日本企業の中でも、志高く、ベンチャーから世界に冠たる企業にまで成長させたカリスマ経営者は少なからずいらっしゃるが、そのベースに『経営は人生』と唱え、経営哲学を人生哲学にまで昇華させた経営者に、私は強く惹かれる。たとえば、松下幸之助さん然り、本田宗一郎さん然り、稲盛和夫さん然り。

私は7年半に互り安田信託銀行で人事に携わっていた。そのあと、主にベンチャー企業の新規開拓の課長を仰せつかり、「信託銀行が何か株式上場のお手伝いができないか」とのミッションを持って、経営者の皆さんに会っていた。 創業者である経営者は志が高い人が多く、その何人かは稲盛和夫さんが塾長をされている『盛和塾』の塾生だった。

彼らが私に言うことには「小林さんは銀行でサラリーマンをしている人ではない。そのような想いを持って生きているのなら、一度『盛和塾』にオブザーバーで参加してみないか。みんな塾生は稲盛塾長を信奉しているし、志を高めるべく一生懸命に頑張っている」

それがご縁で盛和塾にオブザーバー参加したのが切っ掛けで、稲盛塾長にお会いする機会を得た。
稲盛さんに「小林君、銀行でトップになって何をしたいのかね」そのようなことを聞かれ、ハッと心が開いたことを忘れない。

稲盛さんは私に「何のために生きるのか」「何のために働くのか」「人は何かミッションを持ってこの世に生まれてきた。そのミッションとは何か、君は分かっているのか」を話されたのだろう。

きっと、銀行でトップになることが私の目的になっていたのだろう。いや、そうではないのだ。トップになるのは手段であり、トップになって何をしたいのか?私は、その目的を確り持っているのか?

石で頭を殴られたようだった。稲盛さんのお言葉だ。私の身体にそれ以上の衝撃が走ったことを忘れない。

バブルは金融機関のあるべき姿を変質させてしまった。私もその波に巻き込まれ、稲盛さんのお言葉の衝撃が尾を引いていたこともあり、44歳で銀行を飛び出した。
しかし、生簀で育った魚は日本海の荒海にはなかなか馴染まない。七転八倒して、やっと自分の居場所を見つけたのが55歳だった。それまで10年以上の年月がかかった。愚者だから経験しなければ血肉にはならない。致し方ないことだったのだろう。

本田宗一郎さんの著書「得手に帆あげて」を読んだ。
そして閃いた。「そうだ。人には必ず一つくらいは誰にも負けない『得手』があるのだ。その『得手』を高く掲げて生きていくことが人生成功の正道なのだ」と。

では、私の得手は何だろう。人に負けないものは何だろう。
それが分かって行動すれば、人は、私の得手を認めて、私の周りに集まってくるだろう。私のことを認めてくれるだろう。
人のお役に立つことができれば、堂々と世の中を生きていくことができる。

果たして、私が人と差別化できることは何だろう。
生まれつき持っているものでも、努力して身につけたものでも、それは何でもいい。とにかく、悪いことでなければ何でもいい。

⑴私の「ちょっと、ど厚かましく図々しいが、憎めない男」と言われる、オープンであまり人が待ち合わせていない独特のキャラクター

⑵「頭脳明晰なところが片鱗もない、東大卒と言うのも憚れる」と人に言われるレベルの低さ

⑶石川県能登生まれの田舎っぺのくせに、南青山に住んでいる(妻のおかげ)と言う、その違和感

⑷素直で真っ直ぐな性格は売りになるが、商売センスは全く待ち合わせていない、ビジネスパーソンとしては完全失格の経営能力のなさ

これは一般的にはマイナスかもしれないが、私はこれを大いに売りに変えよう。人と違うことは必ず売りになる。

そして、東大応援部卒部で、そのOB・OG会である赤門鉄声会の幹事長(平成21〜30年の10年間)。これは確り、売りになる。私が持っている唯一のブランドだ。 だから、東大応援部を傷付けるような、いい加減なことをしてはいけない。

マイナスをプラスにする。
プラスは自然体で生かす。

今更、凸凹を自分の力で埋めようとしても、もう時間がない。ここはM&Aで行くのがコスパは高い。

人を大切にしよう。私の凸凹を埋めてくれる信頼できる人をパートナーにしよう。

私の得手によって、ウィンウィンの関係にしよう。ウィンウィンはウィンウィンウィン、さらにウィンウィンウィンウィンになる。どんどんウィンは拡がっていく。 タモリの「友だちの友だちは友だちだ」

天が私に与えてくださった得手を最大限に生かすことで、世のため人のために尽くしていきたいと思う。

小林 博重