完本『哲学への回帰』〜人類の新しい文明観を求めて〜(稲盛和夫、梅原猛)を読み始めた。

稲盛さんがいつも心していらっしゃる、福澤諭吉が言っている下記の言葉がある。
「思想の深遠なるは哲学者の如くにして、心術の高尚正直なるは元禄武士の如くにして、これに加ふるに、小俗吏の才を以ってし、更にこれに加ふるに、土百姓の身体を以ってして、初めて実業界の大人たるべし」

まず、哲学者が持つような深遠なる思想、次に元禄武士が持っていたような美しく気高い心。三番目に「小俗吏の才」、最後に農民のような「頑健さと粘りの意志」がなければならない。この四つを持たなければ、実業界の成功者にはなれないのだと。

稲盛さんが仰るには、「今、日本の実業人は、才覚とか商才が第一であり、あとは「頑張る精神」があるくらいで、肝心の『哲学』と『心根』は何処かに置いてきてしまっている。 江戸時代の哲学者である石田梅岩が言っていることは「商人が利益を得るということは、官吏が給与を受ける、武士が禄を食むのと何ら変わるところはない」と。

また、梅原さんは仰っている。
「今、労働というものを根本的に考え直すことが必要だ。
今の労働の把握は、労働の観念に含まれた『自利利他』の契機を見失っている。
我々は働いて月給を得る。何のためか。まず我々がそれによって生活をするためだ。うまいものを食べ、よい衣服を着て、よい家に住むためだ。その意味で労働も自利のためだ。
しかし、それだけではない。妻を食べさせ、子を養うためだ。その意味で労働にも最少の利他の契機がある。働いて、お金を儲けて、まず家族を養う。それから会社が儲かるよう、会社の人全てが生活の成り立つように働く。

それだけではいけない。やはり、もっと大きな、国をよくする、あるいは人類のためになる、そういう第三、第四の利他を実現できて、初めて労働という行為が生きてくる。このことを根本的に考えてみなければいけない時代になっている」と。

すなわち、人間は、『哲学』と『心根』を持って『人のために働く』ことが労働の根本なのだと思う。

小林 博重