安田信託銀行(現、みずほ信託銀行)のOB・OG会である「信交会」から「つどい」という同窓会会報が送られてきた。定期的に発行しているが、年に2回程度だろうか。

今回は、会員の逝去通知や会員寄稿、「趣味の会」や「懇親ゴルフ」など会員同士の交流報告等の他、「信交会の役員人事」が報告されていた。皆さんのポートレートも載っているので懐かしい。会長は人事部で2年先輩だった前田さん、副会長は同じく3年先輩だった加藤さんだ。私もそんな歳になった。

私は安田信託銀行を昭和51年(1976年)に入社し、平成9年(1997年)に退職した。21年2ヶ月勤めたことになる。退職してから23年3ヶ月。銀行に勤めていた期間よりも、辞めて七転八倒していた期間のほうが長くなった。

思えば遠くにきたもんだ。

私は自己都合退職で銀行を去ったが、会員は定年退職か会社都合退職の方々が殆どだ。
最近は、定年まで勤めない人が増えてきているが、そういう人は私のように20年以上は勤めていない。退職年齢は20〜30代だろうから信交会には入っていない(信交会はたしか20年以上の勤続年数がある人や役員経験者だけが会員)。 私は信交会員の中で極少ない自己都合退職の会員だ。

私は7年半の人事部勤務のため、多くの信交会員を存じている。
彼らは安田信託銀行(みずほ信託銀行)が働く場所としては全てといっていいが、私はその点では、大袈裟にいえば、別の世界て生きているような気がする。このような会報を見るとその感を強くする。

勿論、安田信託銀行の21年間があって今の私があるのだが、この安田信託銀行という「会社の枠」から離れて、カッコよくいえば、安田信託銀行からアウフヘーベンして現在の私があるのだと思っている。それは、退職後の23年間の七転八倒との混濁がそのように私を思わせているのだろう。

「幸せな人生」とは何だろう。悠々自適に老後を送ることができるだけの、たっぷりした年金(国民年金+厚生年金+厚生年金基金)がある、殆どの信交会員と、そうでない、一生、働くことを余儀なくされている(そして私はOUEN Japan というNPOが私の人生のミッションだと思っている)私とは比較することはできないのだ。

「幸せ」は自分の心が決めるものだ。そして、その「幸せ」は、その人が棺を覆う時に初めて分かるものだろう。「これからの人生を如何に生きるか」だ。

100歳まであと32年余り。120歳まで52年の人生だが、いつ天からお呼びが掛かって天に召されるやら分からない。だから人生は面白い。

ガンジーは言っている。
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」

『カモメのジョナサン』の著者であるリチャード・バックは、ジョナサンに、
「大変だったが、しかし、素晴らしかったといえる人生を送りたい」
と言わせている。

悔いのない人生を送りたいものだ。

小林 博重