人間とは弱い動物だ。だから、生きていくために神様から「智恵」を授けられた。
しかし、「智恵」ある人間であるのに、自分のことが一番分かっているはずなのに、そうでないことが間々あるのは私だけだろうか。一番分かっている自分の言行不一致が分からない。自分を客観視することだ。

だから、智恵ある人間でも、自らを客観視するためにも、智恵ある人の力を借りる必要があるのだろう。

組織とは、人の力を集めるために人間が創ったものではないか。
たとえ、組織の煩わしさに嫌気がさして飛び出して一匹狼になった私のような人間でも、人は独りでは生きていけないのだから、まず、独りで立つことが大前提だが、素直に人の力を借りる謙虚さが必要なのだろう。

この一年を振り返る。
「コロナ、コロナ」で明け暮れた怒涛の一年だった。この時代を生きていくために、時代の流れに棹さして生きてきた。しかし、それは稲盛和夫さんが仰る「宇宙の大流」であったのだろうか。

私が希求する「時代に棹さす」生き方とは、その時代を「宇宙の大流」に沿って生きることなのだ。

この一年を振り返る。
そして、その悩みを私のメンターにぶつけてみる。
流石、私がメンターとして慕っている人だ。「亀の甲より年の功」というが、「年の功より魂年齢」ということだろう。だから、歳の離れた妹のような彼女は、私の最大最高のメンターなのだ。

その一つ:「我慢」の大切さ
私は、我慢ができなくて一匹狼になってしまった。そのことを後悔していないが、一匹狼であっても、我慢をしないでこの世の中は渡れない。時には「グッと我慢」が大事だ。 その我慢をしているのか。

その二つ:真っ直ぐ突き進む中で、大切なものを見失っているのではないか。
自分の生き様を貫くこと、それが人のためにもなるだろうと思うこと、しかし、それは自己中になってはいないか。ほんとに人のためだろうか。 「生きるとは何か」私は考えている。同時に、私の大切な人も「生きるとは何か」を考えている。

私は「恕の心」を持つことの大切さをいつも思う。
世の中を生きていくために最も必要なものは「恕の心」だと孔子は言っている。
自分にしてほしくないことは、絶対、人にしてはいけない。人が何を考え、望んでいるか、に思いを致し、それに沿うような考えや行動をすることだ。

その三つ:今していることは、本来目指そうと思っていることとブレていないのか。目指す生き方をするためには、これからどうしていくのか、よく考えることだ。

私は何をしたいのか。残された時間はない。100年現役と言っても「一寸先は闇」だと、最悪のことが起こったリスクを考えることだ。期待感だけで行動した結果が、先の大戦の敗北ではないか。

一年を振り返る。
今年は大変な年だったが、私にはいいこともあった。
それは、素晴らしいビジネスパートナーに巡り会ったことだ。来年はその幸運を、実りある成果につなげたいものだ。

小林 博重