2020年 3月 の投稿一覧

ジブンインキュベーション アコーダー として「人格の陶冶」を極め る。

昨日(令和2年3月30日)は、私の一生思い出になる一日になるかもしれない。若き日の血判状ならぬ「青春の誓い」を結んだ日であった。
還暦を7年過ぎた齢67歳の身にとって、自らが立ち上げたOUEN Japanのリスタートを描き、まさに飛び立たんとしていたところだ。それはこの歳にしては力仕事であるのに、それに加え、私とは二回りも歳下の、脂の乗り切った、それぞれの分野の3人のプロたちと、新たに「ジブンインキュベーション」という、新たなプロジェクトをスタートすることになるとは。しかし、決して無謀な飛び石ではない。OUEN Japanを生かす石にもなる。私の力が彼ら3人の何らかの役に立つだろうという「貢献の虫」も脳裏に蠢いている。

インキュベーションとは、事業の創出や創業を支援するサービスや活動のことをいう。新たなビジネスを始めようとしている人に対し、不足する資源を提供し、成長を促進することを目的とするビジネスだ。
私たち4人はどんな資源を提供できるのか。それはベンチャーキャピタルのような資金ではないし、オフィスの提供でもない。そんな力は持ち合わせていない。提供できるものは、4人が今まで培ってきた、それぞれの分野で磨いた得手(ソフト)でしかない。それも誰もがしていないニッチの分野だ。

「ジブンインキュベーション」とは、特に、ベンチャービジネスと言われる分野をターゲットにしているわけではない。
企業にしても個人にしても、自分を知っているようで自分のことが分かっていない。自分の個性をアピールできていない。その人はもっと光り輝いていいはずなのに、差別化した個性を分からず、表現できていないために霞んでいる。それをもっとブラッシュアップして世の中に発信することだ。そうすれば、その企業や個人はもっと輝くはずだ。 自分をインキュベートすること。まず、私たちが殻を破って世の中に飛び出すことだ。そのために、まず私が飛び出そうと思う。

話が弾んだ。
私の名刺のタイトルはどうしようか。[3人+1人=4人]の付け足し+1人の私だから、顧問(=アドバイザー)なんだろうが、そんな分かったようなタイトルは全くもって分からない。私のミッションは、私しかできないことだ。まず、私のタイトルを考えよう。 侃侃諤諤の末、アコーダー(Accorder)がいいのではないかという話になった。

Accorder(フランス語)の日本語訳
調和、一致、合意、協定、協約、与え、慈悲、調律、

私はジブンインキュベーションで、こんな役割ができたらいいなと思う。この役割を全うするには、「人格の陶冶」を極め続けなければならない。

小林 博重

「覚悟」ということ

私の一日は早暁から始まる。
それは歳を取ったせいだろうか。お客様との接待はめっきり減った。一匹狼で同僚もいないので、仕事が終わってちょっと一杯ということもない。 時には気が合う仲間たちとの懇親で軽く一杯があるが二次会はほとんどない。
事務所と自宅が徒歩2分という、サラリーマンには考えられない職住接近も一因だろう。

特に最近は新型コロナウイルスのせいもあるのだろう。8時前には床に就くことが多い。妻は、いつも「孝ちゃんより早い」と笑いながら言う(孝ちゃんとは、孝樹という、大阪にいる私の6歳の孫のことだ)。 夜は何度かトイレに起きる。「頻尿」だ。やはり歳だ。
こうして、その他にも自分の身体の衰えを自覚することが増えてくるから、死というものをスムーズに受け入れるようになるのだろう。
「ピンピンコロリ」は理想というが、体力が20歳代だったら、ピンピンコロリはとんでもないことだ。身体が年相応に弱ってきていることを自覚するから死を受け入れられる。その意味で、ピンピンコロリの「ピンピン」は20歳代の健康体ではなく、健康に歳を重ねた、誤魔化しながらの健康体だ。

午前3時過ぎだとちょうど「寝た感」がある。布団の中で、このようにブログを書いて、書き終わると起きて事務所に出かける。8時までの4時間が誰にも邪魔されない珠玉のひと時だ。

コロナで中小企業は死活問題の先が増えているという。パートや派遣社員も雇い止めがチラホラ。OUEN塾の学生リーダーから就職の相談を受ける。就活生も来年4月の採用数は計画を下回る会社が増えているとかで、これは気が気ではないだろう。 パンデミックとはこういうことだ。この危機をどう乗り越えるか、今、人間の器量が試されている。

宮仕と事業家のことを考える。
私は44歳まで大手銀行に勤務していた。故あって銀行を退職し、一つならず、企業を転職し、生命保険エージェントを経て個人会社を設立した。その流れでOUEN JapanというNPOも設立し、今はNPOが私の人生最後の事業になった。

宮仕と事業家(そんなカッコいいものではないが)を経験してみて、その違いは「覚悟」ということではないかと思う。
この「覚悟」の意味は「人生に対する覚悟」なのだろうが、そんなに大仰なものではない。私がそこまで達観しているわけではないからだ。しかし、その「覚悟」とは「腹を括ること」の意味くらいの覚悟だ。

私が、脂の乗っていた44歳で銀行を退職したことを考えると、それは私にとって、一大決心だったのだろう。まだ半分の人生がある。子どもたちは中高生の時だ。お金もかかる。家族も銀行を辞めることに大反対だ。しかし、私のたった一回の人生だ。覚悟を決めて飛び出した。相当の覚悟だったのだろう。

森友問題で「もう調査はしない」と、一国の総理大臣や財務大臣が公言している。
財務省のエリート官僚がそれに反旗を翻して真実を述べることなど、それまで営々と積み上げてきた財産を投げ捨てることにもなるだろう。 果たして、そんな覚悟が東大卒のエリート官僚諸氏にはあるか。それは44歳の私が同じ立場ならできないのではないかと思う。銀行を辞めることとは段違いにハードルは高い。

私は銀行を辞めて23年間、一匹狼として自由奔放に生きてきたが、その生き方は波乱万丈なものがあったが決して後悔はしていない。それは今になって思うことで、23年間には、弱気で「後悔」の2文字が脳裏にちらついたことは一度ならずあった。

人間は枠に縛られているほうが楽だ。せっかく、その枠に入ることができたのに、そこを飛び出すなんてそんな勿体ないことができるわけはないと思う(私にはよく分かる)。 しかし、私は今飛び出して良かったと思う。人には積極的に進めることはしないが。

飛び出して戻れなくなった人、最初から枠に入ることができなかった人、枠に入ろうと思ったことがない人、このような人たちと一緒に仕事がしたいと思う。 私の、あと長くて53年の人生。苦を楽しむ人生を送りたいものだ。

小林 博重

身の周りに起こったことを、全て前向きに捉える。

3月29日(日)の産経新聞朝刊に、福島市在住の詩人、和合亮一さんが、新型コロナウイルスの感染拡大を9年前の東日本大震災後の状況と重ねながら、下記のように話している。

〜今、必要なのは、ウイルスの脅威に関する正しい知識と情報を得ることでしょう。膨大な情報を浴び続けるだけではいけない。受け取った情報について考え巡らせ、話したり、書いたりしてみる。そうすれば自分の物差しがちゃんとできる。震災直後からツイッターで詩を発信しながら痛感したことです。
情報過多の現代、人々は常に何かに追い立てられるように暮らしています。今回の事態を、そんなライフスタイルを見直す機会だと前向きに捉えるのもいいかもしれない。外出できなければ、自分の足元を見つめる静かな時間を持てます。じっくり読書をすることで、塞いでいた心が回復していくこともある。静かに孤独な時間を過ごすことは、人としての強さにもつながると思うのです〜

私たちは突然、思いがけない事件や事故に遭遇することがある。
「どうして私だけが」ということもあるし、今回のように世界中の人々がコロナウイルスのために不安な日々を送っている。誰を恨んでもどうしようもない。
そんなことでも、身の周りに起こったことを全て前向きに捉え、自分を鍛える磨き砂と思うことだ。「遭う」のではなく「会う」とか「逢う」と考えることだ。逢引のような楽しいことではないが、無理にでも「苦労を楽しむ」心境になろうと思うことだ。何でも思わなければそうはならない。「苦しい」と思えば苦しい。「楽しい」と思えば、そうでなくても(もちろん楽しいわけはないが)楽しくなる。そして、いい知恵も出てくる。
そして、独りではない。自分を支えてくれる伴侶や子どもたちや、信頼できる仲間たちがいるのだ。そのチームワークは順境のとき以上に強くなるだろう。切っても切れない太い絆になるのだ。これはラッキーなことではないか。

人の心は弱いものだが、それが太い信頼の絆で結びつくと鋼鉄の棒よりも太く強いものになるのだ。

私たちには「人」がいる。
武田信玄は城を作らなかった。「人は石垣、人は城。情けは味方、仇は敵」と武田節にも謳っているではないか。

この難局に、そのことを実践・証明する義務が、私たちにはある。

小林 博重

コロナ騒動から見えたこと(経営コンサルタント守山淳さ んからのメール)

経営コンサルタントの守山淳さんから下記メールをいただいた。その通り。首肯することばかりだ。

今年は九星方位気学では「七赤金星」の年。日本から暗剣方位である中国からのコロナ騒動。依然拡大が止まらない騒動から見えてきたものは「指導者の対応遅れ」「自粛要請に対する鈍感な国民」「益々ひどくなる政治の劣化」などでしょうか。

(1)指導者の対応遅れ

24日、25日の感染者の急激な増加を受け小池知事が25日緊急会見をして外出自粛などを訴えた。首都閉鎖は時間の問題だと思う。
小池知事の強いメッセージに対し「1週間前にこの発言が出ていたら」「オリンピックへの影響を恐れて国民の安全を後回し」といった批判が多い。
北海道知事や大阪府知事は3連休に入る前に自粛を住民に呼びかけたことを考えると批判は的を得ている。

NY州のクオモ知事は、20日民間企業の従業員の出勤停止、在宅勤務義務付け発表したが、そのコメントに「全ての責任は私にある。誰かを責めたければ私を責めて欲しい」と責任者としての覚悟を披歴して称賛を浴びている。

一方 オリンピックの延長は良かったと思うが、そこにいくまでの安倍総理はじめ責任者の対応は、一貫して「予定通り」と言い続け、延長論を口にした柔道の山口委員は、山下会長から非難されました。延長決定後の記者会見で森会長は「予定通りと言い張るほど愚かではない」と発言。ではその前日までの予定通り発言は何であったのか。武藤事務総長は「聖火リレーは予定通り」と言い「延期になったらどうするのか?」の記者の質問に「その時考える」と回答。これが延期決定の前日の発言です。

実業の世界では大きな流れを読み、前広に対応するのが普通の経営者だと思いますが、今の我が国の政治のトップはこの能力、意識が欠落しているとしか思えません。

結局は自分が言い出しっぺで責任を問われるを嫌がっているからでしょう。NY州知事の様な覚悟を持って仕事に向き合っていないと言えます。

(2)自主要請に対する鈍感な国民

TVのニュースなど見ていると、マスクもせず桜見物で賑わう目黒川などが映し出されます。若者は自分は感染しないと根拠のない自信を示しています。
この傾向は日本だけでなく、イタリアの首相が要請を無視する国民に怒りのメッセージを出していますから、世界共通の人間の性なのでしょうか。
自己責任ではあるが、感染は家族や他人に迷惑を掛けることを思えば、自粛する謙虚さが求められいます。政治家を責める前に国民も大いに反省の要ありです。

(3)益々ひどくなる政治の劣化

消費税増税でGDPが大幅に下がったのに「景気は緩やかに回復」の主張を曲げなかった政府が、やっと「回復」の表現を撤回。コロナでの大きな社会不安、景気後退に対し大胆な景気対策をすると唱えながら、まだ具体案が決まらない。消費税撤回も効果なしとして採用せず。現金支給も早くて5月。更に最近自民党から出された案が「和牛購入を促す商品券の発行案」。ネットで反発を受けると今度は「お魚券」。

流石に、ネット上では怒りを通り越して呆れる声が溢れています。どこまでも利権に結び付いた発想しか出来ない政権政党。国民目線は全くゼロである事が判明。

安倍政権の酷さは具体例をあげれば切りがないので割愛しますが、私自身は森友問題での木で鼻を括った様な安倍総理と麻生大臣の対応に腹が立ちます。

元々原因を作った安倍夫人は、一切知らん顔の上に、コロナで自粛要請を亭主がした直後にお友達とミニ桜を見る会を開催しその写真をネットで配信。
この見識の無さが日本のFIRST LADYの実態である。

最後は、責任を押し付けられる佐川氏はじめ官僚諸氏は、今こそ正義のために自分の良心に従って真実を話して欲しいと思います。

人生を閉じる時に振り返って後悔を残す様な生き方はやめるべきです。
皆さんの子ども達がどんな目で貴方を見ているか想像したことがないのでしょうか。

隣国韓国の文大統領は大嫌いですが、21日にコロナウイルス騒動に関連して大統領、首相を始め長官・次官級以上の公務員の給与を30%、4カ月間、国庫に返納することも決めたそうです。コロナは別段彼らの責任ではないし、拡大に比較的成功し国民は評価していると聞いています。
一方、我が国では不祥事を起こした国会議員が国会に出席もしないのにボーナスまで支給されました。

この違いはどこから来るのか。

安倍総理のご意見を聞きたいと思っても所詮事務方のメモを読むだけでしょうから諦めます。

守山 淳 オフィスJ.M 代表

私の「ミッション」を果たすために、
①天が与えてくれた、誰にも負けない「得手を磨き続ける」こと。
②独りでできることは限りがある。信頼できる、心豊かな仲間たちと「協働する」ことが不可欠だと言う「謙虚な心」を持つ。
③そして、私を支えてくれる仲間たちに、深い「感謝の心」を持つ。

「この道より我を生かす道なし。この道を歩く」(下村湖人)

小林 博重

私の箴言集

この土日は「思索の連休」としたい。早暁に事務所に出向き、NHKラジオを聴きながらデスクに向かう。書斎と称する事務所の一角には所狭しと箴言が壁やボードに掲示されている。

敬天愛人
道は天地自然の物にして
人はこれを行うものなれば
天を敬するを目的とす
天は我も同一に愛し給ふゆえ
我を愛する心を以て人を愛する也

(西郷隆盛)

動機善なりや 私心なかりしか

自利利他[じりりた]
忘己利他[もうこりた]

(稲盛和夫)

子貢問曰、「有一言而可以終身行之者乎」。
子曰、「其恕乎。己所不欲、勿施於人」也。
[子貢問ひて曰く、「一言にして以て終身之を行ふ可き者有りや」。
子曰く、其れ恕か。己の欲さざる所は、人に施すこと勿れ」。]

(論語)

至誠而不動者、未之有也
[至誠にして動かざる者、未だこれ有らざるなり]

(孟子、吉田松蔭が好んだ箴言)

進むべき道は一筋、世のために急ぐべからず、誤魔化すべからず

(京大総長 平澤興)

弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ。

あなたの目的とするものは何か、それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう。

明日死ぬと思って生きなさい。
永遠に生きると思って学びなさい。

(ガンジー)

私が自分だけのために働いているときには、自分だけしか私のために働かなかった。
しかし、私が人のために働くようになってからは、人も私のために働いてくれた。

(ベンジャミン・フランクリン)

哲学のない人は、経営をやることができない。

理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である。

(本田宗一郎)

部下に接するとき気を付けること

1.叱るときに大事なことは、失敗した部下を叱るときも感謝の気持ちを忘れたらいかんということや。
日頃は、よくやってくれている。ありがとう。しかし、これは、気をつかんといかん。ということやな。
兎に角、まず、感謝の気持ちを持って叱らなければならん。まぁ、心さん中で手を合わせながら叱る。こういう心がけで叱らんといかんよ。

2.ああせい、こうせい
→ああしてください、こうしてください
→どうぞ頼みます、願います
→手を合わせて拝む

(松下幸之助)

深沈厚重なるは、これ第一等の資質
磊落豪雄なるは、これ第二等の資質
聡明才弁なるは、これ第三等の資質

(呂新吾)

小才は、縁に会って縁に気付かず
中才は、縁に気付いて縁を生かさず
大才は、袖触れ合う縁をも生かす

(柳生家の家訓)

小林博重の「人脈つくりの鉄則」
1.最初から見返りを求めない
2.自分が魅力ある人間になる
3.自分から情報発信する
4.礼儀やマナーを大切にする
5.こまめに連絡する
6.オンとオフを分けない
7.どんな人にも敬意を払う

小林博重の「人生二毛作」
現役は、100歳まで
志学は、二生15歳(65歳)
而立は、二生30歳(80歳)
不惑は、二生40歳(90歳)
知命は、二生50歳(100歳)
余生は、120歳まで
耳順は、二生60歳(110歳)
従心は、二生70歳(120歳)
120歳で天に召される。

思いあがらず、
下座に徹して生きる時、
天が君を助けてくれる

(森信三)

思想の深淵なるは、哲学者の如く、
心術の高尚正直なるは、元禄武士の如く、
これに加うるに、小俗吏の才をもってし、
さらにこれに加うるに、土百姓の身体をもってし、
初めて実業界の大人たるべし

(福澤諭吉)

大変だったが、しかし、素晴らしかったといえる人生を送りたい。

(『カモメのジョナサン』からリチャード・バック)

これら箴言を肝に銘じて生きていきたいものだ。

小林 博重

緊急事態宣言一歩手前

昨日も東京都では40人の感染者が出た、これで3日連続で40人を超える感染者だ。
小池知事は会見で、「不要不急」の意味を問われて、「要は、その日でないと駄目なことがあるかどうか」と説明した。たとえば、
①持病のある人が病院に通うこと
②食料品や医薬品など生活必需品を買うためにスーパーやコンビニに行くこと
等は自粛要請の対象にはならないとの見解だ。一方、不要不急の例としては花見をあげた。

今日からの土日の連休は「Stay at home」 だと。自宅にいてくださいということ。
また、小池さんは「自らで整理していただき判断していただきたい」と語った。

その通りだ。不要不急とは何か。そんな質問はするな。自分の頭で考えよ、ということ。
昨今の日本人の行動を見ていると、まるで子どもと一緒。本質を考えない、考えようともしない。感情の赴くまま行動しているように思う。要は「深読み」ができないのだ。

孔子は世の中を生きていくために一番大切にしなければいけないことは「恕の心」だという。すなわち相手が何を考えているのか、どんなことをしてほしいと思っているのか、してほしくないと思っているのかに思いを致すことが大切であり、それが幸せになる最短距離なのだと言っている。このことは、本質を追求することと同意語だ(本質を追求することは幸せの最短距離なのだ)。

今は、緊急事態宣言直前なのだろう。不要不急なことで外出することは「チコちゃんに叱られる」。家(私の場合、徒歩2分のところにある事務所)ですることは山ほどある。気晴らしでここのところご無沙汰しているウォーキングもしようか。ウォーキングは考えを整理するにはいい運動だ。

小林 博重

OUEN DANCHO(応援団長)の小林博重

新型コロナウイルスは東京でも新しい段階に入ったようだが「正しく恐れる」ことで、右往左往することなく、冷静な対応で乗り切っていきたい。

この3〜4月は、5月連休明けから前向きな活動ができるとの前提で、その準備期間だと考え、OUEN Japanの新体制について仲間たちとじっくり詰める時間としたい。

OUEN Japanは、
①大学生や留学生を応援する[OUEN塾]
②OUEN Japanを応援してくださる企業を応援する[企業OUEN]
③地域を応援する[地域OUEN]
の三本柱だ。
[OUEN塾]は軌道に乗りつつあるが、[企業OUEN]と[地域OUEN]はこれからであり、漸くその足掛かりを付けたというところだ。 私が75歳になるまでの7年半は、確固とした[OUEN Japanの基盤構築]の期間としたい。

私の「人生二毛作」から考えると、67歳は二生17歳だ。而立(二生20歳、一生80歳)まで13年弱もある。論語では「三十而立(30にして立つ)」だ。いわゆる人生の成年ということだ。まだまだ、老け込んでいる歳ではない。後継者は而立してから考えることだ。それまでは全力疾走だ。

そんなことを考えるが、やはり一人ではこんな気持ちにはならない。やはり、若い、信頼できる仲間たちがいてくれるからだと思う。本当に「人は一人では生きていない。生きていくことができない。一人では幸せになることはできない」ことを痛感する。

OUEN DANCHO(応援団長)の私が、OUEN塾(OUEN Japan)と企業OUEN(OUEN Company)と地域OUEN(地域活性化)を繋ぐのだ。

この構想をGWまでに固めて、連休明けからスタートダッシュしたいと思う。

小林 博重

自由闊達なディスカッション

昨夕、菱機工業長野支店長の鴻野さんが青山事務所にいらした。事務所のビルの2階の「ひごの屋」で久しぶりの懇親の席を持った。鴻野さんとの出会いはOUEN塾の協賛のお願いで金沢市の本社をご紹介いただいたことが初対面で、まだ1年も経っていない。なぜか気が合い、ざっくばらんなお付き合いをいただいている。OUEN Japanの望年会やミニパーティーにもご出席いただいた。

人との出会いや付き合いを深いご縁にできるか否か。ご縁がどれだけ人生を豊かなものにするものかがその人の血肉になっているかどうかだ。人好きであることが絶対条件だ。柳生家の家訓では、そのような人を大才と言うのだそうな。

鴻野さんと今秋開催予定の[OUEN塾in金沢/石川]の話をする。その中でもとりわけ『能登の地域活性化と学生』について話が弾む。
能登は、少子高齢化が進んでいる日本の中でも、その先頭ランナーだ。石川県の半分の面積を占めているにも関わらず、人口は石川県全体の15%の18万人という少なさだ。能登で一番盛っている「七尾」でも6万人弱、人口のピークは昭和20年代後半だとか。

OUEN塾の学生リーダーも能登に興味を持っていない。金沢の学生は能登は「働くところ、住むところ」だとは全く思っていないようだ。能登出身の学生リーダーも戻りたいとは思っていない。都会志向であり、せいぜい働くのも住むのも金沢というところか(この点が、福岡市とは違う)。

そんなことを考えている学生リーダーのみんなに、OUEN Japanの目指すところは『地域活性化・まちおこし』と少し大風呂敷を広げたところ「それは面白い。OUEN塾でそんなこともするのか。では「能登チーム」を作って1泊2日のフィールドワークはどうだろうか」と。

まずは、学生に、能登に興味を持ってもらうことだ。興味を持たなければ働くことも住むことも論外だ。
OUEN塾の参加学生と能登の経営者たちとのざっくばらんなディスカッションから何かが生まれてくるかもしれない。その課題は私が都会で動く具体的テーマになるかもしれない。 地域活性化には若い力が絶対に必要だと思う。

老若男女、外国人財等、ダイバーシティが地域活性化には必要だ。そのきっかけをOUEN Japanでつくりたいと思う。

小林 博重

逆鱗に触れる

「逆鱗に触れる」と言う諺がある。龍が持つと言われる逆鱗(げきりん)に触れ、龍を激しく怒らすことを言う。転じて、目上の人を激怒させることを言う。

では、逆鱗は、地位や名誉を持っている人間だけが持っているものではない。全ての人間は「人間としてのプライド」を持っている。生き様がプライドの人間は、ある意味では地位や名誉をプライドとしている人間よりも、そのプライドは誇り高いものであり、これこそ本当の「逆鱗」ではないかと思う。

私は最近、この逆鱗を逆撫でされたことが一つならずあった。喧嘩は何の益もないから喧嘩はしないでおこう。そんな子どもじみたことをする歳ではない。では、どうするか。さらりと「さよなら」することだ。淡々とすることだ。そんなことでストレスを溜めることは身体にいいことはない。

人生は長くなったと言ってもせいぜい100年ではないか。それも精神が健康な時はどれだけあるか。67歳の私には100歳まであと33年弱しか残されていないのだ。120歳までとの思いはあるが、これは天のみぞ知る。もう道草をしている歳ではない。私は、しなければならないことをよそ見しないでしなければならないのだ。

そのために、私一人ではできないことばかりだ。ではどうすればいいのか。信頼できる人をできるだけ多くつくることだ。そのために、私は『人格の陶冶』を極め続けることだ。

美空ひばりのヒット曲「柔」でも「口でいうより手の方が早い。馬鹿を相手の時じゃない」と歌っている。

そうなのだ。馬鹿を相手の時じゃない。

小林 博重

執行役社長としての「OUEN Japan 団長」

私はOUEN Japan の理事長であり団長でもあるが、これは単なる呼称を読み替えているのではない。理事長は取締役社長であり、ボードのトップだ。これに対して団長は執行役社長であり、業務執行のトップということだ。

理事長としてOUEN Japan のこれからを考える。ようやくビジョンが総天然色で見えてきたところだ。これからは執行役社長としての団長が、そのビジョンを形にするステージに入る。

先々週は石川県に出張した。先週から4月5日まで、期末であることもあり、出張せず東京で仕事をする。
新型コロナウィルスの関係でなかなか企業訪問は難しいところがあるが、お会いできるOUEN Japan の会員企業およびOUEN塾協賛企業等を訪問して、OUEN Japanの事業についてお話しをしている。
皆さん、殆どの企業から「OUEN Japan がビジネスとして企業を応援(=OUEN)してくれるのは自然であり、OUEN塾にも前向きに協賛できる」とのお話しをいただく。そして、ありがたいことに、快くビジネスマッチングの面談を受け入れてくださる。

そして「OUEN Japan はOUEN塾を通して世のため人のために尽くす人財を育成すること」がミッションの一つだが、この「人財」は大学生や留学生だけではなく、私たち社会人の育成にも当てはまることだと実感する。 私が考える「人財」とは、
①思いやりの心を持ち、
②得手を磨き続け、仲間たちと協働して、夢を実現するために努力し、
③明るく、公平で、誠実な人
であるが、このような人にならなければ、OUEN Japan の二つめのミッションである「OUENネットワークを通して、企業や地域の期待に応える」ことができないということだ。それは、皆さんとお話しして実感する。

思いやりの心とは、論語が言うところの「恕の心」だ。相手がどのようなことを思っているのだろうか、相手の立場に立って考えること。少なくとも、相手がしてはほしくないことはしないことだ。そのように思って考え行動すると、いろいろなアイデアが湧いてくる。それは相手の心を開くことになるのだ。

そして、殆どの人間はオールラウンダーではない凸凹の人間だ。自分の不得手をカバーしてくれる人との協働(コラボレーション)でその組み合わせはオールラウンダーに近づく。それが二人から三人、四人と拡がっていけばますますオールラウンダーと同じ力を持つことになるのだ。さすれば、夢は夢ではなくなる。

そしてその人は当然、明るく、公平で、誠実な人であろう。そうでなければ、思いやりの心は持てないし、得手を磨き続ける不退転の心は持てないだろうし、仲間たちと協働することもできないだろう。

そうすれば、夢は実現に近くなる。総天然色で夢を描くことができて、夢は実現するのだと思う。

それは、私の脳裏から飛び出し、現実に落ちてくるのだ。これからが執行役社長である「団長」の力の見せどころだ。

小林 博重