執行役社長としての「OUEN Japan 団長」

私はOUEN Japan の理事長であり団長でもあるが、これは単なる呼称を読み替えているのではない。理事長は取締役社長であり、ボードのトップだ。これに対して団長は執行役社長であり、業務執行のトップということだ。

理事長としてOUEN Japan のこれからを考える。ようやくビジョンが総天然色で見えてきたところだ。これからは執行役社長としての団長が、そのビジョンを形にするステージに入る。

先々週は石川県に出張した。先週から4月5日まで、期末であることもあり、出張せず東京で仕事をする。
新型コロナウィルスの関係でなかなか企業訪問は難しいところがあるが、お会いできるOUEN Japan の会員企業およびOUEN塾協賛企業等を訪問して、OUEN Japanの事業についてお話しをしている。
皆さん、殆どの企業から「OUEN Japan がビジネスとして企業を応援(=OUEN)してくれるのは自然であり、OUEN塾にも前向きに協賛できる」とのお話しをいただく。そして、ありがたいことに、快くビジネスマッチングの面談を受け入れてくださる。

そして「OUEN Japan はOUEN塾を通して世のため人のために尽くす人財を育成すること」がミッションの一つだが、この「人財」は大学生や留学生だけではなく、私たち社会人の育成にも当てはまることだと実感する。 私が考える「人財」とは、
①思いやりの心を持ち、
②得手を磨き続け、仲間たちと協働して、夢を実現するために努力し、
③明るく、公平で、誠実な人
であるが、このような人にならなければ、OUEN Japan の二つめのミッションである「OUENネットワークを通して、企業や地域の期待に応える」ことができないということだ。それは、皆さんとお話しして実感する。

思いやりの心とは、論語が言うところの「恕の心」だ。相手がどのようなことを思っているのだろうか、相手の立場に立って考えること。少なくとも、相手がしてはほしくないことはしないことだ。そのように思って考え行動すると、いろいろなアイデアが湧いてくる。それは相手の心を開くことになるのだ。

そして、殆どの人間はオールラウンダーではない凸凹の人間だ。自分の不得手をカバーしてくれる人との協働(コラボレーション)でその組み合わせはオールラウンダーに近づく。それが二人から三人、四人と拡がっていけばますますオールラウンダーと同じ力を持つことになるのだ。さすれば、夢は夢ではなくなる。

そしてその人は当然、明るく、公平で、誠実な人であろう。そうでなければ、思いやりの心は持てないし、得手を磨き続ける不退転の心は持てないだろうし、仲間たちと協働することもできないだろう。

そうすれば、夢は実現に近くなる。総天然色で夢を描くことができて、夢は実現するのだと思う。

それは、私の脳裏から飛び出し、現実に落ちてくるのだ。これからが執行役社長である「団長」の力の見せどころだ。

小林 博重

雌雄の番いで組織の核を創る。

生きとし生きるものは、雌雄の番い(つがい)があることが、その生物がこの世に生き延びていく絶対条件であろう。これは生物の中で最高に進化している人間においても同様だ。社会の最小単位は夫婦に代表される番いである。
人間界は日々進歩しており、昔は「結婚適齢期」という言葉が当然のように使われていた。私が若い頃は、男性は30歳前、女性は25歳未満が結婚適齢期であったような気がする。クリスマスケーキは12月25日になると値段が下がるどころか店頭に並ばないことを女性に当てはめていた、今では考えられない理不尽なことが堂々と罷り通っていた。 今では人権意識が極めて高く、いわゆる「LGBT」と言われるセクシャル・マイノリティ(性的少数者)も、いろいろな障害はあるものの社会に認知されてきた。

しかし、社会の最小単位の代表は男女の「夫婦」であることに変わりはない。
正常な雌の性染色体はXXであり、雄はXYである。人類もお互いの足らずをカバーすることにより生成発展していくことができる。今自分がこの地球に生存しているのは、人類の生い立ちからそのカップルが連綿と続いてきたことによることに想いを致して見れば、それは神仏か天か、サムシンググレートに自然と頭を垂れることになるだろう。

そんなことを考えて、OUEN Japan のことに想いを致してみる。
このことは、人間の個体のことだけではなく、このOUEN Japan にも言えることであろうと。

OUEN事業は、
①OUEN塾
②企業・地域OUEN
だが、いずれもコアの単位は私ともう一人のペアになるのだ(そのペアはやはり異性がいいように思う。ホンダは、本田宗一郎さんと藤沢武夫さんのペアでホンダの隆盛を築き上げたが、藤沢さんは女房役に徹したが故にそれは成功した。今の時代、できれば異性がいいと思う。特に私のような人間にはそのように思う)。 この両者は別々であるが、密接に繋がっている。その橋渡し役は、設立者であるこの私であることは疑いようもない。

二人三脚と二人三脚のコラボレーションなのだ。

そのペアをどうするか。今は、私の後継者を考えることではない。私のそれぞれのペアを考えることだ。ベクトルを合わせること、その前にベクトルが合うパートナーを見つけることだ。

そんなことを考えて、お客様とのアポイントの時間が来た。
また、じっくり考えることとしよう。

小林 博重

利己から利他へ、そして究極の利己へ、アウフヘーベンす る。

OUEN Japanをどうして立ち上げたのかと考える。Mapビジネスの延長で平成26年1月にOUEN Japanを設立した。

東大に限らず日本の大学は、当時は、学生の住居として学生寮のインフラは整っていなかった。日本人大学生や留学生の宿舎は、それぞれが別々で、合同宿舎は殆どなかった。
東大は、自らつくることは時間がかかること、共立メンテナンスは大学との提携寮を模索していたこととをマッチングさせた「Mapビジネス」として、井の頭公園に男女2棟の東大国際交流宿舎を共立メンテナンスにつくってもらった。そして、これが縁で、OUEN Japanの設立に至る。すなわち、「ハードからソフトへ」の拡がりだ。

このように、私にボランティアの想いがあってOUEN Japan を立ち上げたわけではない。さりとて、OUEN Japan にビジネスの匂いがあったわけでもない。 お人好しで、人好きの、自分の性格からOUEN Japan にのめり込んでいったというのが偽らざるところだ。

OUEN Japan は、現在は、OUEN塾と世田谷区経堂で行っているOUEN HOUSE(不動産サブリース)の2つだが、後者は不動産事業であり、私のお人好しの一面でスタートした事業だ。私の目指すところではない。来年3月のサブリースの期限終了を待って撤退することを考えている。

OUEN Japan は、平成26年1〜4月が第1期、それから6期を経て、この5月から第8期がスタートする。この機会に、OUEN事業について考える。

OUEN事業を、
①OUEN塾(ボランティア)
②企業・地域OUEN(ビジネス)
の2本柱として、早急に築き上げる。

これは、ひとつに、
①OUEN塾の運営のために、その協賛金やOUEN会費(法人会費と賛助会費)の足らずを、②企業・地域OUENによるビジネスでカバーすることが、永続するNPOの姿であること。 そして、ふたつに、
それか、OUENネットワークを強化してOUEN Japanを応援してくださる「企業の応援」のコスパを高めるものでもあること。

すなわち、応援(=OUEN)とは一方方向の自己陶酔活動ではなく、双方向性を持った、ウインウインがウインウインウイン・・・・と♾に拡がっていくコミュニケーションなのだということだ。

稲盛和夫さんは、自らの人生を振り返って、このように語っていらっしゃる。
「ともすれば人間は、自己中心的な発想に基づいた行動をしたり、つい謙虚さを忘れ、尊大な態度をとったりしてしまう。また、他人に対し、嫉妬心や恨みを抱いてしまうこともある。しかし、このような邪(よこしま)な心では、正しい判断はできない。「自分にとって」都合のよい判断ではなく、「人間にとって」普遍的に正しい判断を、私たちは心がけるべきなのである。今思い返してみると、経営の経験もない私が、このようなベーシックな倫理観、道徳律をもとにして経営を進めてきたことが、現在の成功をもたらしてくれたように思う。もし私に、なまじ経営の知識や経験があったなら、「人間として正しいかどうか」ということよりは、経験則や経営手法を基準に判断しただろうし、額に汗して働くよりは、楽をして儲けようとしていたかもしれない。そうであれば、現在の京セラは決してなかったはずだ」

私は稲盛和夫さんに心から私淑している者の一人であるが、このような崇高な哲学の足元にも到達していない(私が棺を覆う時になってどこまで到達していることやら)。 しかし、私は私なり、自分に正直に、人生を真っ直ぐに生きていこうと思う。

私なりに今納得している「生き方」を極め、哲学までにアウフヘーベンしていけば、少しは稲盛さんの足元に辿り着けるのではないか。

「利己を極めよ。さすれば、それは利他に近づくことになるだろう。そして、それは私にとっての『最高の利己』なのだ。
利己≒利他の法則は、自然の真理である」

小林 博重

見果てぬ夢を果たすために

OUEN塾は、大学生・留学生の応援団として、彼らが世のため人のために尽くす人財に育つ一助になることをミッションとしている。

このイベントを福岡と北九州からスタートしたこともあるのだろうか、「21世紀は女性の時代」だと痛感している。
九州の女性は男性を立てながらも自らの思いをしっかり持って、思いを果たす賢女が多いように思う。ポリシーを持って生きている女性が多い(今秋には、金沢でもOUEN塾を開催する予定だが、こちらの学生リーダーは男子と女子が半々。女性は男性の後についていく旧来の男女の在り方のように思う。これが九州と北陸の違いなのか)。

私の周りの女性たちは、意識が高い女性ばかりだ。人生を一人で生きていこうという「覚悟」を持って生きている。そして、その人独自の得手を持っている。「寄らば大樹」ではない。だから、お互い、不得手をカバーしてくれる信頼できる人との協働ができる。 その点、私を含めて男性はその覚悟を持っている人はあまり多くない。高い意識を持った女性たちから学ぶことは多い。

私の場合、生きるベースに妻がいる。妻の存在が支えになっている。60歳代後半になった今、多くの友人たちは殆どが「人生の後半、これからは悠々自適な老後を送ろう」と思っているらしい。伴侶との悠々自適人生は理想ということか。それもいい。しかし、私の場合、晩生(おくて)のせいもあるだろう。全ての人に「この世に生まれてきた意味」があるとすれば、それを果たそうと生きていくことは、生まれてきた以上、それは当たり前のことだ。私はまだそれを果たしていない。「悠々自適人生を送ることは30年早い」と思う。

人生100年というのであれば、これからの30年の人生は、果たしていない「ミッション」「使命=命を使うこと」を果たすことに賭けることだ。
どこまでできるか、人間には人それぞれ器量があるから、稲盛和夫さんのようなスケールの大きいことはできない。私の器量の限界までのことをして旅立ちたいものだと思う。では、それは何か?

私の場合、OUEN JapanというNPOのステージで「見果てぬ夢を果たす」ことだ。

OUEN Japan は[OUEN塾]と[企業・地域OUEN]の2本柱だが、そのバランスをきちんと構築すること。そして、それを拡げること。 そのため、私の不得手をカバーしてくれる信頼できるパートナーと二人三脚でガッチリとタッグを組むことだ。

今、そんなことを考えている。

小林 博重

トップの引き際

Mapは、私一代で命を終える個人会社だが、もう一つのOUEN Japan は、今は私の個人的存在から離れて「志」をバトンタッチしていくNPOになりつつある。

本日の産経新聞の特集欄に「トップの引き際、どう判断」と題して、関電や郵政の不祥事に伴うトップの引き際について、経済小説の作家である黒木亮さんと江上剛さんのインタビュー記事があり、私自身のこととも重なり、興味深く読んだ。

黒木さんは、
「近年の日本の経営者には社会と消費者に奉仕するという志がないように見える。私が『鉄のあけぼの』で取り上げた川崎製鉄の元社長、西山弥太郎氏は、いい製品をつくって産業に役立てたいという強い思いを持っていた。松下幸之助氏や稲盛和夫氏にも同じような志を感じるが、現在の経営者たちは組織の中でうまく泳いで、志のないままトップに立った人たちが目立つ」

江上さんは、
「日本の大企業のほとんどがサラリーマン経営者。不祥事が起きても辞めないのは「自分は運が悪かった」ぐらいにしか思っていないからだろう」
「引き際の美しいトップとして知られる人に「住友財閥中興の祖」と呼ばれた伊庭貞剛がいる。住友総理事を58歳で後継者に譲った伊庭は「世の中を悪くするのは、青年の失敗ではない。老人の跋扈だ」というようなことを言っている。要するに、老人がいつまでも経営に携わっていてはダメということだ。伊庭に倣い、トップになったらいつ辞めるかを考え、自分を超える後継者を選び育てるべきだと思う」
「経営者の引き際の悪さは、日本にイノベーションが起きない理由にもなっている。偉い老人が跋扈している社会では若い人が活躍できない。アメリカではGAFAのように新しいビジネスが次々起きているが、日本ではいつまで経ってもトヨタだ。
昔に比べて人間が小さくなっているのもある。昔の経営者は第1に従業員、第2に取引先、第3に地域社会のことを考えたが、あるときから株主が第1になり、トップも株価を上げることばかり考えている。これじゃあダメだ。 アメリカで最近、優先すべきは従業員や取引先、地域社会であり、株主は最後でいいという考えが出てきた。もともと日本がやっていたことだ」

①「社会のために貢献する」という「志」ある経営者になる。
②「辞め時」を考え、「自分を超える後継者」を育てる。

OUEN Japan 団長として、この2つを肝に銘じて事に当たりたいと思う。

小林 博重

この世を生きる意味

「なぜ、働くのか〜生死を見据えた『仕事の思想』〜」と「人生の成功とは何か〜最期の一瞬に問われるもの〜」を読んだ。いずれも著者は田坂宏志さんだ。

*仕事に「思想」を持つ。
*「思想」こそ、現実に流されないための錨だ。
*「覚悟」を身につける。
*「死生観」「世界観」「歴史観」の3つの原点から、仕事を見つめる。
*「命」を何に「使」うか。そこから使命感が生まれる。

*「人生の成功」のために「勝者の思想」を抱いて歩むとき、限界が見えてくる。
*「達成の思想」を抱いて歩むときにも限界が見えてくる。
*「達成の思想」は「成長の思想」へと深化していく。

人生の旅の途中で巡り会う全ての人々が、かけがえのない人々であると感じられる。
旅の途上で出会う全ての景色が、深い意味を持った景色であると感じられる。
しかし、そうして歩んでいく旅も、いつか終わるときがやってくる。
そして、その旅が終わろうとするとき、その最期の一瞬に不思議な人物が現れる。そして、我々に静かに問う。
素晴らしい旅であったか。
そのとき、我々は答える。
ええ、素晴らしい旅でした。
振り返れば、この旅の途上では、様々な苦労や困難に出会いました。失敗や敗北の苦しさも体験しました。挫折や喪失の悲しみも味わいました。 しかし、そのおかげで、私はこうして成長することができました。
だから、この旅は素晴らしい旅でした。
その答えを聞き、その不思議な人物は、ふたたび問う。
では、その素晴らしい旅に感謝するか。
その問いに、しばしの沈黙の後、我々は答える。
ええ、素晴らしい旅でした。
しかし、私にとって、本当に感謝すべきは、素晴らしい旅ができたことではありません。
この旅に出ることができた。そのことが、私にとっては、最も深い感謝です。
我々は、いつの日か、この旅の最期の一瞬、そう答えるのでしょう。

私はこの本を読んで、稲盛和夫さんが『生き方』で書いていらっしゃる「魂を磨いていくことが、この世を生きる意味」ということが、今更ながらストンと胸に落ちた。

稲盛さんは、このように仰っていらっしゃる。

「私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。 生きている間は欲に迷い、惑うのが、人間という生き物の性です。放っておけば、私たちは際限なく財産や地位や名誉を欲しがり、快楽に溺れかねない存在です。
なるほど、生きている限り衣食が足りていなくてはなりませんし、不自由なく暮らしていけるだけのお金も必要です。立身出世を望むことも生きるエネルギーとなるから、いちがいに否定すべきものでもないでしょう。 しかし、そういうものは現世限りで、いくら沢山貯め込んでも、どれ一つとしてあの世へ持ち越すことはできません。この世のことはこの世限りで一旦清算しなくてはならない。
そのなかでたった一つ滅びないものがあるとすれば、それは「魂」というものではないでしょうか。死を迎えるときには、現世で作り上げた地位も名誉も財産も全て脱ぎ捨て、魂だけ携えて新しい旅立ちをしなくてはならないのです。
ですから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は迷いもてらいもなく、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわち僅かなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだと答えます。
俗世間に生き、様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命生きていく。そのプロセスそのものを磨き砂として、おのれの人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。私はこのことにより他に、人間が生きる目的はないと思うのです。
昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努める。その弛まぬ作業、地道な営為、慎ましき求道に、私たちが生きる目的や価値が確かに存在しているのではないでしょうか。
生きていくことは苦しいことのほうが多いものです。ときに、なぜ自分だけがこんな苦労をするのかと神や仏を恨みたくなることもあるでしょう。しかし、そのような苦しき世だからこそ、その苦は魂を磨くための試練だと考える必要があるのです。労苦とは、おのれの人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。 試練を「機会」として捉えることができる人、そういう人こそ、限られた人生を本当に自分のものとして生きていけるのです。
現世とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場である。人間の生きる意味や人生の価値は、心を高め、魂を錬磨することにある。まずは、そういうことがいえるのではないでしょうか。

これからも、生涯掛けて稲盛哲学を実践していきたいと思う。

小林 博重

石原信雄さんとの楽しい会話

昨日はジェイキャス白根社長と石原信雄さん(元内閣官房副長官、現地方自治研究機構会長)をお訪ねした。

新規会社のジェイキャス航空(株)は、関西空港と中部空港からJR等の地上交通機関では数時間の時間を要する地方に、ほぼ同料金で、1時間前後で行くことができる航空機を就航させるという、地域活性化のためのビジネスを展開する会社だ。その設立趣旨をご説明して応援していただくお願いが、この日の訪問趣旨だ。

いろいろ話が弾み、30分の予定を軽くオーバーした。快く応援を快諾いただいた。そして、普通では聞くことができない、自治省の課長から事務次官、官房副長官時代のお話しをたっぷり聞かせていただいた。

特に私のふるさとである石川県やお隣の富山県の往時の政治家の話は、私の幼少の思い出とも重なり、実に興味深く拝聴した。
海部内閣時代のこと。その時の官房長官は奥能登から衆議院議員に選出されていた三木派の坂本三十次さん。穏健な三木派の中でも、その人柄では一目も二目もおかれた気骨ある紳士だ。石原信雄さんは官房副長官。石原さんの直属の上司だった。往時の石川県から選出された衆議院議員は森喜朗さん(元総理大臣)や稲村佐近四郎さん(元国土庁長官)のこと、自治省の元部下である谷本現石川県知事や石井現富山県知事のこと。

ここだけの話は面白い。日記に書いてもいいが、ちょっとこのようなブログには書けない話をお聴きした。

石原さんは平成の生き字引だ。官僚の中の官僚だ。真正面から政治家と対峙して、面従腹背することはない。今はこのような気骨ある官僚は永田町広しと言えども殆どいないのではないか。
森友学園を巡る財務省の公文書改ざん事件にも現される「官僚のプライドのなさ」。あなた方には「国家」とは何なのか。出世のための階段を昇りたいだけで官僚をしているとしたら、何と情けないエリートなのだろう。 そんなことを考えながら帰路に着いた。

漸く風邪の症状は治ってきた。もう10日以上はかかっているだろう。67歳という年齢のせいなのか。石原信雄さんは93歳で矍鑠とされていることを考えたら甘えていてはバチが当たるが、やはり後30年は現役を全うしようと思ったら、村田英雄の「皆の衆」ではないが、♬無理はよそうぜ、体に悪い♬

まだまだ長い人生だ。ちょっと後ろを振り返りながら(反省して)、前を向いてマイペースで賢く、ウォーキングやジョギングで残りの人生を楽しみながら生涯現役を貫いていきたいものだ。

小林 博重

OUEN Japan の目指すところ

OUEN Japanとは「友を援け、己に応える」というOUEN(応援」スピリットで「学生と地元企業・行政との懸け橋となり、地域活性化と繁栄に寄与するNPO法人」である。

そして、OUEN Japanのミッションは、
1.OUEN塾を通して「世のため人のために尽くす人財」を育成すること
2.OUENネットワークを通して、企業や地域の期待に応えること
である。

☆OUEN塾とは、
日本人大学生や外国人留学生と企業・地域社会との交流を通して「働くことの意味」「人生設計」を考え、地域の活性化と国際化を意識する機会を提供するイベント

☆OUEN Japan が考える人財とは、
①思いやりの心を持ち、
②得手を磨き続け、仲間たちと協働を通して、夢を実現するために努力する人
③明るく、公平で、誠実な人

☆OUENネットワークとは、
OUEN Japan のミッションと活動に賛同する企業・自治体・大学のネットワーク

すなわち、OUEN Japanの事業は、以下の2つだ。
1.OUEN塾
2.企業・地域 OUEN
OUEN Japan に関わる全ての企業や地域の応援団として、事業支援や地域活性化をサポートすること

OUEN Japan の事業は、双方向の支援ができる取り組みであり「OUEN(応援)とはいわゆるキャッチボールなのだ」というのが私の「応援哲学」である。

その中で、[企業・地域 OUEN]には、営業支援事業として、協力企業をつなぐ4つのキーがある。これは全てフィービジネスである。
①販路拡大、経費削減
②人財採用、人財育成・人事制度構築、福利厚生の充実
③地域活性化・まちおこし
④リスク管理

特に、③地域活性化・まちおこしについて
*取り組み事例①
[OUEN塾in金沢/石川]における「奥能登と中能登の地域活性化を考える」イベント
*取り組み事例②
能登里山空港⇔関西空港の就航計画の実現
*取り組み事例③
福岡県と石川県の交流イベント
様々な観点で共通している、繋がりがある両県の交流により、地域活性化をサポートする。

☆両県の共通項
ⅰ.万葉の繋がり
*令和の命名の典拠は、万葉集。太宰府での太宰師(太宰府政庁長官)大伴旅人主催の「梅花の宴」で詠まれた歌。
*大伴旅人の子の大伴家持は越中と能登の国守のおり、多くの「能登」を詠んだ歌をつくっている。

ⅱ.家紋の繋がり
*太宰府天満宮に祀られている菅原道真の家紋は梅鉢(太宰府の飛梅で有名)
*加賀藩主の前田利家の家紋は加賀梅鉢。利家は自らを「道真の末裔」と称していた。

ⅲ.江戸時代の外様大藩
*福岡黒田50万石
*加賀前田100万石

ⅳ.日本海に面している元気な地方都市
福岡市と金沢市

ⅴ.日本海時代回帰のリーダー
20世紀は太平洋時代、21世紀は日本海時代。日本は、近代以前は中国や朝鮮半島との交易で栄えた。21世紀は、東アジアとの交易で、日本海時代にしようではないか。環日本海への視点を持とう。

〜太平洋側が日本の表になったのは、そんなに歴史の古いことではなく、江戸時代でも、大阪が「天下の台所」として元気な頃は、北廻船が活発に行き来し日本海側が日本の表玄関であり、加賀百万石の金沢が、江戸、大阪に次ぐ大都市であった〜

小林 博重

【OUEN Japan】 地域活性化・まちおこし.pptx

大才とは「袖触れ合う縁をも生かす人」

昨日、OUEN塾学生リーダーの中西辰慶君が青山事務所にいらした。中西君は浅草生まれの江戸っ子だが、金沢大学理工学部の学生だ。北陸信用金庫の福井さんが「なかなか気骨がある学生がいる。ある会で出会った学生だが、OUEN塾のことを話したら大変興味を持ったようで、小林さんに紹介したい」とホテルANAクラウンズ金沢で会った。私の話を目をキラキラさせながら聴く。金沢工業大学で学生リーダーの澤田君とも知人だとか(世の中は狭いというか、そんな人だから私と出会うのだろう。人との出会いは偶然ではなく必然なのだろうか。そんなことを思いながら、いい学生がリーダーになってくれたとこの出会いに感謝した)。

中西君と大石さんと私の3人で今秋開催するOUEN塾(石川)のことを話す。それも「能登の地域活性化」のことだ。
OUEN塾は、学生・留学生と地元企業との交流により、その地域を知り、働くとは何かを学ぶことを通じて、彼らが有意な人財に育っていくことを目的としている。福岡県では「地域を知ることは地元企業を知ること」からということで個別企業に焦点を当てて企業訪問をした。
しかし、石川県では、それに加え、ストレートに能登地域の活性化をテーマの一つに加えた。もっと根源的な「地域の活性化」を学生に考えてほしい、いや若い学生が参画することが地域活性化には不可欠だ、という問題意識だ。
どれだけ学生が能登に興味を持っているのか、そのような問題意識ある学生たちが能登に行かなければ今度のOUEN塾は成功はしないだろう。そのための仕掛けをどうするか。仕掛けによってはOUEN塾は日本の地域活性化に大きく寄与するイベントになるだろう。

いろいろなアイディアが出た。
①二つの「能登のチーム」を作ろう。
②2日目と3日目のフィールドワークは、能登に限り、1泊2日の能登ツアーはどうか。夜も能登の皆さんとの交流ができる。
③そのような企画を学生主体で考え「参加学生募集」をしたらどうか。

なかなか面白い。これは本格的な「能登の活性化」につながり、延いては「石川県の活性化」になるかもしれない。

老若男女が一緒になって、いろいろなことにチャレンジする。これも「袖触れ合うご縁」を大切にすることからだ。これがOUEN Japanが目指す組織でもある。 人それぞれが得手を磨いて、お互いの足らずをカバーしあって、夢に向かって走り、夢を果たすのだ。

3人との打ち合わせの後、OUEN Japanのビジネスコーディネーターをお願いした野本知里さんと、野原産業でBIMoaject Japan代表の東政宏さんと別の打ち合わせと懇親の席を持った。 これも「袖触れ合うご縁」だ。そのご縁を如何に生かすか。生かすことができる人は大才であり、幸せな人生を送ることができる。

人生は実に面白い。その醍醐味を味わうためにも、人生は生きる価値があるのだろう。

小林 博重

直観を磨く。

真夜中に目覚める。
先週は木曜日まで石川県出張だった。出張の疲れか、風邪を引いたのか、花粉症も加わってか、週末の金土日の3日間は咳こんだり鼻水が止まらなかった。日曜日は久しぶりに一日中、床に伏せっていたせいもあり、その夜はうつらうつらで睡眠不足。やはり、仕事が万能薬なのか、月曜日は外出せずに事務所で、フルにデスクワークと来客との打ち合わせをこなして、ようやく体調は回復した。 この歳になると年中無休は良くない。マイペースで仕事と休みのバランスの中で心身の健康を維持して仕事をすることだ。それが生涯現役につながる。
少なくとも、八十路までの後12年半は若者や壮年以上の仕事のパフォーマンスを維持したい。そのためには、メリハリをつけて、心身の休みを取ることだ。心は若くても身体はそれなりなのだから、これも恕の心(思いやり)の変形で、心と身体の思いやりだ。

昨日は、4月の石川県出張のアポ取り(大学訪問)から始まって、これからのOUEN Japanの体制つくりの打ち合わせだった。この2週間は、関係者の方々との打ち合わせをすることになる。何事も足場をしっかり固めないと先に進めない。新型コロナウィルスで世間は萎縮せざるを得ない3月だ。バタバタせずに、足場を固める月にすればいい。

OUEN JapanのボランティアはOUEN塾だ。OUEN HOUSEもあるが、来年3月にはこの事業から撤退する。OUEN塾一本に集約する予定だ。OUEN塾は、大学生や留学生の人財育成が目的だが、まずは、福岡県と石川県でのOUEN塾をもっと充実させること。その発展形はそれからだ。
今、新たに力を入れるのは、[企業・地域 OUEN]だ。こちらはビジネスだ。ボランティアで繋がったOUENネットワークをビジネスに繋げることだ。ボランティアで応援していただいたそのお礼にビジネスでお返しすることだ。
私は「応援とは心のキャッチボール」だと思っている。応援は一方通行ではない。応援していただいたら応援して差し上げる。恕の心を持つことだ。「小さなエゴ」から「大きなエゴ」にアウフヘーベンすることだ。 「利己は利他を通してアウフヘーベンした利己になる」
これは私の「応援哲学」とも言える。応援を哲学にまでアウフヘーベンするのだ。

直感と直観
心の眼で本質を掴む。それは直感からアウフヘーベンした直観なのだ。
OUEN Japanをゴーイングコンサーンにしていくためにも、直観を磨くことが何より大切だと思う。

小林 博重