2020年 8月 24日の投稿一覧

私の生き方はニッチ戦略

私はOUEN学生リーダーやOUEN塾協賛企業の皆さんから団長と呼ばれている。OUEN Japan は「日本に学ぶ日本人大学生や来日留学生、および、彼らを支援してくださる企業の皆さんの応援団」であり、その代表であるためだ。登記上は理事長だが、通称は団長だ。

大学応援部では、応援部は応援団でないため、そのトップは主将であり団長ではなかった。東京六大学は東大・早稲田・慶應は主将、明治・法政・立教は団長である。旧帝大は東大以外は全て団長だ。やはり応援団長が聞こえがいい。一度は団長と呼ばれたかった。

そんなことで、OUEN Japan は「学生と企業の応援団であるから団長」というわけだ。私がOUEN Japan の創業者であるから、生涯現役で100歳まで応援団長と呼ばれる。やはり気分は最高だ。

石を投げれば社長に当たる。それほど、社長はピンからキリまでいる。それに比して、団長の社会人は稀ではないか。やはり「団長」はやめられない。

そんなことで、私のビジネススタイルを考えてみた。社長はどこにでもいるが団長はごく稀にしかいない。私のことを覚えていただくのはニッチ戦略が一番だと。

東大卒で、私のような「一匹狼で、何をしているのかよく分からない」というのは殆どいない。東大生はどうしてもプライドだけは高い。偏差値が高い人は優秀な人というわけではないが世間的にはそのように思われている。だから変なプライドだけは持っている。大したことはないのに。 私は突然変異で合格できたこともあって、そんなプライドは殆ど待ち合わせていない(人間としてのプライドは人一倍持っているが)。 しかし、私は、その東大卒を売り物にしている(「東大の恥晒し」と言った先輩はいるが)。
ある人は東大卒にしては珍しい(好感を持って)というが、それがそのままだからポーズを取っているわけではない。それがニッチになって、私の売りになっている。 また、私が青山に住んでいることもニッチなようだ。青山で私のような田舎者は珍しいのだと。そんなことはないが、それが売りになるならそれもいい。

「東大卒で青山住人」これがニッチの一つ。「団長」も一つ。私はニッチ戦略で人生を勝負する。

私の人生後半戦は、前半戦とは180度のコペルニクス転回だ。
正統派で行こうと思っていた前半戦に対して、無頼派といえばカッコいいが、ドブ板の下を這いずり回る「ボロは着てても心は錦」の後半人生だ。 ニッチで生きよう。ニッチが一番私に合っている。人は私を覚えてくれるし、それで人脈も格段に広がる。当に「ピンからキリまで」 何がピンか、何がキリか分からない。
世間のピンは私のピンではないような気がする。世間のキリもそうだ。私の基準の「ピンからキリまで」の人と付き合う。人を見る目を養っておかないと、とんだババを引いてしまうことがある。
おかげさまで私の周りには、私を助けてくれる信頼できるパートナーたちが、いろいろな分野で大勢いるため、彼らに助けてもらっている。だから、その人たちを大切にしなければならない。否が応でも、謙虚にならざるを得ない。もっと成長すれば「否が応でも」などと失礼な言い草はできないが、まだまだ未熟者だ。許してもらおう。 今は、頭の中で謙虚にしようと思っているが、成長したら、自然に謙虚になるものだろう。

私の人生がニッチ戦略なら、勿論ビジネスもニッチ戦略。ニッチで勝つ。

小が大に勝つにはニッチ戦略だ。一寸法師は、「一点集中、コツコツコツ」で鬼に勝った。

謙虚に一点集中、コツコツコツコツ。これが私のニッチ戦略だ。

小林 博重

ミッションと得手と地方創生

全て天が私に授けてくれたものである。それは「ミッション」と「得手」の2つだ。
1.天から授かった「ミッション」は何か、を自覚すること
2.天から授かった「得手」は何か、を自覚すること

生涯に亙り「得手」を磨き続け、それによって人格を高め続け、「ミッション」達成のために生涯をかけて生き抜くことだ。

人は全て、「世のため人のために尽くす」ことをミッションとして生まれてきた。しかし、それを悟ることなく、惰性で生涯を生きていく人が如何に多いことか。
幸せとは、我が身一人の幸せではない。ウィンウィン、ウィンウィンウィン、ウィンウィンウィンウィンと永遠に続く連鎖の中で、全て人類が幸せになることが「ほんとうの幸せ」である。タモリのいう「友達の友達は皆友達」は、「幸せ」がその連鎖の言葉でなければならない。
その意味で、トランプ大統領がいう「アメリカファースト」や小池知事がいう「都民ファースト」なるキャッチフレーズは、「自分だけがよければいい」という誤解を招く言い草ではないかと思う。トップの発言はその派生を考えて発しなければリーダーの資格があるとは言えないだろう。

では、私の、世のため人のために尽くす、具体的「ミッション」は何か。それが問題だ。
生涯現役は残すところあと30年あまり。時代の先を見据えて、「得手」を最大限に活かすことができることとは何か。
コロナは長く尾を引くことだろう。withコロナ時代は時代の必然なのだろう。
稲盛和夫さんの口癖は「謙虚にして驕らず」だ。中国の古典にも「謙のみ福を受く」という言葉がある。「謙虚」がいつの時代にも幸せ=成功のキーワードだ。コロナは、驕り高ぶった人類に鉄拳を下したのではないか。「絶えず『謙虚』に生きよ」との喝ではないか。喝で目覚めなければ、あとは奈落の底だ。

日本の課題「地方創生」は、日本全国が活気ある住みよい地域になることだ。人が地域に根を下ろし、和気藹々と、人を思いやり、お互いを尊重し合う「美しい地域」をみんなで創り上げることだ。その一助になることが私のミッションだ。そこまでは悟っていないが。私のミッションにしようと思う。思わなければ、ミッションにはならない。思うことでそれは現実になる。

OUEN塾は偶々、福岡県と石川県で開催している。この2つの地方の地方創生が私のミッションだ。
これも偶々だが、長崎IR&スーパー・スマート・コミュニティサポートの話が舞い込んできた。長崎から発信し、九州全島の地方創生だ。そのために、福岡が兄貴分として、長崎をサポートすることが必須だろう。 また、石川は私の生まれたふるさとだ。加賀百万石は日本でただ一つの大藩だ。この中心は金沢。
それに風光明媚で海山の幸豊かな能登と日本三名山の霊峰白山を仰ぐ温泉郷の加賀。私は18歳までこの石川で育った。理屈抜きに石川の地方創生をサポートしたいと思う。

小林 博重