私が考える『応援の心』の一つとして、「緩やかでも強固な繋がり」「その仲間は全て対等な関係」というものがある。

人はそれぞれが夢を持って生きている。夢がなくても生きることはできるだろうが、「意味のある生」「充実した生」を送ろうと思えば、ただ生きていることは「生きる」ということではないと、私は思う。

その夢を果たすためには、勿論ひとりでできることはあるだろう。能力が高い人で、その人がひとりですることが向いている、確かにそんな仕事はあるだろうが、殆どの仕事は多くの人が集まって、その夢に向かって邁進することで果たすことができるのだろう。だから人類は「組織」という疑似的な人間を作って夢を追いかける。

しかし、NHKの「プロジェクトX」が感動的だったように、そのような組織はごく稀である(だから感動的なのだ)。
創業者が創った組織はそうだろうが、それは時を経ることによってその感動は薄れてくるものだ。夢を追いかけるための組織から、生活するための、日銭稼ぎの組織になる。語弊を顧みずに言えば「成り下がって」しまう。これは致し方ないことだ。

昨日、ある会社の上司と部下のお二人が私の事務所にいらして、ある企画の進め方について打ち合わせをした。この企画はベースが私の人脈だが、中身(知恵)はビジネスパートナーの野本さんのアイディアから考えたものだ。

お二人は、私たちのチームワークは息が合っていて、きっと長年の付き合いの中から生まれたものだと思われたのだろう。私が「今年の1月の出会い」なのだと言ったらほんとに驚いていらした。

私たちは一匹狼同士であり、何も柵はない。組織で生きる息苦しさに耐えかねて組織を飛び出したのだ。しかし、一匹狼で生きることには限界がある。事を成すには、特に大きなことを成すには、やはり組織が不可欠だと実感している。

そこで私の言う『応援の心を持った組織』の意味があるのだ。それは、緩やかであっても強固な繋がりの組織であり、構成している仲間たちはあくまでも対等な関係の組織だ。この組織はこれからの21世紀に求められている理想の組織なのではないか。

その仲間たちは人間愛に溢れており、だから、心の繋がりは付き合った時間の長さではないのだ。
たとえ半年であっても、生涯の友のような心が通じ合う、かけがえのない人間関係を結ぶことができる。

人との出会いについて、森信三翁は言っている。

人間は一生のうち、逢うべき人には必ず逢える。
しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に。

人との出逢いを大切にしよう。『敬天愛人』の心で人と接しようと思う。

小林 博重