早朝ウォーキングをしながら年齢と人生について考える。

論語で言う。
子曰く、吾
[志学=15歳]
十有五にして学に志す
[而立=30歳]
三十にして立つ
[不惑=40歳]
四十にして惑わず
[知命=50歳]
五十にして天命を知る
[耳順=60歳]
六十にして耳順う
[従心=70歳]
七十にして心の欲する所に從ひて矩を踰えず

孔子が生きていた時代は中国の春秋時代、今から2550年前。紀元前500年前。日本では縄文時代だ。そんな昔に中国は孔子という偉大な思想家を輩出した。
その時代は70まで生きる人は”古来稀”だった。そして、私は馬齢を重ね、その古来稀なる年齢に達してしまった。今は人生100年だが、人間は孔子の時代からどれだけ進歩したのだろうか。 少なくとも私は、孔子の言う年齢と私の精神は全くリンクしていない。

今年は数え70歳。論語でいう従心である。来し方人生を振り返ってみると、70歳になってやっと而立と不惑と知命と耳順の精神の入り口に到達したのかと思う。そして、まだ、全く「心の欲する所に從ひて矩を踰えず」の従心の境地には達していない。

今の私にとって70歳は人生の大きな区切りの歳のような気がする。数え70歳を迎え、一旦人生をリセットしようと思う。それが私の生前葬だ。来年6月4日に南麻布了聞で執り行う。 そして、同日午後に日本青年館にて、新たな第二の人生の披露パーティーを開催する。
OUEN Company の皆さん200人に集まっていただいて、私のため、皆さんのため、Win-WinのOUEN Company 交流会だ。

まだ1年近く先だが、お目にかかるOUEN Company の皆さんに「生前葬&OUEN Company 交流会」をお伝えしている。皆さん、ちょっとびっくりされるが、参列・参加したいからその時になったら声を掛けてほしいと仰る。あながちリップサービスではないだろう。 日本青年館は200名がアッパーでそれ以上の円卓パーティーは無理なのだということだから、お声掛けは考えなければならない。

これからの第二の人生は、盛和塾の精神を貫き通して、世のため人のための人生を邁進していきたいと切に思うものだ。

小林 博重