2018年 7月 の投稿一覧

健康で長生きすること

2017年(平成29年)の日本人の平成寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳で、ともに過去最高を更新したとか。
ちなみに、2016年(平成28年)の65歳男性
の平均余命は19.55年でした。こちらも少し伸びているのでしょう。私は後、平均で20年は生きるということ。
個人的には後35年は現役、その後20年は余生を生きる計画ですから、平均余命とのギャップを如何に埋めるかが問題です。

ただ長生きしても、人のお役に立つことができず生き長らえることは本意ではありません。漫然と生きればきっとヨイヨイの人生になってしまいます。 そうならないためには人一倍の努力精進が大切です。

そのためにすることは、

⒈健康に一段と留意する。
⑴毎年1回の人間ドックの受診。
⑵年相応の運動の励行。
私の場合は、1日一万歩のウォーキングの励行。
⑶2週間に1回のプチ断食の励行。
⑷暴飲暴食をしない。腹八分目。
⑸飲酒は顧客との接待に限る。
⑹ベジタブルファースト。

2.若い人たちとの付き合いを続ける。
気持ちを絶えず若く保つ。そのためにも、OUEN Japan の活動を拡大継続していく。

3.生涯現役。
100歳まで、後35年間現役を続ける。人のお役に立つことをする。遊びたいとか休みたいとか思ってはいけない。
Mapのビジネスマッチング、ビジネスコラボレーションサポートの肝は「友だちの友だちはみな友だち」ですから、人間関係を大切にする。

習慣が人間を作るのです。
いいことを習慣化することです。

今週一週間は金沢出張です。楽しく意義ある一週間にしたいものです。

小林 博重

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ふるさと金沢/石川の出張

7.22 09:00 最高血120/最低血圧60

いつ終わるか分からない異常な暑さの日々が続いています。
気象庁は、一日の最高気温によって、25度以上が夏日、30度以上が真夏日、35度以上が猛暑日。最低気温が25度以上の日を熱帯夜と呼んでいます。 今年の夏は、猛暑日と熱帯夜が当たり前。まだ夏の始まりなのに、8月になったらいったいどうなることやら。

私が小学生の頃は、夏休みは涼しい午前に勉強して、午後はトンボやセミ取りに野原や山を駆け回ったものです。
勿論、家にはせいぜい扇風機がある程度で、それでも暑かったら冷蔵庫の中で涼んでいたものでした(私の家は肉屋もやっていて、骨つきの牛や豚が吊るしてある超大型の冷蔵庫がありました)。今から半世紀以上前の話です。

明日からふるさと石川県に4泊5日の出張です。金沢での5日間です。[OUEN塾in金沢/石川]のスタートの固めの月です。
10月には実行委員会を立ち上げなければならないので、その人選につき浦建築研究所の浦社長と打ち合わせをします。
宿泊は片町にあるゲストハウス「風と翼」です。仕事を終え、片町の犀川縁からゲストハウスまで歩いて帰ります。
その細道には居酒屋やスナックやワインバー等、昔から行きつけのお店が点在しているので、それは楽しみです。月に1回、せっかくふるさとに来たのだからと足はお店に向いてしまいます。 やはりふるさととはいいものです。

「風と翼」は学生リーダーの宿泊所であり、同じ片町にある金沢市の「学生の家」はイベントのおりの学生たちの集合場所です。
そんな片町は、全ての面で[OUEN塾in金沢/石川]の拠点なのです。

早速、東京リーダーの黒田琴音さんと駒田里子さんはUターン学生を如何に集めるか、ツイッターの活用を考えているとラインで連絡がありました。この分野は私は全くの門外漢なので、若い学生リーダーの皆さんにお任せすることになりますが、実に頼もしい限りです。凸凹人間はその自覚を持つことによって、凹んだところをカバーする信頼できる人たちに任せることで、組織はゼネラリストとスペシャリストの合同体になるのです。そのベースには『素直な心』と『感謝の心』がなければなりませんが。

私の足らずを学生リーダーの皆さんに支えられて何とかOUEN塾を運営しています。皆さんに感謝しながら、明日からの金沢出張を頑張りたいと思います。

小林 博重

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東京OUENリーダーのミッションとは?

昨日は、東京のOUENリーダーのMTGおよび暑気払いを行いました。
福岡・北九州と金沢のOUEN塾の進捗状況と東京リーダーのミッションの確認です。
福岡県も福岡市も、石川県も金沢市も、いずれも多くの大学生が県内外から入学している一方、主に首都圏の大学に入っている大学生もいます。

県内出身の大学生が県内企業に就職することに加え、県外から来ている大学生が県内に就職すること、県内出身の首都圏大学生が県内企業に就職すること(Uターン)、県外出身の首都圏で学ぶ大学生が県内企業に就職すること(Iターン)が地域活性化の一助になると、地方自治体は考えているのです。

地方都市で開催するOUEN塾は、地域活性化の一助になることを目的にしていますが、地方自治体とのコラボレーションによって、その目的はより速く、より効果がある形で果たすことができると思います。

地域活性化のためには若者たちがその地方に就職することが不可欠だと思いますので、OUEN塾の充実は地域活性化に大いに貢献することになるのです。 福岡県、福岡市、北九州市、石川県、金沢市はそのことを分かっていただいたので後援していただいたのです。

東京リーダーのミッションは、地方自治体の意向を受けて、各自治体の東京事務所とのコラボでUターンやIターンを考えている首都圏の学生たちをOUEN塾(in福岡・北九州、in金沢/石川)に参加してもらうことです。 その活動は、東京リーダーにとっても、社会との繋がりを学ぶ機会になると思います。

小林 博重

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石原信雄さんのインタビュー

昨日、「OUEN Japan を応援する」インタビューと写真撮影のために、銀座の地方自治研究機構に石原信雄会長をお訪ねしました。 インタビュアーはZENTA(海老名さんと早狩さん)、フォトグラファーはmusbi(李さんと崔さん)です。

石原さんは、大正15年生まれの御歳91歳。群馬県太田市出身。旧制大田中学〜旧制第二高等学校(現東北大学教養学部)〜東京大学法学部。昭和27年に東大法学部を卒業、地方自治庁入庁。昭和59〜61年に自治事務次官。昭和62年7月に竹下内閣の内閣官房副長官(事務)に就任。以後、宇野・海部・宮澤・細川・羽田・村山の7つの内閣で副長官を務められました。平成8年より地方自治研究機構理事長、平成18年より同機構会長をお務めです。 当に平成の官僚のトップを歴任された長老です。

「官僚組織は常に中立であって、どういう政権が誕生しても全力で仕える」
「行政のルール、守るべき筋道というのはあるはずだから、それを無視した政策は必ず破綻する」
「確かに信念は大事だけれども、相手構わず貫いてしまったら、世の中うまくいかなくなってしまう」

石原信雄さんとのご縁は、東大応援部の大先輩である篠沢恭助さん(元大蔵事務次官。国際協力銀行総裁。現資本市場研究会理事長)のご紹介です。 石原さんが東京銀杏会(東京大学東京地区同窓会)会長、篠沢さんが副会長であった時です。私が篠沢さんのお勧めで東京銀杏会の会員になった時です。 石原さんは穏やかな人懐っこいお人柄で、ふるさとの群馬銀杏会を立ち上げる時も私をお誘いいただきました。
私は、そのご縁で、今まで一度も住んだことも勤めたこともなかった群馬県の東大同窓会(群馬銀杏会)の幹事になったのです。今では、私は群馬銀杏会の総会にはなくてはならない(笑)、東大応援歌「ただひとつ」のリードとエールの担当です。

石原さんのインタビューは和やかな雰囲気で終始しました。彼は最初の赴任地である茨城県から鹿児島県に赴任されたのですが、奥様が妊娠されていたので単身で赴任されました。今は、東京から鹿児島は飛行機が当たり前ですが、昭和30年代前半には寝台列車(2泊3日)の旅だったとか。瀬戸内と九州を走る時が夜で寝台だったそうです。奥様は「地の果てに赴任する」と嘆かれたとか。隔世の感があります。 石原さんは「私の役目は、OUEN Japan の応援団長である小林さんを応援する応援団長だ」と仰られます。
自治省の時の部下の方々の多くが都道府県知事をされていらっしゃいますが、彼らを私にご紹介下さって「OUEN Japan の大学生や留学生を応援することと、それが地域活性化に貢献することになることは、素晴らしいことだ。学生が多く学んでいる地方の知事は小林さんを紹介する」と。

[OUEN塾in福岡]では、小川福岡県知事をご紹介いただきました。今度の石川県の[OUEN塾in金沢/石川]では谷本石川県知事をご紹介していただきます。

石原さんの魅力は、彼の中立公平な官僚としての矜持と能力ですが、ベースに彼の人懐っこい穏やかなお人柄にあると思います。
ざっくばらんなお話とお話しになっている表情が実に屈託のない、かわいい表情をなさるのです。
李さんや崔さんは写真を撮っていて、その人柄が分かると言います(人柄を撮るのがプロカメラマンなんだそうです)。

今の官僚の皆さんに、石原さんのお言葉からほとばしる「官僚の矜持」を、耳をかっぽじって聞かせたいと思いました。

小林 博重

ふるさと金沢/石川(加賀・能登)を想う

昨夜は、明倫学館OBの有志で作っている一金会のメンバーに依る「屋台船の遊覧会」がありました。浜松町(芝)を7時に出て隅田川を上り下りして9時半に浜松町に戻ってくる遊覧です。富山高校OGも数人参加して、18名が遊覧を楽しみました。

隅田川は夜といっても25度をはるかに上回っているので、舳で海風に吹かれる気になりません。屋台船はクーラーがガンガン効いているので、美味しいお酒と酒の肴を堪能しながら皆でカラオケを楽しんだ2時間半でした。

明倫学館は、石川県と富山県の出身者が入居している、小石川にある大学学生寮です。加賀藩主であった前田家の屋敷の跡に建設されたものです。

加賀100万石は、今の石川県と富山県が領地でした。加賀と越中と能登の3国で構成されています。今は加賀と能登が石川県、越中が富山県ですが、明治初期は越中と能登が七尾県だったこともあります。私の出身は能登ですが、金沢(加賀)にも富山にも親近感があります。

今は能登は石川県で金沢(加賀)と同じ県(石川県)ですが、明治初期は越中(富山)と同じ七尾県だったのです。

また、能登と加賀は「能登のとと楽、加賀のかか楽」と言われるように、住人の夫婦観が違います。「とと」はお父さん、「かか」はお母さんです。能登はお父さんが楽してお母さんが働く。加賀はお父さんが働く。甲斐性のあるお父さんはお母さんに芸事(能や謡)を習わせるなどお母さんは楽をする、という意味です。働くのは能登ではお母さん、加賀ではお父さんです。

富山は越中富山の薬売りで、全国いたるところに薬の行商をしていましたがそれはお父さんでした。男が働くのは越中と加賀。加越能はそれぞれが特徴を持って前田百万石を支えていたのです。

[OUEN塾in北陸]構想は、この前田百万石をイメージしたものでしたが、2つの県に分かれている現在では、それぞれの県のミッションがあることが壁になって、その構想は一旦棚に上げなければならなくなりました。まずは、[OUEN塾in金沢/石川]を立ち上げることです。来秋9月下旬に第1回を開催するべく、これから活動を本格化します。

「ふるさとはとおきにありておもうもの」

金沢が生んだ詩人の室生犀星の詩の一節ですが、今は遠くて近くなった東京から「ふるさと金沢/石川(加賀・能登)」を想い、ふるさと石川をOUEN(応援)したいと思います。

小林博重

人生二毛作の考え方、生き方、働き方

稲盛和夫箴言集(日めくり)の18日は、「もうダメだという時が仕事の始まり」です。

仕事において、「もう万策尽きた。ダメだ」とあきらめたくなるような局面においこまれても、それを終点とは考えず、むしろ第二のスタート地点と考える。そして、そこからさらに強い意志を持って、熱い情熱をかき立て、どんなことがあっても、とことんやり抜いていく・・・・・そのような強靭な粘り強さが必要だ。

私がどうして「人生二毛作」と思ったかというと、50歳が私の大きな人生の区切りになったからだと思います。
生まれてから50年間、大学を卒業し銀行に入社して、サラリーマンとして立身出世をしたいと思って生きてきました。自分のキャラクターに相応しい人生を送ることで人生を全うしようと考えることはあまり考えなかったと思います。人生の考え方、生き方、働き方もどちらかといえばサラリーマン的だったと思います。 しかし、それは50歳で卒業した気がします。自らの意思とは言えませんが、結果的にそうなりました。

私の一毛作目は、目指すところは「サラリーマンの出世街道まっしぐら」だったと思います。
この一毛作目を50歳で卒業して、そうだ二期作でなく二毛作の人生を送るしかないと思うに至ったのです。
二毛作は一毛作とは違う作物を育てることです。考え方、生き方、働き方は違うものでなければ、二毛作とは言えません。

私の二毛作目は、当初は試行錯誤の連続で、はたして二毛作の作物は実るのだろうかと人にも言われ、私も不安の船出でしたが、稲盛さんの人生哲学を参考にして、なりふり構わず走ってきたことが、今日の私を作りました。 まだまだ、夢の入り口ですが未来は明るく広がっています。
今は二生の15歳。論語でいうところの「志学」(学に志す)の歳です。一生の経験を無駄にすることなく、而立〜不惑〜知命〜耳順〜従心の人生を生き抜きたいと思います。

小林 博重

日野原重明さんを思う。

7.18 05:30 最高血圧 119/最低血圧 56

早朝のNHKラジオの「今日は何の日?」で、今日7月18日は日野原重明さんの命日と報じていました。昨年(平成29年)に105歳でお亡くなりになりました。もう1年が経つのです。
私はもう数年前にお目にかかりました。数年先のスケジュールも入れてあったとか。生きとし生けるものは全て生は有限ですが、日野原先生は120歳まで長生きされると、それほどの迫力がありました。

人間は死があるから、人生に限りがあるから偉大なことができるのです。その志を、同じ志を持った後に続く者にバトンを渡して、果たせなかった想いを引き継いでもらうのです。 死は悲しいことではなく、その死の瞬間まで生を全うしないことが悲しく情けないのです。バトンタッチする人がいないことが悲しいのです。

私のミッションはMapとOUEN Japan で果たしたいと思っていますが、不死ではありませんから想いの後継者を育てることもこれからのミッションです。
未だ、第2のミッションは全く見えていません。後35年、後55年の内にと思いますが、人の命はどうなるものか、第1と第2のミッションは並行して追求していかなければなりません。

サラリーマンを辞めて15年。
私の第一生はサラリーマンの人生でした。50歳で卒業して、同時に二生がスタートしました。今は二生の15歳です。
サラリーマンを続けていたらどうなっていたかと思いますが、人は一つの道しか歩くことはできません。
私の選択は間違っていなかったと思っていることは私が幸せな人生を送っているということです。

その幸せに感謝して、相手を思いやる謙虚な心を持ち、天から与えられたミッション達成を果たすべく精進努力したいと思います。

小林 博重

世のため人のために生きること

7.17 05:30 最高血圧 119/最低血圧 55
7.17 18:30 最高血圧 126/最低血圧 63

午前は顧問先での営業会議。
午後は事務所で8月6〜10日の福岡・北九州出張のアポ取り。

今日は内勤の一日でしたので、ちょっとホッと一息。未だ7月の半ばだと言うのにもう夏バテ気味です。この夏は、最高気温が35度以上、最低気温が25度以上というのが極当たり前です。 長期の広域豪雨と猛暑は地球の怒りの現れかもしれません。人類は万物の霊長と少し驕り高ぶっていたのでしょう。

リンダ・グラットン教授の『ワーク・シフト』を読み直しています。私たちは「働き方」「生き方」「考え方」「常識」を根本的なところで、今までのものから 大胆にシフトしなければならないのだと思います。

芭蕉が唱えた俳諧の理念の一つに「不易流行」があります。
変えなければならないものと、決して変えてはならないもの。
人間とは何か。生きるとは何か。働くとは何か。
それを追求し続けることは、変えてはならない本質をしっかりと見つけることです。
目的と手段もそうです。手段がいつのまにか目的になってしまっている。
やはり、「謙虚」に自らを見つめること。支えてくださる多くの方々に深い「感謝」の念を持つこと。それは全て「素直な心」から発するものです。

私たちは幼い頃から、このような原始的な、誰もがそう考える、当たり前だと、そんなことは言われなくても分かっていると思うことを言われて育ちました。 私はそれを。私を育ててくれた親よりも親の祖父母からいつも言われました。
稲盛和夫さんは同じことを私たちに何度も何度も言われました。
嗚呼、おじいちゃんやおばばが言っていたことを、あの稲盛和夫さんが仰っていると、私は幼子になったように稲盛和夫さんのお話をお聴きしたのです。

◯◯ファーストとか◯◯第一主義とか、我れが我れがと自己主張をすることが、強く正しいことになっています。
人を思いやること、相手の立場に立って考えることで、世の中は丸くいくはずなのですが、どうしてそうならないのか。
子どもの頃、私は政治家になって「世のため人のために尽くしたい」と思っていましたが、周りの人は「小林は政治家には向いていない。全く正反対の人間だ。政治家は手練手管ができて、人を人とも思わない人種なんだ」と私を諭しました。 そうですね。古今東西、政治家はそんな人なんでしょう。だから、あの西郷さんは政治家を辞めて鹿児島に帰ったんですね。

私は私のやり方で小さなことからでも、幼い頃に思っていた「世のため人のために」生きていきたいと思います。

小林 博重

金沢市本多町の「鈴木大拙館」について

7.16 13:30 最高血圧 120/最低血圧 62

日本経済新聞朝刊7.15「春秋」のコラムに、金沢市の「鈴木大拙館」が取り上げられていました。

鈴木大拙と言えば、金沢市が産んだ世界的仏教学者です。ノーベル平和賞の候補にも名があがった「東西のかけ橋」と言われたそうな。

鈴木大拙館は金沢市本多町にあります。2011年秋に開館し、昨年末までに30万人が訪れたとか。今も年7万人ペースの来館者があり、4割は海外から。そして、彼らは概して、長い時間滞在するらしい。 北陸新幹線開業もあり、日本人のみならず外国からの観光客が大勢来沢しています。
タクシーの運転手さんのお話では、観光タクシーに乗る(1時間5,000円)のは日本人が多く、西欧の観光客は少人数でテクシー、中国は観光バスで観光する団体が多いのだとか。

この施設は、モダンな建物内に書斎での写真や自筆の書が点々と配されている、これほどモノのない場所は珍しいとか。
水や風の音を耳にし、自分を包むゆったりとした時間と向き合い、何かを感じ取るひとときを持つことを西欧人は好むのでしょう。国民性の違いと言ってしまえばそれまでですが、心の豊かさや文化レベルの違いと言うのは言い過ぎでしょうか。

私など、何だかんだ言いながら、毎日あくせくとすることをよしとしています。
来週は毎月1回の金沢出張です。私が顧問をしている浦建築研究所も本多町にあります(同社がこの施設の設計をしたように聞きました)。そんなご縁があるところなのですから、「心を清める」ためにも来週は訪ねてみようと思います。

「灯台下暗し」
金沢市は私が高校時代3年間お世話になった街であり、来秋には[OUEN塾in金沢/石川]を開催するご縁の塊の街です。
この機会にふるさと金沢/石川をよく知り愛し、金沢/石川の地域活性化のために微力ながら尽くしたいと思います。

小林 博重

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未来を担う若者が目指す人間像とは、

『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』(磯田道史著。NHK出版新書)を読みました。
磯田道史さんはバランス感覚豊かな当代一の歴史学者です。
本書は司馬遼太郎さんの作品から、戦国、幕末、明治、昭和前期を扱ったものを取り上げながら、それらを入口にして日本の歴史や日本人の姿を見つめ直した好著です。

歴史は何のために学ぶのか。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言われます。私たち凡人は、凡人なりに経験に加え、歴史に謙虚に向き合い、悲しい歴史を決して繰り返す愚を避けなければなりません。当に、この世の中が幸せで豊かな世界になっていくために歴史を学ぶのです。

司馬遼太郎さんは『二十一世紀に生きる君たちへ』で、こう述べています。
「もう一度繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして、“たのもしい君たち”になっていくのである」

私たちはどんな人間になっていくべきか。
⑴自己の確立を追求する人間
⑵他人をいたわることができる共感性の強い人間

OUEN Japanを通じて、私と学生たちとが、共に大きく育ち(共育)、目指すべき人間になっていきたいと思います。

小林 博重

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