昨夕、漸く年賀状を書き終えた。390枚だ。今朝、追加の3枚を書き終えて、計393枚。400枚を用意したので、ほぼ予定通りだ。

正月4日かけて、年賀状の宛名とコメントを全て手書きした。これは重労働だ。次回からは、宛名だけは印刷できるように、再度、宛名ソフトを活用しよう。そして、必ず出す先は年末に印刷することにしよう。分かっているのなら実行することだ。愚者でも経験に学ぶのだから。

それにしても、この歳(68歳)にもなると、人生の先輩たちは年賀状の筆を折る人がチラホラ出てくる。
これは時間的、労力的、経済的な問題だけではないだろう。メールやLINE等のデジタルでの年始挨拶もあるだろうが、やはり、自らのエンディングを意識していることがあるのではないか(こういう私もそう思うことがある)。 私くらいの歳の人間は「年の初めは年賀状で始まる」年代だ。その筆を折ることは、どうしても社会から少しずつおさらばしていく感がある。
私はまだまだ現役であり、現役人生は100歳までと言っていることもあり、やはり年賀状は現役の内は今まで通り継続していきたいと思う。年賀状を書くことが、元気で頑張ることができる薬と思う。 101歳になればビジネスから離れるのだから、その時は「心の友」との交換の年賀状のみにしたいと思う。
今のところ、年賀状が私のビジネスに対する意欲のバロメーターになっている。だから、もっと高いコスパでなければならない。

今年は、今まであまり熱心に視聴したことがない箱根駅伝を、年賀状を書きながら視聴した。
最後の第10区はドラマチックな逆転劇だった。久しぶりにスポーツに興奮した。駒沢の「決して諦めないガッツ」を褒め称えたい。また、創価の「どんでん返しの悔しさ」を来年の必勝に繋げてほしい。

瀬古さんが言っていた。
なぜ駒沢が勝って、創価が負けたのか。
一つ、伝統の差
二つ、層の厚さの差
三つ、選手の精神力の差

精神力とは何か。性格にもよるのかもしれない。全ての大学は、実力のある選手が最後の10区を任されているのだろう。
しかし、創価は往路でダントツだった。それが分かっているからこそ、創価の最終ランナーは眠れなかったのかもしれない。眠ることも精神力なのかもしれない。実力は同じでもそんなことで勝負が決まる。4年に一度のオリンピックはその最たるものだ。

昨日は赤坂警察署で、運転免許証の自主返納について相談してきた。65歳以上は自主返納して「運転経歴証明書」を発行してもらえるのだと(なんで運転免許証は「証」で、運転経歴証明書は「書」なのだろう。運転経歴証明書は身分証明証にならないことがあるのだろうか?)。

私は40年近く運転はしていない。専ら運転免許証は証明証替りだ。それでは運転経歴証明書でもいい。

あと2年弱で古稀というわけでもないだろうが、このところ至るところで身体の変化を感じる。

一つは、歯の「知覚過敏」だ。虫歯ではない。インプラントも問題ない。最近、急に、知覚過敏の症状が出てきた。冷たいものも熱いものも飲むと歯が沁みる。
知覚過敏ケア歯磨シュミテクト(アース製薬)を妻から貰った。私は専ら、GUMデンタルペースト(サンスター)を使っているが、これだけ沁みるとそれ専用の歯磨にしないと。とにかく使ってみよう。再来週にはかかりつけの歯医者のアポが入っているので相談してみよう。

二つは、乾燥肌だ。関東の冬は乾燥するが、昨年までは何でもなかった。今年から身体中が痒くてしょうがない。痒み止めのクリームを塗ってみている。

とにかく、歳を取ると身体にいろいろな症状が出てくる。特にコロナで65歳以上の高齢者とか、基礎疾患を持っている人とか、意識せざるを得ないことが頻繁に言われる。 私は痛風と高血圧の薬を常用しているが、他にいくつかの基礎疾患もあるのだろうか。
歳を取ることは楽しいことばかりではない。

今日は年初めの人間ドックだ。
還暦(60歳)から受診しているから今回で9回になる。
今まで以上に、意識して受診することになる。

小林 博重