ある小学校の会報に『恕の心』について下記のような文章が書いてあった。

「恕(じょ)」の心
中国のお話です。孔子(こうし)というえらい人がいました。 あるとき、弟子が孔子に聞きました。

弟子:「ただ一言で、一生おこなっていく価値のあることがありますか?」
孔子:「それは『恕』だろうな。『恕』とは、自分がされたくないことは、人にもしてはならないということだよ」

ある日の児童朝会のときに、子どもたちに話したことです。 論語の中の話ですが、是非、子どもたちに考えてほしいと思って話しました。 学校では「自分がいやなことは友達もいやなのだから、しないようにしましょう」 とよく声かけしています。 子どもたちもきっとよくわかってくれていると思います。
しかしながら、ちょっとしたことでトラブルになることは少なくありません。自分を主張することは大切ですが、気持 ちをもう少し抑えることができればいいと思うこともあります。
コロナ禍で、マスク着用が社会のニューノーマルになっている。勿論、マスク着用で会食はできないから、会話をする時はマスクを着用するというものだ。実際のところ、会話時にマスクをして会食するには抵抗がある。それでは、その趣旨を踏まえて、二人での会食では斜め向かいに着席して、会食は控えめにするくらいか。さもなければ会食はしないことだろう。

政府は「夜8時以降の外出は控えよ。ランチも基本的には感染の恐れがあるから控えよ」等、理屈が通らないことを宣っている。
これでは飲食店はやっていられないだろう。飲食店のみに無理を言っているだけで、飲食店以外の店は開いているのだ。それで、飲食店でのランチを控えよとは全く矛盾でしかない。こんな中途半端な緊急事態宣言を発出したせいだ。店が開いていれば人は街に出掛けるのは当たり前のことだ。 その理由は第一回の緊急事態宣言を出したら補償金が莫大な額になるからだというのが透けて見える。これでは、2月8日の解除は無理だろうと思う。 このような事態の原因は、政府に『恕の心』がないからなのではないか。

私は、少なくとも緊急事態は3月いっぱいは続く、と思って活動している。

マスクについても同様だ。
私はコロナの症状が出ていないから恐らく感染していないのだろう。だから、感染防御のために人と会う時はマスクを着用する。それは相手も同じだ。
私が思っているように相手も思っているだろう。ということは、相手は私がコロナに感染しているかもしれないと思っていることなのだ。私が防御しているのと同様に相手も防御している。

人がしてほしくないことはしない。人がしてほしいと思うことをする。

自分がしてほしくないことは自分が一番分かっているのだから、それは相手にしないことだ(人がしてほしいことは、こちらの想像でしかないのだから、これはTPOを考えて行動することだろう)。

小林 博重