2021年 6月 の投稿一覧

井口一弘さんに葬儀委員長をご快諾いただく。

今日は全くアポイントがなかった。時にこういう日がないとメリハリがなくなる。年中無休と言っても、サラリーマンのように定期的に休日があるわけではない。さりとて、自分で休日を決めるわけでもない。図らずも、たまたまアポイントがない日が休日になるだけだ。だいたい、私は図って人生を送ってきてはいない。その点ではほとんど私には先見性はない。結構行き当たりばったりの人生だったが、たとえ災難に遭遇してもそれを磨き砂と考えて前向きに生きてきたおかげで多くの人たちに援けられて運がいい人生を送ってきたと思う。しかし、これからの人生後半戦はそれではいけない。

人さまのお力をお借りするにしても、時代の流れを掴んで行動することだ。目指すところを見据えて足固めをすることだ。すなわち「着眼大局、着手小局」でいきたい。

昨日、井口一弘さんにお会いして私の「生前葬」の葬儀委員長をお願いした。
井口さんは東大応援部の8年先輩、安田信託銀行の先輩でもある。私は応援部現役の時からご自宅にお邪魔して奥さんにご馳走になっていた。そのご縁もあって安田信託銀行に入社した。船橋で自宅を求めた時も井口さんのご自宅の近所だった。人事部でもご一緒して、ともに採用活動をした。なんだかんだと半世紀お世話になっている。

葬儀委員長をお願いした時、井口さんは一瞬驚かれたが、「博重らしい」と笑ってご快諾いただいた。
一つ「奥さんは承知なのか」と。また「年に1回葬儀委員長をすれば、こちらも自ずと健康になる」「明るい生前葬なら引き受ける」とも。 そう言っていただいてありがたいことだ。

なんだかんだ、古稀からの人生は楽しいものになりそうだ。

小林 博重

ウォーキングの効用

今日は天気予報が外れて雲間から日が差す一日だった。5時からの2時間ウォーキングで「本質思考」について考えた。

オリンピックまで1ヶ月を切った。様々な競技で代表選手が決まっている。もうここまで来たらオリンピックは開催されるのだろう。 私はオリンピックは中止すべきと思うが、ここまできたら頑張っているアスリートのことを考えるとなんとか開催して成功裏に終わってくれることを切に願う。

では、コロナの現状はどうか。
ここのところ感染者が少しずつ増えてきており、このままでは開会式には東京の感染者数は1,000人にまで増加するのではないかと懸念されている。

私は、オリンピックとコロナの両立を考えるのであれば、やはり無観客であるべきだと思う。
二兎を追うことは、万難を排して二兎を捕まえることが可能である場合だけだ。このままでは「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということになりかねない。政府や組織委員会は本質思考ができていないのではないか。
開会式前後で緊急事態宣言発令ともなれば無観客にせざるを得ない。その必然性が高いのであれば、姑息な観測気球を揚げることをせず、ストレートにそして素直に「東京オリンピックを是非とも開催し、成功裏に終えたい。試合会場は無観客にする。PVはなしにする。国民の皆さんには申し訳ないがテレビで観戦してアスリートの頑張りを応援してやってください。感動は自宅で味わってください」と菅総理が国民に向かって心からのお願いをすれば、国民は分かってくれるに違いない。そんなことも分からないのだ。

経済産業省のエリート官僚がコロナの家賃支援給付金詐欺で逮捕された。城山三郎は通商産業省(現、経済産業省)の佐橋滋をモデルに『官僚たちの夏』を書いたが、戦後のエリート官僚はまさに日本の国を支える国士だったのだ。今回の不祥事はそれとは真逆だ。

それは、稲盛和夫さんが仰る『人生(成功)の方程式=能力×熱意×考え方』の考え方がマイナスの典型例だ。その積はマイナスになる。彼らの能力や熱意が大きいだけにそのマイナスは膨大なものになる。まだ28歳。若い。まだまだ人生の先は長いが、その人生は真っ暗闇ではないか。こんな官僚はごく稀と思いたい。

「ノブレス・オブリージュ」
高貴なるがゆえの義務と訳される。財産や権力、社会的地位がある人間は、そうでない人間に思いを致す義務があると言うことだ。
上から目線ではない。「矜恃を持って生きよ」「世のため人のために尽くせ」と言うことだ。

これも「何のために生まれてきたのか」と言う本質思考ができていないから、人間の屑のようなことをしでかすのだ。

2時間ウォーキングで人生を考える。
私にとって心身のリフレッシュのために、ウォーキングはベストチョイスだ。

小林 博重

第1回「生前葬」のイメージ⑶

今日はOUEN塾卒業生とのランチを楽しんだ。卒業3年目の吉田梨紗ちゃん、今年卒業の黒田琴音ちゃんと江崎卓君の3名だ。
表参道のまい泉に出掛けたが、やはり日曜日だ。表参道は多くの人出が出ていた。ここ1週間は東京ではコロナ感染者が前週の2割以上増えているとか。オリンピック開会式には緊急事態宣言一歩手前まで行くのかもしれない。政府には、オリパラをやると決めた以上は責任を持って感染者を抑える最大限の努力と対策をしてもらいたいものだ。 “やると決めた以上は、できなかったら責任を取る”覚悟と身の処し方を徹底してもらいたいものだ。

若い3人には、私の「生前葬」の話をして、その時は手伝ってくれるようにお願いした。

彼らを見ていると、私が安田信託銀行に入社して渋谷支店に入社した頃を思い出す。やはり、社会人1年目の新鮮な気持ちは忘れることがない。
綾小路きみまろの十八番ではないが「あれから40年」。あっという間に45年が過ぎた。過ぎ去ってみればほんとにあっという間だ。これから同じ時間を生きることができるだろうか。生きることができるようで、今までに120年を生きた人はいないらしい。それに私は大胆にもチャレンジしようとしている。

今日の天気予報では雨模様とかで、珍しく5時前まで寝ていた。事務所に出かけてなんだかんだしていて、早朝ウォーキングは中止したが、天候は午後まで曇りでにわか雨も降らない。
それではと、午後2時過ぎからウォーキングに出かけた。今日は麻布〜恵比寿〜目黒コースだ。もうウォーキングは習慣になってしまった。ウォーキングなしでは健康を維持できないように思ってしまっているところがある。こういうのを健康オタクというのだろう。

若い時は銀行の人事部で採用担当が長かったせいもあって暴飲暴食の日々だった。全く健康に留意した記憶はない。
しかし、古稀も近づく年齢になると、残りの命のことや、心残りなく人生を生きることを絶えず考えるようになった。健康に生きることが私に与えられた天命を果たすために必須であると真剣に思うようになった。有意注意で健康を考えるようになった。

よく人は「生きていることだけで意味がある」という。「人の命は地球より重い」ということだろうが、私は自分が植物人間で生きていたいとは思わない。もしそうなったら命を絶てるものなら自分で絶ちたいと思う。人の命はそんなことはできないが自分の命はそうしたいと思う。 それだけ元気で仕事をする、人のために仕事をすることに生きがいを持っているのだ。

明日は、表参道の結婚式場に電話して、打ち合わせの時間を持とうと思う。
来年6月の生前葬後の「OUEN Company 交流会」についてアバウトなところ方向性を固めておきたい。

この「生前葬」というイベントは私の人生の大きな区切りになるだろう。新しい人生のスタートになる。
そして、これからは、一年一年、新たな気持ちで人生をスタートするための「第○回生前葬」にしていきたいと思う。

小林 博重

第1回「生前葬」のイメージ⑵

了聞での「生前葬」は50名の参列者で厳かに執り行う。第2ステージは葬儀のイメージを払拭して、表参道の結婚式場を考える。

了聞での「生前葬」に参列された50名の方々は南麻布から表参道までマイクロバスで移動する。
表参道の結婚式場には、100〜150名の交流会に参加する人たちが待っており、そこに南麻布からの50名が合流する。

第2ステージは、私の戒名のお披露目を兼ねて、OUEN Company の皆さんたちの交流会である。
まずは、来年6月に第1回を開催し、それ以降は毎年6月に「生前葬」を開催したいと思う(例年続けているOUEN望年会も来年から再開する)。

ガンジーの箴言「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」
の通り、生きとし生けるものは、いつかはこの世とおさらばしなければならない。しかし、それは明日とも、10年後とも知れず。20年後、いや50年後かも分からない。 悔いなく生きること、棺を覆うまで学ぶことを続けることだ。
その確認を、この「生前葬」を執り行うことで行う。各自が自らの来し方行く末を心を鎮めて考えるひと時になればと思う。

「生前葬」は生きている私のための儀式である。明日に向かって前向きに明るく生きるための儀式である。そうありたいと思う。だから、私は毎年「生前葬」を恒例としたい。 そして、お世話になっている方々のビジネスにも貢献したいと思う。その第2ステージは結婚式場がいい。人と人を結びつける縁起がいい施設ではないか。 葬儀の後、結婚式とは、それもまたいいではないか。

何事も考え方だ。私に降りかかる全てのことは、私の成長のために天が降り注いでくださった磨き砂なのだ。「苦」も「楽」も同じことだ。寧ろ、「楽」は人を傲慢にし、感謝の心を失くしてしまう劇薬かもしれない。楽をして身を滅ぼす人間は思いの外多いのではないか。 「苦」も「楽」も精神を磨く磨き砂なのだ。

小林 博重

第1回「生前葬」のイメージ

私の生前葬のコンセプトや具体的概要が少しづつ固まってきた。

昨日は、了聞の馬形さんと(株)自然葬祭取締役の岩切部長がいらして、石川県能登にある小林家の墓仕舞いや来年6月予定の第1回生前葬について2時間に亙り打ち合わせを行なった。

墓仕舞いについて、
小林家の墓は石川県鹿島郡中能登町能登部上、私の実家があった在所の裏の山の麓にある。
小林家は長楽寺という真言宗の門徒だ。祖父は次男であったため、墓は祖父が建てた。「小林米次郎建立」と墓石に刻んである。長楽寺の裏山には多くの墓があり、そちらは長楽寺が管理しているが、祖父が建てた墓は小林家の本家の敷地にあり、本家が管理しているのだろう(本家の墓は長楽寺のほうにあり、在所の裏山にはない)。 その墓には祖父母と父と、独身で亡くなった父の姉(戦前のことで、私はこの伯母のことは話だけでしか知らない)が入っている。
お骨は骨壺には入っておらず、今は骨は既に土に還っているだろう。

私が入る墓としては能登は遠すぎる。子どもたちや孫たちは能登へは観光には行っても墓参りは考えられない。
やはり私の場合、墓は都心だ。それも今住んでいる青山から気軽にお参りができる都心がいい。郊外では困る。そんなことで、南麻布「了聞」の都市型納骨堂を求めたのだ。 ここはメンテナンスも行き届いている。広尾という土地柄、環境も抜群。これからは、墓もハードからソフトの時代だ。

墓仕舞いはなかなか面倒なことが多いようだ。
杉並区下高井戸の(株)自然葬祭さんは馬形さんの推薦だ。一生に一度のことでこちらは何も分からない。いろいろアドバイスもしていただけるようだ。ありがたい。

来年6月に生前葬をする予定だ。
私の人生の春夏が終わり、秋冬が始まる、数え70歳の古稀(令和4年)に第1回の生前葬を行う。

戒名、読経、講話は福井住職にお願いすることになる。お声をかける人たちはOUEN Company の企業の方々や私の友人たちだ。

了聞では50名が限界のようで、50名を限度にご出席いただき、戒名のお披露目会は150〜200名が入ることができる会場に移動して行なうことにしたい。企画はOUEN塾リーダーのOB・OGにお願いしようと思う。

そんなことに思いを致しながら、これから来るだろう30年間の「実りの秋」を悔いのない季節にしたいと心から思う。もう失敗は許されないのだ。

小林 博重

OUEN DANCHOのポケット

OUEN DANCHOのリーフレットを持参してOUEN Company の候補先を訪問する。
改めて、OUEN Japanのミッション、私の人生の春夏秋冬、OUEN塾とOUEN Company、毎年末に開催しているOUEN望年会(コロナが落ち着く来年末から再開する)、私の生前葬(毎年6月に定例で行い、50回の開催を目指す)等々を話す。 みんな、半ば笑いながら、半ば真面目顔で聴いてくださる。
全て「図らずも」ではあるが、それも私らしい。人生は一寸先は闇だ。120歳まで生きることを考えると同時に、明日天国へ召されることも頭の片隅に置いておかなくてはならない。

「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」
ガンジーの箴言が絶えず脳裏に焼き付いている。

7月4日投票の東京都議会議員選挙の投票用紙が自宅に届いた。今秋には衆議院議員選挙がある。今年は選挙の年だ。

人間は愚かな動物のようだ。平家物語の冒頭で「驕れる者久しからず ただ春の世の夢の如し」とあるように、人間は先人の教えに学ぶことをしない。つい調子がついてくると「感謝と謙虚」の心を忘れて、驕りの心が湧き上がるようだ。その現実が今の自民党政権ではないか。

私は今度の選挙は棄権することも考えたが、「選挙は国民の義務」であり、それはしてはならないと思った。支持する政党はないが、こんな無様な政治の時は、政権与党には投票すまいと思う、してはいけない。どの野党に投票するかはこれから考えるが、とにかく自民党には投票しない。そう決めた。

一昨日、安藤裕美ちゃんが青山事務所のドアノブに「父の日」のプレゼントを掛けていった。シンガポール創業のTWG Tea、世界屈指のラグジュアリーティーだ。やはり裕美ちゃんは「成城っ子」だ。いつも最高のものをくれる。 私は在室していたのだが、裕美ちゃんは私が朝が早いからもう帰宅したんだろうと思ってブザーを押さなかったらしい。

7月1日には西櫻亭伊勢丹新宿で、7月のランチの試食をご馳走になる。一人娘の心優しい対応に心がほっこりと温まる。

ありがたいことに、ここのところ、OUEN Company の皆さんは私に付き合ったらいいと考える会社をよくご紹介してくださる。昨日も2社ご紹介いただいた。 タモリの「友だちの友だちは皆友だち」を地で行っているようだ。

私の売りは、私のキャラや人脈であり、それが商品だ。商品がどんどん増える。ドラえもんのポケットならぬ「DANCHOのポケット」だ。ポケットの数が私の価値でもある。

せいぜい人さまのお役に立つ人脈の形成に注力しようと思う。

小林 博重

もう君には頼まない。

昨日、赤坂の国際医療福祉大学赤坂キャンパスにて2回目のワクチン接種を受けた。2回目は副反応が強く出ると聞いていたが、今朝まで全く異状がない。まずは一安心。しかし、感染防止対策を怠ることなく、日々を送ることだ。

東京オリパラは菅総理が「安心・安全なオリパラを万全な体制で執り行う。昭和39年10月の東京オリパラの感動をもう一度」と、国民感情に訴えた。これは国民が求めている回答か。これはわざとなのか、全く感性を持ち合わせていないのか。
このような人が日本のトップとはと思うと、私たちは故石坂泰三の『もう君には頼まない』と言う台詞をもう一度心に思い、自分のことは自分が守る、そして、それぞれに与えられた「生まれてきたミッション」を再確認し、そのミッションを果たすべく真剣に人生を生きていかなければならないことを痛感する。

チャーチルは言っている。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試された全ての形態を別にすればの話であるが」と。

国民はそんなに賢くはない。あまり賢くない国民の声を聞くことは『国民のため』にはならないから、『国民のための政治』をしようと思ったら、国民の声に耳を傾ける『民主主義』という政治形態は最悪の政治形態かもしれない。

コロナの全貌が見えてきた今、賢い国民であるならば、その感染防止対策を守ることをすれば、感染拡大は避けられるだろう。
しかし、如何せん、国民はそんなに賢くないのだ。だから、日本のコロナの現状では、コロナ感染は拡大していくだろう。
それを分かっているのなら、あまり賢くない国民の命を守ろうと言うのであれば、今回の東京オリパラはコロナ感染拡大は当然のことであり、それを避けるためには中止か、せめて無観客が必須ではないのか。

ある時は国民は賢いと言ってみたり、ある時は国民はあまり賢くないと思ってみたり、そんなちぐはぐなことで国民の命は守れるのか。

とにかく、昨今の政治家先生たちはどうしようもない。だから、自分のことは自分が守ることだ。

もう君には頼まない。

小林 博重

白水優衣ちゃんと1時間近くLINEで話す。

昨日、[OUEN塾in福岡・北九州]でお世話になった白水優衣ちゃんからLINEで電話があり、1時間近く話が弾んだ。

彼女は、OUEN塾のリーダーとして大学1年生から頑張ってくれた。福岡でのOUEN塾は、OUEN Japanを立ち上げて最初のイベントだった。私は福岡に住んだことはないし、人脈も殆どない。ただ、東大応援部の大先輩で元大蔵事務次官の篠沢恭助さんから福岡女子大学理事長兼学長(元九州大学総長)の梶山千里さんをご紹介され、梶山先生だけが頼りだった。梶山先生から福岡の地方活性化のためにOUEN塾を開催することを考えるようにといろいろアドバイスをいただき、先生の幅広い人脈をご紹介いただいてスタートした。

このOUEN塾は、大学生・留学生と地元企業の交流を通じて、学生たちが頑張っている地元企業のことを知り、延いては住んでいて、働いている地元を元気にすることをミッションとしている。
梶山先生からは、福岡の大学や多くの企業のトップをご紹介いただいた。それぞれの大学のトップから学生部をご紹介いただき、OUEN塾リーダーを募集した。その1人が白水優衣ちゃんだ。

当初は20名以上の学生リーダーが集まったが、何せ始めてのことであり、私も学生も暗中模索状態だった。半年も経つとリーダーは5名になってしまった。OUEN塾は2ヵ月後に迫っている。そんな絶対絶命のピンチの時に、白水さんは新入生ながら、頑張ってくれた。
中国に語学留学したが、それでもリーダーは続けてくれた。ガッツある、人の心が分かる、心優しい女性だ。よく4年間、OUEN塾リーダーで頑張ってくれた。「団長が困っているのに、今更止めるわけにはいかない」と、泣かせるではないか。

その彼女が、今春、めでたく卒業し、明治安田生命(福岡)に入社した。私も4年間、生命保険エージェントとして明治安田生命にお世話になったから、尚更親密感は増す。
会社から「健康に関するアンケート」入手の業務命令があったらしい。それで私に電話してきたのだが「団長、10分ほどで終わりますから」と言う話だったが、1時間近くに及んだ。

質問
この1年、以前より健康に気をつけるようになりましたか。

私は「コロナ」もあるが、ここ最近、人間ドックで「糖尿病」と診断された。
このままでは高血圧や痛風、高脂血症等々、年並に持病があるが合併症になって足を切断するようなことになったら、仕事どころではない。
「私は何のために生まれてきたのか」と考えると、冗談ではない。健康を真剣に考えなくてはと一念発起。週5日の2時間ウォーキングや食事療法、ベジタブルファースト、腹8分目、糖質のものは控えめに。ここ2ヵ月、青汁、ザバス、野菜ジュース等々、徹底的に健康を意識する毎日を送るようになった。体重は5kg減量し、腹囲はマイナス5cmと、少しずつ健康体に近づいている。このまま続けていけば、100歳現役、120歳天命は夢ではない。一病息災とはよく言ったものだ。コロナを奇貨として健康になったとも言える。全て、私のみに降りかかることは災いも磨き砂なのだ。そう考えればストレスもなくなる。
それと「人と争うことはストレスであり、いいことは何もない」ことも実感した。頭の中で「この人とはレベルが違う」と思ってグッと我慢すると、次の日にはいいことが起こる。実感するとそれは確信になる。

そんな話を孫のような可愛い女性と1時間近く話す。私は幸せ者だとつくづく思う。
今度の日曜日に、OUEN塾リーダー卒業生3人とランチをする予定だ。私の「生前葬」の企画をお願いしようと思う。さぞビックリするだろう。

小林 博重

「父の日」にあたり、

午前は雨だったが、午後は曇り時々晴れ。蒸し暑かったがウォーキング日和だった。

瑞華院の福井住職は早朝の明治神宮にウォーキングを兼ねて参拝される由。早朝5時が開門だとか。
今日は早朝ではないが、福井住職に倣って、明治神宮に参拝することにした。昨日は一日中雨で外出はしていない。体調は万全だ。歩数は29千歩強。15kmは歩いた。

外苑前→(青山通り)→渋谷→(明治通り)→明治神宮→新宿→(靖國通り)→防衛省前→市ヶ谷駅→麹町→半蔵門→(逆時計回りに皇居一周)→皇居前広場で休憩→半蔵門→(麹町大通り)→赤坂見附→(青山通り)→外苑前

事務所に帰ってじっくり新聞に目を通す。OUEN Company のビジネスマッチングのチェックをする。明日の活動の準備をする。

ベランダから夕焼けが眩しい。明日の天気予報は一日中晴れだとか。
明朝のウォーキングはいつも通り、2時間の靖國神社コースとしようか。

次男からの父の日のプレゼントが届いた。私の大好物の『蟹の詰め合わせ』らしい。ウォーキング中に妻が受け取り、LINEで連絡してくれた。皇居前広場からお礼のLINEをする。 私は息子は3人だが、親の私が言うのも何だが、3人ともできた息子たちだ。それぞれの連れ合いも似た者夫婦だ。世の中上手いようにできている。

娘がほしかったが、妻は「男腹」だと言うので諦めたが、世の中これも上手いようになっている。
三男の1つ歳下の可愛い娘ができた。安藤裕美さん(日欧フーズ副社長、西洋レストランの『西櫻亭』を経営している)だ。私も妻も「裕美ちゃん」と呼んでいる。可愛い、気がきく、心優しい娘さんだ。

昨日は外苑前の礼華青鸞居でコースランチをしたが、裕美ちゃんは妻の5月の誕生日祝いを1ヶ月遅れで持参してくれた。豪華な花束だ。紫陽花が眩しい。

裕美ちゃん、ありがとう。心から感謝します(私の「父の日プレゼント」はお預けだ笑)。

息子3人、娘1人。私たちは幸せな夫婦だと思う。

小林 博重

「東京オリパラのPV中止」に思う。

東京都のオリンピックPVが全て中止になった。やっとのことで、東京都は中止を決めた。こういうところからも、政府や東京都のオラパラに対する前のめりのスタンスが明確に出ている。

このオラパラありきのスタンスのみならず、最近私の周りに起こったいくつかのプライベートな出来事から、私は「自分自身を客観視する」ことの大切さを学ぶことができた。 パッションだけではともすればスムーズな人間関係を維持することができない。争いごとにつながり、成ることも成らなくなる。

心で思っていることを言葉で発することはよくよく考えてからのほうが良い。その時の感情のままに言葉を発すると、一旦発せられた言葉はもう引っ込めることはできない。そして人間関係は悪くなり、表面的には元に戻ったようでも、決して元の鞘に収まることはない。

菅総理しかり、小池都知事しかり。「国民のための内閣」とか、「都民ファーストの政治」とか言ってはみても、人は『私利私欲』の政治家と思ってしまう。もう彼らの言葉を信じることはない(政治家はそんなものかもしれないが)。

否定的な内容が含まれる言葉であれば、その時の思いをそのまま発することはしてはいけないと思う。
一日置いて、一晩寝て、よく考えて冷静な心で、冷静な物言いで、言葉を発することだ。すなわち、「有意注意」を意識することだ。

人生の夏の終わりになって、やっとそんなことが分かったように思う。少し晩生過ぎるが、人生120年、残り50年強だから、人生半ばのところで気がついたということで勘弁していただこう。

できたらトラブルは心して回避することだ。自分はまだ若いと思って「若気の至り」は「匹夫の勇」でしかない。もう意気がることはやめよう。

「一生青春」「一生燃焼」の心と「若気の至り」や「意気がる」こととは似て非なるものである。

小林 博重