長崎IRに関して、安藤裕美さんに伊勢丹とのコンタクトをお願いしたところ、1ヶ月かけて、三越伊勢丹プロパティデザインをご紹介いただいた。ピッタリ、私が希望する部署だ。12月28日に伺って打ち合わせをすることになった。ありがたい。

そんなこともあって、昨日、渋谷マークシティの「つばめグリル」でランチをご一緒した。そして、新代田のドーナツ店で共通の友人であるミンちゃんの写真展が開催されているというので、出掛けた。

新代田は昭和の街並みが現存している落ち着いた街だ。井の頭線沿線はこのような街が多い。人気がある沿線というのも肯ける。

久しぶりに、裕美ちゃんといろいろな話をした。
彼女は私の三男の一つ歳下であり、妻と同じ成城学園卒。そして、私には娘はいない。私の娘のような存在だ。
心がきれいなしっかり者で、真っ直ぐに育った、実にいい娘さんだ。
そして、私とは気心もしれた仲で、個人的な話もザックバランにしてくれる。恋愛の話、ビジネスの話。何とか彼女の役に立ちたいと心から思う。

彼女と出会ったのは、早いもので、来月でちょうど2年になる。銀座のイタリアンレストランだった。
お父上の会社(日欧フーズ)を継ぐべく、ICU(集中治療室)の看護師から、同社副社長として経営者に転身したところだった。

同社は、伊勢丹新宿をはじめとした伊勢丹のいくつかの店舗で西洋レストラン「西櫻亭」を経営している。
このレストランはドミグラスソースが売りで、料理は絶品だ。そんなことで、OUEN Japanや大学応援団OB会のパーティや親しい人たちの誕生日パーティ等を西櫻亭で何回か開催している。

経営には全く縁がなかった看護師が、どうしてお父上の会社を嗣ごうと決心したのか。
彼女は「日本の西洋料理は日本独特の日本料理だ。その文化を伝えていきたい。そして、まだまだ先だが、その想いを後世に伝えていきたい」との強い想いがあって、人生全てをかけて、不退転の決意で、経営者の道に飛び込んだのだと。

彼女のお祖父さんは、終戦直後、昭和の「鹿鳴館、大安くらぶ」を開設した男だ。徒手空拳で「天皇・マッカーサー会見」を実現させ、日本を救った「昭和の快男児・国士、安藤明」だ。

その血が彼女には流れている。彼女との会話の中に、女性らしい心優しさとは相反するような気高さ、強さ、生きる迫力を感じる。しかし、これは相反するものではないのだろう。 チャンドラーが小説で、主人公『フィリップ・マーロウ』に言わせている。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」

この台詞は、惚れ惚れする男の中の男の専売特許と思いきや、うら若き「安藤裕美」が言っても全く違和感はない。男女を問わず、「強さと優しさの同居」は、人間の原点なのだろう。

可憐で、美しい、子どものような女性とのデートで、私はそんな男前の生き方を感じ、私もそうありたいと強く感じた一日だった。

小林 博重