李登輝元総統を偲ぶ。

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台湾の李登輝元総統が7月30日に逝去した。台湾は国民党の一党独裁国家だった。その国民党は、外省人(戦後、台湾に移った中国大陸出身者とその子孫)の政治家が牛耳っていた。その国民党の総統蒋経国氏(蒋介石の長男)が本省人(戦前からの台湾住民とその子孫)である李登輝氏を副総統に抜擢したのは蒋経国氏の慧眼であり、李氏はそれだけ大人(たいじん)だったということだろう。

李氏は、外省人支配に反発する本心を隠しながら、国民党政権で政治家として出世階段を昇っていった。そして、蒋経国氏の死去に伴い、副総統から総統に昇格した。 学者あがりの李氏は「外省人と外省人をつなぐ安全パイのつなぎ役」と見られていたが、予想外の政治手腕を発揮して、国民党による一党独裁体制を見直した。

1996年に初の総統直接選挙を実現し、圧倒的多数で総統に再任され、権力を確固として、2度のアメリカ留学で体感した民主、自由の価値観と、台湾の主体性を重視する思想を貫いた。

李氏は日本統治時代に高等教育を受け、「22歳までは日本人だった」と語るほどの親日家だった。その根底には、日本から学んだ「日本精神」があった。

信念に裏打ちされた理想を胸に、いかなる苦難にも耐え抜く。強靭な行動力。それでいて笑顔は少年のよう。

2004年の暮れ、金沢から名古屋に向かう列車から雪化粧した風景を眺めながら「日本の良さが残っている。この国は伸びますよ、まだまだ」と語った。 日本も台湾もまだまだ伸びる。しかし、まだまだ努力が足りない。これで出来上がりだ、完成だ、ということはない。自分もまだまだ、やらねばならない。

自ら、「歴史の偶然で総統になった」と話す。そもそも功名心や政治的な野心はない。故郷の台湾をこよなく愛する根っからの台湾人だ。

「我是不是我的我(私は私でない私)」の考え方だ。
「私のため」に生きるのではなく、「公のため」に尽くすのが「私だ」と悟ったと言う。
「死を認識して初めて、どう生きるかを考えることができる」とも。

「『我是不是我的我』と言う生き方ができる若者が、台湾や日本にはたくさんいる。こういう人たちが国家を造っていくんだ」と強調した。

李氏が生涯をかけて進めてきた台湾の民主化や国際社会における地位の確立は、なおも未完で努力を続けねばならない。自らもまだまだやらねばならぬことがある。

蔡英文総統のコメント
「李氏は逝去したが、民主化と自由を台湾に残してくれた。彼の精神はこれからも新しい世代を引率して、果敢に次の挑戦に立ち向かい、『台湾の幸福』を追求し続けるだろう」

小池百合子東京都知事のコメント
「李登輝先生からリーダーシップ、政治のあり方や後藤新平、八田與一の功績など多くを学ばせていただいた」
「台中地震直後の神戸の仮設住宅を活かした迅速な対応など、思い出が多すぎる。世界を俯瞰しつつ、人々の細やかな心理を掬い取る」

政治家はこうであらねばならない。果たして日本にこのような哲人政治家はいるだろうか。

本棚に『台湾の主張』(李登輝著)を見つけた。第1版第1刷発行は1999年6月。私は第9刷発行を買い求めた。今から20年ほど前に買い求めたのだろうか。

1.私の思想遍歴
2.私の政治哲学
3.台湾の「繁栄と平和」の原動力
4.今中国に望むこと
5.今アメリカに望むこと
6.今日本に望むこと
7.台湾、アメリカ、日本がアジアに貢献できること
8.21世紀の台湾

この本は、"台湾の奇跡"を演出し、21世紀を先取りする李登輝総統(当時)の人生哲学・政治哲学の集大成の一冊だ。
この機会に熟読し直そうと思う。

小林 博重

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