土日のウォーキングは3時間コースが多い。ビジネスのアポイントがないこともあるが、土日は気持ちが少し緩むのだろう。ゆったりとした気持ちでウォーキングを楽しむことができる。

今日は6時前に事務所を出て、明治神宮・靖国神社コースで3時間だ。9時前に事務所に戻り、朝風呂に浸かり、ゆったりと日曜日の休日を過ごす。

44歳で銀行を中途退職したおり思ったことは、「44歳は人生80年の半分を過ぎた年齢だ。私の人生は、あと半分弱の40年前後しか残されていない。定年を過ぎて、思うところを果たそうとしてもその期間はあまりにも短い。たとえ、トップに昇り詰めたとしても、その期間はもっと短い。それでは生まれてきた意味がない。ここが退職する潮時だ」と(そう思って古稀になってしまった。人生80年であればあと10年だが、ありがたいことに人生100年時代になった。私はさらに加えて20年の人生120年だ。もうこれ以上伸ばすことはできないだろうから、今は不退転の決意で人生を生きていこうと思う)。

その時は、私の生まれてきたミッションはこれだと思っていたわけではない。銀行で勤め続けることは、私の思うところの人生とは違う、よく分からないけれども何か違う。このまま勤め続けることできっと後悔することになるのではないかと言った「漠然とした不安と不満」があったのだろう。
その時は、稲盛哲学に傾倒していたこと、バブル崩壊で銀行が本来の金融機関の使命を果たすことができない環境になっていたこともあるし、私を誘ってくれた会社があったこともある。いろいろなことがあって、「えいや」と清水の舞台から飛び降りた。

早いものでそれから四半世紀が経つ。
「山あり谷あり」七転八倒の25年間だった。谷底に落ちて「我が人生は何だったのだろう」と深い後悔をしたこともある。しかし、後悔しても先が明るくなるはずはない。冬の日本海は荒れていたが、時には穏やかな凪になることもあった。今までお世話になった人たちの中には去っていく人もいたが、救いの手を差し伸べてくれる人が圧倒的だった。 また、振り返ってみれば、44歳以降の人生でお世話になった人たちはそれまでお世話になった人たちよりずっと多いことに気がつく。

そんなことを考えると、私の44歳の決断は間違っていなかったと思うようになった。
勿論、銀行を辞めなかったとしても多くの人たちにお世話になっていただろう。しかし、人生は一本道だ。別の道を歩くことはできないし、だから比較することもできない。今まで歩いてきた道が一番なんだ。出逢ってお世話になった人は、きっとそうでない道を選んだよりもずっと多いだろうし、その人たちは素晴らしい人たちだ。中にはとんでもない人たちもいたことはいたが、その比率は少しずつ低くなってきている。いい人たちが圧倒的に多い。 「私は幸せな人生を歩いている」そう思うと、これからはもっと幸せな人生を送ることができると思う。

そんなことを3時間のウォーキングで考える。

私は運がいい。多くの人たちが援けてくださる。
これからの人生で、精一杯、そのお返しをしようと思う。

小林 博重