4回目の東京の緊急事態宣言を受けて、ようやく東京オリンピックは無観客で開催されることになった。遅きに失した感がある。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長が専門家の立場から6月4日の厚生労働委員会で、「普通は五輪開催はない。このパンデミックで」と指摘し、「そもそも五輪をこういう状況のなかで何のためにやるのか。それがないと一般の人は協力しようと思わない」と述べたことに対し、丸川五輪相は「我々はスポーツの持つ力を信じて今までやってきた。全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言ってもなかなか通じづらいというのが私の実感」「できる対策は何かということに懸命に取り組んでいる。ひとつひとつの積み重ねが、本格的に社会を動かしていく時の知見になる」と話した。
同じ船に乗っている専門家の医学的見地からの意見を「別の地平」と訳の分からない台詞で、言わんでもいいことを言うと全く無視し馬鹿にするような高飛車な言い草は、私からすれば、「あんた、何様になったつもりなのか」と言いたい。自分は東大卒のエリートと思っている人らしい。こんな人がいるから東大卒はみな「上から目線」でものを見ると思われる。

結果、尾身会長のご指摘の通り、無観客になったではないか。そんなことはずっと前から分かっている。

しかし、何のためにオリンピックをするのかという質問には誰も責任者は答えていない。これは、太平洋戦争の時と同様、集団無責任体制であるから責任者はどこにもいないのだろう。

オリパラの後手後手の対応を見ていると、リーダーとは如何にあるべきかを考えさせられる。
熱情を持つことはリーダーにとって不可欠なことだが、それが
冷静さを伴わなければ、その組織や構成員を奈落の底に突き落としてしまいかねないのだ。
これこそ、”他山の石”としたいことだ。

小林 博重