「理と情のバランスが経営者には大切だ」と言われる。
「理」が勝ちすぎると軋む。「情」が勝ちすぎると緩む。
その得も言われぬバランスを持つことが優れた経営者の必要不可欠な条件だ。

私は「理」は「哲学」であり、「情」は「愛」だと解している。それはまさに、西郷隆盛が愛した言葉「敬天愛人」である。

稲盛和夫さんは「理に情を添える」ことだと仰る。あくまでも「理」があって、「情」は「理」に添えられるものなのだと。

ウォーキングをしながら考える。本当の「理」は、「哲学」+「利」なのではないかと。
松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さん、いずれの経営の哲人は、確固とした哲学をお持ちであり、ビジネスでも大成功されている、経営者中の経営者だ。 そこには哲学だけでなく、利益が伴っている。
それに比べることはおこがましいが、私は利にはとんとご縁がない。「経営の才」の有無と言ってしまえばその通りだが、私には何かが足りないのだ。

私のことを人は「人徳者」であると言ってくださる。それは、私のキャラクターが「裏表がない。嘘がつけない。生まれたままの自然体である」と言うことだろう。何も後天的な努力の人ではない。 生き方の哲学は持っていると思う。情は深いものがあると思う。しかし、私のどこにも「利」と言う、生きるために必要不可欠なものがないのだろう。 「理と情のバランス」からすれば、私には情はあっても、「本当の理」、それは「利」が伴った「哲学」が欠落しているからではないか。 67歳になって今更、それを私独りで追求する時間はない。ただ一つ、信頼できるパートナーの存在がその不足を補ってくれる。

昨日は、そんなことを考えながらウォーキングをした。そして、44歳で銀行を辞めて23年間を振り返るとその通りだと思う。
「悪銭身につかず」と言うが、私の場合「良銭でも身につかず」なのだ。
あまりにも凸凹過ぎる。私の不得手(たくさんありすぎるが)をカバーしてくれるパートナーがいなければ私の得手は生きないのだ。これからはビジネスパートナーたちとの二人三脚、三人四脚、四人五脚だ。

平成9年に銀行を退職して、銀行時代に上場のお世話をした会社に入った。浅学非才の身にとっては、生簀から冬の日本海に飛び込んだようなものだ。4年で退任して、いくつかの会社を転々とした。
明治生命と安田生命の合併の折、エージェント募集で応募して何とか採用された。それなりに人脈はある。皆さんのおかげでトップエージェントになることができたが、これが私がすることかと、いつもの虫が這い出してきて4年で辞めた。そして個人会社を設立してマッチングビジネスで生計を立てることにしたのだ。
そして、その延長にOUEN Japanがある。東大と東工大の国際交流宿舎をお世話したことがきっかけで、日本人大学生と来日留学生の応援団としてのNPO、OUEN Japanを平成26年に設立して今日に至る。
これも「情」だけの仕事。ボランティアはお金がないと何もできない。私の想いだけで寄付をしてくださる会社や個人は稀だ。自分で稼ぐことをベースにしなければ、私の想いは絵に書いた餅だ。夢を夢で終わらせることなく、しかしそれは見果てぬ夢ではあるから、永続させるためにも、ビジネスをベースにしなければならないのだ。

そんな思いを持って悶々としている時に、人類の敵「コロナ」が私たちを襲ってきた。
ネバーネバーネバーネバーネバーギブアップ。
ゼロからのスタートだ。いや、ゼロではないぞ。OUEN Japanの学生リーダーがいる。OUENネットワークもできた。この財産はどんな会社も個人も持っていない。 自分のために、みんなのために、何年できるか、もう一働きしよう。現役人生100年だ。あと33年、働くこととしよう。

敬天愛人、応援人生をモットーに、パートナーたちとともに、援け合いながら、私の命の限り、生き抜くことだ。

小林 博重