2020年 11月 の投稿一覧

11月30日はフロストムーン

今日は、11月30日。あと1か月で大晦日だ。今年はコロナで明け、コロナで暮れる、68年の生涯の中でも別格の「災いの一年」だった

「災い転じて福となす」という諺がある。稲盛和夫さんは「苦労を磨き砂にする」と仰る。

災いがあると、幸せは当たり前のことではなく、僥倖なのだという思いに至ることができる。生きていることがありがたい、有難い=「有るのが難い」ことなのだと思う。そういう意味で、「災いは有難い」と逆転の発想をすることだろう。

この一年は、何とか駆け込みで2月に[OUEN 塾in福岡・北九州]を無事開催できたものの、それからはコロナで全ての企画を見直さざるを得なくなった。今までOUEN Japanの活動に協賛していただいている企業の皆さんは、足下に火がついて、その火の粉を払うことが関の山、協賛どころではない。

OUEN JapanはNPOであり、皆さんのご支援があってこそ活動できる。それが難しいとなったら、私が稼いでほとんどの運営資金をOUEN Japanに注ぎ込まなければならない。

そこで考えた。OUEN Japanを応援してくださる企業の集まりをもっと有機的にマッチングすること、ビジネスコラボレートすることだ。OUEN JapanがOUEN Japanを応援してくださる企業をOUEN Companyとして応援することで、そのお返しを運営資金とすることだと。

応援していただいたら応援して差し上げる。倍返しでお返ししたら、また、きっと倍返しで返ってくる。その繰り返しでOUEN Japanはボランティアをもっと拡げて大きくすることができる。

応援はキャッチボールなのだ。相手にいい球を投げると、いい球が返ってくる。善因善果、因果応報。当たり前のことだ。当たり前のことをすれば、世の中は上手く行くようになっている。

稲盛さんの仰る「人間として、プリミティブな原理原則」を貫くことが、幸せになる最短距離なのだ。

世の中の偉い人たちはこんな当たり前のことが分かっていらっしゃらないようだ。賢いようで本当は賢くない。

安倍さん応援団の橋下さんですら、この前の「桜を見る会」の嘘八百の国会答弁は議員辞職に値すると言っている。日本のトップが子どもたちに「嘘をつかなければ偉くなれない」と教えてどうするのか。

政治の劣化は経済でカバーするのだろうか。私ごときではよく分からない。しかし、ただ一つ言えることがある。

それは、松下幸之助さんや本田宗一郎さんや稲盛和夫さんのような「経営のカリスマ」は人間の本質を極めることで、経営哲学を人間哲学にまでアウフヘーベンしていらっしゃる。

その真似事でも実践することが、『宇宙の大流』に沿って生きることであり、それが世の中を健全な方向に導いていくことだと。

今朝も3時前に目覚め、真夜中に事務所に出向き、NHKの「ラジオ深夜便」を聴きながら一日の仕事をスタートさせた。

今日は娘たちが私の68歳の誕生日祝いをしてくれる。

そんなこともあってか、真夜中の空を見上げた。月は満月なのか。そう思ってスマホで「11月30日は満月?」と検索したところ、今夜はフロストムーンだそうな。

今日はついている。

私はいつもついているが、今日は特別な日であることは間違いない。

小林 博重

11月30日、フロストムーン(満月)と半影月食が同時に起こる!

11月の満月は、フロストムーンと呼ばれます。霜(frost)が降り始める時期であることから、その名が付けられたと言われていますが、日本の「霜月」にも通じるものがある呼び名です。一方で、冬に着るビーバーの毛皮を確保するため、沼地が凍る前のこの時期に罠を仕掛けることから、「ビーバームーン」という名前も浸透しています。

2020年は、11月30日(月)にこのフロストムーンを向かえ、同時に半影月食も起こるというので見逃せません!

半影月食ってなに?いつ見える?

半影月食とは、地球の半影に月が隠される現象で、月が欠けて見えるのではなく、一部がグラデーションのように少し暗くなった状態で見られます。

2020年、日本で見られる月食は3回。1月11日、6月6日に続き、今回が3回目となります。目視では月の影の変化を捉えるのは難しいかもしれませんが、カメラや望遠鏡を使ってみると、月の左上部がうっすらと暗くなっているのが観測できるかもしれません。

半影月食は、18時43分ごろが最大で、終わりは20時53分ごろ。地域に関係なく、同時間帯で見られるとのこと。満月は、18時30分が最大といわれているので、半影月食と一緒に観測してみては。

人生の目的と手段

「人生の目的は何か」
「人は何のために生きるか」
「私は何をするために生まれてきたのか」
「私の『ミッション』は何か」

人生の目的は「心を高める」こと、「生まれた時より人格が高まったと思って、この世とおさらばする」ことだ。

人は「世のため人のために尽くす」ために、人類の幸せのために、生きる。

私の『ミッション』は日本を元気にすること。OUEN 塾を通じて日本を元気にすること。

まずは、ご縁をいただいた九州北部地方(福岡・長崎・佐賀)と私の生まれ故郷の石川県(金沢・加賀・能登)の地方創生から。
延いては、九州北部と石川県をつなぐ。日本の日本海側の活性化に貢献する。

公に頼らない民間の力を結集した地方創生だ。そこに県や大学等の公共が加わる。
あくまでも仕掛け人は民間。公は大中小の自治体の壁がある。そして、自治体は発想力も持ち合わせていない。民間の自由奔放な壁を越えた発想が大事だ。

地方創生は若い力が不可欠。OUEN 塾は、大学生や留学生が中心になって地方創生に貢献するNPOだ。OUEN Japanで、九州や石川の地方創生に貢献したい。

そのために、どんな手段があるか?

九州・長崎IR&スーパー・スマート・コミュニティもその一つだろう。そして、九州一円に拡がるビジョンを描きたい。

OUEN 塾は福岡・北九州で開催しているが、長崎や佐賀でも開催したい。そして、長崎IRのMICE施設で、その集合体のOUEN 塾を開催したい。

OUEN Companyと長崎IRの具体的な有機的スキームを描き、それに沿った活動を展開していきたい。

また、石川県については、OUEN 塾石川のリーダー達に能登の地方創生にチャレンジしてほしいと話しており、少しずつ動き出した。

そして、奥能登の「興能信用金庫」、中能登の「のと共栄信用金庫」とのコラボイベントを開催したい。
また、加賀市のスーパーシティ構想にも関わっていきたい。

後、32年ある。32年しかない。どこから始めるか。

そんなことを考える。考えていてばかりではしようがない。考えて動く(考動)ことだ。

夢を夢で終わらせたくない。夢は見果てぬ夢くらい大きな夢でなければならないが、その実現のために全力疾走し続けることだ。

小林 博重

3泊4日の九州出張を終える。

今日はクリーン・マット田中社長の同行、吉岡常務の運転をいただき、長崎市内の企業である、谷川建設(谷川社長)、イシマル(石丸専務)、フジオカ(藤岡社長)、安達(安達社長)を訪問した。いずれも長崎市の地場優良企業だ。田中社長のご紹介があったればこそのアポイントだ。長崎と縁がない私にとって、田中社長のご紹介なかりせば、企業開拓は全く以って絵に描いた餅だ。改めて、人さまとのご縁の大切さを痛感する。

長崎バスターミナルホテルの前から、長崎空港(大村市)行きの直通バスに乗る。約1時間の乗車時間だ。料金は1,000円。新型コロナで間引き運転だが、12月1日から平常に戻るらしい。GO to トラベルのおかげで、長崎への旅行者は元に戻りつつあるらしい。コロナ感染は心配だが、日本人は賢く、政府が危機感を煽っていることもあって、何とかこのままで緊急事態宣言発出は避けられるのではないか。 12月10〜12日は金沢出張、16〜18日は九州(佐世保〜長崎〜福岡)出張であり、そうあってほしいというのが偽らざる本音だ。

今回の九州出張は、福岡〜佐世保〜長崎のコースであったが、実りある出張だった。これも「友だちの友だちは皆友だち」をそのまま地で行っているので、そのコスパは極めて高い。これが私の真骨頂だ。これに一層磨きをかけることで、私が生きる道は大きく開けるのだ。

空港到着、18時30分。長崎空港発ソラシドエアが21時10分。2時間半以上時間がある。空港のレストランで2杯の焼酎とつまみ、上がりは長崎ちゃんぽんを食す。3泊4日の出張が無事終わって心は開放気分だ。たった2杯の焼酎だが酔いは一段と身体中を巡る。

「酒あれば楽し」

亡き父がいつも言っていた台詞だ。父の享年に後2年に迫っている私はなぜかその台詞に浸っている自分に気がつき、父を反面教師にしなければならないとの思いを強くする。
酒は決して百薬の長ではない。妻にはいつもそのことを言われている。酒はできれば飲まないほうがいいらしい。しかし、人間、やはり少しは「酒あれば楽し」ではある。酒はほどほどに、というところか。

そろそろ、搭乗だ。22時50分羽田着。今日のうちに帰宅できる。明日は15時のアポだけ。明日は、ホッとできる土曜日を過ごすことができる。楽しい週末を過ごすことにしよう。

小林 博重

長崎市内を流れる中島川


眼鏡橋

中島川に立つ白鷺

眼鏡橋を背景に、クリーン・マット田中信之社長と。

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佐世保〜西海〜長崎


西海橋、大村湾

出津教会

長崎原爆資料館

原子爆弾落下中心地①

原子爆弾落下中心地②

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「潜伏キリシタン」や「原爆」の長崎を想う。

午前9時、田口先輩がハウステンボス日航ホテルに迎え来てくださった。佐世保市から西海橋を渡り西海市に入る。
西海橋は大村湾と佐世保湾を繋ぐ狭い針尾瀬戸海峡に架かっている橋だ。狭い海峡だから、潮の干満でできる渦潮は鳴門、関門と並ぶ日本三大急潮だそうな。

大村湾を左に見ながら西海市を走ると東シナ海が開けてくる。西海市が面している海は日本海ではなく東シナ海だ。あぁ、日本の西の果てに来たものだ。 西海市を南下して長崎市に入る。

外海(そとみ)歴史民俗資料館に入り、世界文化遺産の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を見学する。資料館で潜伏キリシタンのビデオを見たり、出津(しつ)教会堂でガイドの話を聞く。 200年以上、先祖代々、潜伏キリシタンで生きてきた人たちは命以上にキリスト教を守り通してきたのだと思うと、宗教の力は何と偉大なものだろうか。 世界では宗教戦争というものが昔も今も途絶えることがない。私のような無宗教な人間は、「神聖な宗教」とは全くと言っていいほどご縁がないが、そうでもないかな。

私は『稲盛教』なのではないかなとも思う。
稲盛教というと、一部の評論家は否定的な意味で言うが、決してそうではない。それは「人間として如何に生きるべきか」の哲学であり、それは宗教といえるものだ。 それが戦争という本来目指すべき人間愛とは真逆な現実はあってはならないが、人間の本質を追求する哲学や宗教は人間愛そのものだ。

長崎原爆資料館・追悼平和祈念館、原子爆弾落下中心地を見学する。平和のありがたさとともに、性懲りなく戦争をし続ける人間の愚かさを痛感する。 果たして、私は何ができるだろうか。

池田設計池田社長、安藤ハザマ横山所長、下川部長を訪問し、長崎の地方創生について意見交換する。東京・福岡・長崎とバランスよくパートナーを組成して、長崎IR&スーパー・スマート・コミュニティのプロジェクトを実現しなければならない。

27日は、クリーン・マット田中社長・吉岡常務に同行いただいて、長崎市の企業を何社か訪問する。私たちのミッションを理解いただき、ご協力いただいている企業の皆さんに深く感謝したい。

小林 博重

ありがたい田口先輩

午後1時半過ぎに特急みどりで博多駅から佐世保駅に向かう。早岐駅でハウステンボス駅行きの車両を切り離し、2時間強で佐世保駅に到着する。駅には、田口先輩が迎えに来ていただいて、4時に西肥自動車山口社長を訪問する。
佐世保は、地方創生のため、ここ10年以上をかけて九州・長崎IRについて研究を重ねてきた。山口社長もその想いは同様だった。OUEN Japanとしても、九州の地方創生への貢献が一つのミッションであり、何としてでもその実現のために努力したいと思う。

今日の宿泊はハウステンボスの日航ホテルだった。
ハウステンボスのイルミネーションは素晴らしい。
ディナーを堪能した後、田口先輩と写真に収まった。

小林 博重

田口先輩と、ハウステンボスにて。

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温かい人脈がビジネスを拡げる。

GO to キャンペーンが世の中を混乱させている。コロナ禍のせいだけではない。人災の面もあるのではないか。
「桜を見る会」の前夜祭のパーティー代を一部、安倍事務所が肩代わりしていたらしい。国会での安倍前首相の答弁は嘘の塊ではないか。教育基本法を改正した首相は「政治家は嘘を言ってもいいんだ」と教えている。それでは、彼の歴史に残る功績は帳消しになるではないか。 私は政治家を信じない。政治家になる能力はなかったが、私は政治家には全く向いていない。

今日は、久しぶりに福岡天神のメディアボックス森松悦子社長を訪問する。
2月のOUEN 塾にお会いしたのが最後だったろうか。コロナ前は毎月訪問していた。しかし、9ヶ月振りとは思えない。以前はご病気で調子が今一つのご様子だったが、昨日はお元気な昔に戻られたようだ。 福岡出張のおりには、ずっとマンションの一室を無償でお借りしていた。ありがたいことだった。

森松さんとは、なぜか気が合うというか、お互い、人好きで、お人好しだ。よく人に騙される。私たちは、なかなか経験に学ぶことができない劣等生だ。 だからだろう。何でもざっくばらんに仕事のほか、本音で話ができる女性社長だ。

福岡に来るなら久しぶりに寄ってみないか。いろいろ話したいことがあるというので、福岡三越で桂心堂のエビ煎餅を手土産にお訪ねした。そして、夕食はごっつあんに預かった。

メディアボックスはリクルートの代理店だ。コロナ禍で求人する会社は激減している。受注は1/5に落ち込んでいると。辞めていく社員もいるが、頑張ってくれている社員にはできるだけのことをしたいのだと。

コロナ禍を磨き砂として、新しいビジネスを考えよう。それで私にも手伝ってほしいとのご相談だ。私の人脈で少しはお役に立てるだろう。ちょっと頑張ってみるか。

そして、私が今精を出している仕事を話す。それなら、いろいろ人を紹介できると。福岡だけでなく九州一円で。私は九州地方創生がミッションだ。ありがたい。 12月の来福のおり、何社かご紹介いただくことになった。

人脈があると言っても、異業種交流会で多くの人と名刺交換しても、そのリストは人脈でも何でもない。それが人脈だと思っている人たちも多い。大会社の元偉いさんも元部下を人脈だと思っている人もいる。 そんなことで、リタイヤ後に人脈ビジネスをしようと甘く考えている。そんな人は、独り立ちして自分で稼ぐことをしない。稼ぐことができない。世の中はそんなに甘くない。

森松さんはそうではない。人と心で付き合っている。それでいて、私とは違って多くの社員を抱えていて、彼らの面倒も見ようと思っている。 「類は友を呼ぶ」森松さんには、良い人たちをご紹介いただけるだろう。来月の来福が楽しみだ。

今日は九州北部信用金庫協会の篠原専務と前九州大学総長で現中村学園大学の久保学長を訪問する。
午後には特急みどりで佐世保に向かい、東大応援部の田口先輩の紹介で西肥自動車の山口社長を訪問する。

皆さんとの温かい付き合いで、私のビジネスは成り立っている。
皆さんに深く感謝の念を持って、恩返しをすることを忘れることなく頑張りたいと思う。

小林 博重

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『素直な心』になること

松下幸之助翁の側近であった江口克彦さんは『松下幸之助はなぜ成功したのか』で下記のように書いている。それは一言で言えば『素直な心を持つ』ということだろう。「自分がどれだけ素直な心で人生を全うできるか」それが成功の要諦だ。

小林 博重

松下幸之助は、「自然の理法は、いっさいのものを生成発展させる力を持っている」と考えた。だから、素直な心になって自然の理法に従っていれば、うまくいく。世の中は成功するようになっている。

ところが、私たちにはなかなかそれができない。自分の感情にとらわれる。立場にとらわれる。地位や名誉にとらわれる。自然の理法になかなか従うことができない。それゆえ、かえって状態を悪くする。無用な苦労をする。望むような結果が得られない。一人ひとりのとらわれが、争いになり、つまるところは戦争にまで至る。

自然の理法に従うならば、もともと人間には進歩発展する本質が与えられている。言葉を替えて言えば、平和、幸福、繁栄を実現する力が与えられている。

「それがうまくいかんというのは、とらわれるからや。素直でないからや。だとすれば、素直でないといかん、と。素直な心こそが人間を幸せにし、また人類に繁栄と平和と幸福をもたらすものであると、わしはそう考えたんや」

しかし松下の言う素直な心とは、人の言うことになんでもハイハイと答えるということを言っているのではない。無邪気な心のことでもなければ、幼児の心のことでもない。それだけでは、ほんとうの素直ではない。

「ほんとうの素直とは、自然の理法に対して、すなわち本来の正しさに対して素直であると、そういうことやな」

正邪、善悪、表裏の存在を知りながら、なおかつそれにこだわらない。偏らない。たんなる無心でもない。自分が悟ればそれでよしとするものでもない。素直な心になることは、決して易しいことではない。

「自然の理法に従えば、と言うたけどな、それは自然の理法に従っておれば、それだけでただ何もせんでええということではないんや。それは、きみ、わかるやろ」

自然の理法はやるべきこと、なすべきことをやっている。早い話がお日さまはきちんと東から出る。西に沈む。春が来て、夏が来て、秋が来て、そして冬が来る。

人間もやるべきこと、なすべきことをきちんとやれるかどうか。逆になすべからざることは絶対にやらない。そういう振る舞いができるかどうか。自然の理法に従うというのは、決してそう易しいことではない。

「まあ、わしはそういうようなことをみずから考えながら今日までやってきた。宇宙万物自然というものが、わしの先生でもあったわけやな。

わしの経営についての考え方は、経営というひとつの枠のなかだけで考えたのではない。わしはいつもその枠を越えて、宇宙とか自然とかそういうものに考えを及ぼし、そこで得られたわしなりの結論を経営に応用したんや」

経営についての松下の考えは、全体の考えの一部であって、決して全体ではない。多くの人が松下を「経営の神様」と呼んだが、ほんとうは松下が考え続けてきたのは宇宙のことであり、万物のことであり、自然のことであり、人間のことであった。松下は経営をやりながら、つねに人間の本質とはなにか、人間の幸せとはなにか、宇宙の本質とはなにか、自然の理法とはないかということを、考え続けてきた。天地自然の中に繁栄の原理を探してきた。これが松下幸之助のやり方だった。

PHP研究所の庭の左奥に、「根源さま」の小さなお社がある。松下は研究所にやってくると、まず最初に、必ず根源の社の前に円座を敷き、座禅をするように足を組んで座り、二~三分間ほど手を合わせていた。

根源さまとは神様でも仏様でもない。松下が勝手につくったものである。そして社のなかにはなにも入っていない。松下の「根源」という考え方が入っているだけである。

「あそこへお客さんを案内すると、必ず、根源さんというのはなんですかと聞かれるな。いちいち説明せんといかんけど、それがあの場所では面倒やな。ハハハ。

どうして根源という考えをわしが持ったかというと、こういうことや。考えてみればわしのような、なんも恵まれておらなかった者が、一応の成功をしたということは不思議やろ。それらしい説明は、聞かれればしてみせるけどな。正直言うと、なぜこうなったのか、ほんとうのところの理由はわしにも、ようわからんのや」

松下はあるとき、これは自分を存在させてくれたものに感謝しなければいけないと考えた。誰が自分を存在させてくれたのか。それは自分を生んでくれた両親である。ならば、両親に感謝しなければいけない。

だが、その両親はどうして存在したのだろうか。両親のそのまた両親からではないのか。その両親は、そのまた両親からということになるのではないか。それではその両親はと、どんどん考えていくと、ついには人間の始祖になる。とすると、人間はみんな始祖とつながっている。今日私たちがこうして存在していることは、両親やそのまた両親に感謝しなければならないのはもちろんのこと、初めての人間、すなわち始祖に感謝しなければ、とそう思ったという。

「ところがふと、それでは初めての人間はどこから生まれてきたのか、と思ったんや。いろいろ考えたんやけど、今度はそう簡単に答は出てこん。ずいぶんとあれやこれやと思いめぐらした結果、人間は宇宙の根源から、その根源のもつ力によって生み出されたんやと、うん、突然そうひらめいた。

そうや、宇宙の根源から生まれてきたんや。それは人間だけではない、宇宙万物いっさいがこの根源から、その力によって生み出されてきたんやと考えた。実際にそうかどうかは、わしは見ておったわけやないからわからんけど、そう考えるほうが便利いい」

「その根源の力にひとつの決まりがある。それが自然の理法というもんや。そしてその力には宇宙万物すべてを生成発展せしめる力があると。前に自然の理法は生成発展やと言うたのは、そういうことやったんや」

今日私たちがここに存在している、その源をたどれば、初めての人間を通り越して宇宙の根源にまでにいたる。そうすると、「ここに存在できていること」への感謝の思いは、実にこの宇宙の根源に対してでなければならないということになる。それで松下は、根源の社をつくった。

私はあるとき、ひょいと「根源の社の前にお座りになって、そのあいだ何を考えているのですか」と尋ねたことがある。

「うん、今日、ここに生かされていることを、宇宙の根源さんに感謝しとるんや。ありがとうございます、とな。それから、今日一日、どうぞ素直な心ですごせますように、すごすようにと念じ、決意をしとるわけや。ここはわしが感謝の意を表し、素直を誓う場所やな」

読者に根源の社を押しつける気持ちはまったくない。ただ、自分がそういう宇宙根源から、そして人間の始祖から連綿とつながっていると思えば、おのずと自分の値打ちの重さを感じる。そう感じれば、おのずと自分の人間としての重さを自覚する。そして、感謝の念が湧いてくる。

この感謝の気持ちを持ちながら、日々をすごすことが大切だと思うのである。

松下の毎日は感謝の日々であったといっても言い過ぎではない。それでもなお、感謝の思いが足らないと言って反省することが多かった。

ウォーキング漬けの『我慢の3連休』

『我慢の3連休』は、ウォーキングのそれだった。我慢どころか、楽しいウォーキングだ。
1日目は、外苑前〜四ツ谷〜新宿〜明治神宮〜表参道〜外苑前。2日目は、その逆コース。今日は、外苑前〜四ツ谷〜半蔵門〜靖國神社〜四ツ谷〜外苑前。それぞれ約2時間半〜3時間。

一昨日は、東急ハンズで買い物。昨日は、明治神宮参拝と古いお札納めと四ツ谷の丸正で食料の買い物。今日は、靖國神社参拝と四ツ谷丸正でまた買い物。ちょっと妻の手伝いをする。

国民はこの3連休は我慢どころか、Go to で、日本国中3密のようだ。国民はバカではない。それなりに3密対策をして行動しているだろう。お偉いさんの言うことはあまり素直に聞く耳を持っていない。お上も気を病んでいるだろう。 自由主義で利口な国民はこんなものだろう。菅総理は「自助、共助、公助」と仰るが、新型コロナは自助で自分を守るのが一番のようだ。

明治の初め、中村正直はサミュエル・スマイルズの『自助論』を『西国立志編』として翻訳し、ベストセラーになった。中村の他、多くの人たちが翻訳している。

「天は自ら助くる者を助く」

至極当たり前のことだ。しかし、戦後は何でも「国が何でもしてくれる」ことが当たり前になってしまい、自立の精神が廃れてきている。日本に精神の荒廃が蔓延している。 助けてくれという前に、まず、自らの足で立てと言いた日本は、もっと「自助」の精神を養う人間教育をするべきだと思う。

ウォーキングは、非常に心身の健康に良い。少し早足で、それでいてマイペースで歩きながらいろいろなことを考える。ビジネスのタネを思いつくことがあるし、ちょっと気が滅入ったことがあっても考え方を前向きにしてくれる。健康にも良い。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うように、歳相応に身体のことを考えてウォーキングに勤しもうと思う。

明日から金曜日の27日まで、定例の九州出張だ。今回は、福岡に入って、佐世保〜長崎。3泊4日。九州の地方創生のための出張であることを頭に叩き込んで活動することだ。

小林 博重