「長崎出島」で半日を過ごす。

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7.28、クールファイブの歌ではないが「長崎は今日も雨だった」。雨が止んだかと思えばザァザァ降りになったり、また止んだりと、傘が手放せない。そんなことで、「長崎出島」で半日を過ごした。

約4,000坪弱の人口島。江戸時代、ここは、外国との唯一の貿易交渉の場所だった。長崎とは一本の橋で繋がっていた、当にその名の通り、「突き出た島」だった(今は、埋め立てされて街中にある)。

ここでは、最初はポルトガルとの貿易が行われていたが、徳川幕府により「キリスト教の禁教」が発せられて、ポルトガルは追放され、布教をしない世界最初の株式会社「オランダ東インド会社」を通してオランダとの貿易の窓口になった。初めは、オランダ商館は平戸にあったが、これを機に長崎に移転したのだとか。

オランダ東インド会社の社員はこの長崎出島に来て貿易をするのだが、何ヶ月も、目の前に見える長崎の街に行くことは許されず、長崎出島の中で生活をしていたらしい。今で言う「ステイホーム」だ。そして、この長崎出島に出入りできるのは、役人と商人と遊女のみで、一般人は入ることを許されなかった。

5時前にJR長崎駅から「特急かもめ」に乗って博多に向かった。約2時間の旅だ。驚いたことに、長崎本線は単線だ。特急列車でも停車駅で反対列車の通過を待つ。私のふるさと能登の「七尾線」に毛が生えたようなものだ。本線に単線があるとはびっくりした。
長崎駅は新幹線の工事の真っ最中だった。2022年には開通する予定らしい。しかし、博多と長崎の往復ではなく、佐賀県の武雄温泉と長崎の往復とか。九州新幹線の駅がある佐賀県の新鳥栖から武雄温泉までは在来線で新幹線ではないらしい。佐賀県、長崎県、JR九州の間でいろいろ揉めていて、こんな中途半端な新幹線になる。オール九州で考えられないものか。石原信雄先生が「九州は纏まっていない」と仰る意味はこういうところにもあるのかと思う。
九州の地方創生はこのハードルを越える必要がある。コロナでも「県を超えた移動は差し支えるように」と言われるが、その県境がいい意味でも悪い意味でも、登場してくる。私に何ができるか?

博多シティビルの9階の加賀屋で夕食を摂った。福岡でふるさと石川・加賀・能登の美味を堪能する。仲居さんや料理人には、今は石川県出身の人は一人もいないとか。料理を運んでくれた仲居さんは「研修の時には和倉温泉の本社(加賀屋本館)に出かけた」とか。ちょうど今月初めに和倉温泉に出向き、小田社長と杉森部長にお会いしてきた。そんな話をしたところ仲居さんはびっくり。全国区の会社が能登にもあることにちょっと誇らしい気持ちになった。やはりふるさとには格別な思いがある。

今日と明日は、福岡の企業訪問とOUEN塾リーダー総括の二人との打ち合わせだ。九州の地方創生に貢献する一歩としたい。

小林 博重

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