2020年 5月 の投稿一覧

バランスある「知情意」豊かなチームを構築する。

松下幸之助さんが「知情意」について述べている。

「この知情意は、人間が人間としての働きを高めていく上において非常に大事な枢軸であります。
すなわち、知情意の調和を図り、かつ高めていくことが、人間性を向上させることになると思うのであります。
日常生活を省みても、知情意の不調和からいかに面倒な問題と無用な闘争、損失を引き起こしていることでしょう。
友人同士の間で「お前はどうも情が薄い」などとよく言い交わすことがあります。
この言葉は、知情意の調和を心がけなければならないことを意味しています」

すなわち「賢くて(知)、優しくて(情)、強い(意)」バランスが取れた人間になることだ。

しかし、松下幸之助さんや稲盛和夫さんのようなオールラウンダーでない、ごく普通の人間はどうしたらいいのか?

私は、そのためには、
①「素直な心」になること
②自分自身の「強み・弱み」を知ること
③自分の弱みをパートナーにオープンにできるほどの「パートナーとの信頼関係」をつくること

だと思う。

素直な心で、自分の強みと弱みを客観的に見つめることだ。そして、弱みを補ってくれるパートナーを得ることだ。そして、パートナーと腹を割って話ができる信頼関係を構築することだ。

すなわち「チームでオールラウンダーを目指す」こと、「知情意」豊かなチームをつくることだ。
そのチームは、必ずパワフルなチームになることだろう。

小林 博重

漸く6月から大仕事ができる‼︎

コロナのおかげで、図らずも4月と5月は2ヶ月の長期休暇だった。いい充電期間になった。
そして、6月から全開というわけにはいかないだろうが、漸く少しずつ仕事モードに戻っていくだろう。改めて、仕事をすることができる喜びを感じている。

「人は仕事で磨かれる」
「仕事こそが人生」

安岡正篤さんは「仕事観」について述べている。

「我々は何のために仕事をするのか、何のために会社はあるのかといえば、第一に自己の主体性・自立性を錬磨すること、自由を確立することであり、進んでは、それによって、発達する自己を通じて、何らか世のため、人のために尽くさんがためである」

安岡翁は、第一に自分のために、進んでは第二に世のため人のために仕事はあると仰っているのだ。

ヒルティは言っている。
「仕事の最中に倒れること、これこそ正常な老人の正しい経過であり、およそ人生の最も望ましい終結である」

石川啄木は短歌で詠んでいる。
「こころよく我に働く仕事あれ、それを仕遂げて死なむと思う」

仕事こそ人生だ。
「どんな仕事をしてこの世から旅立つのか」が、その人の生きざまであり、生まれてきた意味だ。

しかし、人生は長い旅であり、その旅は決して完結しない。だから、想いを次の世代にバトンタッチして旅立ちたいのだ。

而立の歳に若くして天に召された吉田松陰は辞世の句を残している。

身はたとひ 
武蔵の野辺に 
朽ちぬとも 
留め置かまし 
大和魂

吉田松陰がこの世に留め置こうとした「大和魂」とは、どういうものだったのだろう。はたして「大和魂」を引き継いでいる日本人はどれだけいるのだろうか。

デール・カーネギー
「ビジネスで成功する一番の方法は、人からいくら取るかをいつも考えるのではなく、人にどれだけのことをしてあげられるかを考えることである」

そのために、カーネギーは言っている。
「成功の秘訣は、いかなる職業にあっても、その第一人者たることを期することである」

そして、大仕事をするために何が一番大事か?
坂本龍馬は言っている。
「金よりも大事なものに『評判』というものがある。
世間で大仕事を成すのに、これほど大事なものはない。
金なんぞは『評判』のあるところに自然と集まってくるさ」

来月から、OUEN Japanの大仕事をしようではないか。

小林 博重

「新自由主義」の時代に生きる。

コロナ時代の働き方を考える。
現代は「新自由主義」の時代だ。

「新自由主義」とは何か?
新自由主義とは、「小さな政府、市場の自由」を目指す考え方だ。「大きな政府」から、様々な産業の民営化を進め規制緩和を行うことで市場の活性化を目指している。

1980年代、それまでの国家の経済的介入により雇用や社会保障が守られるべきという「大きな政府」が市場を囲い込み過ぎたことにより経済的停滞が起こるに至り、「小さな政府、市場の自由」を求める声が高まってきた。そして、世界的、同時発生的に新自由主義をもととした政策が実行されるようになった。 日本では、中曽根内閣の三公社の民営化、小泉内閣の聖域なき構造改革だ。

新自由主義では、国営企業が民営化することにより自由競争が生まれる。規制がなくなることにより、参入企業が増え、経済が活性化する。 通信の自由化はそのいい例だ。稲盛和夫さんが風穴を開け、そこに孫正義さんも参入し、今では、NTTに対抗するKDDIやソフトバンクになっている。 私たち消費者は、携帯電話やスマホ等、通信会社を自由に選ぶことができ、通信費の価格競争が生まれ、私たちは身をもってそのメリットを感じている。

しかし、労働者派遣法規制緩和について「派遣社員の労働環境が『規制緩和や多様性』という言葉の陰でボロボロに破壊されてきている」という指摘があるように、市場の自由化はデメリットがあることも事実だ。 労働組合の組織率が低下している今日、労働者を守るという観点からすれば「新自由主義は労働者の敵だ」という一面もあるだろう。

新自由主義は、国民が福祉や雇用保障と引き換えに、自由と責任を享受する経済思想だ。

私は大企業の型にはまりたくないと思って、大企業によって守られた「生簀」を飛び出したが、それは、私の人生を人任せにしないで、私自身の「責任」で「自由」を享受したいと思ったからだ。 その意味では、新自由主義の荒海に自らの意思で飛び込んだのだ。
私は67歳ではあるが、五体満足で健康、私しかできないと思う「得手」も持っていると自負している。

私にとっては、この新自由主義は「時代の流れ」もっと言えば「宇宙の大流」であるとも思っている。それは、ますますコロナで加速化するだろう。

しかし世の中には、障害や病気、介護や子育て、教育の機会かわ与えられないなど、様々な事情を抱えた人がいる。また、正社員で終身雇用が日本の今までの雇用環境であり、それを希望する人たちも少なからず存在する。 「社畜」と言われても安定した生活がいい、心を売っても安定を求める人が多いのも事実だ。

夏目漱石の「草枕」には「山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」とある。

稲盛和夫さんは「理に情を添える」と仰る。

私なりに考える。
新自由主義は、大きな宇宙の大流だろう。しかし、それをそのまま押し通せば、この人の世は住みにくい。
そこで、「理」「智」に「情」を添える。温かい「人情」を持って制度を考えることだ。
意地を通さず「人間力」で、人さまの調和を図ることではないのか。

小林 博重

コロナ時代の働き方、コロナ時代は「地方の時代」

日本経済新聞の企業欄に「コロナ時代の『働く』」というコーナーがある。

「隙間で手に職、フリーランス人気」
「楽しさよりも人のため」

外出自粛、在宅勤務により、終身雇用で守られた(何も本当は守られていないが)日本独特の雇用慣行や、生活のために働くという仕事観は、コロナを機に崩れてきたようだ。 「働く」とは何か。「働き方」は、その人の人生の「生き方」そのものである。

今年3月にIT大手を辞めた32歳の若者がいうには「先行きが不透明だからこそ、正社員として会社だけに依存するのは怖くないか。自分の頑張り次第という環境の方が安心じゃない?」という。
日本の年功序列、終身雇用で身分が保障される「正社員」制度は、コロナ時代になって変わらざるを得ないだろう。会社に依存してスキルを磨いてこなかった正社員は会社にとって一番のリスクだ。

とはいっても専門スキル(私のような「人さまのおかげで生きている、いわば『人脈のプロ』も、ある意味では専門スキルだ。極めて得難い専門スキルと自負している)を持つフリーランスがコロナ時代に生き残る職業になるのではないか。

また、マイナビが来年3月卒業見込みの大学・大学院生を対象に「職業観」を聞いたところ、この3月時点で「楽しく働きたい」と回答した学生が減少し、代わりに「人のためになる仕事をしたい」という学生が増えたそうな。東日本大震災の時もそうだったとか。 大きな混乱が起きると、社会の役に立ちたいと考える若者が増える。若者は捨てたものではない。
また、コロナ禍に関する社会貢献だけではなく、地方移住を考えている若者も増えているとか。コロナの流行は狭いエリアに人口が密集する都市機能の脆さを顕在化させた。リモートワークが「新しい生活様式」として定着すれば働く場所の重要度は低下する。コロナ時代は地方の時代だ。

OUEN Japanの地域貢献事業は21世紀、コロナ時代にフィットした事業だろう。学生や企業を巻き込んで地域創生を図る。面白い展開は「世のため人のため」である。

小林 博重

もともとの緊急事態宣言期間を充電の時間としよう。

粗探しの国会だ。誰が一番というのだったら、それは「トップの人間のレベル」がそうさせているのだろう。
与党も野党もどちらも似たようなものだ。平時には潜在して現れなかった「人間の本質」が、100年に一度の危急存亡の時には如実に顕在化する。

このようなお粗末な国会を見ていると、組織の一員として生きていくことは精神衛生上、不健全なストレスが溜まって長生きができないと思ってしまう。官民問わず、宮仕(サラリーマン)は気楽な稼業とは言いがたい。ただ身分保障があるというだけではないか(身分保障があると言っても、それは官か大企業の民だけだろうが。それもこれからどうなることやら)。

それに対して、小であろうとオーナー経営者は、このようなコロナ騒ぎに出食わすと、その厳しさを嘆くことになるが、逆に、コロナは人間を磨く磨き砂だと思って必死に生き延びる努力をすれば、一段も二段も上にアウフヘーベンして人間の器が大きくなるものだ。その点では宮仕でない幸せを感じることができる。何事も考え方次第だ。前向きに前向きに。

そして、一段も二段もアウフヘーベンして「世のため人のため」に生きる具体的生き方を考え実行することだ。それは人それぞれ。小さなことから大きなことまで。 こんな時は、小粒でもピリッと辛い山椒こそが、大したことをやることができるものだ。

もう少し考えよう。緊急事態宣言は解除されたが、もともとは5月末までだった。ちょっと焦って解除しただけだ。慌てないで、あと少しの5月の期間を充電の時間としよう。

小林 博重

自民党よ、目を覚ませ‼︎

昨日、緊急事態宣言が解除された。「新しい生活様式」の徹底は継続されるのだが、大袈裟かもしれないが気分は180度転換した感がする。これからは自粛から自制が求められる。大人の対応が求められるということだ。

ビジネスでは、東京のみならず地方への出張も可能になる。賢いビジネススタイルが求められているのだ。私のようなアナログ人間にとっては、むしろデジタルを取り入れるいい機会だと、何事も前向きに捉えるようにしたい。

それにしても、安倍首相が緊急事態宣言解除の発令とそのコメントを滔々と話していたが、どうしても「心からの言葉」とは感じることができない。因果応報ということか。長期政権のなせる業か。

「信なくば立たず」

正しいことを話していても、その言葉に真実を感じることができないのは、人間の傲慢さか、謙虚のなさか。間違ったら謝ることは当たり前のことではないか。政治には「謝る」という単語はないのだろうか。だから、人はその人の発言を信用しなくなるのだ。 首相は国民に尊敬される人間であってほしい。忖度ばかりがまかり通る世の中は悲しいことではないか。

聡明才弁な第三等の資質の首相は即刻その席を後任にバトンタッチしてほしいものだ。
自民党には人物は多士済々と思う。自民党はそれほど落ちぶれてはいないと思いたい。
自民党の先生方、今こそ「我こそは」と立ち上がっていただきたいものだ。

小林 博重

森信三翁の箴言

『国民教育の師父』と謳われた森信三翁は、多くの心に残る箴言を残している。

ちょうど、OUEN Japanはパラダイムシフトのタイミングであったが、コロナはそれに拍車をかけた。そして、それは私の人生においても一大転機になった。

改めて、森信三翁の箴言を深く心に刻みたい。

人間の偉さは、才能の多少よりも、己に授かった天分を生涯かけて出し尽くすか否かにあるといっていい。

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に。

いったん決心したことは必ずやりぬく人間になることです。
できないというのは、本当にする気がないからです。

結局、最後は、『世のため人のため』というところがなくては、真の意味で『志』とは言いがたい。

人間は徹底しなければ駄目です。
もし徹底することができなければ普通の人間です。

感激とか感動とかいうものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですから、われわれ人間は、感激や感動のできる間は、まだその人は進歩する可能性を持っていると言ってもいいでしょう。

すべて人間というものは、たとえ頭脳は大した人でなくても、その人が真に自覚さえすれば、一個の天地を開くことができるものです。

人間の値打ちというものは、その人が大切な事柄に対して、どれほど決心し努力することができるかどうかによって決まる。

小林 博重

『おれがおれがの我をおさえ、おかげおかげの下で生きよ 』

稲盛和夫さんは、人間には「自燃性」と「可燃性」と「不燃性」の3種類があると仰る。
私のパートナーたちや学生リーダーたちを考えてみるに、彼らは「自燃性」か「可燃性」のいずれかだ。「不燃性」の人間は私の周りには集まってこない。

そのなかでもリーダーになるのは「自燃性」の人間だ。長嶋茂雄さんがジャイアンツのV9の時代から「燃える男」と呼ばれ、国民的英雄だった。長嶋さんは「自燃性」人間の最たる代表者だろう。しかし、組織のリーダーとしては対局にあった野村克也さんが一枚も二枚も上手だろう。野村さんは「王や長嶋はひまわり、私は野に咲く月見草」と名言を発しているが、 月見草がリーダーのリーダーとしては相応しいのだと思う。
ひまわりは、ひまわりを支えるパートナーがいて、リーダーとしての役割を果たすことができるのだろう。そのバランス感覚はリーダーにとって非常に大切だと思う。

「おれが、おれが」の人はリーダーにしてはいけない。リーダーには誰にでも好かれる愛嬌(「男は度胸、女は愛嬌」と言われるが、これからは「男は愛嬌、女は度胸」の時代だ)、それに自分の弱点を見つめ、それをカバーしてくれる相棒(パートナー)を深く信頼して任せることができる器量と謙虚さが必須ではないか。

「自燃性」の人間であっても、謙虚さと「おかげさま」の感謝の心を持っていない「おれがおれが」の人は、リーダーにしてはいけない、リーダーとして相応しくない人だと思う。

『おれがおれがの我をおさえ、おかげおかげの下で生きよ』

心したい箴言である。

小林 博重

『原因と結果の法則』

どんな人にも得手不得手がある。全ての分野で優っている人など、世の中に一人としていない。そのことはみんな知っているはずであるのに、そしてそれをさらけだすほうが事が人間関係はスムーズになり仕事も順調に展開していくことが多いと思われるのに、人間は意味のないプライドがあるせいで、弱みを出すことが自分が窮地に陥ってしまうと思い込み、思いとは逆の方向に進んでいってしまう。

2時間半のウォーキングをしながら、イギリスの思想家であるジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』が思い浮かんだ。

「清らかな人間ほど、目の前の目標も、人生の目的も、汚れた人間よりもはるかに容易に達成できる傾向にあります。汚れた人間が敗北を恐れて踏み込もうとしない場所にも、清らかな人間は平気で足を踏み入れ、いとも簡単に勝利を手にしてしまうことが少なくありません」

清らかな人間は、自分のことをよく分かっており、素直に自分の欠点をさらけだし、その足らずをカバーしてくれる信頼できる人間をパートナーにするのだ。そして、多くの仲間がその人の周りに集まり、いとも簡単に、清らかな目的を果たすことができるのだ。 なまじ「優秀な人」「できる人」と言われる人は、その素直さを待ち合わせていないため、人が付いてこない。

善因善果、悪因悪果。全て物事には原因があって結果が出てくる。世の中で「不思議」と言うことはない。不思議と思うのは、人間がその深いところを単に分からないだけだ。
いろいろな考えの人がいて世の中は成り立っている。心が清らかなな人ばかりではない。人間は性善だが性弱だから、本能があり欲深くできているから、邪な心が持ち上がるのは避けることができない。人間の弱さを分かって、それを克服しようと努めることが「精進」なのだろう。

緊急事態宣言中は、コロナのおかげ(と言ってもいい)で、雨天以外、2時間半のウォーキングを励行している。「過ぎたるは及ばさる如し」ではあるが、心身の健康のためのウォーキングだ。

都心には人はまばら。東京は今日の感染者は14人。明日は緊急事態宣言解除だろう。
私にとって心構えは何ら変わるわけではない。「新しい生活様式」を守りながら仕事に精を出すだけだ。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とか。私は愚者であるから、今までの経験に学び、ぐしゃぐしゃ(愚者愚者)にならないように努めることに尽きる。

そして、私は素直に、小池都知事の仰ることには従おう。安倍政権よりもずっと信頼できる。

小林 博重

OUEN Japanの創業から守成へ

緊急事態宣言継続は、首都圏と北海道の5自治体を残すのみになった。東京都は本日、解除後のロードマップを発表する。世の中は5月末解除に向けて動いている。
私たちは第2波来襲を避けるために、各人が大人の意識を持って「新しい生活様式」が社会にスムーズに定着することに心掛けなければならない。即ち、少なくとも令和2年は、お上から言われる「自粛」から自らが考え動く「自制」の年としたいものだ。

転んでもただでは起きない
禍い転じて福となす

OUEN Japanを考えると、ちょうど変わり時に差しかかっていたのではないかと思う。
OUEN JapanはNPOであり、主として法人会員・賛助会員・協賛金他、寄付によって、学生と企業との交流活動を行なってきたが、コロナ騒ぎで企業はその余裕はなくなってきた。加えて、OUEN Japanは私の個人的人脈をベースに成り立っており、私が元気で働けるうちはいいが、命は有限であり、私の命が尽きる時、OUEN Japanも活動を終えるというのではあまりに寂しい。何とかOUEN Japanは永遠に不滅なNPOであってほしい。そうしなければならない。
OUEN Japanの創業と守成がの私のミッションだ。「創業は易く、守成は難し」とも言われる。これからはOUEN Japanの守成構築に死力を尽くさなければならないのだ。

コロナのせいもあり、福岡と金沢の学生リーダーは主体性を持って活動を開始している。企業とのコンタクトは、最初は私が関わらなければならないと思うが、そのやり方の知恵・創意工夫は学生リーダーが考える。頼もしい。私はその分、OUENのビジネスに注力することができる。 また、OUENビジネスを考えると、その質量の両面で、私の個人会社(Map)の一匹狼とは違い、さまざまなパートナーが加わってきた。
独りでできることは限りがある。同士を「同志」にすれば、いろいろなことができる。もっと大きな「世のため人のため」に尽くすことができる。それがOUEN Japanの「守成」につながる。

私の終着駅はまだまだ遠いが、その道筋(線路)は付いてきた。これからは、その道筋を真っ直ぐ進むだけだ。私の後半生は実に楽しく有意義なものになりそうだ。

小林 博重