安藤裕美さんと会ったのは、一昨年1月、銀座の「銀座イタリー亭」だった。早いもので、まもなく2年になる。親子ほど歳の差があるが、なぜか気が合って生涯の友人として親しくお付き合いさせていただいている。

彼女との出会いで、彼女の口からお祖父さんである「安藤明さん」のことを聞いた。それが、彼女を娘のように思ったきっかけだったように思う。

安藤明は、
⑴徒手空拳で「天皇・マッカーサー会見」を実現させた男
⑵終戦直後、焼け野原の東京・築地に、私財を投げ打って、「昭和の鹿鳴館・大安クラブ」を開設し、天皇制護持に生涯をかけた男

安藤明の名は、歴史に残っていない。
さもあろう。歴史では、戦後の政財界のトップが表舞台で新生日本を立ち上げたと言うことになっているが、安藤明という裏方なかりせば、戦後の日本の隆盛はなかったのだ。
安藤明はまさしく「昭和の快男児」であり、「日本を救った男」だ。しかし、表舞台の人たちは、あえてその快男児の名を歴史から消し去ろうとしたのではないか。そして、安藤明は歴史の彼方に消え去った。

しかし、しかしだ。彼は歴史に名を残そうと思って生きたのではない。天から彼に与えられた「ミッション」を果たそうと、その強い想いで人生を走り抜けたのだ。

私が安藤裕美さんに惹きつけられたのは、「祖父、安藤明」の血潮を彼女の生きざまに見たからではないのか。

それに反して、この私「小林博重」はどうだ。大小の違いはあれ、私にも天から与えられたミッションはある。遅きに失したとはいえ、還暦を過ぎて「ミッション」を悟り、人生の残り幾ばくかは分からないが、残りの人生を、その「ミッション」を果たすべく生きていこうと思ったのではないか。 私はそのように生きているか。天に恥じることなく生きているか。
「安藤明さんのように、徒手空拳で闘うほどの強烈な想いを持って、今の仕事をしているのだろうか」と考える時、忸怩たる思いで胸が一杯になる。

「私の残りの現役人生は32年」と、極楽とんぼよろしくボーッと生きているんじゃないよ。それではほんとに「チコちゃんに叱られる」。

この年末年始、「ミッションを如何に果たすか」という大所高所から自分自身を見つめ直し、マイルストーンを設定したいと思う。

小林 博重