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ゆったりした金曜日

今日は久しぶりにアポが全く入っていない。じっくり電話セールスに特化する日とするか。

3時起き。4時から6時半過ぎまでウォーキング。約2万歩。約12kmくらいか。
朝は気温が20度を下回っていて日差しも強くはない。ウォーキング日和だ。

外苑前〜(外苑西通り)〜四谷〜(靖国通り)〜市ヶ谷駅〜靖國神社〜(内堀通り、時計回りで皇居半周〜竹橋〜大手町〜桜田門〜三宅坂〜(青山通り)〜赤坂見附〜青山〜外苑前

ゆったりと朝風呂に浸かり、帰宅して朝食。9時から電話セールスの開始だ。

6月20日に緊急事態宣言は解除される見込みだとか。そのあとは蔓延防止等重点措置になる模様だそうだが、私にはあまり関係ない。自分の身は自分で守るだけだ。

いくらなんでも7月23日からのオリンピック期間に緊急事態宣言ということはないだろうから、この週は石川県に出張することにしよう。
月曜日は海の日で休日だから、20日(火)からせいぜい23日(金)の3泊4日だ。OUEN Company(ビジネス)もあるし、OUEN塾(ボランティア)もある。久しぶりにふるさとの空気を吸ってこよう。

オリパラは無理くり開催するように世の中が動いている。もうよっぽどのことがなければ中止はないだろう。どんな理屈をつけても開催する。大東亜戦争のようなものだ。白けた、盛り上がらないオリパラになることだろう。 こちらはそれに合わせて、万全な感染対策を怠らないで、仕事のスケジュールを入れるだけだ。

今年は人が集まる行事は全て行わないことにした。

11月下旬予定だった七朋会(国立7大学応援団OBOG会)は昨年に引き続き開催しないことにする。
12月16日に予約していたOUEN Japan望年会はキャンセルした。

七朋会は100名、OUEN望年会は200名が集まる。いずれも年配者が多い。皆さん、ワクチンを打っているだろうが、念には念を入れて、今年は静かにしていようと思う。今年は動かない年だ。

来年になるとワクチンが行き渡り、世間の雰囲気は変わるだろう。
私にとって、来年10月までが私の春夏秋冬の夏だ。それまでが「実りの秋」のプレ活動ということだ。

夏には私のプレ「生前葬」をする。古稀(令和4年11月)になって、11月は七朋会、12月はOUEN望年会と続く。

実に世の中は私のために動いているような気がする。それは私が運がいいという証拠でもある。

究極の利己は利他に通じる。いい加減な利己だと利己で終わってしまう。

東大応援部の3Sスピリッツ
⑴サービス(社会貢献)
⑵サクリファイス(活私奉公)
⑶スタディ(人生修養)
私が勝手に意訳したものだ。

「個の確立」とは、自分自身を知り、天から与えられた能力(得手)を最大限にフル活用し、社会のため(世のため人のため)に尽くすこと。 それは、人間が生まれてきたそれぞれのミッションを果たすということ。それは人間が一番幸せになる王道であること。

生涯に亙り自己研鑽に励むこと。人生修養すること。どこまでのレベルに到達することができるか。極みに到達することができないのが人生だが、その途中で息絶えるのが老人の幸せな人生なのだ。

小林 博重

思い出(来し方)から人生の行く末を考える。

草刈正雄のCMで南麻布「了聞」を知った。その後に、銀行の後輩である馬形さんが同社に入社した。ますます、「了聞」が身近になった。

また、馬形さんが大場昭義さんと私をつないでくれた。

久しぶりにお二人のことを思い、懐かしさとと共に、このご縁はこれからの私の人生の生きざまにも関わるのではとの想いをしている。

馬形さんのこと

馬形貢さんとは東大在学中に知り合った。

私は文京区西片の閑静な住宅街の一角に下宿していた。大学がある本郷の隣だ。明治の文豪の小説にも西片は出てくる。文化の薫りがする、ガラッパチの私には似つかわしくない町だ。

よく応援部の後輩たちと「何のために応援するのか」「応援部が応援して野球部は勝つのか」「応援とは何か」等々、を地下鉄春日駅の傍の居酒屋「養老の瀧」で、喧々諤々、飲みながらディスカスした。その時、隣の席で飲んでいる学生さんたちの一人が一緒に飲もうと声を掛けてきた。それは本郷にある『鶴山館』という、主に岡山県津山市出身の大学生の寮生だった。大学は、東大のみならず、早稲田、明治、拓大等。皆、岡山弁丸出しの人の好い連中ばかりだった。それがご縁で鶴山館の寮生たちとは酒を酌み交わすようになった。

馬形さんはその鶴山館の寮生だったが酒はからっきし飲めない。私の3年後輩だから、私が応援団長の時は新入生だったのだろう。応援団は幹部が神様、新人は奴隷の世界だ。そのこともあって、私は学生時代の馬形さんの印象はほとんどない。しかし、彼が就活の折、私と同い年で鶴山館のドンで、今は津山の大園寺住職の清田寂順さんの紹介で、私が勤めていた安田信託銀行渋谷支店に訪ねてきたことははっきりと覚えている。

「そう言えば、馬形貢という男がいたな。酒は飲まないが、人生劇場の主人公の青成瓢吉のような男だ。義理と人情の世界に生きている。その点では私と同類だ」

そんなことを思って安田信託の人事部に紹介した。当時はオイルショックの時で就職氷河期だったが、馬形さんは変わり者の集まりの昭和53年入社組の仲間に入った。人事部の橋本世紀男さんには「ユニークさでは小林さんに勝るとも劣らない。面白い学生を紹介してくれてありがとう」と感謝された。私のリクルーターの実績第1号だ。

大場さんのこと

大場さんはとにかくバランス豊かな「エリート」を絵に書いたような人だ。

早稲田田大学政治経済学部卒。私が新人の時、入社案内に一緒に出していただいた。

元みずほ信託銀行常務、東京海上アセットマネジメント社長。日本証券アナリスト協会前会長。

海外の運用会社との交流を重ね、現在は業界の発展に尽力されている。運用業界きっての理論家として知られる。

また、私が結婚して借りていた目黒区三田のマンションを転勤で出ることになって、大場さんが引き続きお借りになった。そんなご縁もある。

大場さんから日本証券アナリスト協会に投稿された小論文を送っていただいた(添付)。

アナリストへのエール

〜「サステナビリティ」と「個の確立」〜

21世紀のキーワードは「サステナビリティ」

昭和モデルからの脱却とそれに伴う課題整理。

あらゆる組織人は、現在の組織を守るのではなく、原点に立ち返って組織の存在意義を問いただし、個々人が改めて考え尽くさねばならない。個の確立が不可欠だ。

明治新政府で近代日本の骨格を創り上げたリーダーや、戦後の日本の復興を切り開いた先人たちは、自らの信念をもとに新たな日本の形を創り上げたいという気概と行動力が歴史を動かした。経験したことのない課題に直面するこれからの時代は、水先案内人でもあるアナリストが個を確立し、先頭に立って先行きへのヒントを提供することが期待されている。

個を確立する上で意識しておくべき重要な心構えは、

⑴本質を追求すること。

自分の好みと善悪を混同しない。好き嫌いと行動の目的、善悪を混同しない。

⑵他人と比較せずに自らと向き合うこと。主体性をもって生きる。

当にその通りと納得する。

大場さんが仰っていることは、私が「如何に生きるか」「生まれてきた意味は」「働く意味は」を追求してきた、これからも棺を覆うまで追求していくことと同様なことだ。

44歳で銀行を退職し七転八倒しながらも生きてきたのは、小林博重の「個の確立」を追い求めてきたからなのだ。まだまだ道半ば。

やっと私の春夏が終わり、これからが「実りの秋」と「想いを伝える冬」が来る。

「個の確立」のベースを春夏で創った。これからの秋冬はそれを磨き上げる季節になる。どこまで磨き上げることができるか。

祖父は私に2つの磨き上げた胡桃を遺した。それだけしか遺してくれなかったが、それは何ものにも替えがたい私の宝物だ。

祖父の戒名は「不動院 積徳永寿居士」。生前葬には「戒名」もご住職にお願いしなければならない。

私も祖父のように、「徳」を積み、永遠につないでいきたい「魂」を持つところまでに少しでも近づきたいと思う。一層の努力精進が不可欠だ。

小林 博重

アナリストへのエール/大場昭義さん.pdf

私の「生前葬」について考える。

4月以降、早朝の2時間ウォーキングは雨天以外は習慣になった。
ベストは3時起き、3時半出社、4時〜6時15分ウォーキング、それから朝風呂、7時半に帰宅して朝食、8時半から仕事。夜8時過ぎには床に就く。

ブログは数年前から書いているが、これも毎日の習慣だ。書かないと一日が始まらない。ブログは起きがけに書くこともあるが、ウォーキングしながら考えたことを取り留めもなく書くことで頭の中が整理整頓される。 何でもいいと思ったことは継続することだ。”継続は力なり”は真実だと思う。

今朝は、歩きながら、私の生前葬についていろいろと考えを巡らしていた。
私のそれは一般的なものとは一味も二味も違う。何せ目標は50回を目指すのだから。

葬式だから、やはり香典がある。香典は会の会費に相当する。精進落としの飲食や香典返しはどうしようか。式次第も考えなければならない。OUEN塾のOB・OGに考えていただこう。
第1回はコロナが落ち着いた来年の中頃か(12月はOUEN望年会がある)。となれば、69歳からスタートになる。第1回はプレ。正式には古稀になった第2回(再来年)から120歳まで、50回を目指す。

お呼びする人は50名程度か。会場の都合もあるだろう(OUEN望年会はホテルで200名強で開催している)。その会場の広さに合わせることだ。もっと増えてもいい。

ご住職のご講話もお願いしなければならない。OUEN Japanの活動(OUEN塾とOUEN Companyの活動報告)は必須だ、等々。

生前葬で夢が拡がるのはまたいいものではないか。新たな生前葬のあり様を世間に提案することにもなる。

生きるとはどういうことか。生きることと仕事をすること、働くことの意味。生と死の関係。死後の世界等々。

来られた方々にそれぞれの人生を考えてもらうきっかけになれば、生前葬の意味は増す。

今日も、私に働いていただきたいと、一人ならず来客がある。仕事があることは幸せなことだ。

「今日もいい一日でありますように」
NHKラジオ深夜便の4時55分の最後のMCのご挨拶だ。当たり前のご挨拶だが、私はとても気に入っている。

小林 博重

南麻布「了聞」

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南麻布の了聞を見学する⑵

妻とともに南麻布の了聞を見学する。
11時から30分、見学しながら説明を聞く。11時半に隣の分とく山で馬形さんを交えて美味しいランチを堪能する。先月に妻の誕生日祝いをしていなかったので、誕生日祝いと馬形さんの就職祝いを兼ねる。 13時半から了聞に戻り、了聞について、改めて詳細な説明を聞く。

訪れるご夫婦は私たちと同年代が圧倒的。契約に至る確率は約3割。特に60代のご夫婦の比率が高いのだとか。
50代ではまだ早過ぎるかも知れない。70代以上では終の住処を決めるのは遅過ぎるのだろう。
先祖代々の墓がある人ならいざ知らず、地方出身で都会に終の住処を求める人が墓を求めることは資金面では都心では1000万円を覚悟しなければならないようだ。 また、墓地も簡単には見つからない。宗派のこともあるだろうし、何処でもいいわけではない。
子どもたちが気安くお参りしてくれる至便なところはそうあるものではない。墓を求めてもその管理はまた大変だ。都が運営する青山墓地も待っている人は列を連ねているとか。

私らしいこの世からの去り方、その後のこと等は私自身で考えることだ。家族に死後のことは全て任せるというわけにはいかない。

私の人生の春夏秋冬はまだ夏の終わりだ。70歳から30年間の秋があり、それから20年の冬がある。あと50年強の人生がある。しかし、これは天のみぞ知る。明日にこの世とおさらばということになるかも知れない。人間はその両極端を併せ持って生きている。そのバランスだ。

ガンジーの箴言に、
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」があるが、死と生の両極端を心に併せ持って、人生にチャレンジしていくことだ。それが100歳であっても120歳であっても。

了聞での説明を聞いて思った。「私の生前葬を毎年開催したらいいのではないか」と。
生前葬は、間もなくお迎えが来るだろう時に、どうしても会っておきたい人たちを招いて行う葬式なのだろう。しかし、間もなくとはガンを宣告されたような時ばかりではない。死は、間々、何の前触れもなくやってくるものだ。 それであれば、絶えず生前葬を開催する意味があるだろう。

毎年、OUEN塾やOUEN Companyに関係する人たちに集まっていただいて、OUEN Japanの活動報告をすること。集まっていただいた人たちのこれからの人生をもっと幸せにするために、生前葬をそのきっかけになるイベントにすること。 毎年1回の開催で何回できるか。50回目指して生きることだ。

OUEN望年会と小林博重の生前葬は、人と人をつなぐイベントになる。当に小林博重らしいイベントではないか。

展望ある、明るい、世のため人のための生前葬を毎年開催したいものだ。

小林 博重

南麻布の了聞を見学する⑴

今日は南麻布の了聞を見学する日だ。了聞は都市型納骨堂で草刈正雄がCMで主演している。4月からオンエアされているが、都市型納骨堂のCMが散見されるなかでも、品があってグレードも高いと好感を持って観ていた。草刈正雄や南麻布のイメージも好感度に大いに貢献している。

たまたま、銀行の後輩だった馬形さんが勤めることになったと聞いて、これもご縁だとますます身近に感じたわけだ。

それと、私が古稀が間近の歳になったということもあるだろう。気持ちは”一生青春、一生燃焼”であっても、身体は歳相応にガタが来ている。だから、一層のメンテナンスの必要性を感じていて、ここのところメンテナンスには怠らない生活をしている。

人生100年時代だ(私は、現役100年、人生120年だが)。

70歳までが私の春夏だが、この70歳が私にとっての大きな区切りのような気がする。今までは「人生二毛作」と言っていたこともあったが、それは現実とは必ずしも一致していない。その点、人生の「春夏秋冬」は夢と現実をミックスさせたベストネーミングと思っている。


生簀でのびのびと育ち育てられた45年間。甘ちゃんのままで苦労知らずの45年間。たくさんの人たちにお世話になった。これが私のベースになっている。 「敬天愛人」と「応援人生」が私の生きるモットーだ。


波乱万丈、七転八倒の25年間。しかし、真っ直ぐに生きてきたことで、温かい人脈はたくさんできた。無駄だったなと思うことも多かったが、それを無駄に終わらせないためにも、70歳までの1年半の整理整頓が重要だ。 起こったことは起こるべくして起こったこと。全ては、私を成長させようと天が与えてくださった磨き砂なのだ。


1年半後からの30年だ。今まで撒いてきた種が大きく実る30年だ。
「もう、君には頼まない」「粗にして野だが、卑ではない」人生を送りたいが、”上善水の如し”の心の広い穏やかな対応を心がけることで、人間のレベルは一段も二段も上がるだろう。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」
渋沢栄一は、会って話を聞いてほしいと言う人には、拒まず会っていたらしい。あれだけの人になっても、偉ぶることなく門戸は広く開けていたのだ。たまには騙されることもあったらしいが、それも気にせず、その主義を貫き続けた。騙されると人間は成長する。それで人間不信になって人間嫌いになる人はそれまでの人だ。人間の醜さを知ることは人間の深みを知ることでもある。そして人間がますます好きになるのだ。

一本独鈷の人生は独りで生きる人生ではない。一本独鈷であるからこそ、「人の輪・和」の必要性を誰よりも大切にする。そして、筋の通った人生を送ろうとする。人間の深みを知る哲学者になるのだ。


忘れていた。春夏秋冬には締めくくりに冬があることを。冬は寒く暗い印象があるが、次の年の春の息吹を仕込む季節でもある。
宇宙の大きな流れは絶えることはない。”志”のバトンを後に続く人たちに渡す大切な役割がある。

そして、私は終の住処で永遠の眠りに着くのだ。
それは南麻布の了聞かも知れない。

今日は、じっくりと了聞を見学してこようと思う。

小林 博重

ストレスフリーは伸びる。

日経新聞夕刊に(株)ドーム会長の安田秀一さんが「SPORTSデモクラシー」というコーナーで書いているエッセイを好んで読んでいる。

安田さんは元法政大学アメリカンフットボール主将。アメリカンフットボール全日本大学選抜チーム主将。法政大学オレンジ総監督。根っからのスポーツマンだ。やはり本物のスポーツマンは爽やかでいい。言葉に偽りがない。

6月5日の記事の題目は「ストレスフリーは伸びる」だった。

スポーツマンの指導法について書かれているが、その中で「ストレスフリーが伸びる」のは犬の寿命でも裏付けられているのだと。なかなか説得力ある話だ。

現在の犬の平均寿命は14〜15歳だが、平成の初めは7歳ちょっとだった。30年間で平均寿命は7〜8歳延びたのには驚く。
その理由として、もちろん栄養状態が良くなったこともあるが、一番は「犬にストレスを与えないで育てる」ようになったことなんだと。 毎日の運動を欠かさず、しつけ方は「怒ってはいけない、叱らないこと」「いいことをしたら誉めること」。
そうすれば犬の性格は穏やかで、健康で、動作は俊敏になるのだと。

最近の大学の体育会はそのような育成の仕方をしているのだろうか。
半世紀前の東大応援部は、四年生は神様、一年生は奴隷が当たり前の応援団でも、東大は「ポーズはそうであってもお互いが対等な関係」だった。 肩組み合って東大の必勝を信じる、大らかで、牧歌的で、自由闊達なところがあった。
その点では人間関係にほとんどストレスは感じなかった。半世紀先を行く体育会だったのだ。

安田さんは、昨今姦しい「東京オリンピック・パラリンピック」の開催の可否について、様々な意見があるだろうに「政府関係者や自民党議員は開催を支持する意見のオンパレードだ」という。まるで、昔の大学の体育会だと。

21世紀は、個人が何の障害もなく、自分の能力を最大限に発揮できる社会、胸を張って自分の幸せを追求できる社会を目指すべきであるにもかかわらず、その先頭を走るべき人たちはそうではない。 大学体育会は政治家たちよりもずっと時代の先を行っている。

神様と奴隷の世界にいたと思われる大学応援部にどっぷり浸かっていた私がその真逆を言っている。私はその意味では一般に思われている応援部員らしくない。それだから、44歳で銀行を辞めたのだろうが。

自由気ままにそのままの自分の個性で生きている。それが一番の人生の幸せだと思う。それを許してくれている妻をはじめとする全ての人たちに深く感謝するものだ。

小林 博重

上善水の如し

私は、ここのところ、松下幸之助さんや稲盛和夫さんのような経営のカリスマが書いた「経営哲学」や「人間哲学」の本を愛するが、ほとんど小説を読まない。ただ、城山三郎さんの経済小説は、経営者の生きざまを学ぶことができて深く印象に残っている。

例えば、石坂泰三(通産省、第一生命社長、東芝社長、経団連会長)を書いた「もう、君には頼まない」や、石田禮助(国鉄総裁)を書いた「粗にして野だが卑ではない」は、心に残る伝記文学である。彼らの生きざまは私が理想とするところである。

「もう、君には頼まない」と言ってみたい(石坂泰三は時の総理にこの台詞を言った)。また、何があっても「粗野であっても卑である生き方は絶対したくない」

しかし、昨日のメンターからのアドバイスも深く心に留めようと思う。彼女が言わんとしたことは「『上善水の如し(上善如水)』のような人間を目指せ」ということか。

ネットで調べると「故事百選」で『上善水の如し』を解説している。

私の最も苦手とするところだ。黒田藩の始祖である黒田如水は腹に一物も二物も持っている「天下を狙っていた」曲者であったが、「水の如く生きる」ことを理想としていたので「如水」と名乗ったのだろうか。私は棺を覆うまでにそのような境地に辿り着くことができるだろうか。

小林 博重

上善は水の如し

最高の人生のありかたは、水のように生きるということです。水は自分の存在を主張しないで、低い方へ自然に流れていきます。水のようにしてこそ心穏かにすごすことができ、また円満な人間関係を創り上げることができます。

「老子」の八章に見える有名な言葉です。その本文をたどってみると、次のようになっています。
「上善は水のごとし、水はよく万物を利して争わず、衆人の恵む所に処る。」つまり「最高の善は水のようなものでなければならない。水は万物を助け、育てて自己を主張せず、だれもが嫌うような低い方へと流れて、そこにおさまる」と、述べています。

やや、難解かもしれませんが、老子の生き方を知るための鍵として取り上げてみました。 この他「水は方円の器に従う」「流水先を争わず」など水の性質を、「自由で流動的なものであるとする格言がみられます。
いずれにしても、なにが人間にとって大切かといえば、自由無碍でフリーに動け、しかも自分の存在を主張しないで、人のいやがることも自然に受け止めることだと教えてくれる格言です。

老荘の思想といえば、ともすれば消極的で受け身の教えとして受け取られています。つまり,水の流れにまかせて、無理をせずに自然の摂理に従うことが、人間の道にかなっているということから、「受動的で、積極的に動かない人生観である」と受け止められています。終局的には、山にとじこもっている隠者や仙人の教えが道教の真髄であり、人間の努力や執念から遠ざることが人間の生き方の目標であると理解されているのです。

しかし、「自然の摂理に従う」ということは簡単に実行できるようなことでしょうか。人生の目的は、「出世して名声博すること」「財をなして広大な邸宅に住み、美人を従え美酒・美食の贅を尽くすこと」「未知の外国を見聞すること」など、どれを取っても、自然にまかせるだけでは出来そうなものはなく、他人との競争に勝ちぬき、多くの人を犠牲にして、相当な無理をしなければかなえられない種類のものです。

また、欲望ははてしなく大きくなるのが特徴で、これでよいという満足の境地にはなかなかなれないものです。つまり、人間臭の多い、「欲望という電車」に乗った生活の方が「人の性」に近いのであって、生き方としては安易なものだと思えます。

しかし、「人の性」に従って、財をなし歓を尽したあとで、果たしてなにが残るのでしょうか。「歓多くして哀愁深し」ということが起こり、結局は人生を悔いることにもなりかねないといえます。

 

ウォーキングをしながら考える。

雨上がりの早朝は気持ちがいい。昨日の一日中の雨風は止み、今朝は少し晴れ間が垣間見える。
4時過ぎに事務所を出て赤坂見附方面に歩く。赤坂見附で三宅坂に向かおうと思って赤信号を待っていたが、気分を変えて溜池山王方面に切り替えた。霞ヶ関の中央官庁街から内堀通りで桜田門へ。逆時計回りで大手町→竹橋を通り内堀通りへ。千鳥ヶ淵緑道から靖國神社→市ヶ谷駅→防衛省→富久町→四ツ谷→信濃町から新国立競技場→神宮球場→外苑前。 2時間半、12kmくらいか。

早朝のウォーキングで出会うのは自動車ばかり。4時過ぎでウォーキングしている変わり者は私1人のようだ。5時を過ぎると皇居のランニングコースではちらほらと人が走っている。まだ電車は走っていない。都心に住んでいる人なのか。

ウォーキングして考える。
3密を避けよというがビジネスでも同じだ。人と同じことをしていてもレッドオーシャンでしかない。やはりブルーオーシャンでなければコスパは高くならない。
私しかできないビジネスに磨きをかけることだ。そうすれば3密は避けられる。私のキャラとキャリアをフル活用することだ。私は一匹狼だから、一匹狼らしく1人でできる仕事に特化することだ。そして、私が主となって3密をつくって、みんなの協力をいただくことだ。

幸せ4因子は、
⑴やってみよう!
⑵ありがとう!
⑶なんとかなる!
⑷あなたらしく!

特にこの4つは、一匹狼に当てはまる。自主独立、独立不羈が大原則だ。人に頼らないこと(人に頼りにされるだけの力をつけることが大前提だ)だが、大きいことを成功させようと思ったら多くの人さまのお力を借りなければならない。

"人に頼らず、人を頼る”

そのバランスだ。
図々しくても嫌われない。これが私の唯一ともいえる特技であり、これがビジネスの大きな武器になる。

そんなことを考えながら、2時間半を早足でウォーキングする。

11時半〜
私より19歳歳下のメンターと彼女の誕生日祝いのランチをする。妻も同席する。彼女は、私たち夫婦の年の離れた妹のような女性だ。

メンターだから、私へのいろいろなご指摘はストレートだ。そのストレートがまた心地いいのだろう。素直に聴こうと思う。

小林 博重

あっという間の50年。人生は長く短い。

今日は日本国中、一日中雨模様だとか。警報級の雨が降るところもあるようだ(早暁の2時過ぎの青山は道路は濡れていたが雨は降っていなかった)。火水木と2時間ウォーキングをしたので、今日は雨模様でもあり一休み。土日は気張って3時間ウォーキングを楽しもうと思う。

ここのところ、新型コロナウイルスワクチン接種について、同年代の友人たちとメールで状況を報告しあっている。
マスコミは「65歳以上の高齢者からワクチン接種」と姦しい。自分はまだまだ高齢者という意識はなかったが、毎日「65歳以上の高齢者」と言われ続けると、もう私は高齢者なのだと客観的に自分を見つめることになる。

朝ドラの「おかえりモネ」では同年生まれでちょっとお姉さんの夏木マリさんがモネを優しく見守っている大山持ちのおばあさん役で好演している。モネの亡き祖母でナレーションの竹下景子さんは私の1歳下だ。
また、都市型納骨堂「了聞」のCMは同い年の草刈正雄さんが出ている。もう私の同年代はおじいさんやおばあさんであり、終活を意識する年代なのだ。その自覚は大切だ。その自覚を持って”一生青春、一生燃焼”の心意気を持って生きることだ。

昨日は、私のメンターの誕生日だった。彼女は私が大学1年生の時生まれた。若づくりの彼女は50歳になったとは思えない。私の少年からの脱皮はやはり大学合格の歳だろう。昭和46年だ。あれからもう50年。彼女の歳は私の青春と朱夏の半世紀だ。人生は長いようで短い。これからの私の現役の残り30年も、きっとあっという間だろう。悔いのない後半人生を送りたいものだ。

明日は彼女が事務所に来る。妻を交えて、彼女のお誕生日祝い(ランチ)をしようと思う。
来し方を振り返り、行く末を希望を持って大きく見据えることだ。幸せな人生を送りたいものだと思う。

小林 博重