「健康寿命」と「精神寿命」を如何にして伸ばすか

昨日、ウォーキングを兼ねて、1月26〜27日の東京〜仙台の往復新幹線の乗車・特急券をJR渋谷駅にて買い求めました。「大人の休日倶楽部・ジパング」のクレジットカードを使用すると3割引きになります。これは65歳になった特権です(カードの年会費が掛かりますが今回の割引は年会費以上です)。

渋谷からの帰路に表参道の国連大学の前にファーマーズマーケットが出店していたので「茨城の栗」「長野の椎茸」「長野の林檎のドライフルーツ」のほか、苔玉の梅の木と多年草植物を二つ買い求めました。

事務所は殺風景なので、ベランダにはいくつかの観葉植物を鉢に植えています。
私は年中無休の仕事人間ですがお金儲けという点では劣等生です。仕事をすることが面白く、人と接することが大好きなので、その結果、おまんまが食えるだけのお金がいただければいいと思っています。お金は全て結果であり、人さまが喜んでくださったお礼と思っています。お金を稼ぐことは目的ではなく、目的を果たした結果なのです。このことは精神衛生上はすこぶる健康的です。

「忙中閑あり」
弓も張りっぱなしでは切れてしまいます。余裕というか緩みがなければ殺伐としますし、長続きしません。あと35年は持たせなければならないのですから、心身ともに緩みが不可欠です。 植木や花の趣味はありませんが、時々花屋さんに立ち寄って気に入った花を買います。本屋さんにブラっと入るのと同じですね。これが結構ストレス発散になります。

事務所を区切った私の書斎に石川洋さんのカレンダーが掛かっています。
1月は「再出発にもう遅いはない」
65歳、もう遅いことはない。あとは健康寿命と精神寿命を35年間持たせることです。
この歳になると、如何に健康であることがありがたいことなのか、友人たちが少しずつ脱落していくのを目の当たりにすると、このことは言葉以上の実感です。

小林 博重

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『得手』を磨き上げることで人生は幸せに生きることができる。

ビジネスマッチングや、それを面展開したビジネスコラボレーションサポートを生業にしていると、会社にも個人にも言えることですが、如何に自分の『得手』を磨き上げるかが生き残りの最大のポイントのように思います。すなわち、ある分野について比類なき差別化をアピールできるか否か、それを絶えずブラッシュアップしているかどうか、なのです。

世の中は一瞬たりとも立ち止まってはいません。旧態依然としたやり方を継続していると「ゆでガエル状態」に陥ってしまいます。私の仕事は人と人を繋ぐビジネスですが、これとて同様です。世の中の流れに沿って成長企業同士を結結び付けないとやりがいもないし、手元に入るお宝(お金だけではなく、人脈をはじめとしたソフト)もお粗末なものになってしまいます。

20世紀は「大きいことはいいことだ」が合言葉で重厚長大産業が幅を効かしていましたが、現代では軽薄短小産業に変わっています。大企業は東芝、日産、神戸製鋼をはじめとして、サラリーマンの無責任主義がはびこっており昔日の経団連会長が財界総理と呼ばれた大物経済人は稀少になってきているように思います。

現代はベンチャービジネス的な企業同士の緩やかな結びつきの下で、お互いの自由度を高め責任感を持って、プロジェクトを大きくしていく時代なのではないかと思っています。その大前提のキーワードが『得手を磨き上げる』だと思います。

今年のMapビジネスは得手を持った同士を繋ぐことに傾注したいと思っています。

会社も個人も成功のポイントは「得手を磨き上げること」です。至って簡単なことなのです。

小林 博重

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自分以外は全て師

昨日もMapビジネスで4社と打ち合わせしました。私がお客様をご紹介するに当たり依頼された会社の業務内容や他社との差別化、アプローチしたい業種や具体的企業等を、私自身が概略把握しておく必要があります。 点と点を結び付けるところから線と線になり、最終的に面の拡がりを大きくすることがコストパフォーマンスが高く面白いビジネスになります。

リオ五輪団体卓球の銅メダリストである伊藤美誠選手が語っていましたが「勝負に勝ちたいと思う前に卓球が面白くてしようがないと思うことがなければ苦しい練習を長くできない。面白ければ必然的に卓球は強くなる」と。17歳にして一芸に秀でた人の言葉は箴言です。

私は仕事をするに当たり「面白い。強くなりたい(儲けたい)」の根っこに「世のため人のために尽くす心」がなければ、生涯を通して仕事は続けることができないと思います。 そして、仕事が成功するコツは思いやりの心、相手がどう思っているのか、何を困っているのか、何をしてほしいのかに思いを致す「恕の心」を持つことだと思います。
65歳にして、ビジネスは意外と単純で、ビジネスとは関係ないと思われる、お坊さんが説教するお決まりの「思いやり」を持つことなのだと、人さまとの触れ合いのなかからそのように思いました。そしてそれは絶対真実なのだと確信するに至りました。

また、若い学生さんとの触れ合いのなかから、「教えよう」と思ってはだめで、率先垂範することで自然と思いは「伝わる人には伝わる」のだと思います。そして、その言動を通して、自らが成長していくのだと思います。 人を教えるのではなく、人から教えられるのです。そして、その教えてくれた人に感謝することが大事ですね。
その意味で、自分以外は全て師なのです。

MapもOUEN Japanも積極的な活動のなかから自らを成長させてくれます。

小林 博重

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現実を見据えてこそ夢は達成できる

大学の同期から2通の年賀状を貰いました。その1通には「恥ずかしながら認知症になりました」とのコメント。
1年先輩も認知症になったという話も聞いており、人によって差があるものの65歳は高齢者の仲間入りの年齢なのかと現実に出くわし、改めて実感しています。
昔から、親愛を込めて「アホ」「ボケ」「マヌケ」と同期との会話をしておりましたが、認知症が現実のことになると仲間内でも冗談にもこのような差別的用語を使うことはできません。

昨日もビジネスパートナーと仕事の話が終わった時に「長生きリスク」について会話が弾みました。読む本もことこれに関する書籍が多くなります。
これからの人生を暗く考えているわけではなく、若い時以上に「有限な生命」「生まれてきた意味」「時間の大切さ」を我が事として考え、前向きに生きようと思っているからのことです。

50歳代には感じなかった身体の衰えですが、還暦を過ぎ65歳の声を聞く時から少しずつ「ガタが出てきた」ことを痛感します。人はお世辞に「同い年の人よりも若い」と言ってくれます。今週、20年振りに会った後輩からは「昔よりも若くなったんじゃないですか」と冗談のようなことを言ってくれました。 心や精神は青春の意気であり「一生青春、一生燃焼」のモットーはますます堅固なものではありますが、それは現実を見据えたものでないと画餅になってしまいます。 「身体が資本」は今になって実感として心からそのように思います。
形而上なものは形而下なしっかりしたものがあってこそ、その価値を具現化できるものなのです。くれぐれも「御身大切にする」ことを心掛けたいと思う今日この頃です。

小林 博重

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リベラルアーツの重要さ

博覧強記の第一人者といえば、NHK週刊こどもニュースのお父さん役で一躍名を馳せた元NHK報道記者でジャーナリストの池上彰さんだと思います。池上さんは、東京工業大学リベラルアーツ専任教授として日本経済新聞にもコラムを持っていらっしゃいます。

池上さんのお気に入りの名言に、慶應義塾大学の中興の祖と言われる小泉信三先生の「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ」があります。

池上さんは、すぐに役に立つものはすぐに役に立たなくなる」と柔らかく表現されていますが、言わんとするところは「世の中で役に立つ人間は、これからは幅広い教養を持っている人である」ということでしょう。

スペシャリストを育成すると思われている東工大で「リベラルアーツ」を重視していることに、大学の人を育てる哲学の変遷を感じます。

私は昭和46年に東京大学に入学しました。東大は1〜2年が全員、駒場の教養学部で学び、3〜4年が本郷で法経文工理薬農医の専門課程に進みます。当初、私は「何で今更2年間教養学部なんだ。早く本郷で専門を学びたい(そう思っただけで専門はいい加減だったのですが)」と思ったものですが、今振り返ると、特に今の私のビジネスをはじめとした生活全般では1〜2年の教養学部での学び(65歳の現在まで続いています)が私の人格の全てと言っていいと思います。

最近まで多くの大学は「役に立つ人材」を育てようということで、なるだけ早く専門教育を行い、その専門のスペシャリストを育てようという傾向があったようです。極端に言えば「専門バカ」を育成する傾向がありました。その結果、自分の専門のことは詳しいけれど、それ以外のことはあまり知らない、自分だけ良ければいい、人のことは知ったことではないと、という人たちが多く生みだされてきたように思います。

そのような若者たちが世に出ていった場合、その人は社会のいろいろな問題に対処することができないのです。専門教育だけを受けてきた人が「役に立つ」とは限らないのです。むしろ幅広い「教養」を持っている人が必要とされているのが現代なのだと思います。

OUEN Japanが育てたい人間は、

①人の心が分かる人間。

②相手が何を求めているか、何を困っているのか感じることができる襞のある人間。論語で言う「恕」の心を持った人間。

③絶えず人に尽くすことを考えることができる人間。「情けは人のためならず」「因果応報」は絶対真理です。

④目先のことばかり追いかけることなく、先を見て行動ができる人間。

いわゆる「リベラルアーツ」教養が豊かな人間です。

福沢諭吉翁も心訓で述べています。「世の中で一番みじめなことは人間として教養のないことです」

小林 博重

働く喜びを味わう

成人の日も過ぎ、ようやく仕事モードに突入です。私は年中無休ですが相手のあることですし、やはりみなさんが仕事モードになっていただかないと気分が乗ってきません。

いろいろとトラブルがあって少し気が滅入っていたのですが、五木さんではないですが人生最悪のことを思い出したら今の苦難など何でもないと思うと不思議なもので心が晴れてくるものです。

甘ちゃんの私ですら、甘ちゃんだったからかもしれませんが、40歳代後半から10年間は心がどん底になっていた時期でした。稲盛哲学を学んでいてもなかなか自分に当てはめることができず悩み続けた10年間だったと思います。しかし、一生懸命生きている(仕事をしている)と稲盛さんが仰っていることが少しずつ分かってきたのです。全ては心の持ちようなのです。 善因善果、悪因悪果。世の中は100%因果応報です。仕事が心を癒してくれます。働くことは良薬なのです。

今日はMapのビジネスマッチングの日でした。2組をセットしたのですが、いずれも良い話になりそうです。私のビジネスマッチングは今では線から面に展開してきています。みなさん、結構役に立つと思っていただいているのでしょう。私のような立ち位置でそれをビジネスにしている人は殆どいませんので、私は希少価値なのだと思います。これもみなさんのおかげですので、驕らず謙虚に、みなさんに感謝して仕事をすることです。

やはり仕事が良薬でした。滅入っていた鬱々としていた気分は仕事のおかげで何処かへ飛んでいってしまいました。

働くことは良薬であるとともに人間をつくります。
働くことの最大の目的は、働く人の心を練磨し、人間性を高めることにあります。働くことで、私たちは自らの内面を耕し、深く厚みのある、人の心が分かる襞が深い人格を創り上げることができるのです。

「人のために尽くす」仕事をして、働く喜びを味わって生きる人生を送っていきたいものです。

小林 博重

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「百歳人生を生きるヒント」を読んで

1月8日(月)は成人の日です。彼らが生まれた20年前の平成10年は私が45歳の年でした。私は平成9年の44歳の時、21年勤めた職場(銀行)を退職しました。それからあっという間に20年が経ったと言うのが偽らざる実感です。

20歳の若者にとって私の年齢になるまでは45年。今まで生きてきた年月の2倍以上の年月を要します。年齢を重ねるとだんだん1年が短く感じられるようになるというのは、それまで生きてきた人生の長さと比較するからなのでしょう。彼らの45年は途方もない長い人生なのですが、私のこれからの100歳までの35年は私が生きてきた65年の約半分です。あっという間に100歳になります。 人生は長さではなく、想いであり生きたという満足感ですから、私にとってあっという間の35年であっても、生きた証を残す35年にしたいと思うものです。

今日は五木寛之さんの「百歳人生を生きるヒント」を一気に読了しました。
私は稲盛和夫さんを私淑している者ですが、五木さんの「人生を考える姿勢」は稲盛さんと視点は正反対と思いますが「人生を積極的に生きる」点では同じだと私は感じています。
稲盛さんはあるべき人間像を説かれますが、五木さんはありのままの人間を語られます。明暗、強弱と正反対ですが、お二人とも真っ直ぐの「人間の生き方」を追求されている点で、私は強く共感するものです。

五木さんは、人生を登山に例えられますが、登山は登りっぱなしでは完結しません。下山することで登山は完結するのだと言います。
人生100歳時代。50歳が折り返し地点。50歳からが下山です。人生100年は、単に下山の30年が50年に、20年長く伸びることではなく、今までの人生観・価値観を180度変えなければ50年をつつがなく生き抜くことはできません。

私はそのポイントは、以下のように思います。
(1)自分を客観的に見つめることができる素直さを持つこと。
(2)自分に正直に生きる素直さを持つこと。
(3)人間は人に支えられて生きているが、1人で立つ強さを持つこと。人に過大な期待をしないこと。
(4)ストレスは殆どが人間関係であり、心の持ちようで苦難は苦難でなくなる。
苦難と出合うとき、それまでの最悪の苦難を思い出せば、苦難を苦難と思わなくなる。

歳を重ねるとだんだん人間の襞の深さが分かってくるように感じます。
味のある人生を送りたいと思います。

小林 博重

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悔いのない人生を送りたい

昨日は、新宿のデンタルクリニック受診の日でした。4本の歯がインプラントなので定期的メンテナンスが必須なのです。外苑前の事務所からウォーキングで片道約40分。いい運動です。帰りに東新宿の紀伊国屋書店に立ち寄り約1時間店内をブラブラし、新書を4冊買い求めました。 「95歳まで生きるのは幸せですか」(瀬戸内寂聴、池上彰共著/PHP新書)
「100歳人生を生きるヒント」(五木寛之著/日経プレミアシリーズ)
「健康という病」(五木寛之著/幻冬舎新書)
「決断力」(羽生善治著/角川新書)

「人生100年時代」と「永世七冠」「国民栄誉賞」
まさに、ミーハーです。

瀬戸内さんと池上さんの対談は、世界や社会や個人に至るまで、実に示唆に富む内容でした。

「アメリカファースト」に代表される「自分さえよければいい」という意識はアメリカだけではなく世界に蔓延しています。日本も例外ではありません。
瀬戸内さんは「自分だけが幸せでも幸せとは言えない」と言います。「周りも幸せでないと幸せとは言えない。自分の周りだけが幸せでも幸せとは言えない。一緒に生きているすべてが幸せじゃないと本当の幸せとは言えないんです」

「認知症になれば人に迷惑をかけることが分からなくなるから、認知症の人は幸せですね」という池上さんへの瀬戸内さんの「幸せ」の定義です。

人はすべて自分が一番可愛いですから、人はすべて「利己主義」であり、私は「利己を極めれば利他に至る」と思っていますが、私がいう「利己」は「自分の心の幸せ」を追求する利己ですから、これは「利己主義の利己」とは似て非なる「利己」なのです。

私の白秋は65歳〜100歳の35年間ですが、白秋の期間でミッションを成し遂げたいと思うものです。
思い通りに人生は生きることは奇跡なのですから次善の生き方としてピンピンコロリの人生なのです。

兎にも角にも、悔いのない人生を送りたいものです。

小林 博重

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明治150年に想う

昨日、NHKの朝の番組で「明治150年」を取り上げていました。今年(平成30年、2018年)は、明治元年(1868年)から満150年の年に当たるとかで、政府は「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ向けた」施策をいろいろ考えているようです。また、来年4月末を以って「平成」は終わります。1年を通して平成という年は今年が最後になります。いずれにしても平成30年は、国家の大きな節目の年です。

第2次世界大戦が終わったのが昭和20年(1945年)。それから73年の年月が経ちました。戦後73年です。経済白書の結びで「もはや戦後ではない」と記述されたのが昭和31年(1956年)。1人当りの実質国民総生産(GNP)が、前年に戦前の水準を超えたからです。かくして経済は戦後ではない時代を迎えたのです。しかしその後の日本はどうでしょう。驚異的な高度成長時代を経てバブル経済に酔いしれ、バブルが弾けて「失われた20年」の時代がいつ終わることなく続いています。ひとりの心(精神)ある日本人として振り返ると、日本人の精神は戦前を乗り越えてその善悪を客観視することなく、現在にまで至っているような気がします。

安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を掲げ、第1次内閣の失敗を土台にして安倍一強で安定政権を誇っていますが、右寄りの内閣であるがゆえにともすれば戦前の復興を目指しているのではないかとの疑念を持たれかねません。明治150年の施策にしても明治以降の歩みを次世代に遺す中で負の遺産についても正面からきちんと取り組む必要があると思います。平成30年は、明治150年を真正面から振り返り、これからの日本・日本人の羅針盤を創っていく年にしていかなければならないでしょう。

翻って、私事ではありますが、平成30年は65歳のスタートの年であり、人生100年時代に準えると人生の後半戦になります。「西郷どん」(林真理子著)の普通装丁版は上中下の3部作。
前半は「激動の青春編」、中盤は「駆け抜ける幕末編」、後半は「新しき時代、維新編」です。
私の65歳からの後半人生も然り。「新しき時代、維新編」です。

昭和27年に生を享けて、金沢大学附属高校、東京大学を経て、安田信託銀行入社、人事部にて人事採用教育を手掛けたまでの38年間が前半(青春編)。
中盤は支店本店の営業開拓に精を出し、バブル崩壊を経て銀行との葛藤もあり退職。いくつかの転職を経て個人会社を設立しその流れでNPOを立ち上げ、何とか目鼻が立ってきた64歳までの26年間(朱夏編)。
平成30年からの35年間が後半(白秋編)。
100歳以降はおまけの人生(玄冬編)。こんなところでしょうか。

今までの64年間の善悪を客観視することで、白秋は輝かしい35年間になるのです。ピンピンコロリ。完全燃焼で燃え尽きることが私の理想の人生だと思っています。

小林 博重

「歳を取る」ということ

昨日は病院のハシゴの1日でした。午前は六本木で人間ドック、午後は青山で内科(痛風と高血圧)と整形外科(肩関節周囲炎)。肩関節周囲炎はいわゆる五十肩です。
いずれも飲み薬での治療ですが、痛風と高血圧は生涯飲み続ける薬です。日本の医療費の増大は止まること知らずというのは、自分が当事者になってみるとこれは大変なことだと実感します。 五十肩については、65歳にもなって五十肩になるものですかと先生に尋ねたところ、先生曰く、
「65歳で五十肩になったということは小林さんの身体は50歳ということです。若くて喜ばしいことだと思えばいいんです。
実際のところ80歳でも五十肩になる人もいます。五十肩の命名の由来はたまたま症状が出る年代が50歳前後が多かったからだろうと思います。それだけ日本人は長命になったということですね」

10数年前に症状が出た時には自然に治ったのですが、今回は発症して1年以上になり仕事にも集中できなくなってきましたので、先生のお世話になることにします。 飲み薬と貼り薬、それに運動と日常生活で気をつけることを守ることです。

人間の成長は、まず自らを知ることからです。
自らの長所短所、得手不得手を知ること。短所や不得手をカバーするためには、素直に、それの長所・得手である人の力を借りること、そしてその人に感謝することです。 人間は不老長寿を願いますが、人間の命は有限であり、残りの人生を意識して生きることで、人間の成長のスピードは早まり、その襞は深まるのです。

65歳という年齢は日本では高齢者の入口です。ひとつの区切りの歳です。
ガンジーの箴言「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」の意味が身に沁みて分かる歳でもあります。

一瞬一瞬を大切にして真剣に生きること
長期展望を持って学ぶこと(木を見ず森を見よ)

歳を重ねるといろいろな気づきを得ることができます。
だんだんと充実し凝縮した人生を送ることができる歳になっていくのです。

その意味で、一休さんがいう「正月はめでたくもあり、めでたくもなし」からアウフヘーベンして正月を寿ぐことです。

小林 博重

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