2020年 7月 の投稿一覧

九州の地方創生は生涯現役の特効薬だ。

3泊4日の長崎・福岡出張を終えようとしている。スターフライヤー福岡19:00発〜羽田20:40着に搭乗した。今日は打って変わっての晴天の一日。気温は32度。まもなく梅雨明けか。

明日、明後日も東京でフルにアポが入っている。年中無休の日々が続く。年中無休は何でもないが、疲れだけは引きずらないようにしたい。
後3ヶ月で68歳。やはり、若くはない。若者のようにコロナのことを考えないで勝手気儘をすることはないが、心身を長持ちさせるためには「無理はよそうぜ、からだに悪い」。

今週の営業活動は、紆余曲折ながらも少しづつ前に進んでいる。活動して漸く先が見えるところがある。動かないと先が見えない。考え考えしながら行動することだ。そしてネバーギブアップの精神で突き進むことだ。

日本の地方創生を考えるに、首都圏や関西圏、中京圏は大都市圏であり、地方といえば一般的には行政区画の県なのだろうが、地理的観点から、北海道と四国と九州の3島での地方創生を考える視点があるのではないか。 北海道は北海道一つだが、四国は香川、徳島、高知、愛媛の4県、九州は、福岡、大分、宮崎、鹿児島、熊本、佐賀、長崎の7県だ。 その中でもまとまりがあり、地方創生のポテンシャルが高いのは、九州ではないだろうか。

九州には、日本の中でも元気な筆頭格の福岡県があるし、東アジアの玄関口は九州だ。しかし、今は、九州は福岡の一人勝ち。福岡は「九州の東京」になっており、福岡の一極集中は決して九州全体を元気にするものではない。コロナで東京一極集中から地方分散が加速することになるのではないかとも言われているが、同様なことは九州の福岡にも言えると思う。

たまたま私は長崎案件で活動しているが、兄貴分の福岡が長崎をサポートして、オール九州の活性化を図ることはありではないか。それが広い心なのではないか。
長崎だけとは言わない。[長崎+佐賀]発の九州活性化は意外と面白い。これが九州における私のミッションではあるまいか。半分思いつきだが、そんなことを考えた。これを現実にしようではないか。

そして、OUEN塾を通じて、私のふるさと石川(金沢、加賀、能登)と九州との交流も考えたい。

なかなか現役を引退できない。やはり、生涯現役が私に課せられた人生なのだと思う。そのためにも健康第一。コロナに罹ってはいられない。自重自重の日々を送ることだ。

小林 博重

OUENリーダーとの人生談議

福岡の会社周りの後、OUENリーダー統括の江崎卓君(福岡工業大学4年)と会って、いろいろ意見交換した。江崎君は、夜9時からの金沢リーダーたちのZoom MTGにも参加した。福岡と金沢のリーダーたちはWebを通じての交流により、お互いを刺激しあって、よりレベルアップした企業とのオンラインコミュニケーションを図ってほしい。

江崎君とは、いろいろ人生を生きる考え方について話し合った。

利己と利他は究極は一致する。利己が利他にできるだけ近づくように、利己を極めること、人生を哲学することが大切だと思う。
OUEN=応援は一方通行ではない。人を応援することで、人は喜んでくれて感謝してくださる。感謝してくださるまで誠心誠意応援することだ。そのお返しが「ありがとう」というお礼であり、ビジネスとしてのお礼のフィーである。有形無形のお礼があるのだ。すなわち、応援とはキャッチボールなのだ。
諺に「情けは人のためならず」がある。仏教では「自利利他」を説く。いずれも「自分のために人に尽くす」という意味だ。この哲学を自分のものにすることが、OUEN塾の究極の目的なのだ。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というビスマルクの箴言がある。人間は経験からでしか学ぶことはできない。自分の経験からでしか学ぶことができない人を愚者という。 歴史は歴史上の人物の経験の積み重ねだ。歴史から学ぶといういみは、「歴史上の人物の経験から学ぶ」ということだ。
賢者とは、自分の経験と歴史上の人物の経験の両方から学ぶ人のことだ。

江崎君からOUENの精神、私の生き方について、いろいろザックバランスな質問があった。彼がそんな質問をすることは彼の成長でもある。OUEN塾を続けていて本当に良かったと思う。

小林 博重

長崎出島

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「長崎出島」で半日を過ごす。

7.28、クールファイブの歌ではないが「長崎は今日も雨だった」。雨が止んだかと思えばザァザァ降りになったり、また止んだりと、傘が手放せない。そんなことで、「長崎出島」で半日を過ごした。

約4,000坪弱の人口島。江戸時代、ここは、外国との唯一の貿易交渉の場所だった。長崎とは一本の橋で繋がっていた、当にその名の通り、「突き出た島」だった(今は、埋め立てされて街中にある)。

ここでは、最初はポルトガルとの貿易が行われていたが、徳川幕府により「キリスト教の禁教」が発せられて、ポルトガルは追放され、布教をしない世界最初の株式会社「オランダ東インド会社」を通してオランダとの貿易の窓口になった。初めは、オランダ商館は平戸にあったが、これを機に長崎に移転したのだとか。

オランダ東インド会社の社員はこの長崎出島に来て貿易をするのだが、何ヶ月も、目の前に見える長崎の街に行くことは許されず、長崎出島の中で生活をしていたらしい。今で言う「ステイホーム」だ。そして、この長崎出島に出入りできるのは、役人と商人と遊女のみで、一般人は入ることを許されなかった。

5時前にJR長崎駅から「特急かもめ」に乗って博多に向かった。約2時間の旅だ。驚いたことに、長崎本線は単線だ。特急列車でも停車駅で反対列車の通過を待つ。私のふるさと能登の「七尾線」に毛が生えたようなものだ。本線に単線があるとはびっくりした。
長崎駅は新幹線の工事の真っ最中だった。2022年には開通する予定らしい。しかし、博多と長崎の往復ではなく、佐賀県の武雄温泉と長崎の往復とか。九州新幹線の駅がある佐賀県の新鳥栖から武雄温泉までは在来線で新幹線ではないらしい。佐賀県、長崎県、JR九州の間でいろいろ揉めていて、こんな中途半端な新幹線になる。オール九州で考えられないものか。石原信雄先生が「九州は纏まっていない」と仰る意味はこういうところにもあるのかと思う。
九州の地方創生はこのハードルを越える必要がある。コロナでも「県を超えた移動は差し支えるように」と言われるが、その県境がいい意味でも悪い意味でも、登場してくる。私に何ができるか?

博多シティビルの9階の加賀屋で夕食を摂った。福岡でふるさと石川・加賀・能登の美味を堪能する。仲居さんや料理人には、今は石川県出身の人は一人もいないとか。料理を運んでくれた仲居さんは「研修の時には和倉温泉の本社(加賀屋本館)に出かけた」とか。ちょうど今月初めに和倉温泉に出向き、小田社長と杉森部長にお会いしてきた。そんな話をしたところ仲居さんはびっくり。全国区の会社が能登にもあることにちょっと誇らしい気持ちになった。やはりふるさとには格別な思いがある。

今日と明日は、福岡の企業訪問とOUEN塾リーダー総括の二人との打ち合わせだ。九州の地方創生に貢献する一歩としたい。

小林 博重

長男の誕生日に思う。

7月27日は長男の40歳の誕生日だ。40年前、私は安田信託銀行に勤めていて入社4年目。渋谷支店から神戸支店に転勤して半年くらいだったか。神戸電鉄の西鈴蘭台駅が最寄駅の北区南五葉のホワイトレジデンスという借り上げ社宅に住んでいた。妻が出産で東京青山の実家に帰っていたので、銀行の後輩たちが住んでいたJR甲子園口が最寄の独身寮にお世話になっていた。産まれたというので新幹線で新大阪から上京して広尾の日赤で長男と初対面した。やはり、初めての子どもだったせいもあり、鮮明に覚えている。 あれから40年。綾小路きみまろさんの極め付けの台詞ではないが、あれから40年が経ってしまった。光陰矢の如しだ。

40年後の自分をどのように想像していただろうかと考えても、そんなことは全く考えていなかっただろう。考えたとしても、銀行員として定年を過ぎ、役員か、あわよくば社長にまで上り詰めているか、それくらいだろう。
その40年の内、17年が銀行員生活だったのだから、銀行員とは本当に遠い過去になってしまった。全く想像もしていない面白い人生を送っているのだ。安定した分かり切った人生は面白くない。妻子に迷惑をかけた点は申し訳ないとも思うが、私は面白い人生を送っていると、反省はしても後悔はしていない。

初めて長崎空港に降り立って、初めての長崎での宿泊だ。単なる旅行地に来ているわけではない。
「長崎ってどんなところ?」長崎は日本の西のゲートウェイ。歴史と文化がある地域だ。私のふるさと石川県と面積も人口も似たり寄ったり。面積は石川県がちょっと広い。人口は長崎県がちょっと多い。県庁所在地は金沢と長崎だが、いずれも人口は40万人台。ちょっと金沢が多い。いずれも日本のメジャーな観光地だ。ご当地ソングも多い。
金沢は北陸新幹線が開通して息盛んだ。長崎にもまもなく新幹線が開通する。長崎は九州で一番人口減少の自治体だとか。仕掛けの問題だろう。これだけの宝があるのだ。今は宝の持ち腐れの感がある。長崎から九州全土に人の流れを創ることだ。九州全県のサポートも不可欠だ。

今日は長崎の企業、明日明後日は福岡の企業を訪問する。九州・長崎の地方創生に貢献したいと思う。

小林 博重

初めて、長崎空港(大村市)に降り立つ。

今日(7.27)から木曜日(30日)まで、3泊4日で長崎・福岡に出張する。線状降水帯が長居した九州に於いても、漸く梅雨の終わりが見えてきたようだ。今週は曇りの日が多く、週末には太陽が顔を出す天候になりそうだ。

27日は羽田空港⇨長崎空港(大村市)に到着し、長崎県庁を訪問する。長崎県から九州に拡げる九州創生のサポートだ。
長崎空港は大村湾に浮かぶ、関西空港や北九州空港と同じ海の空港だ。

長崎は日本の西の端にあるが、東アジアの玄関口(ゲートウェイ)だ。江戸時代は日本のただ一つの外国(オランダ)との窓口であり、その名残りが至るところにある。幕末にも維新の志士たちが闊歩した国際都市だ。さらに、全都道府県で最も島が多く、そのため海外線は最も長い風光明媚な自治体だ。 しかし、九州の中で一番人口の減少率が高いそうな。地域活性化、地方創生が喫緊の課題だ。

その地方創生を長崎から九州全県に拡げていきたいと思う。それには、特に、九州のリーダーである福岡県の協力に依るところ大である。『九州の地方創生』を見果てぬ夢にしたくない。

夕方には、第2回[OUEN塾in福岡・北九州]の協賛企業であるクリーン・マットの田中社長と松尾常務を訪問する。同社はダストコントロール事業、ビルメンテナンス事業を長崎県を中心に展開している。東大野球部同期の網谷さんの紹介でOUEN塾の協賛をいただいた。同社をコアに長崎県の地場企業との繋がりを付けていきたい。

小林 博重

「謙虚と努力」の意味

サンデーモーニングで法政大学総長の田中優子さんが「このコロナ禍の感染拡大第2波の真っ只中にGO TO トラベルとはとんでもない。経済と命の2つを両立させるというが、そもそも経済は『経世済民』が語源であり、経世済民とは『世を経め(治め)、民を済う(救う)』意味だ。GO TO トラベルは、人の命を蔑ろにしている政策ではないか」と。
経世済民と言えば明治150年のおり、NHKで『経世済民の男』というドラマが放映されていた。その主人公は、高橋是清と小林一三と松永安左エ門の3名だった。彼らは当に『世のため人のために尽くす』経世済民の男だったのだろう。そのような人物の爪の垢でも煎じて飲まなければならないと思う。

昨夜の夢の内容は全く思い出せないが、目覚めて、自分をもっと高めなければならないと思うような内容だったのだろう。起きて早速「レベルアップとランクアップの違い」を検索した。

レベルアップは器の中に水をどれだけ入れるか、ということ。すなわち、多く入れるとレベルアップしたことになるのだと。
それに対し、ランクアップは、その器を壊して、もっと大きな器に乗り換えることだと。そして、その新しい器に水をどんどん注ぎ込むことがレベルアップなのだと。 レベルアップとランクアップの繰り返しだ。

人間にはそれぞれの器があり、そのもともとの器が大きい人とそうでない人がいる。
器が小さい人はそのままだと小さいままだが、大きくすることができる。
それは、努力して、その器に早く水を貯めることだ。そして貯まったら、その器を後生大事に持っているのではなく、もっと大きな器に乗り換えるように、その器を探すことだ。そのまま持っていると人間は傲慢な心になってしまう。小さな器を大きな器に何度でも乗り換える努力をすることで、人間は謙虚になり、大きな人物になるのだ。

どれだけ、器を乗り換えることをするか。そのために目先のことに日々努力して、自分の器を早く水で満たさなければならない。

謙虚と努力とは、そんなことなのだろう。

小林 博重

初歩的な『人間としての原理原則』

4連休の3日目、夜中にトイレに起きて一寝入りしようと思うが、目が冴えて眠れない。まだ真夜中の2時だ。こんな時は起きて事務所で過ごすに限る。
ありがたいことに事務所は徒歩2分のところにある。事務所に着くとなぜか落ち着く。植木に水を遣ったり、温湿度計をチェックしてエアコンを入れたり、パソコンでメールをチェックしたり、何かとすることはある。

今日何をしようか。この連休は読書三昧の予定だ。一昨日は雨、昨日は曇天だったが事務所にいて外に出なかった。今日明日も雨は降らず曇天らしい。
1週間振りのウォーキングでもして気分を変えよう。外出する時はマスク持参だ。ウォーキングの最中はよっぽどの人混みでなければマスクはしない(あえて、人混みのところには行かない)。時には、途中で買い物(東急ハンズやコンビニ)をすることがあるので、その時はマスクを着ける。これがニューノーマルということか。

プリミティブな原理原則について考える。
それは小さい頃、親や先生から教えられた「人としてしてはいけないこと」「こんな人間になってほしいということ」だ。私はそれを祖父母に教えられた。高校から下宿をして家を離れたが、中学生まではずっと祖父母と暮らした。祖父母が私の育ての親だったのだ。たった一人の内孫だったせいもあり、祖父母は私を育てるのが仕事のようなものだった。だから、本当に、プリミティブな『人間としての原理原則』は祖父母から教えられたのだ。

「嘘をつくな」は祖母から、「世のため人のために尽くす人間になれ」は祖父から。

「嘘をつくな」
私は馬鹿正直なところがある。人間、正直でなければならないが、馬鹿正直は良くない。
正直であること、嘘をつかないことと、馬鹿正直とは違う。TPOで言ってはいけないことがある。黙っていることは嘘をつくことではない。今言った方がいいこと、言うべきことは言う。しかし言ってはいけないこと、言うべきでないことは黙っていることだ。それは嘘をつくことではない。私は今になってそのことを少しづつ分かってきた。少し成長したということか。

嘘をシャーシャーとつく人がいる。それがバレたら、その嘘の上塗りをして居直る人がいる。それは特に政治家に多い(よくこんな人が公僕だと思うが、そんな人を選んでいるのは私たち国民なのだから、厳しく言えば国民の問題なのかもしれない)。そんなことで、私は政治家には一番向かないだろう(私は、幼い頃は政治家になろうと思っていたが)。

「世のため人のために尽くす人間になれ」
出世すること、偉くなることは、「世のため人のために尽くす」手段だ。今は、それが目的になってしまう人が殆どではないか。きっと出世すると、それに溺れて、人として目指すものが見えなくなってしまうのだろう。それなら出世しないほうがいい。寧ろ、私のような一匹狼がいいのだ。死ぬまで本質を追求し続けることができるからだ。

私は、祖父母から教えられたプリミティブな原理原則を、生涯に亙り、忘れることなく生きていくことだと思っている。

小林 博重

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福澤諭吉翁の心訓

読書三昧の一日だ。じっくりと、完本『哲学への回帰』を読み終えた。
稲盛和夫さんと梅原猛さんの熱い想いの対論は心が洗われる。この本は、お二人の三冊(1995年と2003年と2009年)の対論書籍を集大成したもので、実に読み応えがある。このコロナ禍の時代にこそお二人の対論を読んでみたいものだが、梅原猛さんは昨年(2019年)に94歳で逝去されたのでそれは叶わない。しかし、この対論は時代を超えて心に響く。それはお二人とも、人間の本質に回帰せよ、生きる哲学を持て、との熱い想いがあるからだ。

読み終えて『福澤諭吉翁心訓』に想いを致した。この心訓は福澤諭吉が言ったものではないらしいがそんなことはどうでもいい。その心訓の内容に意味があるのだ。

心訓
1.世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。
1.世の中で一番みじめな事は、人間として教養のない事です。
1.世の中で一番さびしい事は、する仕事がない事です。
1.世の中で一番みにくい事は、他人の生活をうらやむ事です。
1.世の中で一番尊い事は、人の為に奉仕して決して恩にきせない事です。
1.世の中で一番美しい事は、全ての物に愛情を持つ事です。
1.世の中で一番悲しい事は、うそをつく事です。

お二人が仰っていることは、本当にプリミティブな人間としての原理原則を徹底して心に刻み、自分に嘘をつかず、「世のため人のために尽くす」ことだ、ということだ。福澤諭吉翁の心訓とも一致する。

当たり前のことがなかなかできない。当たり前のことを意識して考動することだ。

小林 博重

2:6:2の法則

本日(23日)、東京都のコロナ感染者数が366人になったそうな。初めての300人台だ。東京都に限らず全国で感染者数が増えている。第二波と言えるだろう。

東京都の専門家は「想像力がない人が、GO TO トラベルで万全の注意をして遊んだり楽しんだりしてほしいと言っている」とストレートに政府のGO TO トラベルを批判していたが、私個人もその通りと思うし、不要不急の外出は控えてとの都知事の要請もある。この4連休は、天候も芳しくないし、読書三昧で過ごそう。 そして、万全の体調で、来週(27日〜30日)の長崎・福岡の出張に備えたいと思う。

それにしても新型コロナは恐ろしいウイルスだ。特効薬やワクチンがないというのが恐ろしい。そこがインフルエンザと決定的に違うところだ。

マスクの着用、ソーシャルディスタンス、丁寧な手洗い、うがい等、それを守っていれば罹る確率は極めて低いのだろう。

しかし、2:6:2の法則はどんな組織にもあるから、日本人の内2割は、自分ごととは思わないのか、人さまのことに思いを致すことができないのか。 感染拡大に協力する人たちが2割はいるのだろう。

そして、政治の世界も官僚の世界も同じようなものだ。聡明才弁な人たちが政治家や官僚になっていると思うが、国民に思いを致し、国民のための政治・行政をする人はどれだけいることか。

少なくとも、私個人は、コロナに感染しないように、今まで以上に注意を怠らないように心がけようと思う。

小林 博重

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