安藤裕美さんとともに育つ。

昨日(平成31年4月26日)は、平成最後の平日だ。

安藤裕美さんが12時過ぎに事務所にいらしてランチの後16時まで打ち合わせをした。ランチは中華料理の礼華青鸞居。安藤さんの奢り。ごちそうさま。

彼女が副社長をしている日欧グループのこれからについて、ブレストだ。

松下幸之助さんの箴言「経営に成功する3つの要諦」を日欧グループに落とし込む。

会社経営は自分経営でもある。オーナー会社はなおさらだ。オーナーの品性がそのまま会社のそれになる。オーナーの心が美しければ会社は美しくなる。会社を品性あるものにしたいのであれば、オーナーは人格を磨かなければならない。
安藤さん、あなたはどう生きたいのか、どんな人間になりたいのか。それを突き詰めることだ。あなたのその想いが経営理念になる。経営哲学になる。まず志ありきだ。そのことを確認しあった。

次に、あなたの想いや夢を果たすために、あなたのそれを分かって付いてくる部下(それは仲間、同志)を少しずつ増やしていくことだ。あなたが説いて説いて説き続けることだ。彼らを家族として大切に思うことだ。大家族主義の会社にすることだ。お互い、心が通じ合う組織を作り上げることだ。それは、強く逞しい組織だ。社員を大切にしない組織は強くなることができない。永続することができない。そのためにどのような環境整備をしていくのか。 これは別途考えよう。

そして、最後に、会社の現状を踏まえた戦略と戦術の駆使だ。そのために、自らの呻吟に加え、自分の能力の足らずをカヴァーしてくれる信頼できる知恵者(その道のプロ)の力を借りることだ。類は友を呼ぶ。ここでもあなたの人間性がモノを言ってくる。あなたは大丈夫。心の友、ソウルメイトの私がカヴァーする。

16時まで2人でブレスト。16時からは、私の信頼できるパートナーたちを加えたブレストと一歩先を見た提案だ。
18時過ぎまで、2時間余りに亙るミーティングになった。確実に一歩二歩前進した。

解散の後、いつものひごの屋にて、総括をしながら意見交換だ。平成から令和に続く10連休の直前の1日、有意義な1日になった。

迎える令和は、日欧グループにとって成長発展の素晴らしい時代になることだろう。

小林 博重

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燃える人生を生き抜く。

富山の2件のアポイントを済ませ、新幹線はくたかで富山から東京に帰る。3泊4日の北陸出張を無事終え、ホッと一息つく。

はくたかは金沢〜長野は各駅停車だが、長野〜東京はそうではない(あさまが各駅停車)。今、気がついた。道理で、富山〜東京の乗車時間は約2時間半だ(金沢〜東京のかがやきも2時間半)。かがやきは全車指定席だが、はくたかは1〜4号車は自由席。いつでも飛び乗れるのははくたか。私の場合、早朝の金沢行きはかがやきで、東京に帰るのははくたかがいい。

新幹線車中でハイボールとつまみを買って、車中をバーと決め込む。ブログを書いたりうたた寝したり。
私は仕事柄、老若男女、さまざまな大勢の人たちとお会いする。自由業の人たちは概して元気がいい。それは身体も気持ちも独立しているからだろうと思う。独りで生きていくことは大変だが、想いを持って気持ちを張って生きればどうということはない。自由で楽しい。生きていくことに自信がつく。
それに比して、官民問わず、宮仕えは概して生きが良くない。独り立ちしていないというのか、上司や周りを気にして生きている(私も20年以上前まではそんな生活をしていたのだ)。毎月の生活費は安定してお上から下さるが、そのために身体を売っているのかとも思うことがある。今だから言えるが、よく20年以上もそんな人生を送ってきたなと、ちょっとゾッとする。 独立事業主は大変そうだが一度やったら辞められない。若い人になかなか勧められないが、そのことを頭の片隅に置いて、一生の仕事を考えてほしいものだと思う。

独立事業主といっても独りで生きるわけではない。むしろ、多くの人たちとの連携がなければ生きていくことができない。サラリーマンよりも緊張感を持って人と接している。 心は温かくなる。人生にチャレンジングになる。仕事に熱い想いを持つことで、仕事に対する満足感を持つことができる。逃げ込む人生はつまらない。 すなわち、魅力がないのだ。概して、人生を積極的に生きていないのだ。だから、魅力ある人間にならない。

私は、44歳で少しそのことに気がついた。しかし、気がついただけで、その意味を理解しようと思わなかった。漸く分りだしたのが2〜3年前。それまでに20年間かかっている。あと34年、有言実行あるのみだ。

謙虚と感謝の心
何事にもチャレンジする心、熱き心
相手を思いやる心、温かい心

やりがいある人生、生き抜いたと思う人生は楽しいではないか、面白いではないか。
天から与えられた命を全うしなければならない。自ら命断つような恐れ多いことをしてはいけない。

残り34年の現役人生があるのだ。燃え尽きた後で、余韻を持って余生20年を送りたいものだ。

小林 博重

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人を育てるということ(名伯楽 小出義雄さんのこと)

昨日(4月24日)、小出義雄さんが逝った。有森裕子さんや高橋尚子さんらオリンピックメダリストを育てた、マラソン会の名伯楽だった。

有森さんは記者のインタビューに応じて、話した。
「小出監督と出会えたのは幸運だった」
「よくケンカもしたけど、我慢してくださった。いつでもきちんと向き合ってくれた」
「“何で”故障したのだろうと思うな。どんなことが起きても“せっかく”と思え。“せっかく”故障した。物事に意味がないものはない、と。あの監督の言葉で立ち向かえた」
「『有森、よく頑張っているな。でもな、五輪頑張るためにもう1本いこうか』と追加メニューを課せられた。5,000㍍をふらふらになって走り終えた。『すごい、できたな』とまじまじと見つめられ、褒められた。あの表情が忘れられない」 「私は未来を見ながら教えてくれる監督が好きだった」

小出監督は、選手のためなら何でもやる。優しさと行動力を備え、人懐こい笑顔を絶やさない。
小出監督は「やっぱりマラソンは正直にやった人が勝ち。高い夢をどこまで持続できるか」と、熱っぽく持論を話したそうだ。

瀬戸利彦さんは、小出監督を悼んで、
「24時間、マラソンのことばかり考えていた。苦しい、つらいというイメージがあったが、見ていて楽しいというのが小出さんと高橋尚子さんだった」

時間や財産を育成に費やした。選手たちは小出さんを好きになり、信じて付いていった。そして育った。

温かく、明るく、熱く、愛に満ちて、人を愛して育てる。素晴らしい名伯楽。人間として素晴らしい。

私もこのような人間になりたいものだと心から思う。

小林 博重

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新しい道を創る。

今日は、能美市にある「LSNジャパン」を訪問した。
わざわざ、社長の戸田徹さんが、私が宿泊している片町の「風と翼」まで迎えに来ていただいた。

戸田さんとは、今年1月に面識をいただいた。日本生命の中川美和子さんの紹介だ。私が石川県でOUEN塾を開催しようとしていることを知って、それでは石川県能美市で会社を経営している戸田さんに会ってみないかということで、青山の事務所に戸田さんといらした。

LSNジャパンは、スイスのLSN本社の日本法人であり、会社組織では合同会社だ。LSNはスイスの時計メーカーに工作機械を提供しているノウハウをベースに成長したグローバル企業だ。B to B 企業であり、大学生には馴染みはない。

石川県でのOUEN塾協賛候補企業の中では異質だ。金沢大学や金沢工業大学の学生には興味ある企業だろう。戸田社長もOUEN塾に協力したいと仰ってくださった。協賛20社の1社としてお願いしたい。

お昼は北陸地区信用金庫協会の中山常務とご一緒した。中山さんは九州北部信用金庫協会の篠原専務の紹介だ。石川県の信用金庫からニッチトップの企業を紹介していただきたいとのお願いをした。

私の人脈は、人と人の絆を無限大に拡げていくことで成り立っている。当然、年代は幅広くなってくる。拡がりは無限大になる。
私の人脈作りは私のキャラクターに負うところが大きいと思うが、そのコツは人との絆を繋げていくことにある。私のキャラクターで拡げていくのだ。その点では何も難しいことではないが、それはなかなか他の人には応用できないかもしれない。

今日は4社を訪問して、これで上がりだ。ゲストハウスでゆったりと過ごす。お酒なしで、身体を休めることにしよう。
明日は富山。J.cas白根社長のサポートだ。富山空港⇆関西空港の毛細血管作りだ。能登空港も絡む。白根社長、よく頑張っていると思うが、新しい道を創るには想いとネバーギブアップ精神を持った人がいなければ、道はできない。私のOUEN事業もそんなものかもしれない。私も頑張ろうと思う。

小林 博重

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金沢の夜を堪能する。

昨日は、ツエーゲン金沢取締役で保険代理店をされている木村道明さんと「そばのはな」で懇親の席を持った。この店はその名の通り蕎麦屋だが、夜の部は地もの料理屋に変身する。もちろん手打ちそばも食することができる。木村さんが30年来行きつけの店だそうな。

そばのはな
金沢市尾山町2-32
店主は今出俊次さん
口上:地ものの旬の魚や野菜をたくさん使った料理、そして地酒とそばで、ここでしか味わえないおいしい時間をお過ごし頂ければ幸いです。

旬の魚の刺身
(私は生魚が苦手。貝だけ食べた)
若竹煮
(小松産の美味な筍とワカメの煮付け、絶品。私は筍に目がない)
ホタルイカの炙り
(石川県産のホタルイカとワカメを炙って食べる)
マフグの白子の焼き物
(七尾産。ちなみにトラフグは石川県が日本一の水揚げ量を誇るのだとか。てっきり山口県だと思っていた。珍味の極み)
塩雲丹
(小さくサイコロ状に切った大根と少しの塩雲丹を口に入れて味わう。何とも言えない濃い雲丹の美味を堪能)
イワシの煮付け
十割そばと二八そば
(いずれも美味しい。十割そばは太い。細いとぶつぶつ切れてしまうそうな)
お酒は、最初はビールを一杯。後はそば焼酎をそば湯割で飲む。その相性の良さにお酒が進む。

写真を撮るのを失念した。残念。
金沢の味を堪能した。毎月、金沢に来る。常連になりそうだ。

それで終わりかと思いきや、木村さんはもう一軒付き合ってと言う。これも30年来行きつけの店だ。金沢出身の人なら知る人ぞ知る、クラブ利恵だ。金沢市のみならず銀座にも進出している。8店。利恵ママは東京の石川県人会でも有名だ。石川県能登の富来出身。金沢の宇都宮書店でOLを退職して、利恵を立ち上げここまでにした。立志伝中の女性だ。昨日は銀座に出ていて会えなかった。何でもひとつことに秀でた人にはオーラがある。 ホステスも美人揃いだが、ママが面接して採用するとか。稼ぐホステスと普通のホステス、厳しい世界だ。今の私にはご縁がない。

身体が「連チャンで、もうこれくらいにして」と叫んでいるようだ。ゲストハウスに戻って、風呂は入らず朝風呂と決め込む。早朝のウォーキングはやめにしよう。 4時に目覚めて、このブログを書いて、これから朝風呂だ。
今日は金沢で3日目、最後の日だ。フルにアポイントが入っている。そして明日は富山だ。

春の金沢を満喫した出張になった。画竜点睛を欠くことなく、今日明日も頑張ろう!!!

小林 博重

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金沢大学訪問

今日の金沢は昨日同様快晴の1日だ。早朝のウォーキングの時から気温はぐっと上昇し、5月半ばを思わせる。

午前は角間の金沢大学秘書室を訪ねて、OUEN塾in金沢の概要を説明した。OUEN塾の開催時期は、8月上旬の試験が終わった頃、お盆前がいいとの高島秘書のお話し。年末までには来年度の予定が決定するとか。金沢市片町の「学生の家」を押さえる都合がある。半年前だから問題なしと思う。また、学生リーダー募集も協力すると。苗加不動産中心に、早速金沢大学生の募集を開始したい。 金沢工業大学の学生リーダーは実行委員会顧問の水野元副学長教授と5月訪問の折にご相談しよう。

金沢の皆さんは、まだまだOUEN塾が見えていないこともあり、協賛企業や学生が集まるか不安があるようだ。
私は福岡・北九州で2回開催しているので成功の確信はあるのだが、皆さんそのように思うのは無理ないことかもしれない。人はやったことがないことは不安があるものだし、一番はそのことに対するパッションの有無だ。言い出しっぺの私と、そうでない皆さんとは想いのレベルが別次元で差があることは致し方ないことだ。全て世の中はそんなものだ。

これから、金沢事務局長のツエーゲン金沢の西川GMとMTG。その後、浦建築研究所の浦社長に協賛企業候補紹介
のお願いに行く。
多くの皆さんのご支援があっての成功であり、実行委員の皆さんには、年末までのま9ヶ月、心からのご支援とご鞭撻をお願いしたい。

小林 博重

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犀川縁のウォーキング

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春の犀川縁で早朝ウォーキングを楽しむ。

昨夜は片町2丁目の小料理屋「富来」で、春の山菜や海産物と美味なお酒を堪能した。
富来は奥能登の海辺の町の名で、私が生まれた中能登町と隣接している。松本清張の「ゼロの焦点」のラストシーンにもなった能登の巌門がある町だ。 ご主人は若い頃、海外航路の船乗りで、船内の厨房を仕切っていたらしく、料理の腕は抜群だ。女将さんは金沢の人で、金沢弁が心地よい。 昨年の11月以来だが、年賀状もいただき、私の顔も覚えていらした。焼酎のボトルもまだあった。
金沢で能登を思い出す。ふるさと能登に帰ったようだ。人はこんなことで感激感動する。単純で複雑な動物だ。

今朝は、5時に目覚めて、犀川縁を上流に向かってウォーキングした。1時間上ってUターンして返ってくる。
4月早朝の犀川縁は、まだ肌を刺す冷たさを感じる。体の芯がピリッとする。5時では人は疎らだが、6時過ぎからウォーキング、ジョギングを楽しむ人たち、ラジオ体操をする高齢者の人たちで、河川敷は賑わう。 北陸の小京都とも呼ばれる金沢だが、そうではない。金沢は金沢で北陸において独自文化を築いてすくっと立っている。金沢にはプライドがある。そんな街だ。

人生100年(私個人は120年)を考える。その半分以上が過ぎたが、後半分近くが残っている。世のため人のために尽くさなければならないと思う。そのために何よりも健康に留意しなければならない。これは意を以て拘る、人生後半戦に必須なテーマだ。 ウォーキングも「世のため人のため」なのだ。私の身の周りに起こることに対することは、世のため人のためにどう処するかということだ。 人生の大望はその想いがないと成し遂げられない。

小林 博重

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私のミッションと健康について

[OUEN塾in金沢/石川]のイメージを考える。

⑴開催時期は、来夏の大学の前期試験が終了した直後を予定。2020年7月か。
⑵訪問企業数は、20社を目途(協賛企業数は、訪問企業数+α)。マイクロバス1台2日で4社訪問。マイクロバスは合計5台。
⑶参加学生数は、マイクロバス1台に15名の学生が乗車するとして、15名×5台=75名が目途。
⑷金沢の学生リーダー数は、10〜15名。東京と福岡・北九州の応援リーダー数は、10名程度。リーダー数は合わせて20〜25名。 ⑸参加募集学生数は、75-(20〜25)=50〜55名。
⑹年末までに、協賛企業の目処をつける。金沢の企業を主として、加賀と能登の企業。ニッチトップ企業に焦点を当てる。
⑺同じく、学生リーダー募集も年末を目途。金沢大学と金沢工業大学の学生が中心。
⑻参加募集の対象大学は、石川県の大学全て。東京からのUターン学生も考える。
⑼参加学生募集時期は、来年4〜6月の3ヶ月間。
⑽実行委員の皆さんには、進捗状況をタイムリーに報告し、協力を仰ぐ。

福岡・北九州のタイムスケジュールをベースに考えると、ざっとこんなところか。福岡・北九州は来年2月に第3回を開催する予定なので、並行して進めなければならない。加えて、福女大、福工大、北九大のOUEN塾の準備活動もある。結構フルフルだ。

このOUEN塾活動が、OUEN Japanでの私のミッションだが、もう一つ、独立以来のマッチングビジネスがある。この二つは一体不可分の関係であり、バランス感覚を持って日々の活動を考えなければならない。

66歳、生産年齢を卒業した身としては、これらハードな活動を続けることを考えると、健康でなければ何もできないと思う。
この前、丹羽真清さんと安藤裕美さんと会食したおり、食ビジネスに関わるお二人が野菜のお話しをはじめとして、人生100年時代と健康寿命の話に花が咲いた。
人生100年と言っても健康でなければ何の生きている意味があるのかと思う。私は悠々自適でこれからの人生を生きるという選択肢はない。私のミッションは、仕事をすることなのだ。それであれば、誰よりも自らの健康のことを考えて身体に良いことを心がけて実行しなければならないのだ。健康を維持することは、世のため人のためなのだ。そのことを強く感じるようになった。

ベジタブルファースト、食事はゆっくり、よく噛んで食べる。好き嫌いしない、等々。お国のためと思ってこれからは健康に一層留意したいと思う。

小林 博重

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4月の金沢・富山出張

今日から3泊4日で金沢と富山へ出張する。金沢は、来秋開催予定の【OUEN塾in金沢/石川】の準備活動。富山は、J.cas白根社長のサポート(関西国際空港⇆富山空港の開業)だ。いずれも北陸地方の地域活性化を目的としている。今月から11月まで、月の1週間は北陸詣だ。

一昨日に赤門鉄声会幹事長を退任した。
私のこれからの後半生は、社会貢献がメインテーマだ。妻からは「公私のバランス感覚を持って」頑張るように言われている。もちろん、私という個人の人格(生活をする人間を含む)があって社会貢献ができるのだから、そのことを肝に銘じて、人生100年時代を生き抜いていこうと思う(私の場合、現役100歳まで。余生20年。120歳で天寿を迎える人生設計だが)。 やらねばならないことは枚挙に暇がない。限られた人生、もう道草はできない。

私の後半生はOUEN Japanの自立と後継者育成だが、それともう一つある。
私は、銀行時代から起業家(企業家)を育てたいと思っていた(育てたいとは烏滸がましい。私は志はあってもそれを業として起こす才覚は持ち合わせていないと思っていたし、66歳の今もその思いは変わらない。人にはそれぞれ天から与えられたミッションと宿命と能力があるのだ)。私が銀行に入社したわけ(こじつけのところもある)は「銀行家として、高い志を持った起業家(企業家)を物心両面でサポートすることだ」と思った。だから、大学卒業してどんな仕事が向いているか分からなかった時、志の高い経営者をまずはお金の面でサポートする銀行に入った。
しかし、四十路になって稲盛和夫さんに出会い、私の人生は変わった。そして44歳で銀行を退職した。そして、いろいろチャレンジしたが、私は経営者としての能力は持ち合わせていないと自己観賞して悟った。
しかし、私の持てる能力で、お金の面ではない何かサポートをできないものか、してみたい、と潜在意識にあったように思う。これからの人生後半戦、このことにもチャレンジしてみたいと思う。

そんなこんなを反芻しながら、北陸新幹線[かがやき]で金沢に向かっている。

小林 博重

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