2020年 4月 11日の投稿一覧

「敬天愛人」と「応援人生」③

昭和31年東大応援部卒部の大先輩である中島清成さん(元朝日新聞社記者)は、東大応援部の精神を「3S-spirits」で表した。その3Sの Sは、①Service(奉仕)、②Sacrifice(犠牲)、③ Study(勉学)だ。

応援団はどうしても右寄りと思われがちだ。つっぱっているイメージも強い。それはあながち間違いではないが、中島さんの3Sスピリッツは至って自然体だ。 中島さんは応援部現役向けの講演で、「東大応援部の精神」を話されたが、それは右寄りの応援部のイメージとは180度違った。それは私の目指すところとなったのだ。

東大応援部は、横から目線。
①相手を思いやる心、相手に寄り添う心
②施すのではなく、尽くす心
③宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の心。それは「行って◯◯する心」
④それは、時代を超えた永遠な心

⑤縦の規律のなかに、横の心を添える。その「横の心」が応援の心
⑥緩やかでありながら強固に結びつく。お互いが対等である関係
⑦肩組み合って夢を追い続ける。
⑧大らかで、牧歌的で、自由闊達なキャラクター

応援部現役時代、私は「応援」について考えた。応援の意味を考えた。アスリートを応援しても「応援のおかげで勝った」とは皆思わないだろう。しかし、応援がないとプレイヤーは力が出せないのかもしれない。例えば、相手チームが盛んに応援して、こちらが全く応援しないことを考えたら、そうだと思う。たったそんなことだけのために応援するのか。 いや、応援は黒子だ。黒子に徹することが応援の本質だ。
東大野球部の同期たちは、私に『いつも弱い野球部を同じトーンで応援してくれることに感謝する。応援部の声援が力になっている。「頑張れ、頑張れ、◯◯」「かっ飛ばせ、かっ飛ばせ、◯◯」「勝つぞ、勝つぞ、東大」はいつも聞こえている。元気が出る。ありがとう』と言ってくれる。それだけでも応援する価値はある。

そんなことを考えて、私は「応援は哲学だ。生きる哲学だ。人間の哲学だ」と思うようになった。
それが、私の生きる原点になったのだ。

小林 博重

コロナウイルスとパラダイムシフト

コロナウイルス感染拡大が止まらない。「戦後最大の地球の危機」という表現は大袈裟ではない。
ニュースのみならず、身の周りにおいてその影響が現実のものになってくると、なおさらその危機が絵空事ではなく、その大きさが甚大であることを痛感する。

4月7日に安倍内閣は緊急事態宣言を発出して、東京都ほか首都圏の4都県、関西は大阪府と兵庫県、九州は福岡県の、7都県をその対象地域に指定した。指定されていない地域も全ての道府県は、多寡はあるものの緊急事態であることは同様だ。

その期間は5月GWまでの1ヵ月だが、それで収まるはずがない。ピークが見えてくれば、この混乱は少し落ち着くのではないかと、そんなところだろう。ずっと緊急事態が続けば仕事どころではない。人類の危機、地球の危機だ。

では、私たちはどうすべきなのか。YouTubeでもコロナウイルス対策の動画が出ている。知人の識者からもアドバイスをいただく。論理的に説明され納得すれば、素直に実践しようと思う。

ビスマルクは「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言っている。パンデミックは世界的流行ということであるのに、やはり自らが恐怖感を持つところまでいかないと切迫感を持つことができないのは、私を含め殆どの人間は愚者なのかなと思う。 愚者が賢者になるには歴史に学ぶこと、素直な心になることだろう。

「パラダイムシフト」という言葉がある。
「パラダイムシフト」とは、その時代や分野において、当たり前のこととして考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的に劇的に変化することを意味する言葉だ。

昨今においては「固定電話⇨携帯電話⇨スマートフォン」がある。
固定電話が通信の「当たり前の常識」であった人々の概念や価値観が、携帯電話で、さらに革命的にスマートフォンで劇的に変化したのだ。

このコロナウイルスで私が学ぶことは、まず、今まで当たり前と思っていた生き方や生活態度の「パラダイムシフト」をすることなのではないか。 このコロナ危機をチャンスに変えよう。

小林 博重