トップリーダーの資質・・・想い続けること、それを言葉に発すること

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昨日は小春日を思わせるような温かい一日だった。何もアポイントが入っていなかったので、午後はいつもの2時間ウォーキングを楽しんだ。勿論、スマホ持参のウォーキングなので、オフでありオンである。サラリーマンはこんなわけにはいかない(これだけでもサラリーマンを辞めた意味がある)。

今、2月からNHK放送予定の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一の『論語と算盤』を読んでいる。渋沢栄一は新しい一万円札の人物でもあり、出身地の埼玉県深谷市では、市挙げて盛り上がっているようだ。深谷市は、冬の鍋には欠かせない「深谷ネギ」の産地だが、渋沢栄一という明治の英傑を生んだ土地なのだ。

渋沢栄一は「立派な人間の争いであれ」と言っている。

彼は「好んで他人と争うことはしないが、全く争いをしないというわけではない」と言っている。正しい道をあくまで進んでいこうとすれば、争いを避けることは絶対できないものだと。

何があっても争いを避けて世の中を渡ろうとすれば、善が悪に負けてしまうことになり、正義が行われないようになってしまう。正しい道に立っているのに悪と争わず、道を譲ってしまうほど、円満で不甲斐ない人間になってはいけないと。

人は如何に人格が円満でも、どこかに角がなければならない。あまり円いとかえって転び易くなる。信ずるところを揺り動かし、これを覆そうとする者が現れれば、断固としてその人と争うことを躊躇わない。信じて正しいとするところは、いかなる場合にといても決して他に譲ることはしない。円満になりすぎることは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」だ。それでは、人として全く品性がなくなってしまうと。

「信念を持て」

「生きる哲学を持て」

と言うことだろう。

リーダーシップを考える。

そして、菅首相、メルケル首相、バイデン大統領という東西の政治のトップリーダーを比較する。

経営のカリスマであった松下幸之助翁は"初めに言葉ありき"と言って将来ビジョンを明示する。

松下翁は、昭和52年、21世紀初頭の日本のあるべき姿を描き、『私の夢 21世紀の日本』という書籍をまとめて発表した。

その「まえがき」で、"初めに言葉ありき"という聖書の句を引いて、「私が経営においてやってきたのは、最初に一つの発想をし、それを"このようにしよう"という言葉に表し、みんなで達成していくということをやってきたのだ」と仰っている。松下翁が仰るには、まず経営者が「こうやってみたい」「こうありたい」といった希望や理想を将来ビジョンとして力強く発表し、その経営理念と具体的目標を社員に明示することが事業活動の第一歩なのだろう。

そして、それらが力強く社員に語り掛けられ、訴え続けられて、組織の隅々にまで浸透し、目指すべき方向が明確になれば、それが精神的支柱、判断のよりどころとなって、経営者や社員の行動、信念が力強くなる。全社一丸となって、その実現に努力するようになる。

メルケル首相の演説は胸に迫ってくる。また、バイデン大統領の就任演説も胸を打つものがあった。か。菅首相との差は何なのだろう。国民性の問題か?いや、トップリーダーとしての気概の差なのではないか。

ずっと欧州のトップリーダーをし続けている人、長期に亙り分断のアメリカで大統領選を闘い続けてきた人は迫力があり哲学がある。やはり想いつづけて、その想いを言葉に発して、人はついてくる。やはり、目指すところをしっかりと見据えることだ。その人の器量の範囲でだが。

小林 博重

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