2021年 6月 8日の投稿一覧

南麻布「了聞」

iPhoneから送信

南麻布の了聞を見学する⑵

妻とともに南麻布の了聞を見学する。
11時から30分、見学しながら説明を聞く。11時半に隣の分とく山で馬形さんを交えて美味しいランチを堪能する。先月に妻の誕生日祝いをしていなかったので、誕生日祝いと馬形さんの就職祝いを兼ねる。 13時半から了聞に戻り、了聞について、改めて詳細な説明を聞く。

訪れるご夫婦は私たちと同年代が圧倒的。契約に至る確率は約3割。特に60代のご夫婦の比率が高いのだとか。
50代ではまだ早過ぎるかも知れない。70代以上では終の住処を決めるのは遅過ぎるのだろう。
先祖代々の墓がある人ならいざ知らず、地方出身で都会に終の住処を求める人が墓を求めることは資金面では都心では1000万円を覚悟しなければならないようだ。 また、墓地も簡単には見つからない。宗派のこともあるだろうし、何処でもいいわけではない。
子どもたちが気安くお参りしてくれる至便なところはそうあるものではない。墓を求めてもその管理はまた大変だ。都が運営する青山墓地も待っている人は列を連ねているとか。

私らしいこの世からの去り方、その後のこと等は私自身で考えることだ。家族に死後のことは全て任せるというわけにはいかない。

私の人生の春夏秋冬はまだ夏の終わりだ。70歳から30年間の秋があり、それから20年の冬がある。あと50年強の人生がある。しかし、これは天のみぞ知る。明日にこの世とおさらばということになるかも知れない。人間はその両極端を併せ持って生きている。そのバランスだ。

ガンジーの箴言に、
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」があるが、死と生の両極端を心に併せ持って、人生にチャレンジしていくことだ。それが100歳であっても120歳であっても。

了聞での説明を聞いて思った。「私の生前葬を毎年開催したらいいのではないか」と。
生前葬は、間もなくお迎えが来るだろう時に、どうしても会っておきたい人たちを招いて行う葬式なのだろう。しかし、間もなくとはガンを宣告されたような時ばかりではない。死は、間々、何の前触れもなくやってくるものだ。 それであれば、絶えず生前葬を開催する意味があるだろう。

毎年、OUEN塾やOUEN Companyに関係する人たちに集まっていただいて、OUEN Japanの活動報告をすること。集まっていただいた人たちのこれからの人生をもっと幸せにするために、生前葬をそのきっかけになるイベントにすること。 毎年1回の開催で何回できるか。50回目指して生きることだ。

OUEN望年会と小林博重の生前葬は、人と人をつなぐイベントになる。当に小林博重らしいイベントではないか。

展望ある、明るい、世のため人のための生前葬を毎年開催したいものだ。

小林 博重