2020年 7月 18日の投稿一覧

働いて働いて働き抜く。

本日、田中真澄先生から、彼の96冊目の著書『幸せな人生を歩むための8つの法則』をご恵贈いただいた。田中先生は御歳84歳。社会教育家として、20年の日本経済新聞社勤務を経て、40年以上講演と著作で活躍されている。
私は安田信託銀行人事教育部時代、新入社員研修のおり、講師でお世話になって以来のお付き合いであり、いつも彼の熱誠講演を拝聴して人生にチャレンジする勇気をいただいている。

ご本の中の「第二の法則 熱意について」の「第五項 年中無休の本当の意味」の中に、下記の記述がある。

☆労働基準法適用外
労働基準法第116条第2項にこういう規定があります。
「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」
だから、私はどの講演でも必ずこう言います。
「事業主ならびに同居の親族には、労働基準法は適用されないという特典があるから、この特典を大いに活用して、お客様、何かご用がございましたら、いつでもどうぞという、年中無休・24時間営業の精神で仕事に臨もう!」
何の保障もない個人が定年退職後や途中で独立する場合、まさしく徒手空拳であることから、せめて万人にとって平等の財産である時間をフルに活用し、年中無休・24時間営業の精神で頑張ることが大切であるとの主張なのです。

☆働いて働いて働いて
この姿勢はあくまで事業主本人に求められるべきもので、従業員にまで求めるのは酷であり、労働基準法はそのことを認めてはいません。
ところがこのところ、政府の働き方改革の影響を受けてか、事業主までが長時間労働を行うことに後ろ向きになりつつあります。全ての時間を仕事に打ち込むことはよくないことと誤解する傾向が出始めていますが、これはとんでもない間違いであり、事業主が働いて働いて働き抜くことは褒められこそすれ、非難すべきことではないのです。

私個人は「人生全てが仕事であり、遊びである」と思うに至っているので、田中先生のご指摘は尤もと思う。
人生棺を覆うまで、働いて働いて働き抜くことが人間の使命であり、幸せだと思っている。

最後に、森信三翁の箴言を記す。
○人間何事もまず10年の辛抱が必要。そしてその間抜くべからず、奪うべからずは基礎工事なり。されば黙々10年の努力によりて、いちおう事は成るというべし。 ○人は退職後の生き方こそ、その人の真価だといってよい。退職後は、在職中の三倍ないし五倍の緊張をもって、晩年の人生と取り組まねばならぬ。 ○休息は睡眠以外には不要という人間になること。全てはそこから始まるのです。
○朝起きてから夜寝るまで、自分の仕事と人々への奉仕が無上の楽しみで、それ以外別に娯楽の必要を感じないというのが、我々日本のまともな庶民の生き方ではあるまいか。
○人間の生き方には何処かすさまじい趣がなくてはならぬ。一点に凝縮して、まるで目潰しでも喰らわすような趣がなくてはならぬ。人を教育するよりも、まず自分が、この二度とない人生を如何にして生きるかが先決問題で、教育というのは、いわばそのおこぼれに過ぎない。 ○全て一芸一能に身を入れるものは、その道に浸り切らねばならぬ。躰中の全細胞が、画なら画、短歌なら短歌に向かって、同一方向に列するほどでなければならない。

小林 博重

老いて人の役に立つという幸福

腹に一物も二物も持っている人しか政治家はできない。

小池都知事も、この東京都のコロナ感染拡大で来年のオリンピックどころではないだろう。しかもオリンピックは世界の祭典であり、南北アメリカでは日本の比ではない感染者数、死亡者数だ。これからアフリカも爆発的に増えるだろう。それにも関わらず、立場上「簡素なオリンピック」と宣う。

GO TO トラベルにしても、国は前のめりに22日から東京都を除外してスタートする。都知事は一言も二言も言いたいことはあるだろう。しかし、政府に慮ることもあるだろうし、政治家として本音はなかなか言うことはできないだろう。

こんな時に、自民党は今秋にも衆議院議員の解散選挙があるとかで、麻生派は先頭を切って派閥のパーティーを開催した。コロナで国民が自粛を余儀なくされているにも関わらずだ。

何と政治家は因果な商売だろうか。このような政治家に国を任せていることに悲しくなる思いだ。さりとて私がどうのこうのしようとは思わないし、その力量もない。 私の想いとしては、志高い「哲学を持った経営者」に期待しているし、私自身は、私ができること、私しかできないことを、誠心誠意務めるだけだ。

石原慎太郎さんと曽野綾子さんの対談集『死という最後の未来』を読んだ。
キリストの信仰を生きる曽野綾子さんと、法華経を哲学とする石原慎太郎さんの対談はなかなか面白かった。対極の死生観を持っているお二人だが、人生の最終コーナーを迎えて、思いは同じなのだろう。

それは「老いて人の役に立つという幸福」だ。

曽野綾子さんは言う。
年老いて、誰しも外見がどんどん衰えていく。その人を輝かせるのは『徳』だけだ。ほんの少しの奉仕もしようと思わない人は『徳』がない人たちだ。
「受けるよりは与えるほうが幸いである」という言葉があるが、これは人間の尊厳と密接に絡んでいる。もっとも最近は、受けることは権利だ、与えたら損になるという考えの人たちが増えているようで困ったものだ。

石原慎太郎さんは言う。
貢献ということではないが、知事の時代に東京マラソンを創設した。あれは制限時間が7時間なんだが、何とか時間内にゴールした人たちが、足場に浸かりながら泣いている。達成感でね。それが美しい。
「よかったな、おめでとう」と言うと、「石原さん、ありがとうございます」と言うから、「ありがとうっていうのは、私にではない。君は自分に言えよ、自分に」と言ってね。ああいう喜びというのは嬉しい。僕自身も達成感をもらった。 今、老いた自分がいるけれど、自分自身の体を鍛える時に、思い出す。頑張って、もう200メートル先まで歩いてみようかと、励みにできるんです。

人間は、死の間際まで、手抜きせずに命を燃やすことだ。頑張ることだ。人のために。真っ直ぐに自分に正直に。
それが「生きる」ということではないだろうか。

小林 博重

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