生前葬の意味

真夜中に目覚める。昨夜の就寝は9時だった。今は3時前。6時間近く眠ったことになる。もう一寝入りすることもあり、眠れないことも間々ある。どちらにせよ、なすがまま、なるがままに生きていくことが幸せだ。こうあらねばならないと生きることは人生を窮屈なものにする。
ただし、何が正しいことか、人間として正しい見方や考え方を追求することを止めてはいけない。なるがまま、なすがままとは、なるがまま、なすがままに、人間として間違ったことをしてもいいということとは違う。生きるベースに「人間として正しいことは何か」を絶えず追求することがあるのだ。

衆議院議員選挙が近い。派閥の領袖は如何に自分の勢力を拡大するか、なりふり構わず発言し行動している。辻褄が合わないことも、「無理が通れば道理がひっこむ」ことを屁とも思っていないようだ。世の中に跋扈している政治家先生は殆どそのような人種のようだ。「悪貨は良貨を駆逐する」のが世の常なのか。

幼い頃、能登の田舎で、大きくなったら政治家になろうと思っていた。ちょうど中学2年の時、吉田茂元総理の戦後初の国葬があった。私は作文で「国葬されるような人間になりたい」と書いたことがあって、それを先生がクラスの皆に話したことを忘れない。 その時は国のために尽くす人になりたいと単純に思っていたのだろう。それが政治家先生なんだと思ったのだろうが、そんなステイツマンは今の日本にはいない。

古稀にならんとする私にできるのとは、やはり、世のため人のために尽くすことだ。

「世のため人のために生きる心は未だも消えず」

これからの後半人生、何をどれだけできるだろうか。

高校の同期が何人か鬼籍に入った。男ばかりだ。大学時代からの親友が岡山で病に伏せっている。妻がお見舞いを送ったが、そのお礼の電話をもらった。昨夜9時過ぎだったが、私が寝入った後で、留守電が入っていた。言葉に元気がない。辛いんだろうといたたまれない気持ちになる。

お互い、まもなく古稀になる歳になった。65歳以上は高齢者。年金も少しもらっている。同期で勤め人だった連中は、殆どが第二の人生だ。

私は来年、前半人生の区切りをつけて、第1回の生前葬を執り行う。そして、人生の後半戦、人生二毛作のスタートを切る。
毎日早暁に2時間ウォーキングをして、活力ある元気な毎日を送ることができることに深く感謝しなければならないと思う。

元気な時にしか生前葬はできないと思う。少なくとも、私は、あと幾ばくもない命だと告げられた時は生前葬はできないのではないかと思う。

そんなことを考えると、生前葬は第二の人生のスタートのイベントであり、第2回以降の生前葬は、「1年元気で頑張って生きてきた。これからもう1年、皆さんのお役に立つように頑張ります」と自他に宣言するイベントなのだろう。 何回できるだろうか。目標は50回と設定しておこうか。

小林 博重

移川先生のこと

移川税理士事務所の移川先生には私の個人会社である南青山ビジネスパートナーズとNPOのOUEN Japanの経理を全面的にお任せしており、義母と妻と私の確定申告をはじめ、個人の税務上のことも全てお任せしている。
44歳6ヶ月で安田信託銀行を中途退職してからのお付き合いだから早いもので44年が経つ。この24年間は私の七転八倒だった人生の夏の全ての期間だ。その七転八倒ぶりを余すところなく分かっていらっしゃるのだ。

私は毎月1回、移川先生をお訪ねするが、経理書類をお届けするだけではなく、約1時間に亙り、1ヶ月にあったことをお話しする。取り留めもない四方山話だ。 先生は私のことを妻とは別の観点からご覧になっていて、ある意味では、私の性格を妻以上にご理解されているところがあるように思う。

私は自分でいうのも何だが、裏表のないそのままの人間であり、実に分かりやすい性格であると思うが、少しくらいは隠しているところがあると思っている。しかし、そのなかでも100%お見通しなのは妻であり、そして、妻とは別の観点から私をご覧になっている移川先生なのではないか。だから、私が如何に経営の才を待ち合わせていないかを妻同様、移川先生も把握されていると思う。

昨日は毎月1回の移川先生訪問の日だった。いつもアドバイスをいただくが、今回は今まで以上に”流石、移川先生!”と感じ入ってしまった。私の七転八倒の人生の夏の全てをご存知なだけある。その締めくくりに相応しいアドバイスだった。

ようやく、行き当たりばったりだったが撒いてきた種、それは私ならではの、そして、それは、私しかできなかったと思う、何事にも変え難い”人との繋がりの種”だ。

その種がようやく実りを迎える人生の秋が到来する。その刈り取りは私ひとりでは到底できることではない。あまりに属人的であり、私ひとりしか刈り取りは難しいと思っていたが、それでは”ざるで水をすくう”ようなものになるだろう。どうしたものかと私なりにずっと考えていた。

移川先生のアドバイスは、以前からずっと仰っていたのだが「私を一番知っている、ピュアで無私な心でアドバイスしてくれる、私のメンターにサポートしてもらうことではないか」と。凸凹の私の凹んだところをそのまま埋めてくれる。出しゃばることなく、不足もなく。

そこまで気がつかなかった。これを”灯台下暗し”というのだ。
私は今、数え70歳だが、来年6月の69歳で生前葬を執り行い、11月で満70歳を迎えるまでの約1年半の間は、その体制を整えるにちょうど適当な期間であろう。

この歳になって人の有り難さを痛感する。そして、私の一番近いところには賢い女性たちが1人ならずいらっしゃる。ありがたいことだ。私は実に運がいい人間だと思う。

小林 博重

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人生二毛作(70歳で人生をリセットする)

早朝ウォーキングをしながら年齢と人生について考える。

論語で言う。
子曰く、吾
[志学=15歳]
十有五にして学に志す
[而立=30歳]
三十にして立つ
[不惑=40歳]
四十にして惑わず
[知命=50歳]
五十にして天命を知る
[耳順=60歳]
六十にして耳順う
[従心=70歳]
七十にして心の欲する所に從ひて矩を踰えず

孔子が生きていた時代は中国の春秋時代、今から2550年前。紀元前500年前。日本では縄文時代だ。そんな昔に中国は孔子という偉大な思想家を輩出した。
その時代は70まで生きる人は”古来稀”だった。そして、私は馬齢を重ね、その古来稀なる年齢に達してしまった。今は人生100年だが、人間は孔子の時代からどれだけ進歩したのだろうか。 少なくとも私は、孔子の言う年齢と私の精神は全くリンクしていない。

今年は数え70歳。論語でいう従心である。来し方人生を振り返ってみると、70歳になってやっと而立と不惑と知命と耳順の精神の入り口に到達したのかと思う。そして、まだ、全く「心の欲する所に從ひて矩を踰えず」の従心の境地には達していない。

今の私にとって70歳は人生の大きな区切りの歳のような気がする。数え70歳を迎え、一旦人生をリセットしようと思う。それが私の生前葬だ。来年6月4日に南麻布了聞で執り行う。 そして、同日午後に日本青年館にて、新たな第二の人生の披露パーティーを開催する。
OUEN Company の皆さん200人に集まっていただいて、私のため、皆さんのため、Win-WinのOUEN Company 交流会だ。

まだ1年近く先だが、お目にかかるOUEN Company の皆さんに「生前葬&OUEN Company 交流会」をお伝えしている。皆さん、ちょっとびっくりされるが、参列・参加したいからその時になったら声を掛けてほしいと仰る。あながちリップサービスではないだろう。 日本青年館は200名がアッパーでそれ以上の円卓パーティーは無理なのだということだから、お声掛けは考えなければならない。

これからの第二の人生は、盛和塾の精神を貫き通して、世のため人のための人生を邁進していきたいと切に思うものだ。

小林 博重

ゼオライトさんのこと

梅雨時にも関わらず、雨の合間を縫ってほぼ毎日ウォーキングに励んでいる。今朝も4時過ぎから6時半までの2時間半近くのウォーキングを励行した。

そして、事務所に戻り体重を測定したところ、体重計の針が64kg台を指したのだ。「やった!」と思わず歓声を挙げてしまった。この3ヶ月間で6kgは減量したが、なかなか64kg台のバーは高かった。
目標は60kgだが、徐々に減ればいいと思っているが、早く60kg台の半ばを切りたいと思っていた。無理のない減量でクリアしたい。
そして、今日、その1段階の64kg台に今日到達した。こんなちょっとしたことでも嬉しい。
やればできる。諦めなければ、継続し続ければできると確信する。
次は63kg台だが、1ヶ月くらいかけて達成したいと思う。

何事もコツコツ、地道に、真っ直ぐ、正統派で、努力精進することだ。私にはライザップは不要だ。弱い自分に勝てばいいのだから。そうすれば、必ず目標は達成できる。

先週の7日にゼオライトの嶋村社長が福岡から上京されて私の事務所にまでご来社いただいた。中元のご挨拶に上京されたのだと。わざわざご来社いただいて恐縮至極だ。

嶋村社長も稲盛和夫さんが塾長をされていた盛和塾の塾生だった。お会いした時から、彼の腰の低さ、謙虚さ、お話しになる考え方からしてきっと盛和塾生ではないかと思ったが、その通りだった。稲盛哲学が身体から滲み出ている。

今週、同社から「ゼオライト通信創刊号」が送られてきた(添付)。
ご挨拶は河村勝美会長と嶋村謙志社長の揃い踏みだ。
同社は河村会長のご主人が創業者で、52期を迎える8月1日に組織体制を刷新するのだとか。
まだ、河村会長にお会いしたことはないが、技術の錬磨と人財創りに会長が先頭を切って鋭意努力されているのだろう。嶋村社長以下、社員の方々とお付き合いしていて、そのことを強く実感する。

稲盛哲学に「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」があるが、同社は、その中の一番重要な「考え方」が社員の皆さんに沁み込んでいる。”素晴らしい”の一言に尽きる。これからますます大きく成長していくだろう。
私もOUENネットワークをフル稼働させて、全力投球でサポートしていきたいと思う。

「友だちとの友だちは皆友だち」は「類は友を呼ぶ」ということでもある。
考え方、哲学を同じくする人たちとの繋がりを何よりも大切にしたい。

小林 博重

ゼオライト通信 創刊号.pdf

魂を磨くためのウォーキング

昨日、東京に4度目の緊急事態宣言が発出された。
今回は、最初から8月22日の6週間に亙る長期戦である。まるまるオリンピック期間が入ってしまう。異常なオリンピックになる。ここまで来たら、何が何でも開催するということだろう。意地のオリンピックだ。腹を括ってやるということでもあろう。無事終えることができればいいが。そう祈るしかない。私は淡々とオリンピックを見ることにしよう。

緊急事態宣言は慣れてしまったとは言っても、やはり県境を超えての出張は差し控える企業が多い。私は20日〜24日は金沢・能登、大阪の出張予定だ。万全の体制で出張するが、先方から「来ないでほしい」と連絡があるかもしれない。1回目や2回目では皆ピリピリしていたのでそんな連絡があって出張をキャンセルしたが、今回はどうだろう。こんなことをしていたらビジネスもあったものではない。
私でもそう思うのだから、堪忍袋が切れてしまってお酒を出して営業する飲食店がどんどん増えているのは無理もない。やはり政府の無策が言われてもやむを得ない。今秋の衆議院議員選挙で自民党惨敗は致し方ないのではないか。それが一番のお灸をすえることになる。いいのではないか。

OUEN Japan は、OUEN塾は休眠状態であり、今はOUEN Company を拡げることと深めることに特化して活動している。

人生の春夏秋冬の夏が終わり、秋に差し掛かる季節の到来だ。
来年には生前葬を予定しており、私の魂の終の住処も決めたことで、腹が据わった感がある。
還暦の時に「人生二毛作」と思って、これからが第二の人生と思って気合いを入れたものだが、その時は気合いだけだったような気がする。やはり、終わりを決めることだ。それは腹を据えるになる。

終わりを決めると腹が据わる。
そうすると、人間、素直になる。繕うことがなくなって素直になる。相手が何をしてほしいのか、どうすれば相手が喜ぶのか、嬉しいのか、そんなことをまず考えるようになる。そうすると、相手も「実は」と本音を話してくれる。その本音と本音を繋ぎ合わせてマッチングビジネスがスムーズに進んでいく。それは思いの外、びっくりするほどスムーズに拡がっていく。「友だちの友だちは皆友だち」を地で行っているようだ。

そろそろ梅雨明けだろうか。今週は晴れか曇りの日が続くようで、雨が降ってもにわか雨程度のようだ。梅雨の真っ最中もよくウォーキングした。これからはもっとウォーキングができる。 健康のためは世のため人のため。それは最終目的の魂を磨くために通じる。
魂を磨くためにウォーキングに精を出そう。

小林 博重

健康とニッチ戦略を考える。

先週金曜日に、六本木の新赤坂クリニックで、港区の無料検診(前立腺がん)の結果をヒアリングした。特に問題はなかった。ホッとした。 このクリニックでは、毎年1回の人間ドック(1月)と健保の検診(5月)を受診している。港区の無料検診の連絡が来たので、未だ受診していない前立腺がんを受診したのだ。

人生の秋(70〜100歳)を迎えるに当たって、これからの30年間を元気に現役で頑張りたいと思うと、健康に対する考え方は180度変わってしまった。糖尿病と指摘されたこともある。

昨夜もNHK Eテレで放送している「チョイス 病気になったとき」(司会:八嶋智人さん、大和田美帆さん)が非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を取り上げていた。 この病気は脂肪肝→肝硬変→肝臓がんと重篤な病態に進展する慢性肝臓病らしい。肝臓病はアルコールのせいばかりではないのだ。
コロナ禍でここ1年以上ほとんど酒は嗜んでいないが、肝臓病は進んでいたのだ。
「チョイス」で改めて食事と運動の大切さを頭に叩き込んだ。

昨日は天気予報は外れて曇りと晴れの一日だった。いつもより少しスタートは遅くなったが、5時半から7時半までの2時間ウォーキングで汗を流した。皇居1周コースだ。外苑前→四ツ谷→半蔵門→(皇居逆時計回り、1周+α)→三宅坂→赤坂見附→外苑前だ。

歩きながら考える。私は何のために歩くのかと。それは「魂を磨くため」だと思う。
魂を磨くには「世のため人のために尽くす」ことをしなければならない。「世のため人のため」は手段だ。そのためには健康第一。食事と運動。 私の場合は、ベジタブルと糖質を控えること、腹八分目。ほとんど禁酒とウォーキングだ。

この2ヶ月半で、体重は71kgから65kgに6kg減量になった。昨日も体重計に乗ったが65.0kg。もう少しで64kg台になる。60kgを目標としよう。これは最終目的の「魂を磨く」ための手段なのだ。 と、人が聞いたら何を考えているのかと思うようなことを真剣に考える。しかし、この真剣さが不可能を可能にする。

昨日は1ヶ月前くらいに買って積んでおいた『小泉信三伝』を読んだ。
慶應大塾長、上皇陛下夫妻のご縁も取り持った「慶應の中興の祖」だ。慶應テニス部の部長もされている。テニスプレイヤーでも名を馳せた人だ。

彼がテニスで学んだこと「スポーツが若者に与える3つの宝」として「練習は不可能を可能にするという体験を持つこと」「フェアプレー精神よ体得」「友を得ること」の3点を挙げている。すなわち「健全なる精神は健全なる身体に宿る」のだ。健全なる身体は全ての原点だ。

一匹狼の私は経営者としては失格だが、人さまのお力をお借りしながら、天が私に与えてくださったミッションを果たそうと思う。
それには私に与えられた得手を磨き続けることだ。私しかできないこと、それはニッチ戦略の駆使だ。人さまに「団長のお力をお貸しください」と言っていただけるように得手を磨くこと、それをニッチで活かすことだ。 「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建著)も考え方は大変参考になった。私が、私主役のニッチ戦略のストーリーを作り上げることだ。

そんなことをとりとめもなく考える。
ウォーキングは私にとって「歩く書斎」かもしれない。

小林 博重

オリンピックの無観客開催に思う。

4回目の東京の緊急事態宣言を受けて、ようやく東京オリンピックは無観客で開催されることになった。遅きに失した感がある。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長が専門家の立場から6月4日の厚生労働委員会で、「普通は五輪開催はない。このパンデミックで」と指摘し、「そもそも五輪をこういう状況のなかで何のためにやるのか。それがないと一般の人は協力しようと思わない」と述べたことに対し、丸川五輪相は「我々はスポーツの持つ力を信じて今までやってきた。全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言ってもなかなか通じづらいというのが私の実感」「できる対策は何かということに懸命に取り組んでいる。ひとつひとつの積み重ねが、本格的に社会を動かしていく時の知見になる」と話した。
同じ船に乗っている専門家の医学的見地からの意見を「別の地平」と訳の分からない台詞で、言わんでもいいことを言うと全く無視し馬鹿にするような高飛車な言い草は、私からすれば、「あんた、何様になったつもりなのか」と言いたい。自分は東大卒のエリートと思っている人らしい。こんな人がいるから東大卒はみな「上から目線」でものを見ると思われる。

結果、尾身会長のご指摘の通り、無観客になったではないか。そんなことはずっと前から分かっている。

しかし、何のためにオリンピックをするのかという質問には誰も責任者は答えていない。これは、太平洋戦争の時と同様、集団無責任体制であるから責任者はどこにもいないのだろう。

オリパラの後手後手の対応を見ていると、リーダーとは如何にあるべきかを考えさせられる。
熱情を持つことはリーダーにとって不可欠なことだが、それが
冷静さを伴わなければ、その組織や構成員を奈落の底に突き落としてしまいかねないのだ。
これこそ、”他山の石”としたいことだ。

小林 博重

盛和塾との出会い

ザイマックスの藤原常務には多くのビジネスパーソンをご紹介いただいている。その一人が福岡市が本社のゼオライトの嶋村社長だ。

嶋村社長は、昨日、取引先へのご挨拶のために3日間上京された。取引先訪問の合間を縫って、私の事務所にも杉常務とお二人でいらした。 嶋村社長とは3ヶ月前の4月、福岡出張のおり、藤原常務に同行いただいて福岡の本社を訪問したおりお会いしたのが初対面だ。まだ、3ヶ月しか経っていない。 東京支店長の杉常務は、私の東京のネットワークを同行してご紹介しているので、彼とは2ヶ月前からの付き合いでしかない。

人間関係が順調に進んでいるのは、同社が私の紹介した先から高い評価をいただいていて、いずれもビジネスが前向きに進んでいるからだ。
しかし、それだけではない。ベースに人間の見方や人生の考え方が共通していることがあるのが大きい。それは嶋村社長も私も稲盛和夫さんが塾長だった盛和塾の塾生だったことだ(盛和塾は稲盛さんがご高齢であることもあり、一昨年末に閉塾した)。 閉塾しても稲盛さんからの薫陶は私たちの心に深く刻まれている。そして、私は、稲盛さんから学んだ人間哲学や実学を、生涯をかけて実践しようと強く思う。

私が福岡の同社に伺ったおり、通された部屋に社訓が掛けられてあって、それが稲盛哲学そのものだった。そのおり、私から盛和塾のお話しをさせていただいた。 また、私の事務所は稲盛和夫さん一色になっている。「6つの精進」「PASSION」の掲載、稲盛さんのポートレート、稲盛さんと私のツーショット等、稲盛教そのものだ。

嶋村社長は稲盛さんとのツーショットをご覧になって「これは貴重な写真ですね」と。仰る通り、この写真は私にとって宝物中の宝物なのだ。

ベースに同じ考え方、生き方があるから、年代も経験も全く合っていない人間同士が刎頚の交わりを持つことができる。

44歳で安田信託銀行を若気の至りで中途退職したが、そのきっかけは昭和のバブルであり、稲盛和夫さんとの出会いだった。
私の25年間の夏はそれから始まったが、それは七転八倒の日々。
しかし、たくさんの素晴らしい巡り会いがあった。私は運がいいと思う。辞めて良かったと思う。そして、棺を覆うまでに、私だけが運がいいと思うだけでなく、妻にも子孫にも、私と関わってくださっている全ての人たちにも、私と出会って運が良かったと言っていただけるようになりたいものだ。

小林 博重

自分に与えられた「得手」を磨き続けることが幸せの最短 距離だ。

私が私の人生に自信を持っているのは、私がオールラウンダーでない凸凹人間であることが原因だ。凸凹が自信のベースになっている。 それは、OUEN Japan(OUEN塾&OUEN Company)の活動によって自信は確信にまで高まったと思っている。

日経夕刊の「就活のリアル」というコーナーがある。
7月6日は海老原嗣生さんが書いていた。
題目は『コミュニケーションの5要素』だ。

海老原さんは、その5つの要素は、以下の5つの能力だと言う。
①上手く話す能力(端的にわかりやすく語る)
②上手く聞く能力(重要なポイントを聞き出す)
③配慮する能力(相手の気持ちを考える)
④関係を広げる能力(物怖じしない、図々しさ)
⑤関係を維持する能力(人を嫌わない、人に嫌われない)

私はこれを読んで、手前味噌だが、私なりに不完全ながらも、意識して、①から⑤を、私のキャラクターでこなしているなと思った。

私は稲盛さんではない。稲盛さんになろうとしてもそんな能力は持ち合わせていない。
しかし、トマトはかぼちゃになることはできなくても、トマトに徹してその特長(得手)を磨き上げ続けることで、人はそのトマトを高く評価してくれるのだ。 自分をよく知ることだ。客観的に自分の得手と不得手を知り、得手を磨くことだ。そして、不得手は信頼する人にカバーしてもらうのだ。 その謙虚さと相手への感謝の心が大きな自信を形作る。
そして、人は私を頼りにしてくれる。そのことをまたありがたく感謝する。その繰り返しがますます自信を高める。

なまじっか、私は優秀でなかったからこそ、そして素直にそのことを分かって包み隠さない人生を送っているからこそ、人さまは私の周りに集まってきてくれる。

なまじっか、超一流でない、エセエリートだったら、「立板に水」でYK(空気が読めない)人間になっていたろう(それでも私は妻にまだ、よく「YK人間」と言われるが)。

みんな非のうちどころがない人間になろうとして、それにはなれないので自信をなくすのだろうが、自分らしさを生かした対応ができることで、評価してくれる人はどこかにいる。それもそんなに少なくない人数の人がいる。私がその見本だ。

みんな人生、その人らしく生き生きと生涯を通じて貫き通すことだ。
それが幸せの最短距離なのだ。

小林 博重

7つの習慣とOUEN Company

昨夜、今日の午前のアポが繰り延べになった。それでは、その時間はこれこれをしようと、全てを前向きに捉えると、ストレスは溜まらないし、なぜか得をした気持ちにもなる。人生とはそんなものだ。考え方次第で幸せにも不幸せにもなる。

昨夜は「今朝の天候は雨模様」との予報があったが、予報は当たらないもの。
今朝は、パラパラと時々雨がちらつくこともあるが、ウォーキングには全く差し障りはない。ということで、5時から2時間ウォーキングをした。これも何か得した気分だ。

ここのところ、ザアザア降りではない限りウォーキングをしている。もう習慣になってしまった。以前は雨が降ったらそれを理由にウォーキングは中止。それだけならばいいのだが、なんだかんだと理由をつけてウォーキングを止めたことがしょっちゅうあった。三日坊主なのだ。
しかし、糖尿病と宣告され、それで100歳現役、そして120年生きようと思うのは全くの矛盾だ。崖っぷち、背水の陣と思えば、三日坊主と理屈を言っている場合ではない。
やはり、人間は切羽詰まることで力が発揮できるものだ。こういうのを”火事場の馬鹿力”というのだろう。

リーダーシップ論の権威であるスティーブン・R・コヴィーさんの『7つの習慣』の超入門書『13歳から分かる!7つの習慣』(日本図書センター)を読んだ(私のレベルは13歳程度だから、この入門書は私にピッタリだ)。

キーワードは、
①パラダイムシフト
ものの見方を変えること。
「原則」に基づいたパラダイムシフト。「原則」とは稲盛和夫さんが仰る人間としての正しい考え方
「誠実」「公正」「貢献」「可能性」「成長」等。
②インサイド・アウト
自分のなかでパラダイムシフトを起こして、環境や相手に影響を与えていく。自分の内側から変わる。

7つの習慣
⑴主体的である。
⑵終わりを思い描くことから始める。
⑶最優先事項を優先する。
⑷Win-Winを考える。
⑸まず、理解に徹し、そして理解される。
⑹シナジーを創り出す。
⑺刃を研ぐ。

パラダイムシフトを起こして自分自らから変わることだ。人間には限りある命しかないということが背水の陣を敷き、弱い人間の心を強く変えるのだ。

来年6月4日(土)に生前葬を執り行い、戒名をいただくことを決めたことで”人生二毛作”は私には言葉だけから現実のものになった。
OUEN塾もさることながら、OUEN Company は少しずつ固まってきている。

昨日は(株)ナックスの鈴木さんが外苑前の私の事務所にいらした。https://nac-s.net/business/
同社は、建築工事費の削減コンサルを主業としている。建築関係は、一般企業ではしょっちゅう関わることではないだろうし、どうしても、その道のプロのゼネコンやサブコンにお任せしてしまう。その見積もりがリーズナブルであるかどうかは素人ではなかなか分からない。

人は性善か性悪か。ある時は性善であり、ある時は性悪である。私は性弱説ではないのかと思っている。
性善ではあっても人間の性は弱いものだ。人が見ていないところで悪いこともする。分からなければいいと性善の人間でも性悪のところが出てしまう。すなわち、性弱なのだ。そのために、稲盛さんは”ダブルチェックの原則”を仰る。人間が悪いことを犯すことがないように、一人に任せず、ダブルチェックをすることなのだ。
建築関係で、ダブルチェックの役割を業とするのが(株)ナックスなのだ。

私の得手は、いろいろな企業や人と太いパイプをつくることだ。そのパイプに流す液体は清いものか汚いものか。これからは清い液体をたくさん流したいと思う。

ビジネスはお金だが、その底流に流れるものは温かい人間の心がなければならない。そうでないとビジネスは長続きしない。昨今の”サスティナブル”ということだ。
渋沢栄一の『論語と算盤』も、マックスウェーバーのいう『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も同じことを言っている。

(株)ナックスの鈴木さんとお話ししていて、温かい人間の心を垣間見る。
私がつくったパイプの中にナックスのプロ精神を流すことをしてみようと思う。

OUEN Company はそんな出会いがある仲間たちでありたいと思うし、その大前提が私の心がピュアであり続けることなのだ。

小林 博重