ザイマックスの藤原常務には多くのビジネスパーソンをご紹介いただいている。その一人が福岡市が本社のゼオライトの嶋村社長だ。

嶋村社長は、昨日、取引先へのご挨拶のために3日間上京された。取引先訪問の合間を縫って、私の事務所にも杉常務とお二人でいらした。 嶋村社長とは3ヶ月前の4月、福岡出張のおり、藤原常務に同行いただいて福岡の本社を訪問したおりお会いしたのが初対面だ。まだ、3ヶ月しか経っていない。 東京支店長の杉常務は、私の東京のネットワークを同行してご紹介しているので、彼とは2ヶ月前からの付き合いでしかない。

人間関係が順調に進んでいるのは、同社が私の紹介した先から高い評価をいただいていて、いずれもビジネスが前向きに進んでいるからだ。
しかし、それだけではない。ベースに人間の見方や人生の考え方が共通していることがあるのが大きい。それは嶋村社長も私も稲盛和夫さんが塾長だった盛和塾の塾生だったことだ(盛和塾は稲盛さんがご高齢であることもあり、一昨年末に閉塾した)。 閉塾しても稲盛さんからの薫陶は私たちの心に深く刻まれている。そして、私は、稲盛さんから学んだ人間哲学や実学を、生涯をかけて実践しようと強く思う。

私が福岡の同社に伺ったおり、通された部屋に社訓が掛けられてあって、それが稲盛哲学そのものだった。そのおり、私から盛和塾のお話しをさせていただいた。 また、私の事務所は稲盛和夫さん一色になっている。「6つの精進」「PASSION」の掲載、稲盛さんのポートレート、稲盛さんと私のツーショット等、稲盛教そのものだ。

嶋村社長は稲盛さんとのツーショットをご覧になって「これは貴重な写真ですね」と。仰る通り、この写真は私にとって宝物中の宝物なのだ。

ベースに同じ考え方、生き方があるから、年代も経験も全く合っていない人間同士が刎頚の交わりを持つことができる。

44歳で安田信託銀行を若気の至りで中途退職したが、そのきっかけは昭和のバブルであり、稲盛和夫さんとの出会いだった。
私の25年間の夏はそれから始まったが、それは七転八倒の日々。
しかし、たくさんの素晴らしい巡り会いがあった。私は運がいいと思う。辞めて良かったと思う。そして、棺を覆うまでに、私だけが運がいいと思うだけでなく、妻にも子孫にも、私と関わってくださっている全ての人たちにも、私と出会って運が良かったと言っていただけるようになりたいものだ。

小林 博重