昨日は久しぶりに眞鍋さんにお会いした。

何年前のことだったろうか。眞鍋さんが第一三共の社長に就任されて少し経ったころだ。私は赤門鉄声会(東大応援部OBOG会)の幹事長として、彼を日本橋本町の本社にお訪ねした。赤門鉄声会の年次総会での記念講演をお願いするためだ。その時、彼はご多忙にも関わらず快諾してくれた。

また、1年ほど前だったろうか。私が四ツ谷近辺をウォーキングをしている時に眞鍋夫妻にお会いしたことがある。夕方だったように思うから、春か秋だったのではないか。とても微笑ましい仲の良いご夫妻と感じた。眞鍋さんならさもありなん。私では考えられない。

そんないくつもの接点があって、今回も私の申し出を快諾いただいた。

金沢大学附属高校、東京大学応援部、安田信託銀行と、私の春は45歳まで続いた。皆さんに可愛がっていただいて身に余る順風満帆の春を送ることができたと思う。 その時々にご縁をいただいた皆さんには、45歳から70歳のこの25年間、私の夏のことあるごとにご厄介になっている。ありがたいことだ。

盛和塾では本当に多くのことを教わった。
『忘己利他(もうこりた)』『無私利他』は極限の『利他』だ。稲盛さんでもご自身は「そこまでは達観していない。毎日の反省で、生涯に亙り心を磨き続けることだ」と仰る。 私のような凡人はそのレベルは遥かに遠く及ばない。私ができることは、自分の得手をフルに活かして世のため人のために尽くす『活私奉公』だ。 私を滅することはそれで終わりだと思うから、得手をフルに活かすことによって社会に貢献することは、私でもできることではないかと思うからだ。 そのためにも自らを知ること。ソクラテスが言った「汝自身を知れ」は活私奉公のためのスタートではないかと思う。

『類は友を呼ぶ』
ありがたいことに私の周りには多くの「心清い友」が集まって来てくれる。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」が基本であるが、「来る者」の中にはあまり来てほしくない人も偶にはいる。修行を摘まないとなかなかその見極めができない。私は少しずつ成長していると思うが、まだまだだ。もっともっと修行が必要だ。いや、生涯修行なのだろう。

また、いろいろな事情で「去る者」はいる。私の未熟さから去っていく人もいる。それをあえて追わないことだ。追ってどうなるものでもない。 私の基本はウエットだが、時にはドライになって心を軽くすることが大望を果たすことに近づくことになる。

『失意泰然』
信頼する友が去ることは失意である。泰然として構えることだ。
淡然は得意の時の心構えだが、失意の時は泰然と、そして淡然と、この二つを併せて構えることだろう。

齢70、古稀になって、漸く、子どもから大人へと成長していく自分を見る。遅かりし由良之助であればこそ、天命を120歳と考え、世のため人のために尽くすことだ。

小林 博重