私の『人脈づくりの鉄則』のなかに「オンとオフを分けない」というものがある。働き方改革では、オンとオフを峻別して、仕事をプライベートに持ち込まないこと、ライフワークバランスという意味はオンとオフを峻別することなのだろうが、それは私にとっては、人脈づくりに逆行していることのように思う。

働き方改革の目的は生きがいのある人生を送ることだが、私にとって「生きがいのある人生とは、人さまとの出会いを大切にして、私の持てる能力で、人さまのお役に立つこと」なのだから、オンとオフを分けないことはその目的に最も沿うことなのだ。

つい先日、何気ない会話のなかである男性から「団長は人と人をつなぐ仕事をされているのでしょう。だったら、私に相応しい相手を紹介してほしいですね」と言われた。その男性とは初対面であったが、人を通じてビジネスをサポートしていただいていることもあって、初対面とは思えないほどの近しさを感じていたのだ。

OUEN Japanは学生たちや学生たちを応援してくれる企業の応援団だが、もっと広く、私とご縁がある人たちの応援団だ。すなわち、小林博重=OUEN Japanなのだ。

そう言われて、ふとある女性が脳裏に浮かんだ。その女性は外連味のない心根の美しい女性だ。私は彼女を娘のように大切に思っている。彼らの人生観があるだろうが、それは交際してみてお互いが考えることだろう。今月にでも2人をセッティングしようか。

男女のカップルのありようは多様だ。特に21世紀は「女性の時代」であり、女性の生き方は実に多様になってきたから、男女のカップルに於いてもそうならざるを得ない。

そんなことを考えて、私が銀行人事部で採用担当をしていた頃のことを思い出した。

「男女雇用均等法」が成立し、昭和60年入社の学生からは男女別ではなく、職種別で採用することが義務化された。それまでの銀行は総合職は男子、事務職が女子と相場が決まっていた。女子は総合職の補完業務がほとんどだった。だから、キャリアを志向する意識が高い優秀な女性は日系の銀行に就職しようと考えてもいなかった。その点では商社同様、銀行は男女差別が当然な業種だったのだ。

それがおかしいと誰も思っていなかっただろう。それが法律ができたことで、否が応でも、それに対応しなければならなくなった。特に総合職は何人かの女性を採用しなければならなかった。

私は主担当として最初の年と2年目の合わせて12名の女性総合職の採用をしたが、結果、彼女たちの中でほとんどの女性は早期に退職してしまった。差別の塊の銀行だから当たり前だ。
今思うと、彼女たちに悪いことをしてしまったと思う。

総合職だから、男子なみに付き合え。
女性だからお茶くみするのは当然だ。
ある時は男性になり、ある時は女性になる。
男性社会の典型である日系の銀行は優秀な女性総合職を育てることができなかった。形だけの男女平等だったということだろう。

ようやく日本でも女性の地位が高まってきた。そして私は、彼女たちに支えられて何とか真っ当に仕事をすることができている。まだまだだが、世の中も少しずつ、女性の生き方を認め出したようだ。

結婚して子どもを産む。良妻賢母だけが女性の生き方ではない。
キャリアウーマンで独身を貫くのも良し。同棲も良し。結婚してもDINKS(Double Income No Kids)もまた良し。何でもありだ。
幸せな人生はそれぞれの価値観を貫き通すことなのだから。

若い頃の私は男尊女卑の塊ではなかったかと思う。「三歩下がってついてくる」のが理想の女性像と思っていたふしがある。しかしそれが徐々に変化してきた。それは、時代に押されてそうなったのではない。私が多くの女性に助けられて、ここまで生きてきたからだろう。

そして、概して女性は男性よりもピュアだと思う(昨日も国会中継を見ていて、その答弁のいい加減さに男性の醜さを強く感じた。政治家の先生たちは女性であっても本質は男性なのだから、その醜さは男性と同じだ。私は決して政治家にはなれない。今の政治家は政治家ではなく政治屋だから尚更だ)。

賢い女性がこれからの時代をつくっていく。私はそのサポート役でありたい。それがこれからの時代の考え方ではないか。

そんな想いで、この2人のセッティングをしようと思う。

小林 博重