉄声会は、私の「人間としてのベース」になっているのです。私は、そのようなOUEN Japanをイメージしていました。

OUEN塾の最中に、江崎君から「団長、私はOUEN塾を通していろいろなことを学びました。そして、OUEN塾のリーダーはみんな真っ直ぐで素直な学生たちです。できれば、卒業しても長く付き合いたいという想いが湧いてきています。OUENのOB・OG会を作るというのはないのでしょうか」とお話しがありました。 私が考えていたのと全く同じことを江崎君はOUEN塾活動のなかから感じてくれたのです。
私は「江崎君が作ればいいじゃないか。私は全面的に応援するよ」と江崎君に話しました。その時の江崎君の「純真で素直な笑み」を私は忘れることができません。「江崎君、ありがとう」

学生リーダーは年度の後半が多忙になり、4年生は卒業論文とぶつかってOUEN塾活動とのやりくりが難しいこともあるやに聞きました。そんなこともありOUEN塾リーダーの中心は3年生がいいのではないでしょうか。4年生はアドバイザーになってサポートする体制はどうでしょうか。 3年生が中心で、2年生と1年生がその下につく。4年生はアドバイザーです。

OUEN塾の一番の目的は、キャッチフレーズの通り「友を援け、己に応える」ことです。
学生と企業・行政・大学との懸け橋となり、地域活性化と国際化に寄与するNPOです。
そのベースに『人財』があります。OUEN塾最終日のディスカッションでもテーマになった『人財』ですね。
私が想う『人財』とは、
①恕の心(思いやりの心)を持つ人
②得手を磨き続け、仲間たちとの協働を通して、夢を追い続ける人
③明るく、大らかで、自由闊達な人
と思っています。そんな『人財』に皆さんがなってほしいと思います。

5月上旬の第4回[OUEN塾in福岡・北九州]キックオフMTGに多くの皆さんが参加してくださることを期待しています。

小林 博重

『大人のための道徳教科書』 ③徳目:国際貢献

第32項の徳目は「国際貢献」だが、講道館柔道の真価と題して嘉納治五郎を紹介している。

残念ながら日本人は、「武道」が日本の最大の輸出品目のひとつであるということを知りません。しかし世界の人々は、日本を肯定的に評価する見方のひとつに、日本の「武道」を通じた人間形成の文化を挙げているのです。
重要な点は、単に「スポーツ」を輸出したということではない点です。「武道」と名がついているように、その核になるのは「道」です。「武道」を通して、「日本の精神性=人の道」を広めたのです。 (中略)
「武道」は嘉納治五郎が、「日本人としての自覚」を持ち、世界に「貢献」すべく、強い意志と行動力によって成し遂げたものなのです。 (中略)
「柔道」の大きな特徴は、「術」ではなく「道」であることです。つまり、勝ち負けより、もっと大事なことがある。人の道を教えるのが柔道である。人を倒すための「術」ではなく、自分自身や他人を高めていく「道」というものを確立したのが、嘉納の打ち出した「柔道」でした。
嘉納は「自他共栄」という言葉をよく使いますが、自分と他人が共に栄えていくあり方こそが「柔道」の目指すところであると考えました。そのために人格形成を第一義に置き、武術を捉え直したわけです。さらに、この日本の「武道」の文化を自国に留めてしまうのではなく世界に広げようとしました。

OUEN Japan は、人格形成を第一義に置いて、「道」を追求し、人のことを思いやる「恕の心」を持ち「自他共栄=ウィンウィン」を目指す、そんな学生たちを育成するNPOでありたいと思う。

小林 博重

OUEN Japanの目指すところ

人間がこの世に生を享ける意味は果たして何だろうか。果たして「生きる」とはどういうことか。

稲盛和夫さんは「天から授けられた魂を磨くために生きる」のだと仰る。また、徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし」だと言っている。

曰く、人生は“修行”なのだろう。

では、なぜ人は「辛い修行を、生涯に互り、し続ける」ことを課せられているのだろうか。

人生が苦行の連続ならば、当然、その苦行からおさらばしようと死を選ぶ人間も出てくるだろう。日本でも年間3万人前後の人が自死している現実がある。

しかし、圧倒的多数の先哲は「生きよ!生き抜け!」と言っている。自死してはいけない。せっかく奇跡のような確率でこの世に生を享けたのではないか。なぜ自らの手で死を選ぶのか。生きるには意味がある。それは何だろう?

私は思う。

人は、幸せになるために、この世に生を享けたのだろう。

人は、幸せになるために、魂を磨くのだろう。

人は、幸せになるために、重荷を負うて遠き道をゆくのだろう。

人間には春夏秋冬がある。

青春、朱夏、白秋、玄冬。さしずめ、私は今、白秋の時代を生きている。

炎える青春時代は、金沢大学附属高校での自由奔放な友人達との交流であり、大学受験をゲームのように楽しんだ。そして、東京大学応援部での温かい人間たちとの触れ合いは、私の人生の基礎を作ってくれた。それは人間修養の入口でもあったのだ。

朱夏は、安田信託銀行での銀行員生活だろう。銀行員らしからぬ型破りの銀行員生活を送ったと思う。安田信託は、そのような私に寛容に対応してくれた。人間味ある会社だった。そして、稲盛和夫さんに出会ったのが遠因になったのだろう。44歳で銀行を退職し、無謀にも、冬の日本海に飛び込んだのだ。そして、それから20有余年、七転八倒の人生が始まる。この時が白秋の入口だったのだろうか。

私は、未だ、冬の日本海に漂っている一匹のコズクラ(富山では、ブリをツバイソ→コズクラ→フクラギ→ガンド→ブリと呼ぶ)だが、私の青春と朱夏は、美しく純粋だ。これからの白秋と玄冬の時代で、その集大成を成し遂げたい。出世魚よろしくブリにまで駆け上がっていきたい。そして、濁世の中でも染まることのない純白の絹のハンカチでありたい。その想いを以って、OUEN Japanを磨き上げていきたいと思う。

☆OUEN Japanとは何か?

OUEN Japanは、人間の応援団でありたい。

具体的には、「日本人大学生・来日留学生、および彼らを応援していただいている企業・地域の応援団」である。

☆OUEN Japanは何をしたいのか? OUEN Japanの目的とは? OUEN Japanの基本理念とは?

それは一つしかない。世のため人のために尽くす『人財』を世に送り出すことだ。その想いを持った『人財』を世に送り出すことだ。では、その『人財』とは?

自分の人生を極める人→「世のため人のためは自分のため」と考えることができる人。

恕の心を持った人→人がしてほしくないことはしない、人がしてほしいと思うことをする人。

すなわち、自分の人生哲学確立のために生きる人だ。

☆その目的のために、OUEN Japanはどんな組織であったらいいのか。どんな組織を目指すのか?

縦の規律の中に、横の心(応援の心=恕の心)を持った個人の集団

緩やかでありながらも、強固に結びついている、組織の個人同士が対等な集団

明るく大らかで牧歌的で自由闊達である個人の集団

☆企業の応援団としてのOUEN Japan

応援とは、双方向のコミュニケーションだ。応援していただく人たちを応援することだ。

応援していただくことに感謝することに加えて、企業や地域の困りごと解決の一助となる応援をすることだ。

小林 博重

OUEN Japanの目指すところ

Mapは平成20年に、OUEN Japanは平成26年に設立した。Mapは12歳、OUENは6歳になったわけだ。年中無休、七転八倒、紆余曲折の日々を過ごして今日に至った。そして、私も67歳になった。日本では高齢者は65歳以上だ。まだまだ若い者には負けない気骨はあるが、寄る年波には逆らうことはできない。それを素直に見つめて、しかし老成することなく残りの後半生を如何に生きるかを考えることだ。 人生100年、いや120歳までは生きることができるという話もある。健康に留意して、人の話を素直に耳を傾けることをすれば、ピンピン120歳は可能かもしれない。
しかし、持病というほどではないが、少し高血圧気味だ。30代後半から痛風を患い、少し尿酸値が高い(いずれも投薬で正常値ではあるが)。その他、人間ドックでいろいろ指摘される。肥満、HDL低値、中性脂肪高値、糖尿病の疑い、γ-GTP高め、聴力低下等々。 私は決して若くはない。心身とも余裕のあるうちに、私の足跡を残しておくことだ、後世に伝える形を作ることだ。いわばエンディングノートを書き始める歳になったのだろう。

気のおけない仲間たちとOUEN Japanのこれからについてブレストした。スタートはMapだったが、今はOUEN Japanがメインだ。Mapは私一代限りだが、OUEN Japanは後世に残していきたい。OUEN Japanを通じて私の想いを後世に伝えていきたいと思う。そのために、究極的にMapビジネスを属人的なものから脱却して、OUEN Japanに収斂させていくことだ。そのために、OUEN Japanの基本理念を高く掲げようと思う。

まだまだ練る必要があるが、私の想いはこんなところだろうか。

☆OUEN Japanの基本理念

①世のため人のためは自分のため(幸せな人生をおくるために、関わる人たちとのウィンウィンの関係を目指す)
②恕(おもいやり)の心を持つ人間になる(人がしてほしくないことはしない。人がしてほしいと思うことは何かと考えて行動に移す) ③緩やかでありながらも、強固に結びつく、対等な人間関係を目指す(自立・自律した個人の集合体、「寄らば大樹」の人間は御免被る)

若者には真っ直ぐ生きていってほしい。そのためにOUEN Japanは微力ながら、その一助になりたいと思う。また、若者が働いて生きていく企業や地域社会も真っ当になってほしいと思う。そのサポートもOUEN Japanはしたいと思う。

小林 博重

『大人のための道徳教科書』② 徳目:公共の精神

第24項は「公共の精神:なぜ一生懸命働かなければならないのか」で稲盛和夫さんを取り上げている。

☆人を動かすのはミッション

稲盛さんは若い頃から、公的な使命感を持って仕事をしている人でした。彼は、今この開発が遅れると日本はどうなってしまうか、この仕事は今の日本に求められているのだ、東大や京大でも研究していないことを我々はやっているのだというように、いかに自分たちが重要な仕事をしているのかを熱心に説いています。 (中略)
時には近所の屋台や一杯飲み屋に繰り出し、少ない給料をやり繰りして捻出したささやかなお金で、若い連中に飲ませてやる。そうして毎晩、稲盛さんは、みんなの誇りを掻き立てるような発言をして熱弁を振るいました。自分たちが今やっていることは、自分たちのためだけのことではない。その「公共の精神」を社員たちに浸透させたのです。
私は、「憧れに憧れる」という言い方をよく使います。私利私欲を超えたところで、パブリックなビジョンを描いている人、そうした憧れを持っている人についていきたくなるのです。お金は必要ですが、世のため人のためになっていると考えられる活動の方が挫けません。 (中略)
今はビジネスにおいて、そうした使命感や情熱はあまり見えてこない時代かもしれません。しかし、どんな時代も活性化していけるのは、「これで人々はもっと暮らしやすくなる」「これが社会を変える」というような熱い気持ちを持った業界や会社だけです。

☆パブリックという意識を持つ

パブリックという意識は、非常に人を惹きつけます。不思議なことに人間は、誰かの経済的利益のためにだけ働いていると思うと、充実感を得ることができません。お金のためだけにやっているという意識ではエネルギーが湧いてきません。 (中略)
金銭感覚がないビジネスは、実は活力に欠けます。公共事業であっても、実はビジネスとしてやるという意識があった方がうまくいくのです。要するに、これはビジネスとして成立しているのか、利潤を生んでいるのかという問いかけがないところでは、本当に大きな公的な仕事はできません。
お金を産むということは、それだけ人を雇えるということです。人に仕事を与えているのですから、これは立派に「社会全体の利益」になっています。ですので、お金が汚く、ボランティアは尊いといった、単純な話ではありません。 重要なのは、「社会全体の利益のために尽くす精神」があるかないか、という点なのです。

OUEN Japanの事業については、齋藤さんが書かれている考え方に沿って具体的に詰めていきたいと思う。

小林 博重

『大人のための道徳教科書』①

『大人のための道徳教科書』(齋藤孝著、育鵬社)を読んだ。

齋藤さんは、この本の「はじめに」で、「大人のための道徳教科書」と名付けたことについて、下記のように書いている。

本当に道徳が必要なのは?
本当に道徳が必要なのは、小中学生なのでしょうか。
このことを私に強く考えさせたのは、日本大学のアメリカンフットボール部の危険タックルをめぐる一連の騒動です。
日本中を騒がせたこの出来事は、2018年5月6日に行われた、日大フェニックスと関西学院大ファイターズとの定期戦で起きたものです。日大のディフェンスの選手が、ボールを投げ終えて無防備だった関学の選挙に背後から激しくタックルし、全治3週間の怪我をさせました。
関学側はチームの見解とともに謝罪を求める抗議文を日大に送付し、さらに記者会見を開きましたが、日大側は明確な回答をしません。そうした中、タックルをした選手自らが、記者クラブで会見を開き、「事実を明らかにするのが償いの一歩。深く反省しています」と述べたのです。
その上で、定期戦3日前に「やる気が足りない」などと指摘されて練習を外され、精神的に追い込まれていたと説明。試合前日にコーチを通じ、監督から「つぶせば出してやる」と伝えられたとし、指示を「怪我をさせろ」の意味と解釈したことを明らかにしました。
この騒動の真実は、私には分かりません。しかし少なくとも、学生である「若者」がしっかりと自身の誤りを認め、多くの人の前で直接謝罪したことに対して、彼を教育すべき立場にある「大人」の方が曖昧な態度を取ったという印象を、私だけではなく多くの日本人は受けたのではないでしょうか。 つまり、道徳教育が本当に必要なのは「大人」なのではないか。

「精神の柱」としての道徳の必要性
近年、ビジネスの世界ではアメリカのMBAで教えられるような経営理論に学ぶことが重要だとされます。そこでは、利益を最大化させるようなマネジメントや戦略についての理論が研究されています。
勿論こうしたことも必要でしょうが、20世紀初頭のドイツの社会学者・経済学者のマックス・ウェーバーが言ったように、プロテスタントの精神が資本主義を生み出したのであれば、経済行為というのは実は倫理的な後ろ盾があった方が長続きしやすいのではないでしょうか。そして日本の場合、その倫理観の基本となるのは、やはり日本人が江戸時代の寺子屋から慣れ親しんできた儒教的道徳だと思うのです。
現に、明治時代の政治家や経営者たちは西洋から近代的な社会システムを輸入しながら、それに合うような組織や企業を立ち上げ、成功を収めました。『論語と算盤』を著した明治時代の実業家・渋沢栄一に至っては、軽く百社を超える会社を作りました。
経営者だけではなく、会社で働く人たちも、少し前までは江戸の世の中に暮らしていた人たちです。それがあっという間に近代産業の担い手として立派に仕事をこなしているのです。
また、第二次世界大戦の敗戦によって焼け野原になった日本を戦後復興させ、世界第二位の経済大国に復活させた高度経済成長期を牽引したのは、明治・大正時代から昭和初期に生まれて、戦前の「修身」教育を受けた世代でした。
これは当時の日本人が、「礼節を守り、まじめに学び、勤勉に働くことが大切なのだ」という儒教の教えに裏打ちされた「精神の柱」を持っていたからこそできたことなのではないかと私は思います。 (中略)
起業するような若者を増やすためには、やはり柱が必要なのです。そして、儒教的道徳の教えは、基本的な倫理観として現代のビジネスパーソンにとっても充分「精神の柱」となり得るものです。

小林 博重