2020年 10月 の投稿一覧

自立と自律と、自利利他の精神

ホテルにいてもしようがない。搭乗便は11時45分発のSFJだ。早すぎるが、空港で朝食を摂ろうと思い、7時15分小倉駅発北九州空港行きの高速バスで8時前に北九州空港に着いた。ところが、空港のレストランは10時からオープン。まだ2時間ある。どう時間を潰そうか。

売店は「豊前街道」という1店舗のみ。萩焼の茶碗と茶こし、干し魚のお土産や朝食用のどら焼きとドリンクを買って、ロビーで時間を潰すことにする。欠航便が多いので仕方ないのだろうが、朝食も摂ることができないのには参った。

ビジネスパートナーとLINEしていて「自立と自律」「自利利他」について考えた。

自立とは?
他への従属から離れて独り立ちすること。
他からの支配を受けずに、存在すること。

自律とは?
他からの支配・制約を受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること。

まずは、自分の足で立つ(自立)することだ。自立しないで、「自分の利は、他を利することで果たされる」(自利利他)と言っても始まらない。独り立ちできない者は人を利することはできないし、人を利することが、その結果、自分を利することにつながるということを理解することはできないだろう。まずは一人前になることだ。

一方、自律とは、自分で立つことができた上で、自分を律し(自己統制)、自分で考え、行動することで、さらにその上を目指すことだ。
それは決して独立独歩で仕事をすることではない。自立し自律することができた人間が、お互いの強みを持ち合って協働することで、さらなる高みを目指すことで大きな仕事をすることができる。

その上で「自分の利を極めようと思えば相手のことを考え行動することだ」という「自利利他」のレベルに達することができる。

また、自律することでよりスムーズに自立できるとも言える。自分を律することができる前提は自分自身を知ることであり、自分自身を知ることでスムーズに独り立ち ができるようになるのだと思う。

withコロナ時代は、自立し自律している仲間たちとの、「緩やかだが強固なパートナーシップ」を構築する時代だ。そのために人格を陶冶する精進努力をし続けることだ。

小林 博重

無事、1週間の九州出張を終える。

今週月曜日からの九州出張は、無事、今日で終了する。長崎(佐世保市、長崎市)と福岡(福岡市、北九州市)の1週間旅行だった。やはり少し疲れた。これがこれから毎月のことだと思うと、ちょっと気が滅入るが、仕事の成果を出すことで気分は少しは晴れるだろう。 前期高齢者とは言っても気持ちは青春‼︎。気を張って人生にチャレンジし続けよう。

昨日の訪問先は、若松の佳秀工業(寺本常務)、日本鉄塔工業(幸池部長、竹内専門長)、北九州市産業経済局(杉本課長)、三島光産(藤山部長、瓜生ゼネラルマネージャー)。OUEN塾でお世話になっている皆さんばかりだ。皆さん、快くこちらの話を聴いて下さった。ありがたいことだ。

訪問目的は九州・長崎IRがアジェンダだが、まだまだ福岡県では現段階では関心が薄いと感じる。佐世保市は候補地であるからその関心度合いが高いのは首肯できるが、福岡県の企業はまだまだ他人事のようだ。
このプロジェクトの最終目的は九州の地方創生であり、九州全県に関わることだ。プロジェクトの目的を正しく伝えていくことが私のミッションである。それがOUEN Japanの目的でもある。 ミッションをぶらすことなく気長な心でせっかちになろうと思う。

よく人は、私のことをビッグマウスだと言うが、ビッグマウスこそが人脈を拡げ、ビジネスを成功裏に持っていくのだ。ベースに嫌味のない、ピュアな心があることが大前提だ。

昨夜は旅の打ち上げで、小倉の友人たちと海の幸に舌鼓を打った。ひょんなことからビジネスから離れたところで、人と人の橋渡しができそうだ。これもビッグマウスのなせる業だ。

ビジネスでもプライベートでも、その仕切りはあるようでない。仕切りを作ることは、サラリーマンはストレスを溜めないために必要なことだろうが、人に雇われないフリーエージェントやフーテンの寅さんのような私は、仕切りがないほうがストレスは溜まらない。

オンとオフを分けないことで、人脈は拡がる。人脈が拡がることは世のため人のため。人を幸せにすることにつながる。

これからのwithコロナの時代は「地方の時代」だ。私に「能登や長崎を拠点にしてほしい」という話もあるが、私の拠点はどう考えても東京の青山だと思う。
能登出身の田舎っぺ大将の私が花の東京の青山というのは全く真逆で似合わないという人がいるが、そうではない。私には東大卒が似合わないのと同じように青山は似合わないことの意味は分かるが、それだからこそ、私は東大と青山でなくてはいけないのだ。そのギャップが私を私たらしめている。私は私らしいのだ。普通では面白くないではないか。

これからの企業や個人はどれだけ他との差別化ができるかが生き延びるポイントだ。そして、差別化とは、その企業や個人の得手に気がつき、それを磨き続け、「誰にも負けない得手」にすることだ。一人では限界があるから、チームで得手を持ち合って強力なチームを作り上げることだ。

そして、合言葉は勿論「世のため人のため」である。

小林 博重

人生の白秋を生きる。

福岡天神でOUEN学生リーダーたちとランチMTGをする。今年度が学生生活最後のリーダーたちだ。

残念ながら、コロナ禍で来年2月のOUEN塾は中止せざるを得ない。最終学年の彼らにとってはやはり心残りだろう。消化不良だと思う。

纏まって企業訪問するOUEN塾はできないが、オンラインOUEN塾はどうか。

金沢の学生リーダーたちは9月に初めてのオンラインOUEN塾を開催し、協賛企業の皆さんに好評だった。金沢と東京のOUENリーダーのサポートを得て、来年2月にオンライン[OUEN塾in福岡・北九州]を開催することはできないものか。みんなで話し合って、前向きに検討してほしいと思う。

OUEN学生リーダーたちはOUEN塾を通して成長した。
学生リーダー同士の共同作業は協働作業であり、社会人の皆さんとの交流のなかから、コミュニケーション能力を高め、大きく社会人として巣立っていく。私は、彼らの成長を日々年々感じることで、OUEN塾を続けてきて良かったと思う。来年2月のOUEN塾がオンラインOUEN塾の形であっても開催することができることを希望する。

私は今、人生の白秋を生きている。心は青春のままではあるが、如何せん、肉体は日々衰えていることを事あるごとに、何かにつけ、実感することが増えてきて、少しづつ死に近づいていることを感じている。

それは決して寂しいことだとは思わない。人間だけではない。生きとし生けるものは有限であるからして、死は悲しむことではないのだ。

そして、生きとし生けるもののなかで、人間だけが心を成長させることができるのだ。
自身の努力精進で、その成長を感じることができることは幸せであり、それが生きるということなのだ。
そして、成長の極みが死であるのだろう。その死に向かって、明るく生き生きと生きていくことだ。それが人間哲学を極めるということだろう。

人生うまいことをしたもので、一生懸命生きていれば、神様は悪いようにはしない。もうダメか、どうしようと思う時も、何とかなるだろうとやせ我慢して前向きに生きていると、思いもしないいいことが目の前に現れるものだ。それは決して偶然ではない。偶然のように思っても偶然ではない。神様は見て下さっていて、その人の心のピュアさに応じて、それに相応しい対価を下さるものだ。「天網恢々疎にして漏らさず」とは悪事ばかりのことを言うのではない。

私は実感している。「自利利他」「忘己利他(もうこりた)」と言うことを。

私が自分だけのために働いているときには、自分だけしか私のために働かなかった。しかし、私が人のために働くようになってからは、人も私のために働いてすれたのだ。 (ベンジャミン・フランクリン)

小林 博重

加賀屋さんの”おもてなし”

昨日は5時前に「JR特急かもめ」で長崎から博多に向かい、7時前に博多に到着した。約2時間の旅だ。
長崎本線は単線のため、停車駅で反対列車を待ち合わせることが2〜3回ある。
九州新幹線で博多から鹿児島中央までが約1時間半であることを考えると、長崎への時間距離の長さを痛感する。九州新幹線が来県者数に大きく影響していることを素直に納得してしまう。

博多駅の博多シティ9階で夕食を摂る。博多シティに入っている飲食店は皆名店ばかりだが、私のふるさとということもあるが、その中でも和食の加賀屋は名実とも頭一つ抜けていると思う。

加賀屋福岡店は、4ヶ月前にも利用した。その時と同じ席に案内された。
私が席についてマスクを取ったら、案内してくださった女性が「小林様でいらっしゃいますよね」と。
どうして私の名前をと思ったが、4ヶ月前には、私が能登出身で、加賀屋の小田相談役や小田社長と同じ高校であったこと、神前常務と実家が近かったことをその女性に話したのだ。そして名刺を渡したことを思い出した。それにしてもよく私の名前を覚えていてくださったものだ。

やはり天下の加賀屋さんだ。
“おもてなし”の基本をよくご存知だ。全て教育のなせる業だ。加えて、その時、これからZoom MTGをするのだと話したのだろう。その女性(森田瑠美さん)は「ホテルでZoomですか」と。これにも驚いた。

このような驚きは森田さんだけではない。何人もの人から、そのホスピタリティの素晴らしさを聞いた。こんな感激があるとまた来ようと思う。以心伝心、加賀屋さんのファンが増えるわけだ。

台湾加賀屋でも”おもてなし”の日本文化を台湾に発信したいとの大義があったのだと、神前常務にお聞きした。長崎から海外に日本文化を発信するというのも大きな大義だと思う。

西海陶器の児玉会長もそのようなお話をされていた。大きければいい、安ければいいという、どこでもあるようなコピーは魅力がない。生き残れない。やはりビジネスには哲学が不可欠であり、戦略や戦術は哲学があってのことだとつくづくそう思った。

小林 博重

加賀屋 福岡店の『能登四季彩』献立と森田瑠美さん

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私には夢がある。

今日は九州出張3日目。長崎市の企業訪問日だ。長崎自動車〜クリーン・マット 田中社長と合流〜長崎放送〜長崎市役所(Web)〜野母商船。JR長崎本線で、長崎→博多。西鉄クルームホテルにてZoom MTG。今日はアポイントが詰まっている。

長崎県の地方創生プロジェクトの成功のためには、しっかりとしたコンセプトを今年中に固める必要がある。そしてそれをプロジェクトのパートナーの皆さんにお伝えし理解していただくことだ。そして、そのプロジェクトに魂を入れることだ。その役割は私のミッションなのだ。
ビジョンを描くのはコンサルティング会社のシャープな知恵者にお任せしたい。現場で汗をかくのは魂を入れる私の仕事だ。それが助っ人である私のミッションなのだ。

「短気は損気」という諺がある。「若気の至り」という表現がある。いずれも、気が短いと損をするということだ。若いと血気に走って見境もなく、事を荒げてしまい、冷静さを失い、結果として自分のためにならない。

まもなく68歳。あと2年で古来稀なる古稀になる。早いものだ。70歳と言ったら、若い時はヨボヨボとは言わないが、老境の入り口に入って悠々人生を過ごしているイメージだった。
今でも同期の連中を見ていると、精神はそのようだ。そうであれば、見かけも老人臭くなる。

私はOUEN Japanを通して、孫のような学生リーダーたちとの交流がある。ビジネスにおいても、息子や娘のような年代の現役バリバリの皆さんがパートナーだ。当然、心身ともに若返る。
ただ、彼らよりも多く経験しているので、愚者ではあっても知恵は優っていることが多い。

ダイバーシティの時代であり高齢化社会である。老若男女が対等に、得手を持ち合ってプロジェクトを立ち上げ、成功にまで持っていく時代だ。老人にとって不老長寿の特効薬は「世のため人のために尽くす仕事」だと思う。

こころよく 我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思う
(石川啄木「一握の砂」)

大学の同期が65歳になって、言っていた。

「65歳から前期高齢者だ。これからは、きょういくときょうようが大切なのだとか。『きょういく』は教育ではなく『今日行くところがある』であり、『きょうよう』は教養ではなく『今日用がある』ということだ」

それはそうだろうと思う。朝目覚めて、さてどこへ出掛けようかと思案するようにはなりたくない。何をしたら時間が潰せるかと、息をしていることが『生きる』ことだというレベルの人生でありたくはない。
やはり、生涯現役で仕事をしてピンピンコロリとあの世行きの人生が理想だろう。

私の人生は生涯現役とは言うまい。
現役人生は100歳までにしておこう。そのあと20年は、あの世行きの準備期間だ。それからがやっと悠々人生。これが私の理想の人生だ。

キング牧師の「私には夢がある」という、崇高な演説は不滅だ。その一節だ。

私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。

私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。

私には夢がある。それは、いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスに変身するという夢である。

私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

今日、私には夢がある。

私には夢がある。それは、邪悪な人種差別主義者たちのいる、州権優位や連邦法実施拒否を主張する州知事のいるアラバマ州でさえも、いつの日か、そのアラバマでさえ、黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢である。

今日、私には夢がある。

私には夢がある。それは、いつの日か、あらゆる谷が高められ、あらゆる丘と山は低められ、でこぼこした所は平らにならされ、曲がった道がまっすぐにされ、そして神の栄光が啓示され、生きとし生けるものがその栄光を共に見ることになるという夢である。

そのレベルに到達するには及びもつかないことだが、私なりの夢に向かって全身全霊を傾ける人生でありたいと思う。

小林 博重

長崎県あれこれ

佐世保観光コンベンション協会を訪問し、飯田理事長と川口常務理事。そのあと、西海陶器児玉会長を訪問し、佐世保市の地域活性化について意見交換をした。

全国47都道府県のなかでは、長崎県は、観光資源は日本屈指の自治体であるにも関わらず、観光客来県数では九州7県中、真ん中で、長崎県の後に宮崎県と佐賀県が続く。いずれも新幹線が通っていない県だ。福岡県、熊本県、鹿児島県は九州新幹線が通っている。空港は全県にあるが、それは来県者数にさほど影響しないようだ(私のふるさと石川県でも北陸新幹線新幹線が開業して金沢への誘客は倍増した)。新幹線の威力は甚大だ。

長崎県は豊富な観光資源があるのに、それに相応しい誘客数でないのは実に勿体ない。宝の持ち腐れではないか。
このことは、長崎県、長崎市、佐世保市の自治体とも共通に認識しているところであり、それゆえに、九州・長崎IR誘致については、バカの一つ覚えと言われても10年以上前から積極的に検討しているとか。

田口さんに川棚駅まで送っていただいて、シーサイドラインで長崎駅に向かう。約1時間半。大村湾を3/4周ぐるっと周る。鉄道で佐世保から長崎に行く手立てはそれしかない。これではビジネスで鉄道は使えない。

長崎市、佐世保市いずれも目は福岡市を向いている。長崎市は長崎県の求心都市ではないのだ。
また、県庁所在地は長崎市だが、遠くない昔、大村市に県庁を持ってくるという話があったらしい。どうしてと思うが、江戸時代初期に於いては今の長崎県は大村藩他数藩に分かれており、天領であった現在の長崎市はもともとは大村藩だったようだ。それだから、大村市に県庁という話は合点がいく。

そんなわけで、長崎市と佐世保市は文化が違うというのはよく分かる(私のふるさと石川県は加賀と能登に分かれているが、江戸時代は加賀藩であり、その中心は金沢であったため、金沢は石川県の求心都市になっている)。

15時前に長崎バスターミナルホテルにチェックインする。新地の中華街をぶらぶらして、17時に中華街で一番の店と聞いた「江山樓」で中華料理を堪能する。やはり、中華街一番というだけあって美味だ。お客さんは開店早々というのにほぼ一杯だ。和服姿の女性がテキパキと注文を聞いている。中華料理なのにどうして和服なのか、そのギャップが印象深い。

そんなことで、19時前にホテルに戻り、風呂に入る。今日はこれで打ち止め。こんな日もあっていい。

小林 博重

展望台から九十九島を望む。

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弓張岳展望台から佐世保市街と九十九島を望む。

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観光都市佐世保を認識する。

昨日、ANAで羽田を11時前に出発し、長崎に13時前に到着した。2時間の空の旅だ。乗客は8〜9割程度か。減便のせいもあるのだろう。

応援部の先輩の田口一信さんが空港まで迎えに来てくださった。田口さんは私とは入替の4年先輩だ。先輩をアッシー君にできるとは、東大応援部は何と素晴らしい集団なのだろう。ありがたいことだ。

いつもの長崎空港のレストランでお昼を取って佐世保市に向かう。私は長崎名物の長崎ちゃんぽんをいただく。長崎と言えばちゃんぽんだ。野菜もたっぷり入っている。

15時に朝永佐世保市長とのアポというので、その時刻に市役所に着くように、高速道路を途中で降りて佐世保に向かう。

田口さんは大の車好きなんだとか。17時間かけて何度も佐世保と東京を往復したとか。北海道で運転した時も地元の人に北海道生まれと間違えられたとか。ちょうど14時55分に佐世保市役所に到着した。 この道を通るとどれだけ時間がかかると身体に染みついているのだろう。やはり何事も「好きこそ物の上手なれ」だ。
逆に免許を取るのに、普通は27時間のところ、倍以上の60時間をかけて通った私のような運動神経全くなしの人間は、運転は興味がないし怖い。
昨今、高齢者の事故が問題になっているが、私のような運動神経音痴の人間は勿論のこと、できれば高齢者は運転免許証を返上すべきと思う。しかし田口さんのような車好きはどうしたものか。悩ましいことだ。

朝永市長とは佐世保市の地域活性化について意見交換した。地方創生のためには佐世保市のみを元気にしても限界がある。周りの自治体を巻き込んだ広域の施策を講じなければ、その効果は半減どころか箱物をつくるだけに終わってしまう。まずは足元を固めることだが、○○ファーストでは限界があるだろう。如何に民間とコラボレーションするかだ。

朝永市長との面会を終えて、田口さんは佐世保市が一望できる「弓張岳展望台」に連れて行ってくださった。標高は300m強。

佐世保は明治維新の頃は小さな漁村だったのだとか。ロシアや中国や朝鮮との地政学的観点から軍港ができて佐世保は発展した。だから、佐世保を一望できる弓張岳には民間人は登ることができなかったのだとか。 弓張岳展望台からは内海と外海が展望できる。内海は佐世保港、外海は九十九島だ。それは素晴らしい展望だった。

長崎県は長崎市のみならず佐世保市も素晴らしい観光地だ。その他雲山島原、五島列島、平戸島。対馬も長崎県だ。日本屈指の観光地なのだ。もっと内外を問わず数多くの人たちに長崎県に足を運んでもらいたい。そのためにも広く大村湾全体の開発が不可欠なのだ。

今日も田口さんのご案内で、佐世保市観光コンベンション協会の飯田理事長と波佐見市にある西海陶器の児玉社長を訪問する。

佐世保市、川棚町、波佐見町は、一体として、その魅力を日本のみならず世界にアピールすべきだ。OUEN Japanはその一助になりたいと思う。

小林 博重