OUEN塾の目指すところ

金沢での仕事が早く終わったので、17時過ぎの「かがやき」から14時54分金沢発の「はくたか」自由席で東京に帰ります。
「はくたか」は長野までは各駅停車、長野以降は様々ですが、東京までは「かがやき」とは30分程度時間がかかるだけです。軽くビールを飲んでほろ酔い気分で東京に帰ります。

基本的にOUEN塾は、大学生の人生観や職業観の醸成を目的としているので、その対象の企業としてはどちらかと言えばベンチャービジネスやニッチトップの企業に協賛していただきたいのが本音です。
どの企業も給与を貰っているサラリーマンで構成されていますが、大企業のサラリーマンは得てして上を見ることが仕事のような人たちが多く、お客様ファーストの感覚が薄いのです。対協力会社に至っては完全に上から目線になり、相手の心を思い遣る「恕の心」を持ち合わせている人は殆どと言っていいほどいないのです。それは私のような一匹狼のほうがよく分かるのです。

大企業に21年間勤めていて、その傲慢さに慣れてしまっていました。そこから飛び出して漸く分かるのです。

総じて大企業の社員は、自分が偉くなったように思って、知らず知らずに傲慢になってしまうのです。その人が悪いわけではないと思います。意識して謙虚にならないとそうなってしまうのです。

OUEN塾では企業を知ることももちろんですがそれを通じて人間を作ることなんです。
他のイベントとは目指すところが違うのです。

小林 博重

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OUEN塾のこれから

今日の金沢は一日中雨の予報ですが、今朝はまだ曇天です。金沢駅のコインロッカーに荷物を入れて、最終日の企業回りです。今日は小松市と金沢市の企業と金沢大学の訪問です。

金沢発7:54のJR北陸本線普通列車に乗り、30分で小松に着きます。車両のドアの開閉は半自動ドアです。ドアが開かないので少し戸惑いました。地方の田舎者です。

小松は人口10万人強の石川県第二の都市です。(株)コマツの発祥の地であり、小松空港、自衛隊の小松基地がある都市でも有名です。
北陸新幹線が開通して羽田からの飛行機は小型になったようですが、福井や小松のビジネス客は小松空港を利用し、台湾からの国際便も増便しているようで、それなりに活性化しています。

OUEN塾を開催するにあたって、やはり開催都市をよく知ることが先決です。地元の企業を訪問していろいろお話しをしてみると企業自体もさることながらその街のことも少しずつ分かってきます。分かると愛着が湧いて好きになってきます。そうでなければ企業や街を応援することはできません。

石川県は私のふるさとですが、18歳までしか住んでいなかったこともあり、知らないことが山ほどあることに驚きます。

今のところ、私は身一つですので、福岡県と石川県で手一杯。できるだけ早く、この両県のOUEN塾を軌道に乗せることですが、石原信雄先生が仰る、全国の主要都市でのOUEN塾開催をするためには、別の手法を取らなければ無理だと思います。そのことも視野に入れながら両県のOUEN塾の充実を図りたいと思います。

小林 博重

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石川県にはニッチトップの企業が多い。

北陸鉄道浅野川線に乗り金沢かたつ工業団地を訪ねました。北鉄金沢からわずか10分。能登にもあった懐かしい北鉄電車です。
小松市、白山市、加賀市等、加賀地方にはいたるところ工業団地があり、石川県には富山県のような大企業はあまりありませんが、ニッチトップの企業が数多くあります。
[OUEN塾]は、大学生が誰でも知っている大企業を紹介することではなく、あまり知られていない企業でこれから成長が見込め、個人の能力や個性が活かせる、小粒でもピリッと辛いニッチトップの地元企業を紹介し、近い将来の就職先候補の一つとして頭の片隅に置いてもらうこと。彼らの人生観や職業観の醸成が目的です。 その意味でも、石川県でOUEN塾を開催する意味があり、石川県の地域活性化に貢献することができると思っています。

昨日の夕方にツエーゲン金沢の西川GM(東大の後輩、元アメラグキャプテン、前職は日本開発銀行)の紹介で、澁谷工業(東証1部)澁谷副会長と西田取締役人事部長をお訪ねしました。
西川さんがOUEN塾のお話をよくしていただいていたこともあり、大変好意的にお話を聴いていただきました。澁谷副会長からは帰りに加賀銘酒「天狗舞」をいただき、ゲストハウスまでお送りいただきました。

澁谷副会長は金沢大学の山崎学長とも懇意であり、ちょうど本日は山崎学長をお訪ねします。世の中は広く狭いもの。何事も人のご縁で成り立っています。人のご縁を大切にしたいものです。

今日は小松団地のコマニー、それから金沢大学山崎学長をお訪ねし、新幹線で帰路に着きます。9月の3泊4日の金沢出張は今日で無事終了。天候にも恵まれ、犀川縁の早朝のウォーキングも楽しむことができ、充実した出張になりました。

今までは「とおきにありておもう」ふるさとでしたが、OUEN塾のおかげで毎月石川県を訪ねることができる喜びを実感しています。 想いを残して、10月もまた訪ねる楽しみを思って、東京への帰路に着きます。

小林 博重

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早朝の犀川縁を歩く。⑵

今朝は昨日より1時間早く、4時から犀川縁をウォーキングしました。昨朝は犀川を上流に向かって歩いたのですが、今朝は逆に日本海に向かって下りました。片道1時間強。北陸本線と北陸高速道路を越え、夜明け前の漆黒の中をひたすら歩きます。 10月には金沢マラソンがあるそうで、そのためのトレーニングで若い男女がランニングしています。
日本海に到達する手前で通行止めになり、そこからUターンし片町まで1時間強をかけて帰りました。
日の出は5時半過ぎ。早朝の金沢の街と犀川のコントラストは金沢の文化と自然を象徴しており、たった3年間の金沢での高校時代でしたが、素晴らしい地方都市に学んだことを誇りに思います。

ゲストハウスの管理人さんの奥さんは京都出身の方ですが、金沢の方が京都より住みやすい、できたら終の住処を金沢にしたいと考えていると仰っていました。

何故金沢なのか?
京都は平安時代からの千年の古都です。公家と武家の諍いの中で京都の人は人を心から信用していないのだとか。
先の大戦は応仁の乱を指すらしいですから、私のような田舎者とはなかなか間尺が合いません。「京のぶぶ漬け」の落語もそれを表しています。こちらの人に「そうどすな〜」と相槌を打っていたかと思えば、あちらの人にも同じく「そうどすな〜」と相槌を打つ。何を考えているか分からないんだとか。

それに対し金沢は、前田利家公以来の古都ではありますが、その歴史は江戸時代から。武家文化のみなので、お公家さんの曖昧さはなく、いたってシンプル。裏表ない真っ直ぐな人柄の人が多いのだとか。そう言えばそのように思います。中には金沢らしからぬ「金沢の恥」と思われる人もいますが、それはどの世界でもそんなものです。

東京とは新幹線で2時間半。関西や名古屋にも在来線でほぼ同じ時間ですが、北陸新幹線の延長で大阪・京都とは1時間強になるのでしょう。 冬の雪は如何ともしがたいですが、都会から金沢に移り住む人が増加しているというのは分かる気がします。

私のふるさとであり、学都であり、外国人は留学生のみならず観光客も増加している金沢です。
OUEN塾の果たす役割は多分にあると思われ、来秋開催に向け準備活動に精を出したいと思います。

小林 博重

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北陸本線の旅

今日は北國銀行本店をスタートに、最寄駅が加賀温泉と松任の会社を訪問しました。
金沢から北陸本線で特急しらさぎと普通列車での旅です。私の出身は石川県でも能登、七尾線沿線です。極端なことを言えば、小松と加賀温泉がどちらが金沢に近いのかも良く分かっていませんでした。興味がなければそんなものです。

加賀温泉駅が最寄りの温泉は、山中と山代と片山津です。粟津温泉は小松駅が最寄り。芦原(あわら)温泉は福井県あわら市。最寄駅は芦原温泉駅。

「旅は道連れ世は情け」
旅をするのも世の中も人の情けを大切にせよ。人のお世話になって旅も楽しくできるし、世間も楽しく渡ることができる。

OUEN塾の協賛企業開拓で皆さん、ちょっと戸惑われるのは、「小林さん、何でこんな商売にもならないことをやっているのか」と。悪く言えば「何か魂胆があってのことか」 よっぽどお金に余裕があってボランティアをしていると思う人がほとんどです。
学生リーダーも親しくなると、そんな疑問をぶつけてきます。
私が返す言葉は、「人は利だけで動かない。人のために尽くすことで心が豊かになることが幸せであり、それが動機になることだってある。皆んなも学生リーダーとして仲間たちのために尽くすときっと自分にいろんな形で返ってくることが分かるだろう。 OUEN塾で、企業を知り、人を知ることのなかから、どんな生き方が幸せな生き方なのかを、自分の頭と身体で掴むことができると思うよ」

人間は歳を取ることで益々純粋になっていくのが本来の姿だと思います。泥の中だからこそ美しい蓮子の花は咲くのです。混濁の中にこそ、人間は逞しく強靭になるのです。混濁に染まることのない、より純白な絹のハンカチでありたいと思います。 皆んな、そんなリーダーに育ってほしい。

北陸本線の旅をしながらそんなことに想いを馳せます。

小林 博重

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早朝の犀川縁を歩く。

早暁の犀川は川風が肌に冷たく、せせらぎの音だけが聞こえる静寂としたひと時でした。
5時前に目覚め、ウォーキングウェアで犀川縁に降りると、ランニングをする人、ウォーキングを楽しむ夫婦等、5時台は疎らでしたが6時を過ぎる頃から増え始めます。6時半からはラジオ体操をする年配者の人たちもいて、金沢の住人にとって犀川は心身ともに健康になる憩いの場所のような気がします。 鴨の集団が泳いでいたり、鴫が餌をつついていたり、秋の虫の声も聞こえたり、朝焼けもまぶしかったり、爽やかな朝のひと時でした。

半世紀前の高校時代、寺町の下宿から片町に出かける時も犀川縁を歩いたものです。
多情多感な高校時代は、これからの長い人生如何に生きるべきか、青雲の志に燃えていました。さて、半世紀後の現在はどうかと思います。
残りの人生は勿論、50年は短いことは当然ですが、人生への挑戦する精神は半世紀前に劣るものではない。勝るとも劣らないことを自らに問いかけ、その想いを確信します。そうでなければ生きている価値はありません。自らの人生の立ち位置は違っても純粋な志は一層堅く強いものです。

「健康に留意する」ことは自らの志を果たすためです。あくまでも、「健康に留意する」ことは手段であり、それが目的ではありません。健康オタクは私にとって本末転倒です。 なぜウォーキングをするのか、それは志を果たすための手段なのです。絶えず、天から与えられたミッションを意識してそれを果たすべく生きることです。

犀川縁を歩きながら、昔日とこれからを想いながら爽やかな初秋の朝を過ごしました。

小林 博重

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健康であることの有難さ

昨日、浦建築研究所鈴野専務から、みずほ信託銀行原常務が急逝した旨お電話をいただきました。金沢駅西開発案件で、2か月ほど前に鈴野さんと原さんを引き会わせたことからみずほ信託から逝去通知があったものです。 原さんは私が安田信託銀行で採用担当した初めての代でした。この代では銀行に残っている唯一の役員でした。
先週の土曜日にお客様とのゴルフをプレイしている最中に心不全で救急車で病院に搬送され、意識は戻ることなく日曜日に亡くなったとか。まだ55歳の働き盛りでした。 スポーツマンでメタボから程遠い、健康そのものの好男子でした。全く以って考えられない急逝でした。
心からご冥福をお祈りします。

無病息災とか一病息災とか言いますが、無病は健康を過信してしまう傾向があり、どちらかと言えば一病息災が健康を気遣いながら生活するため長生きできるのかもしれません。
私は痛風が持病で30歳代後半から投薬を受けていますが、還暦を過ぎ少し高血圧の気があるということで降圧剤も飲んでいます。さらに、五十肩になったため、リョウシンJV錠も加わり、三種の薬漬けです。薬が手放せない年齢になりました。このようにして人間は老化の道を辿りこの世とおさらばするのだなと実感しています。この世ですべきことをし終えて、「さらば人生」と言ってこの世とお別れする人生が幸せなのでしょう。

昨日は、片町2丁目の「寿司居酒屋だいだい」でライクスタッフィングの小倉支社長と懇親を深めました。小倉さんには、来秋開催予定の[OUEN塾in金沢/石川]の実行委員としてお世話になることでもあり、巡り会った人とのご縁は大切にしていきたいと思います。

今朝の金沢の天候は快晴。最高気温は25度とか。絶好のウォーキング日和です。
折角の片町での宿泊です。犀川大橋から犀川縁の2時間ウォーキングを楽しみたいと思います。

小林 博重

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自由気侭な我が人生

北陸新幹線かがやきの停車駅は大宮を過ぎると、長野と富山の2駅です。
朝一番の新幹線でもあるのでしょうか、長野ではこれから信濃の山でも登るのかと思われる、リュックを担いだ年配の男女のグループが下車しました。

半世紀は汗水流して働いて、還暦を過ぎた65歳の高齢者の仲間入りをしたのだから、体力のあるうちに悠々人生を楽しもうということなんだと思います。

私も「そんな人生もいいもんだ」と思ったこともありましたが、我がミッションは生涯現役で、私にしかできない人生を全うすること。それを還暦を過ぎ見つけたと思ったものだから、悠々人生は100歳からにして、あと35年は現役を貫くことにしたわけです。人それぞれ、自分の価値観に沿って生きることが幸せな人生を全うすることなのです。お金お金で働いているわけではありません。
お金は稼ぐ時よりも使う時が人間の値打ちが分かると言います。まずは人にご迷惑をかけないようにお金がないといけませんが、それ以上は「世のため人のため」に使うことです。それが分からなくて死を迎え、相続が争族になる人が如何に多くいることか。私は使い道を見つけたのでそんな心配は全くありません。

いい気候になりました。金沢や福岡は食べ物は美味しいし、観光も沢山の名所旧跡があります。
私が仕事三昧で全く妻孝行をしたことがないことは、私にとっては後悔のひとつですので、今秋からは妻がタイミングを合わせて金沢や福岡の観光でも楽しんでくれたらいいのに、と思っています。

樹木希林さんは75歳の唯一無二の人生でしたが、きっと幸せな人生だったのでしょう。夫婦にはいろいろな在り方があり何が幸せか人には分かりません。 私が自由気侭な、私なりの「一匹狼」人生を送ることは妻は全く想像の外であったと思います。妻なりの幸せな人生を送ってほしいと思います。

小林 博重

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9月の金沢出張

9.17 11:00 最高血圧123-最低血圧59
9.18 4:00 最高血圧104-最低血圧52

今日(9.18火)から21日(金)まで金沢出張です。
いつもの6:16東京発〜8:46金沢着の「かがやき」に乗車。2時間30分の乗車時間です。
私の若かりし頃は、米原経由で東海道新幹線と北陸本線で6時間。上越新幹線が開通してからは長岡経由で4時間でした。また、夜行列車は上野から信越線か上越線回りの「越前」「能登」で8〜9時間かけて帰省したものです。

石川啄木の
“ふるさとの訛り懐かし停車場の人混みのなかにそを聞きに行く”
上野駅は東北地方のみならず北陸地方の出身者にとっても、「そ」(方言)を聞きに行く駅だったのです。

金沢は北陸新幹線開通によって様変わました。
観光客数は開通の年のピークから安定しているとか。
他の地方では、観光客は一般的に新幹線開通の年をピークに減少するのが一般的のようですが、ありがたいことに金沢はそのジンクスを覆したようです。観光客は欧米人も多く、福岡がアジア人一色であるのとは一味違います。これは東京から北陸新幹線で金沢観光に来ている人が多いせいでしょうか。

9月の金沢出張の目玉は、浦建築研究所のビジネスと山崎金沢大学学長をお訪ねすることですが、地元企業にOUEN塾の協賛をお願いするためです。
石川県の地元企業に電話してアポイントを取ると、よく「◯◯◯◯◯でぇ〜」と言葉の語尾を伸ばす方言を聞きます。単語のみならず、このようなイントネーションを聞くこともふるさとの懐かしさを感じるのです。

ようやく今年の酷暑・猛暑は一段落しました。身体のみならず心もホッとしています。
今週の金沢の天候は晴れか曇り、最高気温も気温も27〜28度と過ごしやすいようなので、早朝の犀川縁のウォーキングを楽しもうと思います。また、ちょうど22日は金沢大学附属高校同期会を東大駒場で行うので、その土産話にもなります。 たった3年間の金沢での高校生活でしたが、多感な青年時代の思い出は人間と風情とが絡み合って、社会人の時とは違い別格です。

この連休は久しぶりの2時間ウォーキングをしたせいなのか、夏の疲れもあって体調は今一でした。
昨夕は早い夕食を摂って7時過ぎには床に入り、今朝は3時前に事務所に来て、再度の出張のチェックをして5時過ぎに事務所を出ました。 65歳にもなると、一層健康に留意しなければ長く仕事は継続することはできません。この私も昔に比べて健康には一段と留意するようになりました。 昨夜は7時間は寝たでしょうか。なんとか体調は回復したようで、充実した金沢出張ができそうです。

小林 博重

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久しぶりのウォーキング

酷暑の夏はもう過ぎ去ったのか、今日の東京は曇りがちで湿度は70%以上と高いものの最高気温は27度。秋の気配が感じられる一日です。 今日から7月から一休みしていたウォーキングを再開しました。
外苑前〜四谷〜市ヶ谷〜靖國神社〜千鳥ヶ淵緑道〜半蔵門〜四谷〜明治記念館〜絵画館〜外苑前
約2時間、15,000歩です。4月以降は、福岡・北九州と金沢の隔週出張が続いているのと、この夏の酷暑が相当堪えたのか調子が今一でしたが、2日間の睡眠とウォーキングで身体を動かしたことによるのでしょうか、いつもの心身に戻ることができました。 やはり、充分な睡眠と適度な運動が健康には欠かせないのでしょう。

明日もウォーキング。明後日から金曜日まで3泊4日の金沢出張ですので、宿泊先の片町辺りをウォーキングしたいと思います。宿泊の傍には犀川が流れており、犀川縁のウォーキングが最高です。高校時代は時折、寺町の下宿から犀川縁を歩いて片町の宇都宮書店までウォーキングをしたものです。もう半世紀近くになるのです。懐かしくウォーキングをするのもまたいいものです。

花屋で3鉢の秋の草花を買いベランダに植えました。花を愛でる心の余裕がとても大事です。気分一新して、ビジネスもボランティアも再スタートです。ちょうどいい三連休です。何事もメリハリが必要と思います。働き詰めは心身ともによくありません。

それと今日は1週間ぶりのプチ断食の日です。いつもは2週間空けるのですが来週はどうしても断食できない事情ができたので、1週間繰り上げました。何事もやると決めたらやることです。やらない言い訳はいくらでも言うことができます。何事も自分に厳しく、ですね。

痛風と高血圧は毎日の投薬で正常値を維持していますが、五十肩がなかなか完治しません。
富山の薬のリョウシンJV錠は即効くものではないので、息長く飲み続けることにします。
後、35年を現役生活を続けるためにも、身体に一段と留意すること、加えて身体を騙し騙し使うことです(現役終了の後は20年の余生がありますので尚更です)。

そんなことで、今日明日と体力を回復して、実りある金沢出張にしたいと思います。

小林 博重

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