「日本人という、うそ」〜武士道精神は日本を復活させるか〜(山岸俊男著、ちくま文庫)を読んだ。

実に示唆に富む、なるほどと考えさせられる内容だった。そして、私が、銀行を退職して、ずっと考え続けてきた「生きる哲学」は間違ってはいない、このままの生き方でいい、これを極める人生でいいのだと、大いに賛同していただいた気持ちになった。

人間は自分の利益に直接つながらない場合でも、他人のために行動することができる不思議だ動物だ。人間には利他性が備わっている。この利他性の不思議について、これまでの社会科学者はきちんと説明してこなかった。

常識的な利他性の説明
「そもそも人間は特別な存在だ。人間は他の動物とは違い、理性と自由意志を持っている。だから人間は互いに助け合うことの重要性を理解することができるし、他人のために行動するように人々を励ましたり導いたりする倫理体系や社会規範を作ることができた」

ちょっと違うだろう。

利他性とは「情けは人のためならず」に代表されるというのが、普通の人間としての私が考え至った結論だ。

「利他的に行動すると、結局は回り回って自分に利益が戻ってくる。この仕組みが働いている限り、いろいろなことがあるだろうが、利他的に行動する人間のほうが、自分のことしか考えていない人間よりも結局は大きな利益を獲得できたので、人間の利他性が発達してきた」 という山岸先生の話は胸にストンと落ちる。

その意味で、新渡戸稲造が世界にアピールした「武士道精神」は、日本という枠の中の統治者の目指す精神であり、これからグローバル化していく21世紀の精神とは言い難い。これからは江戸時代に商人道を説いた石田梅岩の「石門心学」が武士道精神に変わる日本人のあるべき精神ではないか、という山岸先生の意見は「当にその通り」と納得する。

最後の章は「武士道精神が日本のモラルを破壊する」と題して、そのことを述べている。
①日本は「安心社会」から「信頼社会」へと変貌する。
②安心社会は武士道、信頼社会は商人道だ。
③武士道の「無私の精神」からは共存共栄は生まれない。
④商人は「卑しい人間」ではない。商人が21世紀を作っていく。
今こそ商人道だ。

私の哲学は、
「利己を極めよ。究極の利己は利他に通じる」である。それが商人道だ。無私を極めることを求める武士道は時代をリードしないと思う。

小林 博重