「強者になる」ということ

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出口治明さん著書の『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎新書)を読んでいる。

出口さんは京都大学法学部を卒業し日本生命に入社、ロンドン現法社長、国際業務部長を経て2006年に退社し、ライフネット生命を起業。2012年上場し、社長・会長を10年務めたのち、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長だ。バランスが取れた博覧強記の素晴らしい経営者だ。

この本は22の論点をテーマとしているが、基礎知識を記載し、自分の頭で考えるヒントを述べている。全てに「あぁ、そうなんだ」と首肯できる良書だ。

その中の「論点16―自由貿易はよくないのか」は、私の生き方とも重なって、大変興味深く読ませていただいた。

出口さんは「自分の頭で考える」で述べている。

自由貿易は原則的には強者の論理だと思います。自分に力のある者は自由にモノやサービスを売り買いしたいと思うでしょうし、逆に、自分に力がない者は保護してほしいと考えます。主体が強いか弱いかで貿易に対するスタンスは大きく変わります。そして、もう一つ、自由貿易や保護貿易については、時間軸で捉えるという方法もあります。

その典型的な事例に、アメリカの南北戦争があります。圧倒的に競争力のある農産物を有していた南部は自由貿易を主張し、ひ弱な繊維産業や軽工業しかなかった北部は保護貿易を主張しました。

南北戦争は、日本でよくいわれる奴隷制度存続をめぐる対立だけではなく、その根底に、自由貿易vs.保護貿易という、明確で妥協が難しい対立図式があったからでした。

結果は、北部が勝利し、アメリカは保護貿易を行うことになりました。それによってアメリカは工業国としてテイクオフを果たします。ところが、ひとたび大工業国になったら、今度はアメリカが自由貿易を主張し始めます。

つまり、自由貿易か保護貿易かは、必ずしも、主義主張だけの問題ではなく、その国の発展段階に応じた時間軸の問題だということが見えてきます。

私は、これは私自身の生き方そのものではないかと、私個人の自分ごととして妙に納得した。

私の場合、私が大企業に勤務していた時は「寄らば大樹」と、大企業の看板で生きていたのだが、それはいわば保護主義の信奉者だったのだ。そして、一匹狼で独立した今は、頼るものなしの自由貿易論者に衣替えして生きていかなければならないのだと。

それは、ある意味では、組織に属していた時は「弱者の論理」で生きていたのに対して、一匹狼は「強者の論理」で生きていかなければならないのだということ。

一匹狼には、頼りにする組織はないのだから、自らが強者にならないと生きてはいくことができない。そして、一匹狼は少しづつ強くなっていく。守られた生温かい生簀から冬の日本海・玄界灘に揉まれて強くなっていくのだと。

人生の生き方の基本は「強者になる」ことだ。そして、「弱者の立場を理解し援けることができる強者になること」なのだ。

私は自由主義論者でありたいと思う。自由主義は厳しい現実に遭遇することばかりだが、それを一つひとつ乗り越えて「悠々、堂々とした自由主義論者」に成長していく。そして、保護がないといきていくことが困難な人たちのことに思いを致すことを忘れないこと、そしてその解決のために行動することだ。自由主義を原則としつつも、保護主義を主張する人たちにも心を配ることを忘れないことだ。

出口さんが言わんとする論点の趣旨とは全くもって飛んでしまっているが、自分ごととして、そんなことを感じながら読んだ。

小林 博重

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