本格的な梅雨の季節だ。熱海では線状降水帯のせいで甚大な土石流被害が発生した。この線状降水帯はここ数年前からの言葉だ。それまでは梅雨の長雨と言ってもこのような被害は稀だったのではないか。地球が悲鳴をあげているのだろう。お題目でSDGs(持続可能な開発目標)を掲げるのではなく、世界の全ての国・地域・企業・個人が、SDGsを自分ごととしてその達成に取り組んでいかなければならないと切に思う。

今日も東京は一日中雨模様だ。にわか雨で時々止む時があるが、これではちょっと2時間ウォーキングは中止せざるを得ない。
昨日もにわか雨の予報だったが、午後は曇り空で降る気配がなかったので、港区の無料検診で前立腺がんの検査のため、六本木の新赤坂クリニックとの往復の他、靖国神社コースの2時間ウォーキングをした。おかげで歩数は25千歩だった。今日は一休みをせよとのお告げだ。今日のにわか雨は”天の恵み”と考えよう。

そんなことで、今日は晴耕雨読だ。一日中、買って積んであった本を2冊読了した。晴れた時はウォーキング、雨になったら読書。自然に逆らわず生きていくことだ。

今朝、次男から電話があり、生前葬はちょっと早いのではないかとの感想だ。
還暦での生前葬ではそれは早いだろう。しかし、数え70歳の古稀にもなれば、いくら健康体であっても早いということはないだろう。「古来稀なり」の古稀である。孔子の時代は「よく70歳まで生きた」ということでの古稀だ。
私はあと50年生きるかもしれず、明日お迎えが来るやもしれず。そんなことで、生前葬のいい潮時は70歳ではないか。生きている時にお世話になった方々に会っておきたいし、彼らのお役に立ちたい。そんな思いで、二次会はOUEN Company 交流会を開催するのだ。

人生の半ばを過ぎ、古来稀なる歳まで生きて、そこで一生に区切りをつける。そして、それからの二生を新たな心で元気に生き抜く。その区切りが生前葬だ。そして、毎年1回。50回を目指す。

生前葬を区切りに、私は俗名小林博重と戒名(瑞華院の福井住職にお任せしている)の2つの名を持つことになる。そして、厳粛にニ生を生きていこうと思う。

終の棲家(ついのすみか)とは、最期を迎える時まで生活する住まいのことだ。私のそれは、棺を覆ってから棲む永住の地だ。それは南麻布の「了聞」(瑞華院)だ。
終の棲家を決めて、なぜかホッとした気分になった。そして、ニ生を明るく元気に、世のため人のために生きていくのだという心構えができたような気がする。実に新鮮な心持ちだ。

まだまだこの世ですることは山ほどある。与えられた人生の時間をひとときも無駄にすることなく、真っ直ぐな人生を生きていこうと思う。

小林 博重