自民党総裁選が姦しい。明後日の29日が投開票で、各陣営は終盤の追い込みに必死だとか。今回の総裁選は混戦模様を呈しており、決戦投票の見方が強まっている。合従連衡の駆け引きが激しく、外野席はゲームとしては面白い。面白いゲームだから自民党員のみならず多くの国民の注意を引く。そして、テレビの露出は自民党オンリーの毎日だ。 野党としては、総選挙は菅総理は組み易しと思っていたのだろうが、こんな自民党総裁選になって、このままでは総選挙はどうなることやら気が気ではないのだろう。

私は、今の政治は自民党でも野党でも、大して変わらないと思っている。
11月の総選挙では自民党は当選者は減少するだろうが、大した減少にはならないだろう。そして、自民党総裁が首相になるのだろう。どの候補者が首相になっても「忖度の政治」は変わらない。

『忖度』の本来の意味は「相手の気持ちを考慮する」ことだ。
辞書には、「他人の心中を推し量ること」「自分なりに考えて他人の気持ちを推し量ること」と書かれている。
それが、2020年(令和2年)の辞書には「特に立場が上の人の意向を推測し、盲目的にそれに沿うように行動することの意で用いられる」と新たな意味が付け加えられている。

今回の総裁選でも4人の候補者は多かれ少なかれ、忖度をしていると思われても否定できない発言をしている。それは、候補者が派閥の長でなかったり、たとえ長であったとしても他派閥の力を借りなければトップに登り詰めることができないと思うからだ。

27日の日経朝刊の「経済教室」のコーナーで、早稲田大学教授の谷本寛治さんは、題目「サスティナビリティー経営の現在」の中で、『トップは明確な哲学を持て』と言っている。

相手を思い遣る『恕の心』を持つことは、本来の忖度だが、そうでない「顔色を伺う、ご機嫌をとる」というネガティブな忖度は御免被りたい。

私は、ネガティブな忖度はしたくないし、することはできないから組織から抜け出した。
その点は気楽な身分だが、天から与えられたミッションは気楽な身分でも果たす義務があると思っている。気楽な身分だからこそできることがあるのだと思うようになった。

孔子は「五十にして天命を知る」(知命)と言っている。孔子の時代は70歳は古来稀なる年齢であり、その時代の知命は50歳だ。 人生100年時代であれば、知命は70歳と言ってもあながち間違いではないだろう。

私の知命は70歳。当に今だ。古稀70歳は現代では100歳なのだ。

そんなことを思って、まだまだこれからだ、頑張ろうと思う。

小林 博重