今日は私の69歳の誕生日だ。今までの誕生日の中では、特別の日のような気がする。それは今年が私の人生の大きな区切りの年だからだろう。人生には人それぞれ、そのような特別な区切りの年や日がある。

父が癌で亡くなったのが70歳と5カ月。私はあと17カ月でその歳になる。そう考えると、「私に残された日々は短い」と感慨深くなる。しかし、私はあと50年の後半生があると思い、明るく前向きに考え行動していこうと思う。

1時に目覚めた。少し床に伏せって69年の来し方を振り返り、行く末の50年を展望していた。
2時過ぎに事務所に出向き、早くも今日の仕事のスタートを切った。

69歳の誕生日は長く充実した1日になるだろう。

朝食前に一仕事を終え、午前はいつもの2時間ウォーキング。13時30分に来客がある。その後、理髪店で頭髪をスッキリする。
17時30分に丸ノ内ホテルの大安くらぶにて、元東北大学副学長の木島さん(元東北大学応援団長、応援団同期)とゼオライトの嶋村社長、杉常務との会食だ。私の誕生日祝いも兼ねる。ありがたいことだ。

これからの1年。第一生を締め括り第二生をスタートする。70年の総括と50年の展望をじっくりと考え行動する1年にしたい。

「心の純度」を考える。
稲盛和夫さんは「心を高める」ことを仰る。人生はイコール経営だ。人生は自分を経営することに違いない。そのために「心の純度」が決め手になる。 お人好しは決して純度が高いことではない。お人好しであることは、時には人を傷つけることがあるがために、きつい言葉だが、それは罪であるとも言える。

やはり、心の純度を高めるためには、人の好さを基本としつつも、強さ、逞しさ、物事の本質を見極める人間力がなければならないと思う。

「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」
私の人の好さは小善でしかない。小善は人を傷つけ、取り返しがつかないことにもなることがある。
大善であるために、心の純度を高め、厳しくも温かい人間力を身につけなければならない。

この1年、特に心したいことは、「人を見極める」大善を持つことだ。

人の性は善だが、人の性は弱だ。
その弱を強にするために、人は心を高める必要がある。しかし、少なからず、心を高めることをしないで、欲に溺れ心が濁った人になってしまう人がいる。その見極めだ。

心が弱い人とは大切に付き合うことだ。お互い励まし合ってともに成長していくことが大切だ。
しかし、心が濁った人とは一線を画し、決して付き合うことはしてはいけない。私は君子ではないが、危うきには近づかないことだ。

その見極めができるようになって心は高まっていく。

小林 博重