2020年 6月 27日の投稿一覧

生涯に亙り人生修養に努める。

松下幸之助翁は、国を思う政治家を輩出するために松下政経塾を創ったのではないか。
それにも関わらず、卒業生の中に「国士」たる政治家はいかほどいるというのか。政治屋に堕した政治家が何と多いことか。

2019年7月の参院選を巡る公職選挙法違反事件で、前法相夫妻らに買収された疑いがある地元議員や首長が現金受領を認め始めた。 現金受領を認め市長を辞職した人、辞職は否定したものの丸刈り姿で陳謝した人等、彼ら94人も、買収された疑いがある「容疑者」なのだ。

買収した前法相は、慶應義塾から松下政経塾を卒業したエリートだそうだ。松下政経塾卒業生と言えば「国を思う国士」になるべき人間ではないか。そして、その人は、法を司るトップの法相だ。よりにもよって法を犯した「容疑者」に落ちぶれるとは。松下幸之助翁は泉下で泣いていらっしゃることだろう。

一方、買収された方も買収された方だ。彼らは、有権者から選ばれた選良である。よくもまぁ、どの面下げて議員を務めているのか。

改めて、人間は性弱な動物だと思う。汚れた金とは思っても、目の前にお金を積まれたら、なんだかんだと断ったとは言っているが、本心はお金に目が眩んだのだろう。どんな言い訳も通用しない。

ことほどさように、今の日本には政治家(Statesman)はいない。政治屋(Politician)ばかりだ。では、どうしたら国を思う政治家が生まれるのか。

それは、日々、哲学であり道徳を学び続けることだ。哲人政治家が希求される。

人間は、性弱だが性善だ。だから生涯に亙り人生修養することで、世のため人のため国のために尽くす政治家になっていくのだ。人生修養は性弱をカバーし、性善を確固としたものに変貌させる。

私も「他山の石」と肝に銘じて、生涯に亙り人生修養に努めたいと思う。

小林 博重

目は口ほどに物を言う

「目は口ほどに物を言う」と言う諺がある。
その意味するところは「人間が喜怒哀楽の感情を最も顕著に表すのが目だということから、何もしゃべらなくとも目つきから相手の感情がわかるものだ」ということだ。また、言葉で偽りごまかしていても、目を見ればその真偽がわかるということ。

人間を長くしていると、そして私のような「人と人を繋ぐ仕事」をしていたり、「人ごとのビジネス」をしている人は、人間を見極めることが仕事だから、そのことは自分のビジネスの成否に大きく影響する。

このことは、呂新吾が言っている箴言「深沈厚重なるは、これ第一の資質。豪雄磊落なるは、これ第二の資質。聡明才弁なるは、これ第三の資質」とも通じることだ。

「深沈厚重」とは、どっしりとして重みがあり、落ち着いていて動じないこと。寛容でいて、威容も持ち合わせている様。くだらないことには心を動かされない、確固とした己の信念を待ち合わせている様の人物をいう。
深沈厚重な人物は、得てして、目から鼻へ抜ける、口達者な「聡明才弁」な人物でない人が多いように思う。口は重くても、その思いを目が語っている。その誠実さは目に表れる。「目は口ほどに物を言う」のだ。

コロナ禍でマスクを付けるのがエチケットになっている。マスクをすると鼻や口が隠れて人の表情がわからない。マスクを付けての初対面よりも、寧ろ、Web MTGがいいと言う人もいる。私もそう思う。これからは、Webとリアルのバランスだと思う。
しかし、「目は口ほどに物を言う」ことは真実だ。いや、「目は口以上に物を言う」ものではないか。口を隠しても、目を見ればその人間性は分かるが、その逆はそうではない。口は言葉を発してこそ、その人間性が表れるが、目はそのままで、口以上に人間性が表れるものだからだ。

小林 博重