初歩的な『人間としての原理原則』

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4連休の3日目、夜中にトイレに起きて一寝入りしようと思うが、目が冴えて眠れない。まだ真夜中の2時だ。こんな時は起きて事務所で過ごすに限る。
ありがたいことに事務所は徒歩2分のところにある。事務所に着くとなぜか落ち着く。植木に水を遣ったり、温湿度計をチェックしてエアコンを入れたり、パソコンでメールをチェックしたり、何かとすることはある。

今日何をしようか。この連休は読書三昧の予定だ。一昨日は雨、昨日は曇天だったが事務所にいて外に出なかった。今日明日も雨は降らず曇天らしい。
1週間振りのウォーキングでもして気分を変えよう。外出する時はマスク持参だ。ウォーキングの最中はよっぽどの人混みでなければマスクはしない(あえて、人混みのところには行かない)。時には、途中で買い物(東急ハンズやコンビニ)をすることがあるので、その時はマスクを着ける。これがニューノーマルということか。

プリミティブな原理原則について考える。
それは小さい頃、親や先生から教えられた「人としてしてはいけないこと」「こんな人間になってほしいということ」だ。私はそれを祖父母に教えられた。高校から下宿をして家を離れたが、中学生まではずっと祖父母と暮らした。祖父母が私の育ての親だったのだ。たった一人の内孫だったせいもあり、祖父母は私を育てるのが仕事のようなものだった。だから、本当に、プリミティブな『人間としての原理原則』は祖父母から教えられたのだ。

「嘘をつくな」は祖母から、「世のため人のために尽くす人間になれ」は祖父から。

「嘘をつくな」
私は馬鹿正直なところがある。人間、正直でなければならないが、馬鹿正直は良くない。
正直であること、嘘をつかないことと、馬鹿正直とは違う。TPOで言ってはいけないことがある。黙っていることは嘘をつくことではない。今言った方がいいこと、言うべきことは言う。しかし言ってはいけないこと、言うべきでないことは黙っていることだ。それは嘘をつくことではない。私は今になってそのことを少しづつ分かってきた。少し成長したということか。

嘘をシャーシャーとつく人がいる。それがバレたら、その嘘の上塗りをして居直る人がいる。それは特に政治家に多い(よくこんな人が公僕だと思うが、そんな人を選んでいるのは私たち国民なのだから、厳しく言えば国民の問題なのかもしれない)。そんなことで、私は政治家には一番向かないだろう(私は、幼い頃は政治家になろうと思っていたが)。

「世のため人のために尽くす人間になれ」
出世すること、偉くなることは、「世のため人のために尽くす」手段だ。今は、それが目的になってしまう人が殆どではないか。きっと出世すると、それに溺れて、人として目指すものが見えなくなってしまうのだろう。それなら出世しないほうがいい。寧ろ、私のような一匹狼がいいのだ。死ぬまで本質を追求し続けることができるからだ。

私は、祖父母から教えられたプリミティブな原理原則を、生涯に亙り、忘れることなく生きていくことだと思っている。

小林 博重

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