OUEN塾リーダーの成長

[OUEN塾in福岡・北九州]は本番の2月12〜15日まで早いもので約1カ月になりました。これからが学生リーダーの出番の本番になります。事前の企業訪問や参加学生募集が彼らのミッションです。 昨年は初めてのこともあり、福岡リーダーが5名と少なかったため、みんな危機感を持って、東京リーダーの力も借りて、何とか開催に漕ぎ着けました。
今年は昨年比、リーダー数は北九州を含め19名であり、昨年の経験もあって、順調に活動していますが、どうしても「船頭多くして船山に登る」こと、当事者意識が不足しているリーダーがいること、危機感の不足等、問題も感じています。
その中から、福岡と北九州それぞれのトップリーダーは苦労しているところがありますが、彼女たちにとって社会人になる前の「リーダーは如何にあるべきか」を実地で学ぶいい勉強になっていると思います。

OUEN塾は、学生と企業との交流を通じて地域活性化と国際交流を推進するものですが、その中で学生リーダーが人間的に成長すること、リーダーになることを目指しています。やはり、リーダーとしての意識付けを持って全体を見て前向きに活動することで、リーダーは本当のリーダーになっていきます。その成長を日々感じることができて、私も実に嬉しく思っています。人は人の成長から学ぶこともあるのです。

小林 博重

iPhoneから送信

喧嘩や戦争をしていいことは何もない。

40歳にもなって子どものような社長がいる。自分勝手な意見をメールで送ってくる。喧嘩腰である。こんなメールに返信をすると問題がもっとややこしくなる。私も頭にカーッと来ているので、昔の森の石松であったなら、私の正当性を滔々と訴えるメールを送っていたと思うが、還暦6歳のできた人間を目指している身にとっては、グッと堪えて「どうしたものか?」と冷静になって考えてみる。アンガーマネジメントでは、カップラーメンの「3分間待つ」ではないが、たった「6秒間我慢すれば」冷静になり、適切な対応策が頭をもたげてくるものだ。

やはり、社会の荒波に揉まれることは人間を成長させる特効薬であるような気がする。
喧嘩しなければならないときもあるであろうが、その喧嘩は「喧嘩する価値がある喧嘩」でなければならない。一般的に喧嘩や戦争は何のプラスにもならないと思う。特に、クレームでの交渉をメールですることは全く以ってトラブルの上塗りになってしまう。

このことは、私の19歳歳下のメンターからいつも言われていた。正しいことも、適切なシーンで適切な手段で発しなければ、人間関係が悪化すること必定だと。
歳下とか異性とか部下とか学生とか、今までは軽く対応していたこともあったと思うが、まずは松下幸之助さんの『素直な心の一段』になることである。最終は『素直な心の名人』になることである。その最終は100歳か120歳か。コツコツと焦らないで努力することだ。

小林 博重

iPhoneから送信

平成最後の仕事始めに当たって、

1月7日(月)、今年の本格的活動がスタートしました。
長い年末年始休暇は、ちょっと私には苦痛のようです。平常の日々が始まり、ホッとした気分になります。

昨日の10時から12時半まで、六本木の新赤坂クリニックで人間ドックを受診しました。
年初の人間ドックは2013年からこのクリニックで受診していますので、今回が7回目です。
この6年間、あまり大きな変動はありませんが、少しずつ体重は増えているようです(約3kg、標準体重比+15kg)。優位注意しないとこれからも少しずつ体重は増えていくと思いますので、食事と運動を考えて生活しなければなりません。 運動はウォーキングが日課になっていますが、食事は早食いと野菜の摂取量が少ないのが問題です。
痛風と高血圧の薬は常用しています。また、禁煙して40年は経っていますし、アルコールも自宅では飲んでいません。お客様をはじめとして飲酒はせいぜい週1回くらいです。酒とタバコは問題ないと思います。

胃のレントゲン撮影は何とかなったのですが、胸のレントゲンを撮ったとき、五十肩で右手が上がらず撮影するのに苦労しました。

五十肩については、昨年10月までは痛くても何とか右手は上がっていたのですが、ここ2ヶ月前から痛いだけではなく動く範囲が極端に狭くなってきました。ちょっと五十肩を軽く考えていたようです。 午後に、青山整形外科クリニックに通院し、痛み止めの注射とマッサージをして、飲み薬と貼り薬をもらってきました。
先生は、五十肩を馬鹿にしてはいけない。まだ遅くないと思うが正常に動くようになるのは難しいかもしれない。当分、マッサージのため週に2〜3日は通院するようにとの話。とんでもないことになりました。
月の半分は地方出張で通院できないと言いましたら、自分で毎日、肩を動かす運動をするようにと。右手で重いカバン等は持たないようにとも。妻に言われていたことを無視していたことを少し後悔しました。「反省しても後悔はしない」という私のモットーがこんなことで崩れてしまうとは情けないことです。何事も素直に、小さいことも馬鹿にしないことです(妻の言うことを心して聞かなければならないと思います)。生死に関わることではありませんが、やはり仕事には少し支障があります。

夕方は、OUEN望年会にもご出席いただいたMinato(大阪本社のIT企業)の2人の役員(清水さんと野口さん)がいらして、これからのMap&OUENとのコラボについての打ち合わせを新年会を兼ねて行いました。
ビジネスはウィンウィンが大原則です。また、21世紀は「大きいことはいいことだ」の時代ではなく、各人が得手を磨いて、得手を持ち寄り、ウィンウィンのコラボで大きな仕組み作りをすることです。 Map&OUENもようやく、この段階まで来ることができました。人を大切にすることがビジネスの命だと痛感しています。

身体の衰えをしっかり自覚しながらメンテナンスをしなければ、心の健康も維持することができません。
あと34年の現役生活を送ることを考えると、よっぽどの意識改革が必須と思いますが、無意注意に頼らず有意注意を意識して日々を過ごしていこうと思います。

小林 博重

iPhoneから送信

改めて「敬天愛人」をモットーに掲げる。

1月6日日曜日の早暁2時半です。
昨晩は、妻と、天皇・皇后のご結婚以来60年の来し方を振り返るテレビ番組を視聴して午後9時過ぎに床に就きました。約5時間半の睡眠、寝つかれないときはブログでもと、思うところを認めます。

平成はあと4ヶ月足らずで終わります。昭和8年12月23日にお生まれになった天皇は昨年のお誕生日で満85歳になりになられました。30年前に天皇の皇位にお就きになり、85歳のご高齢まで日本の象徴としてお勤めになられたことに深い感慨と感謝の気持ちでいっぱいです。それも賢夫人、国母、女性の鏡として、天皇をあらゆるところで支えてこられた美智子皇后の存在があったればこそと、国民のひとりとして、深く感謝するものです。
天皇の85歳の天皇誕生日でのご挨拶は、天皇陛下ご自身が推敲されてお話しになったものであり、皇后への深い感謝の念が溢れていた実に感動的なご挨拶でした。天皇陛下の純真な素直さに深い感動を覚えます。 私は、今ほど日本人に生まれて良かったと思ったことはありません。
戦前は現人神としての天皇であり「天皇陛下のために喜んで死に赴く」という教育が行われましたが、今は同じ天皇を仰ぐといっても、現人神ではなく人間天皇として、全人格的な尊敬を以って、国民のひとりとして「天皇の国民に対する想い」に応えようと思うのです。 天皇皇后ほど、日本のこと、日本国民のことを想う(念う)人はいらっしゃらないのです。国民一人ひとりはその想いに応える義務があると思うのです。

今日が長かった年末年始休暇の最後の日です。明日が、平成最後の年の有終の美を飾るべく、4ヶ月を全力疾走するスタートの日です。改めて、私がこの世に生を享けた目的=使命(ミッション)を再確認します。

敬天愛人
西郷隆盛がモットーとした言葉です。同じく薩摩生まれの稲盛和夫さんのモットーでもあります。
西郷さんや稲盛さんの足元にも及びませんが、私もこの「敬天愛人」を絶えず念頭に置いて生きていきたいと思います。

天を敬い、人を愛する。

いくら隠しても天は全てをお見通しです。天に恥じることがない人生を送るのです。
人のために生きる。人のために尽くす。絶えず「世のためために」を考えて生きることです。
それが「自分のため」に通じるのです。すなわち、人のためは自分のためです。

この「敬天愛人」から全ての事象を考えるのです。そうすればぶれることはない。
おかげさまで、いろいろな人が私の周りに集まって来てくださいます。人を見る目を養う必要がありますが、これは信頼できる人の助けもお借りして、素直な心を持って対処したいと思います。

きっと良い1年になることと思います。

小林 博重

iPhoneから送信

自らの人生を「哲学」することの大切さ

今日は1月5日。あっという間に5日間が経ちました。人生もこんなものなんでしょう。長いようで短い。あと100歳まで24年といってもあっという間なんだと思います。大切に一日一日を過ごしたいと思います。

昨日は、私が顧問をしているオーナー会社のオーナー以下幹部の皆さんと、昨年同様に、成田山新勝寺に初詣に参拝しました。
成田は霞ヶ浦が傍ということもあり、川魚料理が名物です。鯉こくや鰻の蒲焼等。私は生魚が苦手で、川魚の臭みも加わり、専ら鰻と漬物でお腹を満たしました。新勝寺の初詣のあと、だるまと千葉の落花生をいただいて帰途に着きました。

今日明日の連休のあと、7日から本格的に新年の営業活動がスタートします。年末年始の長い休暇も漸く終わって、気合いを入れ直して新しい年がスタートします。
この10日間ほど、特に暴飲暴食したわけでもないのですが、ちょっと太ったか、久しぶりのズボンのベルトがきつく感じました。きっと気持ちが緩んでいたのでしょう。今朝は久しぶりに2時間半の早朝ウォーキングで気合いを入れ直しました。

日経新聞朝刊に幻冬社新書の『考えるとはどういうことか』(梶谷真司著)の広告が載っていましたので、早速amazonで買い求めました。

「考える」ことで人は初めて自由になる。
「考えることは大事」と言われるが、「考える方法」は誰も教えてくれない。
考えるためにはまず「問う」ことが必要。
人は自分で考えて決めたことにしか責任をとれない。考える自由がなければ、人生は自分のものにならない。

その通りと思います。
自分なりに考えることをして、ドン底も経験しながら、私は少しずつ自由になってきたような気がします。

「本当の自由とは、自分がしたいことをして、するべき義務を果たすことである」
曽野綾子さんはそんなことを仰っていたような気がします。

人間は自由でなければ、楽しくありません。その意味で、私はサラリーマンはちょっと無理だったのではないかと思っています。よく20年も束縛だらけのサラリーマン生活をしていたものだと思います。
しかし、今の自由気儘な生活が送れるのも、特にこれといって才覚や才能がない自分にとっては、サラリーマン生活をしてきたことが役に立っていることを考えると一度はサラリーマン生活を送ることも意味があることだとも思います。

兎にも角にも、人間は自らの心の深奥を見つめるために「哲学」することが大切なのです。

小林 博重

iPhoneから送信

年賀状の効用

昨日は、いただいた年賀状で出していない先様宛に30枚の年賀状を認めました。
今朝は、いただいた年賀状をゆっくりと拝見し、中には年賀状だけのお付き合いの方々もいらっしゃいます。一年ぶりの懐かしさに浸る時間でした。

今年の年賀状の発行枚数は前年比7.2%減の24億枚だったそうな。過去最高は平成4年の44億5千万枚だそうだから、ピークの半分近い水準まで減少しているとか。

私宛にラインやメールで年賀状が届く件数も増加しており、年賀はがきで年頭のご挨拶をする日本人の習慣は徐々に廃れていくのはやむを得ないことのように思います。

今年の年賀状の中で特徴的なことは、ご高齢の方からのもの中に、来年の年賀状から欠礼させていただくとコメントがあるものが1枚ならずあったことです。それだけ年賀状を認めることは負担があるのです。
私の場合は、ビジネスとボランティアで活動範囲は少しずつ拡大していますので、年賀状も少しずつ増加しています(今年は600枚を出状しました)。裏面の図案はデザイナーにお願いして印刷してもらっていますが、表面の宛名書きと裏面のコメントは手書きしていますので、12月初めからその作業が年中行事になっています(12月はメインのOUEN望年会の準備と年賀状の手書きで、平常の月の活動とは様変わりです)。

年賀状は儀礼と思いますし、無駄だという人もいますが、その儀礼が人とのお付き合いでいわく言い難いこともあるのです。いつまで年賀状を出す社会との繋がりを持つことができるのか、生涯現役というのなら現役の内は年賀状を出すことになるのだと思います。
また、年賀状は、年の初めに自分自身の来し方を振り返る機会ともなるのだと思っています。付き合いの初めが高校、大学、社会人、社会人でも転勤先での知人、今のビジネス、ボランティア等、年賀状は自分史を垣間見るひと時でもあるのです。

同年代の知人に限らず、私が30歳代に銀行人事部のおり採用した後輩たち(私より一回りは若い)も、第2の人生をスタートさせる年代になっています。
日々若返りがあるわけで、至極当然のことなのですが、人生は何と短いものかと思います。みんな人それぞれ苦労しているんですね。そんなことを考えると、サラリーマンは決して気楽な稼業ではないのです。

そんなこんなで、年賀状の効用はそれなりにあるのです。

小林 博重

iPhoneから送信

無事であるためには何が必要か(曽野綾子さんのエッセイ を読んで思う)

曽野綾子さんが1月1日の産経新聞朝刊『正論』に、「無事であるためには何が必要か」と題してエッセイを認めています。

その抜粋

天皇陛下は平成最後のお誕生日に当たって、皇后陛下が長年、天皇陛下のご任務を支えてこられたことに対する感謝を述べて、温かい夫婦愛を示された。世間の夫婦ももっとお互いへの感謝を口にすべきだろう。 無事は決して偶然の結果ではない。無事は混沌とした危機の要素を、深奥で温かく発酵させ、冷静に分析し、圧を減じて配分し直したものだ。
この「無事」を継続するにはどうすればいいかというと、原則は簡単で、何より利己的であってはならないのだろう、とは思う。全て存在する命と運命を分け合うという姿勢が要るのである。 しかし私をはじめとして、人間は分けることが本質的に好きではない。手に入ったものは、最後まで握っていようとする。
この矛盾をいかに匡正するかが人間としてのスタートなのだ、と子どもに教えることは今後の教育の課題だが、実はこれほど難しいものはないのかもしれない。

ここで曽野綾子さんが述べていることは私個人への戒めでもあります。

⑴感謝と謙虚がいかに大切か。まずは最も身近な夫婦の間で「感謝と謙虚」の心を持ち合うことだ。
⑵無事は決して偶然のことではなく、当たり前なことではない。絶えず相手の立場を考え、感情的にならず、じっくりと心の奥で温める賢さを持つべきである。
⑶これを広く世に広めることで、無事や平和は達成される。それは心を「利己から利他にする」ことである。それは欲望で生きている人間としては一番難しいことである。それを生涯に亙り極め続けることが大切なのだ。 ⑷利己的な人間が利他的な人間になるという矛盾をアウフヘーベンするために「教育」は存在する。それは共に育つ「共育」なのである。 OUEN塾は、人を育てる「難問」にチャレンジし続けていきたい。

小林 博重

iPhoneから送信

平成最後の元旦に思う。

平成はあと4ヶ月で終わり、5月からは新しい元号がスタートします。小渕官房長官が「新しい元号は平成です」と記者会見して、もう30年が経ったのです。10年一昔と言われますが、その3倍の30年もあっという間でした。そう考えると人生100年は長いようで実に短いとも言えます。

東京都内では、元旦に餅を喉に詰まらせて10人が病院に搬送(内1人死亡)されたとか。その内7人は60歳代以上だったとか。歳をとると飲み込む力が弱くなるから詰まるので小さく切って食べるようにとずっと前から言われているにもかかわらずです。おれおれ詐欺も年配者を狙った詐欺です。私など「知恵のあるべき年配者が何でそんなことも分からないのか」といつも思うのですが、そんな私も年配者と言われる60歳代。歳をとることは体力は衰えるが世間の荒波を乗り越えて生きる知恵が蓄積してくるはずなのですがそうでもないのは、やはり「認知症」のせいなのか。 私が目指すべきは、若者から『長老』と尊敬される「感謝の心と謙虚さを持った知恵ある老人」です。

昨日の元日はスカイプで東京と大阪の孫たちの元気な姿を見ることができました。三元中継が個人でできることに驚くとともに、年末年始の国民の大移動とは一線を画すことも利口なことのではないかと思いました。

目的と手段のことを考えます。
人間は何のために生きているのか、何をするためにこの世に生を享けたのかを考えます。

企業の盛衰を考えるとき、これだけ変化が激しい時代では、手段のみでビジネスを考えている会社は衰退の一途を辿るしかないと思います。
何のために会社はあるのか?何をしようと思って会社を創ったのか、その目的をしっかり社員が共有している会社は時代の変化に乗り遅れることなく、時代の変化の一歩先を歩いていくのです。

人間も同様です。
人間は何のために生まれたのか。人間は幸せになるために生まれたのです。では、何が幸せか。みんなが楽しく仲良く生活ができることが幸せなのではないか。人それぞれが自分の価値観で生きることができる社会を目指すべきなのです。中国のような1つの価値だけを押し付ける社会は幸せな社会ではないと思います。共産主義はそんな狭い了見の思想だったのだろうか。人間の幸せを追求した結果の理想が共産主義ではなかったのではないか。 これからはダイバーシティ(多様性)が幸せのキーワードです。老若男女、人種、障害の有無にかかわらず、みんなが仲良く働いて生きている社会を目指すべきです。

そのためにもっともっと私自身が変わっていかなければならないと思います。まだまだ未熟な自分を意識するとき、生きている限り成長していかなければならないと思います。そして、死の瞬間がそのピークであるような人生を送っていきたいと思います。

小林 博重

iPhoneから送信

「足るを知る」という生き方=「感謝」と「謙虚」の心

大晦日の日経新聞朝刊の『春秋』です。

太宰治「新釈諸国噺」の一編についてのコメントである。市井の人々の大晦日に起きた噺から「貧の意地」「人間の心意気」が現代でも日本にしっかり根付いていてほしいと。 今年は、いたるところで「人間としての意地汚さ」が表面化した一年でした。その極め付けが日産のゴーンショックでした。
法的に有罪か無罪かは裁判所が裁くことです。しかし、たとえ無罪であったとしても、『春秋』のコメントのように、「年に10億円もらってもまだ10億円欲しがり、私的な損失を会社に回した疑いを持たれている富者は「意地汚い人間」そのものではないか。

稲盛和夫さんは著書『生き方』で「自然の理に学ぶ『足るを知る』という生き方」で下記のように述べていらっしゃいます。

私は、これからの日本と日本人が生き方の根に据えるべき哲学を一言でいうなら、「足るを知る」ということであろうと思います。また、その知足の心がもたらす、感謝と謙虚さをベースにした、他人を思いやる利他の行いであろうと思います。
この足るを知る生き方のモデルは、自然界にあります。ある植物を草食動物が食べ、その草食動物を肉食動物が食べ、肉食動物の糞や屍は土に還って植物を育てる・・・・・弱肉強食が掟の動植物の世界も、大きな視点から見ると、このように「調和的な」命の連鎖の輪の中にあるのです。
したがって人間とは異なり、動物はその輪を自ら壊すようなことはしません。草食動物が欲望のおもむくままに植物を食べ尽くせば、そこで連鎖は断ち切られ、自分たちの生存はおろか、あとに続く生物も危機にさらされてしまいます。そのため彼らには、必要以上には貪らないという節度が本能的に備わっています。
ライオンも満腹のときは獲物をとりません。それは本能であり、同時に想像主が与えた「足るを知る」という生き方でもあります。その知足の生き方を身につけているからこそ、自然界は調和と安定を長く保ってきたわけです。
人間も、この自然のもつ「節度」を見習うべきではないでしょうか。もともと人間も自然界の住人であり、かつては、その自然の摂理をよく理解し、自分たちも生命の連鎖の中で生きていたはずです。それがやがて、食物連鎖のくびきから解き放たれ、人間だけが循環の法則の外へ出ることが可能になった。そして同時に、他の生物と共存を図るという謙虚さを失ってしまったのです。
自然界において、人間だけがもつ「高度な」知性は、食糧や工業製品の大量生産を可能にし、それを効率化するさまざまな技術も発展させましたが、やがてその知性は傲慢へと変わり、自然を支配したいという欲望を肥大化させていきました。同時に、足るを知るという節度の壁も消えて、もっと欲しい、もっと豊かになりたいというエゴが前面に押し出され、ついには地球環境をも脅かすほどの状況に陥ってしまったわけです。

他山の石
私個人のことを考えてみても、稲盛和夫さんのご指摘に自らの至らなさ、修行の不足を痛切に感じます。
「敬天愛人」をモットーに生きているつもりになっているだけの自分を見つけて、これではいかん、もっともっと精進しなければならないと、ここのところの自らの言動と心の中身を見つめて、そう思います。

明日は平成31年。平成最後の年になります。身を引き締めて、日々精進を積んでいきたいものです。

小林 博重

iPhoneから送信

来年は結婚40周年(ルビー婚)

年の瀬も押し迫って、今年は今日を入れてあと3日です。昨日は事務所の正月飾りを飾って、今日から1月3日までの6日間は完全プライベートの年末年始休暇になります。

私は夜のお付き合いがある日は11〜12時まで起きていることは苦ではありませんが、そうでない日は9時前には布団に入るのが習慣になりました。私にとってはどちらも自然体で無理をしているわけではないのでストレスとは無縁です。 9時前に寝ると、やはり3時前後には目覚めます。今朝は起床前に、スマホでAmazon musicを聴きました。
都はるみのベストヒットです。

アンコ椿は恋の花
涙の連絡船
好きになった人
北の宿から
大阪しぐれ
ふたりの大阪
浪花恋しぐれ
夫婦坂
小樽運河

私の小学校から社会人(20歳代)までのヒットソングです。都はるみは独特のうなり節でデビューしましたが、20歳代の女盛りからしっとりとした女性らしい感情を謳う、演歌の代表的な歌手です。感情を込めた歌は抜群で、個性化歌手のダントツだと思います。 ユーミンもいいが都はるみもいい。歌のジャンルは違いますが、超一流は何でも心打たれます。

その中から、「夫婦坂」

この坂を 越えたなら
幸せが 待っている
そんな言葉を 信じて
越えた七坂 四十路坂
いいの いいのよ あなたとふたり
冬の木枯らし 笑顔で耐えりゃ
春の陽も射す 夫婦坂

女なら 花ならば
咲く時も 散る時も
見ててほしいの あなたに
宿命(さだめ)あずけて 暮らしたい
いいの いいのよ 一間の部屋で
あなた待ってる 雪割草も
いつか芽をふく 夫婦坂

流れゆく 人の世の
哀しみに 泣いたなら
杖になってね 抱いてね
肩を貸してね 背負ってね
いいの いいのよ ふり向かないわ
曲がりくねった 坂道だけど
ついてゆきます 夫婦坂

来年、早いもので結婚40周年になります。ルビー婚というらしい。金婚式を迎える77歳までには生まれて生きてきた証を確固として残すまでに、人生の成果を出したいものだと思います。

小林 博重

iPhoneから送信