「人間の真の幸福」とは、

石原慎太郎さんが「人間の真の幸福」について書いている。

人はそれぞれが個性を持って生まれてくる。

天から与えられたその個性を遺憾なく発揮することこそが幸福なのだ。

また、人間の命は有限であればこそ、人は与えられた生の期間を燃えていかなければならないのだと。

人間の真の幸福とは、人間がそれぞれ個人として、持って生まれた天性・特性を生かしきった充足感である。

決して他になぞらえることのできない自らの非凡さを、仕事の上で、人生の中で立証することのできた充足感こそが真の幸せである。

生あるものは必ず滅するのだという存在の公理をわきまえていればこそ、実は、懸命に生きるという姿勢の甲斐もある。

人間の生命の、宇宙の全存在全時間に比べての儚さを知ってかかれば、逆に、その限りのある人生を、短く儚いが故にかけがえのないものとして、思い切って生きる意欲が湧いてくるはずである。

自分を生かしきるということこそが自分をこの世に与えてくれたものへの報恩であり、自分を核として過去と未来に繋がる先祖・子孫のために役立つこと、つまり供養である。

人生という劇場の、決して短くはない最後の幕をたっぷり味わっていくためには、正面きって自分の人生に向かい合い、こちらから仕掛けていけば、こんなに遣り甲斐・生甲斐のある、人生の時は他にあるものではない。

悔いのない生を全うしたいものだ。

小林 博重

赤門鉄声会のホームカミングディ

昨日(4.20)、赤門鉄声会(東大応援部OBOG会)のホームカミングディだった。

東京六大学野球の東大vs早稲田大の野球応援(明治神宮球場)と年次総会・記念講演会・懇親会(東大本郷キャンパス)だ。
残念ながら野球は1vs13で一方的試合で敗戦したが、また明日だ。

総会では、決算・予算の承認がメインだが、今回は会長と幹事長の交代があった。会長は私より8年先輩で安田信託銀行の先輩でもあった井口一弘さん(元安田信託銀行専務、元スターツグループ会長補佐、前スターツ信託社長)、幹事長は私だ。井口さんからのたってのお願いがあり、平成21年4月に幹事長を拝命し爾来満10年が経った。早いものだ。応援部創設60周年の折、OBOGから600万円強の寄付金を募集する担当を引き受けたことが幹事長へのきっかけだろう。現在の会員は現役学生を含め850名にならんとしている。会長・幹事長と現役学生(その中の学生との窓口は幹部の鉄声会総務)では、この大集団を引っ張っていくことは難しい。やはり運営委員会制度を創って、有志が集団で会を運営していく体制が不可欠なのではないかと考えた。それも軌道に乗った。意欲高いOBOGがよく頑張っている。そして、現役学生はコンスタントに100名弱の部員がいて、その半数以上が女子だ。バンドの約半数とチアリーダーが女子であり、私が現役時代の男集団の時とは180度の違いがある。男女比では間もなく女子が過半数になるのではないか。
当に21世紀は女性の時代でダイバーシティだ。そろそろ「老兵は去る」時だろうと井口会長に言われ、新会長に小池千佳子さん(昭和58年卒)、新幹事長に島田久弥さん(昭和60年卒)を推薦した。会長は16年も年次が飛ぶ。そして女性と来たもんだ。しかし、流石だ。天下の東大応援部OBOGはこの人事を万雷の拍手で以って賛同してくれた。ということで、晴れて幹事長を卒業させていただいた。

懇親会では、前会長と前幹事長に素晴らしいサプライズの記念品と豪華な花束のプレゼントがあった。
私への記念品は、私の応援部主将時代の神宮球場での応援歌「ただひとつ」のリーダーの雄姿の写真の盾だった。私が一番気に入っている応援部での写真だったので感激も一入だった。「どうしてこの写真を」と島田新幹事長に聞いたところ、何ということはない、私の個人会社の南青山ビジネスパートナーズのホームページから拝借したものだと。私のプライベートは殆どホームページやブログで公開しているが、このようなサプライズに使われるのなら、120%悪くない。後輩連中もなかなか乙なことをやるもんだ。

記念講演会はオーケーストア社長の二宮涼太郎さんだった。東大応援部卒だ。三菱商事に入社してアメリカのバブルの食品販売を経験して、日本に戻りオーケーに出向。今は飯田オーナーに懇願されて三菱商事を中途退職してオーケーの社長だ。 オーケーは、激烈化している食品販売業界で数年に亙り消費者からNo. 1の評価をいただいているそうだ。お話しを聴いて、なるほどと関心しきり。
店舗の出店は年10店と積極的だ。私は講演後の質問で「青山にもオーケーのお店を!」とお願いした。青山は高級スーパーばかり。できるのなら、安かろう悪かろうのお店ではないオーケーに出店してもらいたいものだ。これは妻の希望でもある。

そんなこんなで、充実した1日になった。

小林 博重

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限られた人生、後悔のない人生を生きる。

私の『天から与えられたミッション』について考える。還暦を過ぎて6年が経過した。二生16歳であると言っても実年齢の66歳は決して若返ることはできない。身体のいたるところに老化を感じることが多い日々だ(50歳代とは様変わりと感じる)。
人生100年を生涯現役100歳と積極人生を貫くものの、後悔のない人生を生きるためには、生命は有限であり、逆らうことができない宇宙の大流を真正面から受けとめる「人生への謙虚さ」がなければならないと思う。
稲盛和夫さんが塾長をされている盛和塾も今年末で解散する。私の周りでも経営哲学を持っていらっしゃる、私が尊敬する経営者は、一人ならず、人生の締めくくりを見据え、それぞれの生きた証を残そうと、想いを形にすることをお考えだ。不肖小林も、私が生きた証を残すことを開始しなければならないと思う。

私にとってそれは何か。
その一つは、私の亡き後でもOUEN Japanの事業がその目的を果たすために永続していくことだ。それは、OUEN Japanが永続するため、自給自足できるスキーム、すなわち、ビジネススキームを私が元気なうちに構築することだ。そして、私の想い=魂を引き継いでくれる人物を育てていくことだ。そして、前者よりも後者が難題だ。前者はビジネスだが後者は心の深奥の問題だからだ。NPOは会社よりも「心の深奥」のウェイトが大きい。
もう一つは、私が社会人(銀行家)として成し遂げたかった想いだ。それは、企業家を育てることだ。経営哲学を持った志が高い企業家を育てることだ。育てるというのは烏滸がましい。共に育つ「共育者」になることだ。

この一と二は、一体不可分だ。それは私は若くはない。残されている時間は限られており、道草はできないからだ。

後悔のない人生を送りたいと思う。

小林 博重

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穏やかな春の一日、ウォーキングを楽しむ。

今日のアポイントは午前中の一件だけ。昼前から3時間のウォーキングを楽しんだ。コースはいつもの靖國神社ではなく、目黒の自然教育園往復だ。外苑前→表参道→根津美術館→恵比寿→広尾→目黒自然教育園→六本木→外苑前。

今日は早足でウォーキングするとじわっと汗ばむ。穏やかな日差しを受けて春真っ盛りの一日だった。
自然教育園は、来園者は疎らだ。殆どがシニアで、カメラで草花を撮影している。個人、団体とも私以上の年齢の人々ばかりだ。
私も受付で「シニアの方ですか。年齢を証明できるものをご提示いただければ入園料は無料です」といわれ、生年月日が記入されていた病院の診察券を見せて入園した。ありがたいと思う反面「私も老人になったんだ」とちょっと寂しい気になった。 私と同年代の熟年連中は、このような後半生を送っているのだ。私のぶらぶらウォーキングとはわけが違う。

私は仕事に明け暮れる毎日だが、今のままの仕事に追われる日常がいい。24時間、頭が休まる暇はないが、責任ある仕事をしているとボケない。チコちゃんではないが「ボーっと生きている」ことはない。仕事は認知症の特効薬だ。飲まないでいい特効薬だと思う。

本音をいうと、この歳になると若さが羨ましいと思うこともある。年齢は戻らない。精神は若くあっても実年齢は如何ともしがたい。 ⑴痛風、⑵高血圧、⑶50肩、⑷花粉症(こちらはピークを過ぎて服薬していない)
薬は増えることはあっても減ることはない。痛風と高血圧の薬は生涯飲み続けなければならない。

しかし、年の功で、若者よりも世の中を渡る術は若い頃より長けてきたことはありがたいことだ。心が襞が深くなった分、確固として味のある純粋さになる。その意味で、もう若い頃には戻りたくないとも思う。

平成・令和の10連休は、どこも行く予定はなく、ウォーキング三昧の連休になるだろう。少し太ってきて、今までのベルトの穴ではきつくなってきた。歳を考えた食事の量と運動に有意注意しなければならない。「思い立ったが吉日」だ。早速今日から実行しようと思う。

小林 博重

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有意義で楽しい会食

昨夕は、日本橋たいめいけんにて、デザイナーフーズ丹羽社長と安藤裕美さんとの会食をした。丹羽社長はデリカフーズホールディングス前社長であり、野菜をはじめとして、食が「人生100年時代」を幸せにする一大要素であるとの確固とした哲学を持っていらっしゃる方だ。「哲学がないと経営をしてはいけない」との信念をお持ちの素晴らしい女性経営者だ。私が尊敬する経営者のお一人だ。 安藤さんには、丹羽社長から多くの気付きや刺激を受けていただきたいと思ってのセッティングだ。

安藤さんにお会いになった丹羽社長のファーストインプレッションは「あなたにはオーラがある」と。素晴らしい褒め言葉だ。
経営者をはじめとした、人の上に立つトップリーダーは、理由のないオーラがなければ一流にはなれない。その素質が安藤さんにはある。
夕食を共にしながら、リーダーのあり方、飲食業界のこと、人生100年時代の話、21世紀の女性の生き方、等々。私も大いに刺激を受けた。やはり、組織を束ねて想いを形にされてきた実績は、人を納得させる。私のような一匹オオカミとは訳が違う。有意義で楽しいひと時を過ごした。

丹羽社長は「人との出逢いは偶然ではなく、必然なのだ。こんな人に逢いたいと、自分が自覚している顕在的だけでなく、心の底の潜在意識にある想いが、逢いたいと思っている人に逢わせてくれる。神さまはいつも全てを見ている。だから絶えず考え想うことが大切だ。人生に偶然はない」と。

思い続けることが創意工夫を生み、その夢を叶えさせてくれる。念ずれば叶う。応援してくれる人たちもたくさん周りに集まってくれる。 森信三翁も「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも、早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に」とお話しになっている。

さだまさしの歌『奇跡』を聴く。人との出逢いは奇跡であるが、それは必然でもある。因果応報、情けは人の為ならず。全てが己自身から発したもののお返しだ。生涯努力精進することが自らに幸運を呼び込むのだ。

小林 博重

森信三翁の箴言

いったん決心したことは必ずやり抜く人間になることです。

できないというのは本当にする気がないからです。

己を正せば、人はむりせんでもおのずからよくなっていく。

一生の志を立てることが根本です。つまり自分の生涯を貫く志を打ち立てるということです。

すべて物事というものは理想すなわち最終目標をあらかじめはっきりとつかんでいないことにはとうてい本当のことはできない。

結局最後は、『世のため人のため』というところがなくては真の意味で志とは言いがたい。

人間は徹底しなければ駄目です。もし徹底することができなければ、普通の人間です。

自分の当然なすべき仕事であるならば、それに向かって全力を傾け切るということは、ある意味では価値ある仕事以上に意義がある。

自己に与えられた条件をギリギリまで生かすことが、人生の生き方の最大最深の秘訣である。

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に。

人間の偉さは才能の多少よりも、己に授かった天分を生涯かけて出し尽くすか否かにあるといってよい。

感激とか感動とかいうものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですから、われわれ人間は感激や感動のできる間はまだその人は進歩する可能性を持っていると言ってもいいでしょう。

人間の値打ちというものはその人が大切な事柄に対して、どれほど決心し努力することができるかどうかによって決まる。

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三男からのディナーのプレゼント

昨夜は三男が私たち夫婦をディナーに招待してくれた。南青山7丁目のフランス料理店レストランママだ。

このレストランは三男はネットで見つけたそうな。何でもネットの時代だ。
心友とも思い、娘とも思う安藤裕美さんは西櫻亭(伊勢丹新宿)のオーナーだ。三男よりも1歳歳下の若い経営者だ。
私ができることは何でもお手伝いしたいと思っているが、その一つとしてネットの活用は不可欠だろう。私ができることは私の人脈を活用することくらいだが、その道のプロに相談してみようと思う。

三男がこのような席を設けてくれたのは、私たち夫婦が、この2月に初孫である三男の長女の誕生日祝いの席を設けたこと、今月に三男が会社で昇格したこともあってのことだろう。 ありがたいことだが、息子にこんなことをしてもらって、
私も66歳、歳を取ったものだと思う。
しかしまだまだ老け込む歳ではない。あと34年間の現役生活があるのだ。身は白秋だが、心は青春の真っ只中なのだ。

結婚して、今年の11月で満40年。ルビー婚というのだそうな。あっという間の40年だった。
3人の息子たちに恵まれ、彼らは実に素直に真っ直ぐに育ってくれたと思う。ありがたいことだ。

私は44歳で人生の転機と思って銀行を飛び出した。なんだかんだあった。生け簀の鯛が何を勘違いしたのか、冬の日本海に飛び込んだようなものだった。妻には心労をかけたことには誠に申し訳なく思っている。 しかし、私は今、私しか生きることができない「私の人生」を謳歌しているし、全く後悔はしていない。

息子たちには私と同じ道を歩いてほしいとは全く思っていない。ただ、自らの個性を最大限に発揮して、それぞれの人生を、前向きに、真っ直ぐ、正々堂々と歩いていってほしいと思うだけだ。そのためには素直な心を忘れないでほしいと思う。

今日はこれから安藤さんが来社し、彼女の会社のこれからについて徹底してブレストする。
私の見果てぬ夢を具現化することは、これも私の青春なのだ。

小林 博重

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活私奉公の経営を極める。

「人生」について考える。

祖父は日露戦争で旅順の203高地でロシア軍と戦った。明治は列強がアジアを植民地として席巻した帝国主義の時代だ。そして、日清・日露の戦役は、日本がアジアで独立を保つことができるか否かの日本国存亡の危機だった。祖父は金沢の第9師団7連隊に所属し、乃木希典大将の下、露軍と戦った。

祖父の時代、生きることは日本人として生きることであり、日本というお国のために死ぬことであった。それが生きることだった。自分のためとはお国のために死ぬことだ。まさに滅私奉公が生きることだった。そしてそれが祖父の「生きる哲学」だったと思う。

私は祖父母に育てられた。祖父からは、事あるごとに、お国のために生きることを教えられた。祖母からは、人間の愛とは何かを彼女の言動を通して学んだように思う。 祖父母との熱い触れ合いは半世紀前だが、その思い出は私の心の深奥に彫刻刀で削ったように深く刻まれている。
そして私は66歳になり、今、白秋の時代を生きている。祖父母から教えられた『生きる哲学』を具現化する最終コーナーに差し掛かっているのだ。 私は、己を生かし、公に奉ずる、『活私奉公』をモットーにしたい。そして、仲間のみんなの活私奉公とのコラボを目指したい。

祖父母は、熱い肉親の情を持って、私に『生きる哲学』を身を持って教えてくれた。その生きる哲学をベースに、経営のカリスマ、松下幸之助さんや稲盛和夫さんの経営哲学を血肉にしていかなければならない。

いずれの哲学も「人生如何に生きるべきか」を追求するものだ。すなわち、人は哲学者でなければならない。そして、人は自らを経営しなければならない(経営とは「方針を定め、組織(心)を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと」である)

己を生かす経営、組織を生かす経営。
まずは己から、次に組織に拡げる。

祖父母から学んだ「人間としてあるべき生き方」をベースにして、それをアウフヘーベンした、プロの経営を極めたいと思う。

生涯に亙り、心を磨き、努力精進することだ。

小林 博重

素直な心で大才を目指す。

私は仕事柄、毎日数多くの人たちに会う。電話で済ませられることでも、敢えて訪問したり、ご来所いただくことが間々ある。非効率と思うかもしれないが、フェイストゥフェイスがより良いこともあるから臨機応変に対処する。 月の半分は福岡・北九州と金沢に出張するので、この時ばかりは電話とメールだ。東京にいる時は、敢えて人と会うことに拘っている。私流のビジネススタイルだ。

これだけ人と会っていると、ビジネス的に賢い人は意外と多くないと思うこと頻りだ。ビジネス音痴と言われている私がいうのも何だが、私は、こと「人の心を読む」というビジネスに不可欠な要素では人後に落ちないと自負するものだ。

それでいつも思うのだが、柳生家の家訓で言うところの「大才」にはあまりお目にかからないということだ。

柳生家の家訓
小才は、縁に会って縁に気付かず
中才は、縁に気付いて縁を生かさず
大才は、袖振り合う縁をも生かす

小才はどうしようもない。このような御仁とはお付き合いしたくない。以心伝心、このような御仁は私のところには来ない。
では、中才か大才だが、圧倒的に中才の比率が圧倒的に高いと思う。中才か大才かは、生まれ持った天性の資質が多いのではないかと思う。それであれば努力のしがいもないが、世の中そう捨てたものでもない。その人の心が素直であれば、これは訓練によって中才から大才に成長するように思う。やはり、プライベートでもビジネスでも、大才の人と付き合うのが、こちらも刺激されて人生は面白くなる。
私がお付き合いしている人は概して素直な心の人が多いので、皆さん、大才になる資質は十分お持ちなのではないかと思う。偉そうなことを言っているが、これは自分自身にも言っていることだ。 人間は素直な心の持ち主が「大才」になる可能性が高い。年は関係ない。概して若い人は捻くれていない人が多いから、大才になる比率は高いだろう。

人間の成功不成功は棺を覆って決まる。それまで心を素直にして人生の成功に突き進む気概を持つことだ。
「私は成功する!!!」と思い込むことだ。知恵も湧いてくる。善きことを思い、善き行いをすれば、天は捨てておかない。その人に心清い人が集まってくる。そのいい循環を作ることだ。

天に恥じない人生を送ること。
私の分身に恥じない人生を送ること。
私は私のことを一番分かっている。

小林 博重

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見果てぬ夢を現実にする。

昨日も1週間ぶりの靖國神社、千鳥ヶ淵緑道往復のウォーキングをした。これで3週連続だ。桜の開花は、第1回は7分先、人手は足の踏み場もない。第2回は満開を通り越してチラホラ葉桜の樹があり、人手は第1回の半分程度。今回は、葉桜満開で稀に満開の桜の樹、人手は疎ら。東京の満開時期は4月第1週というところか。

会社は法人だが人間ではない。会社は想いがあって創業した人がおり、彼の想いに意気投合して付いていこうと思う幹部をはじめとする社員がいる。組織は人の集まりであり、人の心の集合体だ。

人は全て、天から使命(ミッション)を与えられてこの世に生を享ける。その使命を果たすためには、それが大きければ大きいほど、その人独りでは果たすことはできない。身の周りの近しい人たちのサポートのみならず、もっと多くの人たちのサポートを得なければ果たすことができないだろう。だから、人は組織という法人を作るのだ。

昭和の陽明学者、哲学者、思想家であった安岡正篤翁は、仕事や会社について、述べている。
「我々は何のために仕事をするのか、何のために会社はあるのかといえば、第一に自己の主体性・自立性を練磨すること、自由を確立することであり、進んでは、それによって、発達する自己を通じて、何らか世のため、人のために尽くさんがためである」と。

すなわち、人は、人生を主体的・自立的に生きるため、自由を確立するため、何らか世のため、人のために尽くすために、会社を作るのだ。 お金を稼ぐことは、究極的には、あくまでも生きる手段であって目的ではない。
その志が高ければ高いほど、会社は発展成長するのだと思う。

私は44歳で21年間勤めた銀行を退職して、新しい自分の可能性にチャレンジしようと思った。しかし、力及ばず、今は一匹オオカミで生きているが、その想い断ちがたたく私流の「緩やかでも強固な組織もどき」のNPO OUEN Japan を立ち上げた。それはそれでいい。このOUEN Japan は私にしかできないという自負があるからだ。
しかし、ある目的に向かって一致団結したプロ集団を組成して、天からの使命を果たすという夢は見果てぬ夢に終わらせたくはない。私にその能力はあるとは思えないが、私ではなくとももう一人の私がその夢にチャレンジして果たしてほしいと思う。私の見果てぬ夢を現実にしてほしいと思う。そんなもう一人の私に出会えたのだ。この奇跡に、我が後半生を賭けてみたいと思う。

そんなことを考えながら、2時間余りのウォーキングを楽しんだ。

小林 博重

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