小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり

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今朝は雨の一日だ。こういう時はウォーキングは中止する。雨以外であれば暑さ寒さに関係なく決行する。全天候雨なしなら一年365日休みなくウォーキングをする。無理してしているわけではないが、2時間強のウォーキングだ。「雨の日には休んで、事務所でゆったり過ごせ」という天の思し召しと思ってありがたくそれに従うことにする。

ふと、あいだみつをさんの「雨には雨の中を、風には風のなかを」が浮かんだ。これは無理をして雨風の中を突き進めということではないだろう。 雨の日であっても風の日であっても、腐らずに泰然として、その日を過ごせという意味だと思う。
「失意泰然、得意淡然」の心境で生きるということだ。しかし、人間は弱い動物だから、それがなかなかできるようでできない。

松下幸之助さんは「順境よし、逆境さらによし」と仰る。稲盛和夫さんも「順境よし、逆境さらによし」と同じことを仰る。また、「苦を磨き砂」と思い、心を高めるチャンスと思うことが大切だと仰る。

人は得てして、順境になると「全て自分の力でここまで来た」と得意になり傲慢になってしまう。そして、逆境になると、「世の中が悪い。こうなったのはあの人のせいだ」と、世の中や人を恨み、心を貧しくしてしまう。

私は私を良く知る人たちから言われる。
「小林さんは「お人好し」過ぎる。大勢の人たちが小林さんに近寄ってくる。その中には、心が曲がった人たちもいて、小林さんの人脈を利用して儲けてやろうと悪巧みする。気を付けなさい」と。

今までそんなことは何度もあった。その度毎に、その通りだと思い、気を付けようと自覚する。少しは進歩したと思っているが、根っからの「お人好し」はちょっとやそっとでは治らない。勿論、人を信じることは大切なことだ。しかし、人の性は善であっても、悪に染まってしまう「弱い心」を持っているのだから「お人好し」過ぎると、その見分けが付かなくなってしまうことになるのだ。

人間70年も生きてきたのだから、そろそろもう一段のレベルアップを図らなければならない。
私の「お人好し」は人に迷惑をかけることもあるだろう。「お人好し」は罪になることもあるのだ。

稲盛和夫さんは「敬天愛人」と仰って「人に優しく」をモットーにされても、私のようなお人好しではないだろう。

「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」

私の善を小善から大善にアウフヘーベンしなければならない。

小林 博重

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