昨日、「OUEN Japan を応援する」インタビューと写真撮影のために、銀座の地方自治研究機構に石原信雄会長をお訪ねしました。 インタビュアーはZENTA(海老名さんと早狩さん)、フォトグラファーはmusbi(李さんと崔さん)です。

石原さんは、大正15年生まれの御歳91歳。群馬県太田市出身。旧制大田中学〜旧制第二高等学校(現東北大学教養学部)〜東京大学法学部。昭和27年に東大法学部を卒業、地方自治庁入庁。昭和59〜61年に自治事務次官。昭和62年7月に竹下内閣の内閣官房副長官(事務)に就任。以後、宇野・海部・宮澤・細川・羽田・村山の7つの内閣で副長官を務められました。平成8年より地方自治研究機構理事長、平成18年より同機構会長をお務めです。 当に平成の官僚のトップを歴任された長老です。

「官僚組織は常に中立であって、どういう政権が誕生しても全力で仕える」
「行政のルール、守るべき筋道というのはあるはずだから、それを無視した政策は必ず破綻する」
「確かに信念は大事だけれども、相手構わず貫いてしまったら、世の中うまくいかなくなってしまう」

石原信雄さんとのご縁は、東大応援部の大先輩である篠沢恭助さん(元大蔵事務次官。国際協力銀行総裁。現資本市場研究会理事長)のご紹介です。 石原さんが東京銀杏会(東京大学東京地区同窓会)会長、篠沢さんが副会長であった時です。私が篠沢さんのお勧めで東京銀杏会の会員になった時です。 石原さんは穏やかな人懐っこいお人柄で、ふるさとの群馬銀杏会を立ち上げる時も私をお誘いいただきました。
私は、そのご縁で、今まで一度も住んだことも勤めたこともなかった群馬県の東大同窓会(群馬銀杏会)の幹事になったのです。今では、私は群馬銀杏会の総会にはなくてはならない(笑)、東大応援歌「ただひとつ」のリードとエールの担当です。

石原さんのインタビューは和やかな雰囲気で終始しました。彼は最初の赴任地である茨城県から鹿児島県に赴任されたのですが、奥様が妊娠されていたので単身で赴任されました。今は、東京から鹿児島は飛行機が当たり前ですが、昭和30年代前半には寝台列車(2泊3日)の旅だったとか。瀬戸内と九州を走る時が夜で寝台だったそうです。奥様は「地の果てに赴任する」と嘆かれたとか。隔世の感があります。 石原さんは「私の役目は、OUEN Japan の応援団長である小林さんを応援する応援団長だ」と仰られます。
自治省の時の部下の方々の多くが都道府県知事をされていらっしゃいますが、彼らを私にご紹介下さって「OUEN Japan の大学生や留学生を応援することと、それが地域活性化に貢献することになることは、素晴らしいことだ。学生が多く学んでいる地方の知事は小林さんを紹介する」と。

[OUEN塾in福岡]では、小川福岡県知事をご紹介いただきました。今度の石川県の[OUEN塾in金沢/石川]では谷本石川県知事をご紹介していただきます。

石原さんの魅力は、彼の中立公平な官僚としての矜持と能力ですが、ベースに彼の人懐っこい穏やかなお人柄にあると思います。
ざっくばらんなお話とお話しになっている表情が実に屈託のない、かわいい表情をなさるのです。
李さんや崔さんは写真を撮っていて、その人柄が分かると言います(人柄を撮るのがプロカメラマンなんだそうです)。

今の官僚の皆さんに、石原さんのお言葉からほとばしる「官僚の矜持」を、耳をかっぽじって聞かせたいと思いました。

小林 博重