2021年 10月 の投稿一覧

信頼できる仲間たちとともに、第二の生をスタートする。

私は、ほぼ毎日ブログを書いている。日々思うところを書いているが、書くことによって自分の考えを整理したり、ブレを修正したり、応援哲学を確固としたものにするためである。

ウォーキングもほぼ毎日しているが、それは健康を意識してのことと、「継続は力なり」の諺通り、自分の意志を確固とするためでもある。

フランスの哲学者アランの言葉「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」ではないが、人生を楽観的に生きるために意志を堅固にするのだ。

70歳で第一生を終え、リセットしてこれから後半生50年の第二生をスタートさせる。古稀が私の人生の区切りの歳だ。

人生を春夏秋冬に擬えれば、70歳までの前半生は春夏、70歳からの50年の後半生は秋冬というわけだ。
前半生で応援哲学を確固としたものにして、後半生でその成果を形にし、次の世代にバトンタッチする。

私はオールラウンダーではない。しかし、私は、誰も持ち合わせていない得意技を持っていると思っている。
その得意技は「世のため人のために使え」と、天が私に下賜してくださったものだ。そして、天は「お前の凹んだところは、信頼できる仲間たちによって埋めてもらえ」と仰っている。では、どのような人たちが、『信頼できる仲間たち』なのだろうか。

『信頼できる仲間たち』とは、
①正直である
②真っ直ぐで素直である
③柔らか頭を持つ
④人のことを思い遣る恕の心を持つ
⑤熱情がある
⑥世のため人のために生きようと思い、行動に移す

私もそうありたいと思うし、仲間たちもそうであってほしい。

究極的には、ボランティアとビジネスは相反するものではなく、コラボレーションする関係にあるものだと思う。

一過性のボランティアでもいいが、できれば永続的なボランティアが望ましい。そのためにも、ボランティアとビジネスをコラボレーションさせることで、ボランティアを永続化させることだ。ボランティアをビジネスすることだ。

福岡県と石川県でOUEN塾を開催するにあたり、協賛企業を募った。幾ばくかの協賛金をいただかないとOUEN塾は運営できない。勿論、私自身が言い出しっぺであるから、開催するに係る資金は準備段階を含めると半額以上は出している。
経営の才がない私が細々と稼いだお金をつぎ込むのだから、OUEN塾をもっと広範囲に、できれば日本の至るところにまで、私のミッションである『地域創生サポート』をしたいと思っているが、それは画餅になる可能性大だ。

そんなことを考えて、出てきた結論は、ボランティアとビジネスをコラボレーションすること。そのために私の凹んだところを埋めてくれる仲間たちを募ること。皆んなで得意技を出し合って、凸凹を埋めて美しい球形にすること。そして皆んなで心を高めてミッションを果たすこと、だ。

まもなく、OUEN DANCHOのホームページがリニューアルリリースする。このホームページに私の目指すところが網羅されている。

まもなく、第二の生のスタートのご挨拶として、OUEN DANCHOのホームページをリリースする。

小林 博重

山椒のような「小粒でもピリッと辛い」人たちの集まりを 目指す。

私が政治家に絶望にも似た感覚を持つようになって久しい。経済人こそが世のため人のために尽くす人間だと思っている。

明日の選挙は棄権しようかとも思ったが、芸能人の皆さんが自主的に「皆んな、選挙に行こう」と呼びかけていることもあって、一日本国民として、投票という行為により何らかの意思表示を示すことが日本人の義務であると思い直し、投票することにする。

日経新聞朝刊の「教育岩盤」コーナーでは、中央官庁の人材供給源である東大で、霞が関を目指す若者が減少しており、2020年度合格者で東大出身は349人と1999年以来最少になったと書かれていた。

東大出身で元官僚の坂東真理子・昭和女子大学総長は「戦前と違い、今の受験エリートは『勉強するのは自分のため』と教えられて育ってきた。だから、ノブレス・オブリージュ(高貴さに伴う義務)や社会に恩返しする感覚がない」と言う。 しかし、果たしてそうだろか。坂東さんの仰ることは一部は正しいが一部は間違っている。
若者は官僚になることだけが公に尽くすことではないと思っている。果たして、公に尽くす志があって政治家や官僚になっている人はどれだけいるのだろうか。

私は若者たちと接していて、彼らは「人のために働く」意識を強く持っていることを感じる。
もし若者たちが公に尽くす志を持っていないというのなら、それは私たち大人が公に尽くす志を持って生きていないからではないのか。子どもは親の後ろ姿を見て育つ。

今日の昼、OUEN塾OGの近藤晴奈さんが私の事務所にいらした。彼女は福岡・北九州のOUEN塾リーダーだった。今年の新卒で、半年で転勤した。半年で転勤とはちょっとビックリだが、私は何よりも転勤の挨拶に来てくれたことを嬉しく思う。彼女は、花の東京で営業でバリバリやっていきたいのだと。抜擢されての東京なのだろう。 OUEN JapanとしてもOUEN Company のビジネスマッチングの中で何かお手伝いができないか考えたい。

産経新聞の「産経抄」に、プロ野球のヤクルトとオリックスのリーグ優勝のコメントがあった。
両チームとも、昨年一昨年とリーグ最下位のチームだ。それが今年は揃って優勝だ。誰も予想だにしなかっただろう。

昭和35年、前年まで6年連続リーグ最下位の大洋を日本一に導いた三原脩さんの戦法は「三原マジック」と呼ばれた。

選手個々の長所をつなぎ合わせて1+1を3にも4にもする。選手の調子の頂点を掴んで、試合にベストを出させる。「運と努力と実力に、人の和が理想的に結びついたのが今年の大洋」だと言った。

21世紀こそ「山椒は小粒でもピリッと辛い」「強みを寄せ集めて丸い球形をつくる」「緩やかでも強固な集団」が大を制する時代ではないか。

小林 博重

ゼオライト河村会長からの何にも替えがたい贈り物

一昨日、ゼオライトの河村会長からアッと驚く巻物が届いた。
『ビジネスの基本は想像を超える感動を相手に与えること』だと言われる。
まさに、河村会長はそのビジネスの基本をトップ自ら社員の方々に示していらっしゃる。嶋村社長以下の社員の方々もその薫陶を具現していらっしゃる。素晴らしい会社だ。

同社とは、今年4月以来のまだ6ヵ月の短いお付き合いだが、このように、嶋村社長以下、松井専務、岸田専務、杉常務の経営陣の皆さん、社員の皆さんとは、長年に亙るお付き合いをいただいている以上に、実に心の友とも言えるご交誼に預かっている。ありがたいことだ。

何せ、河村会長と嶋村社長は稲盛和夫塾長の盛和塾の塾生であられたこともあり、嶋村社長に初めてお目にかかったおりから、私はそのようなつながりは感じていた。しかし、同社とは予想以上の深い人間的つながりが構築できたように思う。 ビジネスがウィンウィンで長続きするにはこのような温かい人間関係をベースとすべきなのだろう。

ところで、河村会長からいただいた巻物には、「小林博重様お名前ノ由来」が書かれてある。ちょっと気恥ずかしく、穴があったら入りたい心境ではある。

私の名前『小林博重』は、「優れた知性と判断力を持ち、信頼され人徳高いお人柄は、光り輝く未来を創造する、まさに『男の中の男』」なのだと。

私の名前に恥じない「正道を歩く堂々たる人生」を送らなければならないと改めて心に刻む。

小林 博重

iPhoneから送信

小林博重=OUEN DANCHOのミッション

昨日は、ウォーキングを早朝から夕方に替えた。朝夕、ウォーキングの効果は一長一短らしい。その時の気分や仕事の都合で、できる時にすることでいい。ずっと朝型だったが、これからは夕型もミックスすることにしようと思う。

今日は真夜中の1時に目覚めた。昨夜は20時に就寝したから5時間はしっかり眠れた。これも夕方のウォーキングのせいか。
もう一寝入りしようと思い、昨日と一昨日のビジネスマッチングを振り返り、11月のスケジュールを考えていると目が冴えてきた。
1時過ぎに事務所に出向き、月末の作業やメールのチェックをする。眠くなったら眠ればいい。今日のアポは15時に1件だけ。気楽なものだ。こんな時も宮仕えでない幸せを感じる。

緊急事態宣言が解除され、10月は福岡に2度の日帰り出張をした。
11月も福岡と大阪と札幌に各々1度、石川(+富山)には2度の出張を予定している。
12月はいつもはOUEN望年会があるため出張はしていなかったが、今年はすでに出張の予定がある。コロナ感染防止対策を万全にして、軽いフットワークで活動しようと思う。

ホームページは、キーをOUEN DANCHOとして、それにOUEN塾とOUEN Companyが紐付く形でスッキリしたものにしようと思う。そして、OUEN DANCHOのメイン(ミッション)は地域創生だ。

YouTubeの[団長チャンネル]は、
①私の独り語り
②OUEN Company の皆さんとの対談
③OUEN塾の学生さん(現役とOB・OG)との対談・鼎談・座談
の3部構成でリリースしようと思う。

私の人生の春夏秋冬の夏は今年が最後の年になる。古稀が区切りのの歳になる。
そして、古稀になって、やっと体系的にミッションを果たすための絵を描くことができた。
来年6月4日は、その区切りの[生前葬]であり[出陣式]になる。

今までの69年間に培ってきた「温かい人と人とのつながり」が有機的につながってきたように思う。今までは私とそれぞれの人だったが、それが、「OUENの仲間」として、皆んながつながって行く。つながるように私が考え、動くのだ。それが世のため人のためになる。

私のこれからの人生はあと50年と思っているが、それは天のみぞ知ることではある。
どちらにせよ、私の命が尽きるまで、天から与えられた[OUEN DANCHOのミッション]を果たすべく精進していこうと思う。

小林 博重

人間の幸せとは?

26日、福岡に日帰り出張をした。コロナ前は、毎月4泊5日で福岡に出張していたが、コロナ禍で様変わりになった。コロナは私たちの生活全般を変えてしまったのだ。しかし、この憎むべきコロナは、私にいろいろなことを気付かせてくれたことも事実だ。 「人間の原点に立ち戻る」という人間が正当な道を歩いて行く、行く道を間違えない、プリミティブな原理原則を気付かせてくれたのだ。

人間の幸せとは何だろうと思う。

私は銀行時代、7年半に亙り大卒の採用を担当していた。私が採用のメインの時もあり、人事企画担当で採用時にサブで応援していた時もある。 人が大好きな私としては、どちらかと言えば、主が肉体労働の採用が、主が頭脳労働である人事企画より性に合っていた。
私はあまり論理的思考ができる人間ではなく、感性派だ。当時の採用は、「採用担当者の人間性で勝負する」というアナログの極地だったから、私のような感性派にはピッタリだったのだろう。今はデジタルのウェイトが高くなっている。
私からすれば大企業の採用はきっと味も素っ気もないものなのだろう。特に大企業は、採用に限らず、全てがデジタル化されてきているだろう。私は大企業では時代遅れの人間なのだと思う。やはり、一匹狼が似合っている。

学生を採用する時、私はこの学生はどこまで出世するだろうかと考えて採用した。組織には2:6:2の法則があるから、ピンばかり採ったと思っても6になる人、あとの2になる人とばらけていく。そうとすれば、最初から2:6:2のバランスになるようにと採用していた。
その採用時から35年が経っている。そして、その当時の新人は退職の歳になっている。社長になった人もいれば役員もいる。子会社に出されている人もいる。当時の私の予想は半ばあたり、半ば外れだ。

私は思う。組織でトップになることが必ずしも幸せではないと。私も入社の時は社長になるつもりだった。それが、44歳で中途退職し、今は一匹狼の「フーテンの寅さん」。
しかし、フーテンの寅さんになって、価値観がガラッと変わった。組織で偉くなってもたかだか社長。社長はなんぼなものと思う。そこまで登り詰めたことには敬意は表するが、人間の幸せとはほとんど関係がないと思うようになった。
今の私が、一匹狼の私が幸せだ思う。それは私が一番活き活きと生きているからだ。それは一匹狼でそれなりに苦労して、生きる自信を持って生きているから、個性を活かし切っていると思うからだろう。しかし、誰にも私の真似をしろとは言えない。私の息子たちは私を反面教師にして、元気なサラリーマンを生きているが、私から見たら偉いと心から思う。私には決してできないことをしていると思う。「人の幸せはその人が決める」とあいだみつをさんは言っていたような。

添付は昨日福岡の日帰り出張をしたおり、九州北部信用金庫協会の篠原専務にいただいたトレシャツの写真だ。
篠原さんは戸畑高野球部で甲子園球児だ。だから図柄も野球グランドになっているが、福岡の地図をディフォルメしている。ホームベースが博多駅、一塁ベースが呉服町、二塁が天神、三塁が渡辺通、日航ホテルと全日空ホテルはホームベースの左右にバランスよく並んでいる。ピッチャーマウンドはキャナルシティだ。これで、福岡市の各拠点の位置がアバウト分かる。なかなかの作品だ。
私は今度は北九州市をディフォルメしてほしいとお願いした。なぜなら、OUEN塾は福岡市と北九州市の大学の大学生と留学生の応援イベントなのだ。OUEN塾の学生たちにこのトレシャツを着てもらおうと思うからだ。

私は石川県の出身で、能登や金沢の地域創生サポートをミッションとしているが、福岡市や北九州市は、私の第二のふるさととして、地域創生サポートをすることをミッションと考えている。 そんなわけで、私の第二の人生(秋と冬)は、少なくとも石川県と九州北部の地域創生サポートに全力投球したいと思っている。

小林 博重

120歳まで現役、生涯現役を目指す。

このほどYouTubeにデビューした。超アナログ人間の私の得手をフルに発揮するためにはどうしてもデジタルが不可欠だ。すなわち、アナログとデジタルの融合だ。

昨日、私をプロデュースしてくれるデジタルベンチャーと同行して、都内のOUEN Company を何社か訪問した。
「犬も歩けば棒に当たる」の諺を地で行っている。また「有言実行」を地で行っている。
動きながら考える。動かなければビジネスは近づいてこない。世のため人のために尽くすことはできない。私は肉体労働をしているわけではないから、動くだけでは何も生まれないのだ(私は私なりの頭脳労働をしている)。

動いてみて、アナログとデジタルの融合はビジネスになると実感する。ただし、それに関わる人たちは、
①清い心
②柔らか頭
③自燃性
の仲間たちであることが大前提だ。

これからOUEN Japan は超多忙になるだろう。
首都圏、福岡、佐賀、長崎、石川、富山、福井、大阪、京都、北海道等々、
これまでの70年の人生の中で最も多忙な時代に突入する予感がする。
あと30年、100歳まで現役で頑張ろうと思っていたが、それでは勿体ない。あと50年、120歳まで現役人生を送らねばと気持ちを新たにする。 とは言っても、「老人は仕事のさなかに倒れ、次の世に旅立つ」ことが最高の幸せなのだと思う。人の命は永遠ではない。
しかし、魂は次の世代に引き継がれ、永遠に生きる。

小林 博重

自燃性と可燃性と不燃性の人間

今日は日帰りの福岡出張だ。10月7日にも同様の出張をした。いつも福岡は4泊5日なのだが、コロナのせいで今までのような活動ができず、そのため連泊出張はなかなかできないでいる。コロナが落ち着いたら、福岡を中心とした九州北部の地域創生活動を本格化させたいと思っている。

今日の出張は(株)ナックスの顧問として、同社の鈴木さんが同行いただいて福岡のいくつかの企業を訪問する。訪問する企業はOUEN塾の協賛企業が中心であり、全てOUEN Company だ。

OUEN塾活動をスタートして5年以上が経つ。OUEN塾は学生たちと地元企業の交流イベントだが、人と人とのつながりは、自然と、一つのことから多方面に拡がっていく。企業の皆さんは地域創生の観点でOUEN Japanと関わっているとは思っていらっしゃらないと思うが、そうではない。そのように私が持っていくのだ。これが稲盛和夫さんが仰る「渦の中心になる」ということなのだと思う。
そのためにも、企業の本業を応援することからスタートすることがスムーズに企業の懐に入っていき、信頼を得ることになる。そんな迂遠と思われる活動をすることがポイントだと思う。

稲盛さんは「人間には、自燃性と可燃性と不燃性の3通りの人間がいる」と仰る。

自燃性は自らが燃える人間だ。その人間の心が火の玉のように燃えているのだ。そして、それが燎原の火の如く、周りの人を巻き込んでいく。私はこういう自燃性の人間を目指している。そして、仲間は自燃性の人間を中心にビジネスを展開していきたいと思う。
サラリーマンの中には1割くらいは自燃性の人がいるのではないか。上司とぶつかっても、これが正しいことだと思うと何とかして分かってもらおうと、そのために創意工夫をする。全てが通るわけではないが、そのチャレンジ精神、壁をぶち壊そうとする人間の迫力が信頼を得て魅力ある人間になる。

しかし、他の9割はそうではない。6〜7割は可燃性ではないかと思う。まだ不燃性でないだけいいが。
可燃性は人が火を付けなければ燃えない。それでもサラリーマンは出世する。下らない忖度をすることに長けるのだ。

どうしようもないのは不燃性の人間だ。水が身体中に染み込んでいるからいくら火を付けても燃えない。

組織は、このように3通りの人間の集まりだ。しかし、トップの人間性によってその比率は大きく変わるだろう。1:7:2→4:5:1くらいになれば素晴らしい組織になったと言える。 私はせっかちで、堪え性のない人間だから一匹狼が性に合っている。組織には馴染まないと思ったから、組織を抜け出した。

しかし、組織と付き合わなければ何もできないと思うから、組織の外野席で多くの組織と関わっている。私の得意技を活かすにはこれが一番いい。

小林 博重

『月月火水木金金』の老後人生

大学の同期から電話をもらった。

彼は、ふるさとに誰も住まない実家があり、本人は東京暮らしだ。大企業の役員をしていたのだが、役員定年を機に会社が紹介する会社へ就職することを断り、晴れて自由の身になったのだとか。
一人息子のため、田舎の実家は空き家になっている。さりとて、奥さんと一緒にふるさとに帰ることもままならない。奥さんが東京を離れることを良しとしないのだ。そんなことで、本人は東京とふるさとを定期的に往復している。 先週まではふるさとで田畑の野良仕事をしていたのだとか。

大企業の役員を退任したのだから、社員の退職金もあったろうし、役員の退任金もある。私と同期で1年浪人していたので、満70歳。年金は満額支給されて、老後の生活には全く困らない。また、ゴルフ仲間とも定期的にゴルフをしている。悠々自適の老後生活だ。

以前、彼は私に言っていた。
「仕事を辞めると『きょうよう』があることが老後には不可欠なんだ。
『きょうよう』とは『教養』ではない。『今日行くところがあるか』『今日用があるか』なんだ。
自分は行く田舎があり、野良仕事をする。ゴルフも仲間とする。楽しい老後だよ」

そんな老後もまたよし。しかし、私には全く無縁な世界だ。
まず、私にはお金がない。銀行を44歳で辞めて退職金など雀の涙だった。たとえ大金が転がり込んできたとしても、OUEN Japanのボランティアで使い果たすだろう。今は、そのOUEN Japanのボランティアである『OUEN塾』を九州と石川で軌道に乗せるために、その仕組みづくりで四苦八苦している。
OUEN Companyの皆さんをビジネスサポートして、その成果報酬をOUEN塾の運営費にする。OUEN Companyの応援団になることが、OUEN塾を軌道に乗せることになるのだ。

昨夜の夢で私は軍歌の『月月火水木金金』を歌っていた。
この軍歌は、日本海軍で土日返上して甲板の掃除をはじめ、仕事をすることを歌っているのだが、私の日常もその『月月火水木金金』である。 しかし、城山三郎の『毎日が日曜日』という一面もある。

私にとって生きていることは仕事であり、遊びでもある。オンとオフは分けることをしない。
働き方改革には全く反しているが、リゲインのコマーシャル『24時間働けますか』という悲壮な労働感ではない。
遊びながら仕事をする。楽しみながら仕事をするのだ。グリコの『一粒で二度美味しい』を地でいっている。世のため人のためと思って仕事をすると、それは楽しい。古稀にして本当の苦労はしていないと思うから、まだ『苦を楽しむ』境地には至っていないが、人生そんなものだと達観している。

自民党の妖怪のおじいさんたちや、日大の偉いさんのような、権力欲や金銭欲で老醜を晒すことは、私の性格上、できるわけはないが、貧乏暇なし。何とか妻に迷惑をかけない老後を送りたいと思う(この25年間、妻には迷惑のかけっぱなしで、今更何を言うと言われるのがオチだが)。やはり、ピンコロで120歳を全うしたいと思う。これは私の切実な夢である。

小林 博重

名脇役としての応援団長

今日(23日)の稲盛和夫語録選集その二は、『渦の中心になれ』だ。

仕事は自分一人ではできません。上司、部下をはじめ、周囲にいる人々と一緒に協力しあって行うのが仕事です。

その場合には、必ず自分から積極的に仕事を求めて働きかけ、周囲にいる人々が自然に協力してくれるような状態にしていかなければなりません。これが「渦の中心で仕事をする」ということです。

会社にはあちらこちらで仕事の渦が巻いています。気がつくと他の人が中心にいて、自分はそのまわりを回るだけで、本当の仕事の喜びを味わうことができないときがあります。

自分が渦の中心になり、積極的に周囲を巻き込んで仕事をしていかなければなりません。

「応援」は、人のために尽くすことであり、あくまでも主役ではない。主役は応援する相手だ。間違っても応援団は主役になろうとしてはいけない。脇役に徹することだ。

しかし、その主役が主役の仕事をするために、なくてはならない脇役がいる。主役が舞台に立つお膳立てをするところまで脇役がすることは「脇役ここにあり」ということであり、それこそ脇役の究極の理想の姿だ。それを『名脇役』という。それが本来の応援が目指すところだ。ただ、「頑張れ‼︎頑張れ‼︎」と声を張り上げるだけが応援ではない。

OUEN Japanはそんな名脇役になりたいと思う。小林博重=OUEN DANCHOは、そんな本質的な応援をする応援団長になりたいと思う。

小林 博重

YouTubeへのデビュー

昨日、YouTubeにデビューした。『団長チャンネル』を定期的にリリースする。

昨日の第1回は、私の生き方のベースになっている応援哲学の由来について語っている。

[応援哲学]
⑴祖父母に教わった「ごく当たり前の教え」
①人のために尽くす
②嘘をつくな
③有言実行
④真っ直ぐに生きる
⑤正直に生きる
等々、人間として生きる基本的な原理原則

⑵東大応援部の「3S-spirits」
①Service→社会貢献②Sacrifice→活私奉公
③Study→人生修養

⑶稲盛哲学 の「6つの精進」
①誰にも負けない努力をする
②謙虚にして驕らず
③毎日の反省
④生きていることに感謝する
⑤善行、利他行を積む
⑥感性的な悩みをしない

応援哲学は私の人生の生き方のベースだ。と言っても、古稀になった今でも自分の至らなさに情けなくなることが頻繁だ。だから毎日の反省があり、感性的な悩みをしないことなのだが。自らを振り返り、つくづく私は不完全な者だと実感する。
120歳になってこの世からおさらばする時までには100点満点になっているだろうか。

『団長チャンネル』は、第2回以降は、主として「OUEN Company」の社長や理事長他、経営幹部の方々や「OUEN塾」の学生リーダーや学生たちとの対談をYouTubeでリリースする。

お互いが切磋琢磨することで、それぞれが成長すること、私たちが住み働く地域の創生、再生の一助になることを目指したいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=b5Bl09cuqrY

小林 博重