『敬天愛人』と『応援人生』は、私の成功人生の合言葉だ 。

4ヶ月振りのフライトだ。流石、羽田⇄福岡便だ。一席空けての搭乗なので隣の席は空席だが、座席数の半分近くは席が埋まっている。そして、機内サービスは全くなくなった(特にどうということはないが)。

世の中は少しずつ動き出した。
日本人は賢い民族だから、すぐに「新しい生活様式」にも慣れて、公私に亙り生き生きとした日々を送ることになるだろう。

本日は、大いに日帰りで出張した意味があった。日頃の人間関係が如何に大切か、やはりビジネスは本音を聞くことができる人脈を如何に多く持っているかどうかだ。その点が私が他の人より秀でていると自負する唯一のところだ(私はそのことは充分自覚している。その点は実に素直だと思う)。

自らの得手に磨きをかけて人さまのお役に立つこと。人さまのお役に立てるほどに得手に磨きをかけること。そして、自らの不得手なところは信頼できる人にオープンにして足らずをカバーしてもらうこと。この二つができれば、人生は成功が間違いなしだ。

『敬天愛人と応援人生』

これが私の人生を生きるモットーだ。そのモットーを貫く人生を送ることができれば幸せな人生を送ることだろう。それを改めて確信した一日になった。

小林 博重

『燃える人生』、『炎える人生』を生きる。

今日は日帰りで福岡に出張する。2月の[OUEN塾in福岡・北九州]以来4ヶ月振りだ。それまでは毎月の1週間に亙る出張だった。
OUEN塾は2月11〜14日だったため、何とかコロナの影響を避けて開催することができた。1週間遅れていたら中止せざるを得なかっただろう。運が良かったと言わざるを得ない。

今回の福岡出張は、学生のOUEN塾には直接関係はないが、OUEN Japanの目的である
①地方活性化
②国際交流
に資するプロジェクトにOUEN Japanが関わることになり、そのための出張になる。

雇用創出も見込まれ、学生にとっても育ち学んだ九州に働く機会が多くなる。OUEN Japanの目的にも沿っているサポートと思う。
[応援=OUEN]は「援けに応える」ことである。人のお役に立つことであれば、そしてOUEN Japanができることであれば、そして支援をしてほしいと請われたのであれば、それに快く応えることが『応援=OUENの精神』である。応援は、単に大声を出して「勝つぞ勝つぞ」と仲間たちを鼓舞することではない。できれば、現実問題として「人のお役に立つ」ことを形にすることができれば、それに越したことはないのだ。 私の人生は、『敬天愛人』の心で人のお役に立つ『応援人生』を送ることなのだ。

フレーフレー小林
奮え奮え小林

福岡日帰り出張は勿体ない気がするが、生涯現役の人生、止まれば落ちてしまう人生だ。
走り続けてこそ、生きているというものだ。
完全燃焼を果たすべく、命を燃やし続けよう。

小林 博重

コロナ危機を乗り越え、さらに高みを目指す。

星野リゾートの星野佳路代表が日本経済新聞のインタビューで、新型コロナウイルスの感染拡大で観光業界は最も影響を受けているが、復活に向け「1年半が勝負、国内開拓を」と言っている。

「今をどう乗り切るか」ではなく、新型コロナに対するワクチンや治療法が確立されるのは1年半はかかると想定し、「その先を見据え楽観的に構想することだ」と言う。

一番大切なことは、密集、密接、密閉の「3蜜」を回避して、観光業のイメージを落とすことがないようにすることだと。「イメージ」や「評判」が生死を左右するというのは実に納得できる。

旅の目的は主に「きれいな景色が見たい」「アクティビティを楽しみたい」から「自粛のストレスや恐怖感からの解放」だと。
コロナは人間の心を想定以上に傷つけているということか。

緩やかな需要は、3段階で回復すると。
まず、周辺地域を旅行する「マイクロツーリズム」。その次に、新幹線や飛行機を利用した大都市圏からの旅行。最後に、インバウンドによる旅行。今年だけではなく、来年も完全回復には至らない。

この1年半は、インバウンドに代わり国内需要を伸張させれば乗り切れるだろうと。インバウンドは観光市場の2割しかないから、創意工夫によってこの難局を乗り切ることだ、これからの1年半が勝負の時だと。

星野さんは、約30年間、観光業界で生きてきた。この30年にバブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災の災難に遭遇し、その都度、その難局を乗り越えてきて今の星野リゾートがある。

逆境は人間を強くする。決して平時では学ぶことができないノウハウも身につく。
難局を自らを磨く磨き砂と前向きに捉えることだ。そして、さらなる高みを目指すことだ。

こんな時しか、パラダイムシフトはできないかもしれない。パラダイムシフトするしかないというのは何と幸運なことか。

不遇を恨むのではなく、逆に「不遇に感謝する」ことだ。

小林 博重

多くの女性たちに支えられて第3の人生を生きる。

一匹狼の私の周りには多くの小企業の女性経営者がいる。私は、彼女たちにひとかたならないお世話になっている。私の足らずをカバーしてくれている。私が独りではどうなることやらと心配してくれるのだろう。ありがたいことだ。

彼女たちは、大きな組織では自分の能力が活かせないと思うのだろう。独立独歩が充実した人生を送ることができると思っているのだろう。男性よりもずっと逞しい。

どうして多くの女性たちが助けてくれるのだろうと考える。
それは、私のキャラクターのなせる技ということもあるが、私は弱点が極めて多いせいなのだろうと思っている。

私個人のビジネス・ヒューマン・スキルのパーソナルデータでは、私の結果は実にアンバランスだ。丸い円型とは程遠い。
支援・協働力と創造・概念化力は極めて高く出ているが、分析・解釈力や冷静・安定力は極めて低い。指導・決定力や傾聴力も低い結果が出たのはちょっとショックだった。 そのアンバランスの凹んだところを彼女たちはカバーしてくれているのだと思う。ありがたいことだ。
私にとっては彼女たちはなくてはならない人たちだ。そうでないと私は何もできなくなる。彼女たちから実に多くのことを学んでいる(彼女たちは私からも多くのことを学んでいるというが)。ありがたいことだ。

彼女たちは、今回のコロナでビジネスへの影響は計り知れないほどだという。持続化給付金を申請して、早い遅いの差はあったが、全員振り込まれたようだ。私にも申請するようにアドバイスをくれた。私も近々申請する予定だ。

また、新たなチャレンジだと、それぞれの得手を寄せ合って「ニュービジネス」を考えている。実に逞しい。私も大いに刺激を受ける。

私は44歳で銀行を退職し、新しい人生をスタートして23年経った。銀行時代より長くなった。山あり谷ありの23年間であったこともあり、この間に親密になった人たちは圧倒的にその前よりも多い。大企業で守られていた時よりも一匹狼の時の友人が心は通うし、情も深くなる。 人間はどん底を経験すると、人さまの有り難みがよく分かるというものだ。

44歳で一区切り(社会人人生21年間)。67歳で二区切り(23年間)。後33年間、100歳までが第3の現役人生になる。充実した現役人生を送りたい。

小林 博重

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バランスある「知情意」豊かなチームを構築する。

松下幸之助さんが「知情意」について述べている。

「この知情意は、人間が人間としての働きを高めていく上において非常に大事な枢軸であります。
すなわち、知情意の調和を図り、かつ高めていくことが、人間性を向上させることになると思うのであります。
日常生活を省みても、知情意の不調和からいかに面倒な問題と無用な闘争、損失を引き起こしていることでしょう。
友人同士の間で「お前はどうも情が薄い」などとよく言い交わすことがあります。
この言葉は、知情意の調和を心がけなければならないことを意味しています」

すなわち「賢くて(知)、優しくて(情)、強い(意)」バランスが取れた人間になることだ。

しかし、松下幸之助さんや稲盛和夫さんのようなオールラウンダーでない、ごく普通の人間はどうしたらいいのか?

私は、そのためには、
①「素直な心」になること
②自分自身の「強み・弱み」を知ること
③自分の弱みをパートナーにオープンにできるほどの「パートナーとの信頼関係」をつくること

だと思う。

素直な心で、自分の強みと弱みを客観的に見つめることだ。そして、弱みを補ってくれるパートナーを得ることだ。そして、パートナーと腹を割って話ができる信頼関係を構築することだ。

すなわち「チームでオールラウンダーを目指す」こと、「知情意」豊かなチームをつくることだ。
そのチームは、必ずパワフルなチームになることだろう。

小林 博重

漸く6月から大仕事ができる‼︎

コロナのおかげで、図らずも4月と5月は2ヶ月の長期休暇だった。いい充電期間になった。
そして、6月から全開というわけにはいかないだろうが、漸く少しずつ仕事モードに戻っていくだろう。改めて、仕事をすることができる喜びを感じている。

「人は仕事で磨かれる」
「仕事こそが人生」

安岡正篤さんは「仕事観」について述べている。

「我々は何のために仕事をするのか、何のために会社はあるのかといえば、第一に自己の主体性・自立性を錬磨すること、自由を確立することであり、進んでは、それによって、発達する自己を通じて、何らか世のため、人のために尽くさんがためである」

安岡翁は、第一に自分のために、進んでは第二に世のため人のために仕事はあると仰っているのだ。

ヒルティは言っている。
「仕事の最中に倒れること、これこそ正常な老人の正しい経過であり、およそ人生の最も望ましい終結である」

石川啄木は短歌で詠んでいる。
「こころよく我に働く仕事あれ、それを仕遂げて死なむと思う」

仕事こそ人生だ。
「どんな仕事をしてこの世から旅立つのか」が、その人の生きざまであり、生まれてきた意味だ。

しかし、人生は長い旅であり、その旅は決して完結しない。だから、想いを次の世代にバトンタッチして旅立ちたいのだ。

而立の歳に若くして天に召された吉田松陰は辞世の句を残している。

身はたとひ 
武蔵の野辺に 
朽ちぬとも 
留め置かまし 
大和魂

吉田松陰がこの世に留め置こうとした「大和魂」とは、どういうものだったのだろう。はたして「大和魂」を引き継いでいる日本人はどれだけいるのだろうか。

デール・カーネギー
「ビジネスで成功する一番の方法は、人からいくら取るかをいつも考えるのではなく、人にどれだけのことをしてあげられるかを考えることである」

そのために、カーネギーは言っている。
「成功の秘訣は、いかなる職業にあっても、その第一人者たることを期することである」

そして、大仕事をするために何が一番大事か?
坂本龍馬は言っている。
「金よりも大事なものに『評判』というものがある。
世間で大仕事を成すのに、これほど大事なものはない。
金なんぞは『評判』のあるところに自然と集まってくるさ」

来月から、OUEN Japanの大仕事をしようではないか。

小林 博重

「新自由主義」の時代に生きる。

コロナ時代の働き方を考える。
現代は「新自由主義」の時代だ。

「新自由主義」とは何か?
新自由主義とは、「小さな政府、市場の自由」を目指す考え方だ。「大きな政府」から、様々な産業の民営化を進め規制緩和を行うことで市場の活性化を目指している。

1980年代、それまでの国家の経済的介入により雇用や社会保障が守られるべきという「大きな政府」が市場を囲い込み過ぎたことにより経済的停滞が起こるに至り、「小さな政府、市場の自由」を求める声が高まってきた。そして、世界的、同時発生的に新自由主義をもととした政策が実行されるようになった。 日本では、中曽根内閣の三公社の民営化、小泉内閣の聖域なき構造改革だ。

新自由主義では、国営企業が民営化することにより自由競争が生まれる。規制がなくなることにより、参入企業が増え、経済が活性化する。 通信の自由化はそのいい例だ。稲盛和夫さんが風穴を開け、そこに孫正義さんも参入し、今では、NTTに対抗するKDDIやソフトバンクになっている。 私たち消費者は、携帯電話やスマホ等、通信会社を自由に選ぶことができ、通信費の価格競争が生まれ、私たちは身をもってそのメリットを感じている。

しかし、労働者派遣法規制緩和について「派遣社員の労働環境が『規制緩和や多様性』という言葉の陰でボロボロに破壊されてきている」という指摘があるように、市場の自由化はデメリットがあることも事実だ。 労働組合の組織率が低下している今日、労働者を守るという観点からすれば「新自由主義は労働者の敵だ」という一面もあるだろう。

新自由主義は、国民が福祉や雇用保障と引き換えに、自由と責任を享受する経済思想だ。

私は大企業の型にはまりたくないと思って、大企業によって守られた「生簀」を飛び出したが、それは、私の人生を人任せにしないで、私自身の「責任」で「自由」を享受したいと思ったからだ。 その意味では、新自由主義の荒海に自らの意思で飛び込んだのだ。
私は67歳ではあるが、五体満足で健康、私しかできないと思う「得手」も持っていると自負している。

私にとっては、この新自由主義は「時代の流れ」もっと言えば「宇宙の大流」であるとも思っている。それは、ますますコロナで加速化するだろう。

しかし世の中には、障害や病気、介護や子育て、教育の機会かわ与えられないなど、様々な事情を抱えた人がいる。また、正社員で終身雇用が日本の今までの雇用環境であり、それを希望する人たちも少なからず存在する。 「社畜」と言われても安定した生活がいい、心を売っても安定を求める人が多いのも事実だ。

夏目漱石の「草枕」には「山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」とある。

稲盛和夫さんは「理に情を添える」と仰る。

私なりに考える。
新自由主義は、大きな宇宙の大流だろう。しかし、それをそのまま押し通せば、この人の世は住みにくい。
そこで、「理」「智」に「情」を添える。温かい「人情」を持って制度を考えることだ。
意地を通さず「人間力」で、人さまの調和を図ることではないのか。

小林 博重

コロナ時代の働き方、コロナ時代は「地方の時代」

日本経済新聞の企業欄に「コロナ時代の『働く』」というコーナーがある。

「隙間で手に職、フリーランス人気」
「楽しさよりも人のため」

外出自粛、在宅勤務により、終身雇用で守られた(何も本当は守られていないが)日本独特の雇用慣行や、生活のために働くという仕事観は、コロナを機に崩れてきたようだ。 「働く」とは何か。「働き方」は、その人の人生の「生き方」そのものである。

今年3月にIT大手を辞めた32歳の若者がいうには「先行きが不透明だからこそ、正社員として会社だけに依存するのは怖くないか。自分の頑張り次第という環境の方が安心じゃない?」という。
日本の年功序列、終身雇用で身分が保障される「正社員」制度は、コロナ時代になって変わらざるを得ないだろう。会社に依存してスキルを磨いてこなかった正社員は会社にとって一番のリスクだ。

とはいっても専門スキル(私のような「人さまのおかげで生きている、いわば『人脈のプロ』も、ある意味では専門スキルだ。極めて得難い専門スキルと自負している)を持つフリーランスがコロナ時代に生き残る職業になるのではないか。

また、マイナビが来年3月卒業見込みの大学・大学院生を対象に「職業観」を聞いたところ、この3月時点で「楽しく働きたい」と回答した学生が減少し、代わりに「人のためになる仕事をしたい」という学生が増えたそうな。東日本大震災の時もそうだったとか。 大きな混乱が起きると、社会の役に立ちたいと考える若者が増える。若者は捨てたものではない。
また、コロナ禍に関する社会貢献だけではなく、地方移住を考えている若者も増えているとか。コロナの流行は狭いエリアに人口が密集する都市機能の脆さを顕在化させた。リモートワークが「新しい生活様式」として定着すれば働く場所の重要度は低下する。コロナ時代は地方の時代だ。

OUEN Japanの地域貢献事業は21世紀、コロナ時代にフィットした事業だろう。学生や企業を巻き込んで地域創生を図る。面白い展開は「世のため人のため」である。

小林 博重

もともとの緊急事態宣言期間を充電の時間としよう。

粗探しの国会だ。誰が一番というのだったら、それは「トップの人間のレベル」がそうさせているのだろう。
与党も野党もどちらも似たようなものだ。平時には潜在して現れなかった「人間の本質」が、100年に一度の危急存亡の時には如実に顕在化する。

このようなお粗末な国会を見ていると、組織の一員として生きていくことは精神衛生上、不健全なストレスが溜まって長生きができないと思ってしまう。官民問わず、宮仕(サラリーマン)は気楽な稼業とは言いがたい。ただ身分保障があるというだけではないか(身分保障があると言っても、それは官か大企業の民だけだろうが。それもこれからどうなることやら)。

それに対して、小であろうとオーナー経営者は、このようなコロナ騒ぎに出食わすと、その厳しさを嘆くことになるが、逆に、コロナは人間を磨く磨き砂だと思って必死に生き延びる努力をすれば、一段も二段も上にアウフヘーベンして人間の器が大きくなるものだ。その点では宮仕でない幸せを感じることができる。何事も考え方次第だ。前向きに前向きに。

そして、一段も二段もアウフヘーベンして「世のため人のため」に生きる具体的生き方を考え実行することだ。それは人それぞれ。小さなことから大きなことまで。 こんな時は、小粒でもピリッと辛い山椒こそが、大したことをやることができるものだ。

もう少し考えよう。緊急事態宣言は解除されたが、もともとは5月末までだった。ちょっと焦って解除しただけだ。慌てないで、あと少しの5月の期間を充電の時間としよう。

小林 博重

自民党よ、目を覚ませ‼︎

昨日、緊急事態宣言が解除された。「新しい生活様式」の徹底は継続されるのだが、大袈裟かもしれないが気分は180度転換した感がする。これからは自粛から自制が求められる。大人の対応が求められるということだ。

ビジネスでは、東京のみならず地方への出張も可能になる。賢いビジネススタイルが求められているのだ。私のようなアナログ人間にとっては、むしろデジタルを取り入れるいい機会だと、何事も前向きに捉えるようにしたい。

それにしても、安倍首相が緊急事態宣言解除の発令とそのコメントを滔々と話していたが、どうしても「心からの言葉」とは感じることができない。因果応報ということか。長期政権のなせる業か。

「信なくば立たず」

正しいことを話していても、その言葉に真実を感じることができないのは、人間の傲慢さか、謙虚のなさか。間違ったら謝ることは当たり前のことではないか。政治には「謝る」という単語はないのだろうか。だから、人はその人の発言を信用しなくなるのだ。 首相は国民に尊敬される人間であってほしい。忖度ばかりがまかり通る世の中は悲しいことではないか。

聡明才弁な第三等の資質の首相は即刻その席を後任にバトンタッチしてほしいものだ。
自民党には人物は多士済々と思う。自民党はそれほど落ちぶれてはいないと思いたい。
自民党の先生方、今こそ「我こそは」と立ち上がっていただきたいものだ。

小林 博重