「まちづくり」はWikipediaで下記のように記されている。

まちづくりは、街の建物を発展させることであるが、一般的にこの言葉が使われる場合、「まち」は既存のもので、新たに「つくる」ことを指し示す例は少ない。また、建物や道路といったハード面や、歴史文化などのソフト面を、保護と改善する事によって、さらに住みやすいまちとする活動全般を示す。衰退した地域の復興を目指す再生活動は「地域おこし、まちおこし」であるが、明確な定義をせずに、都市開発あるいは地域社会の活性化など、論じる人によって、様々な文脈で使われている。街づくり、町づくりなどとも表記されるが、ひらがな表記が多く使われる傾向にある。

一般的には、「さらに良い生活が送れるように、ハードとソフトの両面から改善を図ろうとするプロセス」と捉えられていることが多い。また、多くの場合、まちづくりは住民が主体となって、あるいは行政と住民とによる協働によるもの、といわれる。ただし、民間事業者が行う宅地開発なども「まちづくり」と称している場合がある。

私は昭和60年から7年間強、信託銀行で採用を担当していた。信託銀行の業務には年金受託があり、年金数理の人材がごく僅か応募してきていたのだが、私が採用担当の頃からだろうか、数理系の他、幅広く理系学生が文系学生並みに応募してきた。特に信託銀行は「土地信託」がブームだったこともありシステム系の他、都市開発や建築系の理系学生が応募してきた。

また、OUEN塾リーダーの中には、文系の女子学生であっても「まちづくり」に関わりたいと言って、ディベロッパーやゼネコンを志望して入社した学生も1人ならずいた。

「まちづくり」は人々が「生きる」「生活する」と言う、人間の未来に関わる、「明るい」「楽しい」「幸せ」なニュアンスがある。「夢をつくりあげる」イメージがあるのだろう。

私は信託銀行に21年在籍していたが、人事部門と融資部門に従事していて、不動産部門の経験はない。不動産開発には全くの門外漢だった。

それが、ひょんなことから九州・長崎IR&スーパー・スマート・コミュニティに関わるようになった。また、今週には、首都圏の不動産開発ビジネスの話が舞い込んできた。長崎は31ha、首都圏は8haの開発案件だ。

二つとも私からのアプローチではないが、私の持っている(温かい)人脈がそのビジネスのコアになるだろうとの想いが、その話を私に持ってきた方々にはあるのだろう。それであれば、受け身ではなく、こちらから積極的に、OUEN Japanのビジネスとして関わることが、これからのOUEN Japanの目指すところであると、考え方を変えてみようと思った。勿論、OUEN Japanの目指すところをぶらしてはならない。

OUEN Japanは、日本に学ぶ日本人大学生や来日留学生の応援団として設立したが、それに加え、OUEN Japanの志を理解して、学生たちを応援してくださる企業や自治体の応援団にもなろう。すなわち、OUEN Japanは、その名の通り、「日本(Japan)を応援(OUEN )するNPO」なのだ。

OUEN Japanのミッションは「地方創生」「地域活性化」で日本を元気にすること、即ち「日本の応援団」である。そして、OUEN Japanの「まちづくり」への関わり方は、OUEN Japanの得手である「ビジネスコラボレーションサポート」による。

「まちづくり」には多種多様な企業が関わってくる。関わる企業はOUEN Companyであり、OUEN Japanは、OUEN Companyを応援する。OUEN Japanは彼らの応援団であり、OUEN Japanが「まちづくり」を仕切るくらいの立ち位置になることだ。

私は運がいい。

それは偶然なことではなく、その種をコツコツと撒いているからだと自負している。それは驕りではなく、これからもずっと、生涯を通して、その種を撒き続けなければならない、運がいいのは必然であり、そのための努力精進が不可欠と言うことだ。

そして、私の周りに集まってきてくださる人たちも必然的に高い志の方々だ。彼らのお力をお借りして、彼らにもしっかりそのお礼をすることを忘れることなく、得手を出し合って、どんどん拡がっていくビジネスをすることだ。

小林 博重