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『応援』から学ぶ。

昨日、上野広小路で国立民族学博物館友の会主催の東京講演会があり、演題が『野次から応援へ』ー応援の比較文化論の試みからーで興味があるテーマであり、講師が七朋会にも何度かご参加いただいている国立民族学博物館准教授の丹羽典生先生だったこともあり、参加し拝聴させて頂きました。七朋会のメンバーも4名が来ていました。

応援とはどんなこと?
広辞苑では、応援とは①助け救うことであり、②(競技などで)声援を送って、味方を元気づけることとあります。
また、類義語に、
⑴声援
⑵後援
⑶支援
があり、いずれも応援の範疇ではありますが、その意味するところは、⑶に行くほど「組織」の意味合いが強い印象があります。
大学の応援団(部)は、その上の、
⑷組織的応援(団結が極めて強固な組織)
だと思われます。

応援団は、母校の運動部の勝利を願って母校の学生たちが一致団結して応援をするリーダーです。そのために、応援団の組織員は強固な団結が求められ、厳しい規制や高い精神性が要求されるのです。
ある時は理不尽とも思われることがありますが、それは精神性のウェイトが高いがゆえのことから来ていることです。しかし、その不合理さに共感を持つ人は減少の一途を辿っており、そこのところがこれからの応援団の課題でもあります。(私の現役時代とは違い、昨今の応援団はリーダーとチアリーダーとブラスバンの3パートからなっています。一般的には、リーダーは男子、チアリーダーは女子、ブラスは男女混合の構成です)

今の東大応援部は90名の大組織になっており、3パートがそれぞれの役割を果たして学生たちをリードしています。昔日とは雲泥の差であり、それは素晴らしいものですが、私は応援の本質を追求する精神性が少し疎かになっているように思っています。 この精神性はどちらかといえば個人に帰するところが多いとは思います。しかし、「応援とは何か?」をもっと掘り下げることを忘れないでほしいと思うのです。 それは『応援』は大学だけで完結するものではなく、社会に出てからが本当の応援をするのであり、応援とは一生かけて追求する人間哲学だと思うからです。

アメリカでも日本でも、世界どこでも、社会は男性がリードしてきました。
アメリカのイエルリーダー(yell leader)は元々は男子学生でしたし、日本でも旧制高等学校は男子のみの学校であり、応援団も男子学生のみです。 アメリカでは男子学生が戦争に駆り出され応援をリードする学生がいなくなったことがきっかけで女子が応援に進出して、現在のチアリーダーに成長してきたのだとか。 日本も、1970〜1980年代からチアリーダーが応援の一角を占めるようになってきました。フリンジからメインになってきたのです。

アメリカの応援は、男性⇨男女混合⇨女性に純化
日本では、男性⇨男女混合
が現代ですが、日本も応援が女性に純化する時代になるのかもしれません。

この流れは応援団の世界に限らず、世界の大きな潮流なのです。

⑴精神性を重視することを忘れない。
⑵応援の本質を追求する。
⑶ダイバーシティの流れの先頭を走る。
⑷柔軟な発想を持つ。
⑸組織の力をフル活用する。

応援から学ぶことは数知れずです。

小林 博重

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世の中全ての[仲人]が私のミッション

OUEN望年会の出席者が固まり、テーブルリストも決定しました。200名の座席リストを作成するのはなかなか力仕事です。これは私の人脈だけの集まりなので私しか作業はできないからです。
これに象徴されるように、OUEN Japanは私の属人的組織であり、私に万が一があると空中分解してしまうのが現実です(これをなんとかしなければならないと思っています)。

年賀状の宛名は昨日から書いているのですが、まだまだ半分を超したところです。
宛名書きのソフトもありますが、1年の締めくくり、振り返りの意味もあって手書きにしています。
名刺ファイルを繰りながら宛名書きをしています。
私は単なる異業種交流会なるものには出ません。出てもほとんど意味がないからです。
しかし、そんな私でも、いただいた名刺でお顔を思い出せない人が少なからずいらっしゃいます。私は名刺交換をすると、日付と場所、その人の特徴等をメモ書きしているのにです。「へー、こんな人にあったのか」と失礼千万なことです。

そんなことを考えると、今お付き合いしている人たちは、大勢のお会いした中でも特別な人なんだと思います。
生まれてきたこと、結婚したこと、子どもが授かったことだけではなく、出会ってお付き合いする人も奇跡と思って大切にしなければならないと思うのです。

柳生家の家訓に、
「大才は袖触れ合う縁をも生かす」
とありますが、その通りです。「縁に会って縁に気づかない」小才や、「縁に気づいてもそれを生かすことをしない」中才のなんと多いことか。気をつけたいものです。

私は、MapやOUENを通じて、人と人を結びつけることが『私のミッション』だと思っています。いわば、世の中の全ての[仲人]です。 これには定年というものはありません。生きている限り 私しかできない仲人をやり続けたいと思います。

小林 博重

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OUEN Japan 望年会の出席者座席リスト作り

12月とは思えない暖かい日和です。

12月4日、師走で皆さんご多忙な毎日をお過ごしかと思いますが、私はその正反対です。
OUEN望年会の準備作業の最後の一筆。画竜点睛を欠くことなく、ご出席者の座席リスト作成の真っ最中です。べったり2日間掛かります。

何せ200名を超すご出席者です。21卓のそれぞれにどなたがお座りいただくか、皆さんのお顔とお声を思い出しながら、どなたがお隣に座られたらいいか、10〜20度くらいでしょうか、もっと多いかもしれません。作っては壊し作っては壊しで、完成品を作り上げるのです。 これが、来年のOUEN Japanの成長につながるのです。こんなこと、面倒くさくて誰もやらないんですね。人が好きでなければやれません。私に合っているんです。

半日掛けて、第1次案ができました。ここまでできれば、後は、事あるごとにじっくりリストと睨めっこです。

後は準備をお願いしている皆さんとの擦り合わせをして、見落としがないかチェックにチェックを重ね、当日を迎えることになります。

これが私の師走の年中行事です。

小林 博重

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生きることが辛いとか苦しいだとか言う前に、野に育つ花 ならば力の限り生きてやれ

大空と大地の中で

果てしない大空と 広い大地のその中で
いつの日か幸せを 自分の腕で掴むよう

歩き出そう明日の日に 振り返るにはまだ若い
吹き荒ぶ北風に 飛ばされぬよう 飛ばぬよう

凍えた両手に 息を吹きかけて
凍れた体を暖めて

生きることが辛いとか 苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

凍えた両手に 息を吹きかけて
凍れた体を暖めて

生きることが辛いとか 苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

凍えた両手に 息を吹きかけて
凍れた体を暖めて

果てしない大空と 広い大地のその中で
いつの日か幸せを 自分の腕で掴むよう
自分の腕で掴むよう

たまたまスマホで松山千春の「大空と大地の中で」を聴きました。

甘ちゃんには、世間の風や水は予想以上に厳しいものでした。
この歌を聴いて、44歳で銀行を飛び出して、50歳までの6年間が脳裏に浮かんできました。飛び出したことに後悔して、もう自分の人生は終わったのだと、まるで地獄に落ちたかのような鬱々とした感情に苛まれて、一時は妻子は「これはどうなることか」と思ったことだろうと思います。 50歳で一度は死んだ人間が生まれ変わり、新しい人生をスタートさせたのです。私は今は二生の16歳です。

生きることが辛いとか苦しいだとか言う前に、野に育つ花ならば力の限り生きてやれ

いつからそんな心になったのか、よく思い出せませんが、よく今の私があるなと心から思うのです。

66歳になって、高校・大学や銀行の友人たちを見たり話したりすると、私は後悔を反省に替えて、力の限り生きてきた自分を見る時に、よくもまぁここまで来たな、と思います。そして、あと34年の現役生活をもっともっと今まで以上に力の限り生きていこうと思うのです。

感動こそ青春の象徴です。人生感動感動感動の連続であるならば、それは青春真っ只中なのです。

世のため人のために生きる喜びを感じながら生きることが若さの秘訣です。

昨日、寺島実郎さんの『ジェロントロジー宣言』(NHK出版新書)〜「知の再武装」で100歳人生を生き抜く〜を読みました。

高度成長期の価値観は、55歳定年とそれからの20年の余生が前提になっています。それが10年伸びて人生85年であれば、それもありかと思いますが、今や人生は100年時代なのです。パラダイムの転換が不可欠なのです。エリートと言われてきた人たちは、エリートである(エリートと思い違いしている)ために、そのパラダイム転換が心からできないのです。私のような、ある時から、(私にとってですが)地を這って生きてきた人間は何でもできるし、今までの価値観など糞食らえと思わなければやっていけません。 と言っても、それなりの生きる知恵はありますから、今までのキャリアを活かせるところは最大限に活かして生きていくのです。

『大空と大地の中で』を何度も何度も繰り返し聴きました。目頭が熱くなります。

生きることが辛いとか苦しいだとか言う前に、
野に育つ花ならば力の限り生きてやれ

OUEN人生は私の生きるミッションなのです。
passionを持って、力の限り生きていこうと思います。

小林 博重

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business≒volunteer

今年も後1ヶ月を切りました。
OUEN望年会の出席者は11月末で締め切り、12月1日に、ご出席者に出席者リストをメールしました(これからも出入りは多少ありますが、これでほぼ確定です)。最終は200名前後になると思われます。

これから2週間で、皆さんの座席とその並び順を決定します。この作業はご出席者を全て存じている私しかできません。これがOUENが全くの私個人の属人的なNPOと言われる所以です。

この座席決定作業で、この1年の私の活動を振り返ることをすることになります。人と人とを結び付けるMapビジネス⇨OUENの活動費用の捻出になります。MapとOUENは一体不可分の関係なのです。

今年のOUEN望年会には福岡のOUENリーダー(リーダーのリーダー)が2人出席します。彼女たちがいなければ[OUEN塾in福岡・北九州]は学生リーダーが主導するイベントにはなりませんでした。これはお金では果たすことはできません。Heart to Heartは、やはりFace to Face が大前提であり、OUEN塾はFace to Face を失ってはいけないと思います。 Face to Face をコアとしてITを駆使することです。それがOUEN JapanをGoing concernにするキーポイントなのだと思います。

ありがたいことに多方面からご支援のお話をいただきます。勿論、ウィンウィンが大前提であり、きちんとお返しする必要があり、先方もそれが暗黙の前提であることは忘れては長続きする関係にはなりませんし、OUENはGoing concernにはなりません。

稲盛和夫さんの『パッション(passion)』を読み直します。経営に大切な7つの要素は、利他無私の心をベースとして、passion(情熱)の7つのアルファベットで言い表されます。 1.profit(利益)
2.ambition(願望)
3.sincerity(誠実さ)
4.strength(真の強さ)
5.innovation(創意工夫)
6.optimism(積極思考)
7.never give up(決して諦めないこと)
passionを肝に銘じて、business≒volunteerに邁進していきたいと思います。

小林 博重

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東大応援部の『淡青祭』を観賞して、

昨日は、浦和の埼玉会館で淡青祭(東大応援部のリーダー、ブラスバンド、チアリーダーのパフォーマンス発表会)がありました。
昨年来、日比谷公会堂が大修理のため使用できないので、昨年から別会場で開催しています。今年は埼玉会館でした。

淡青祭は私が卒部して2年後から毎年開催しています。
当初は男子部員だけの集いでしたが、チアリーダーが加わってからは女性の華やかさが加わり、また硬式野球部の応援のみならず多くの運動部の応援もしていることから、多くの東大運動部から観客が来るようになりました。勿論、東大応援部オタクも大勢いらっしゃいます。

東大応援部は、リーダー、ブラスバンド、チアリーダーの3パートで構成されていますが、現在は各パートの人数の偏りなく、総勢90名の大組織になっています。男女比は、チアリーダーが全て女性であることもあり、6割〜7割が女性です(OBOG会も女性の比率が過半数です)。

OUEN Japanでもリーダーは24名中19名が女性です(男性は5名)。OUEN Japanも東大応援部も、いずれも女性がリードしています。OUEN(応援)はダイバーシティの先頭を走っているのです。当に、21世紀は女性の時代なのです。

17時〜21時の淡青祭が終わり、OBOG6名で居酒屋で喉と腹を満たし11時過ぎに浦和駅から電車に乗ったところ、帰宅するチアリーダー3名に会いました。彼女たちも浦和駅傍で打ち上げをしていたとか。4年生の幹部だったので、特に最後の淡青祭でもあり、彼女たちとの会話は、感動と満足感に溢れていました。私も現役最後の舞台は感動もので、一生の思い出として脳裏に焼き付いています。

OUEN Japanでも応援部でも、若い息吹の学生たちと親しく接することができるのは、本当に幸せなことだと思います。
昨日は、若い清新な息吹を感じ、心を新たにして頑張ろうと思いました。

小林 博重

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OUEN Japanをアウフヘーベンする。

昨日は東京のOUENリーダー5名と、OUEN事務局をお引き受けいただいているライクスタッフィングの金原さん、OUEN Japanをgoing concernにするための知恵袋としてITを駆使した提案をいただくグリッドの寺澤社長と、OUEN専務理事の大石さんと私の9名で、これからのOUEN Japanについてブレーンストーミングをしました。

OUEN Japanは私の極めて属人的な人脈と私と大石さんの想いで成り立っているNPOです。このアナログな手法が他との差別化ができている最大のポイントですが、このままでは、私の命が尽きる時にOUEN Japanの命も尽きてしまいます。想いが繋がっていくことが本来の自利利他であり、その仕組みを作ることが必至なのです。 勿論、OUEN Japanのコアであるface to face、属人的活動、アナログは、決して薄めてはなりません。
アナログとデジタルのほどのよいバランスが大切です。人それぞれの個性、得手を持ち寄ることで、バランスが良い組織ができるのです。
また、OUEN JapanのOBOG会も充実しなければなりません(私は東大応援部の赤門鉄声会をイメージしています)。OBOGや現役学生(OUENリーダー)いずれにとってもメリットがあるウィンウィンになる組織作りです。

昨日はお互いが共通認識を持つことが目的でした。[OUEN塾in福岡・北九州]を成功に導くことのなかで、目指す組織作りを考えていこうと思います。 福岡県でOUEN塾を開催することが目的であった段階から、一段と昇華(アウフヘーベン)していく段階になったということです。

OUEN望年会は今年も200名を超える盛会になります。ここに集まっていただく皆さんはありがたいOUENの応援団なのです。

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究極の利他は、想いを繋ぎ、それが形になって継続するこ と。

利己と利他は同心円の右回りか左回りの違いなのだと思います。
自分のために人は生まれて生きていくのですが、それだけでは生きることにはならないと思います。

かの安岡正篤翁は、
「我々は何のために仕事をするのか、何のために会社はあるのかといえば、第一に自己の主体性・自立性を練磨すること、自由を確立することであり、進んでは、それによって、発達する自己を通じて、何らか世のため人のために尽くさんがためである」 と述べていらっしゃいます。

人間の欲は、物質的なものと精神的なものの二つがあり、そのバランスが極めて大切だと思います。生まれながらに持っている本能が人間を生かしているのですが、まずは生きるという物欲が圧倒的シェアを持っています。それでは人間は戦争という醜い殺し合いをしてしまい最後は人類の滅亡に至ってしまうのです。 哲学や芸術はそれを乗り越えるための人間の精神的活動から自然に生まれ出た産物であり、哲学や芸術を極めることで醜い戦争から人間を救うのです。

人間もまた、他の動物と同じく利己的動物ですが、その利己を極めることをするために、それが利他に通じることになるのです。
利己とは、最初は物欲や金欲が高いウェイトを占めますが、それを突き詰めると人のため世のためという精神的欲が少しずつ芽生え、それが人生のミッションであると思うようになります。思うというのか、自らのミッションに気がつくというのか、精神的レベルは高くなるのです。
ですから、利己を極めると利他になるということは歳を重ねるとそうなってくるのです(現実には、馬齢を重ねるだけの人も多くいますが)。私は究極の利己は利他に通じると思うようになりました。

しかし、ここのところ、命の有限さを思うとき、利他とは、自分が利己を極めて利他に通じるだけでは究極の利他であるとはいえないのではないかと思うようになりました。 想いがあって、その想いを果たすべく頑張ってたとえ果たしたとしても、それが自らの死によって途切れてしまうようでは、それは究極の利他ではないのです。 むしろ自己満足という利己なのです。
利他は自分一人の自己満足ではなく、人を育てるという人財教育、想いを伝えていく仕組み作りがなければ利他とはいえないのだと思うようになりました。

OUEN Japanが私が亡くなった後でも、その想いを形にしていく人財と仕組みを、これから作っていかなければならないと思うこの頃です。

小林 博重

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第5回 OUEN Japan チャリティ望年会 団長挨拶

OUEN望年会は来月18日に東京ガーデンパレスにて開催します。
現在のところ、200名の方々からご出席のご返事をいただいています。
11月末(今週金曜日)が締切ですが、今年はこんなところと思います。
望年会の冒頭に私がご挨拶をしますが、その原稿を推敲しました。

OUEN望年会団長挨拶

OUEN Japan 団長の小林博重です。皆様には、いつも一方ならぬお世話になっております。

本日は年末のご多忙のなか、第5回 【OUEN Japan 望年会】にご出席を賜り、誠にありがとうございます。

平成26年1月に、日本に集う大学生や留学生の応援団として【NPO法人 OUEN Japan】を設立しました。大石さんと二人三脚で、早いもので間もなく満5年を迎えます。これも皆さんのご支援とご鞭撻の賜物と深く感謝するものです。

では、今年度のOUEN Japanの活動報告をさせていただきます。

今年度のメインイベントは何と言っても、2月に福岡にて4日間に亙り開催した【OUEN塾in福岡】です。この【OUEN塾in福岡】は、形になるまで3年の期間を要しました。

福岡は東アジアの玄関口であり、九州で唯一の人口が増加している、人口150万人強の九州最大の都市です。九州大学、福岡大学、西南学院大学、福岡女子大学等、数多くの大学があり、留学生も3,000名以上が学んでいる“学都”でもあります。
しかし、留学生の福岡での就職率は、日本の平均が30%弱であるのに対し、5%にも至っていないのが現状だとか。留学生は殆どが福岡に勤めない、勤めることができないのです。

この原因は、福岡にどのような企業があるのか、留学生には殆ど情報がないからではないのか。留学生を採用したいと思う企業もどうしたらいいのか分からないのではないか。
また、留学生を特別扱いすることなく、日本人大学生と一緒になって福岡の企業を知ることが、地域活性化と国際交流の両面に資することではないのか。
このような問題意識で、就職をあまり意識していない大学1~2 年生を対象とした【OUEN塾in福岡】を開催することを企画しました。

すなわち、【OUEN塾in福岡】は、「地域の活性化と国際化のためには若い力が参画することが不可欠であり、そのためには、まず、福岡で学ぶ大学生や留学生が福岡という地域や地場の企業を知ることである」との認識の下、福岡の大学と福岡県、福岡市、九州経済連合会、九州北部信用金庫協会の後援をいただき、福岡に本社・支社がある20社の企業の皆様のご支援をいただき、2月に第1回を開催しました。

このOUEN塾は、学生リーダーが主体となる福岡では初めてのイベントであったこともあり、学生リーダーも何から手を付けたらいいのか悩みに悩んだのが偽らざるところです。
しかし、土井たか子さんではありませんが、本日はるばる福岡から出席している福岡女子大学の福原さんと木村さんの「団長、やるっきゃないです。やりましょう」という力強い言葉に励まされて、東京のリーダーたちのサポートも得て、何とか開催に漕ぎ着けることができたのです。
おかげさまで、大学や企業、自治体からも高いご評価をいただきました。学生リーダーの皆さんに深く感謝するものです。

続く第2回は、同じく来年2月に、北九州市の後援もいただき、北九州の企業と大学、大学生がOUEN塾に参加することになりました。第2回は、福岡と北九州の二元開催になります。
また、学生リーダーは、第1回は5名でしたが、第2回は福岡の新人リーダーおよび北九州のリーダーが加わって総勢19名になりました。その内、16名は女性です。九州の女性は男前です。実に頼もしい。素晴らしいと思います。
もちろん、福岡と北九州のリーダー19名に東京のリーダー5名がサポートに入り、総勢24名の学生リーダーがOUEN塾をリードします。

また、このOUEN塾は、私のふるさとである石川県でも開催したいと考えております。
金沢は加賀百万石、北陸の雅な地方都市です。旧制第四高等学校があった学都でもあります、3年前に北陸新幹線が開業してから、益々金沢は元気になっています。
全国都道府県の対人口比、大学生・留学生の数のトップは京都府、第2が東京都、第3が大阪府ですが、それに続くのは福岡県と石川県なのです。

この石川県でもOUEN塾を開催するべく、4月から毎月、金沢に出張しております。そして、年明けには金沢大学学長を会長とする実行委員会を立ち上げることになっております。

このように、OUEN Japanは、ここにお集まりの皆様方のご支援をいただき、大学生や留学生サイドに立って、一歩ずつ地道に活動を積み重ね、ミッションを達成してまいる所存です。皆様方には、今後とも、末永いご支援・ご鞭撻をいただければ幸甚です。

最後に、この1年、皆様方には大変お世話になりましたことを深謝いたしますとともに、来年が皆様方にとりまして幸多く希望に満ちた1年となりますことを祈念して、開会のご挨拶とさせていただきます。

どうもありがとうございました。

小林 博重

大相撲九州場所での貴景勝関の優勝に思う。

今日は大相撲九州場所の千秋楽です。
幕内は小結貴景勝関が13勝2敗の成績で優勝しました。3横綱が休場でどうなることかと思いましたが、下位力士の頑張りで面白い場所になったと思います。特に九州場所は、福岡という、私にとって思い入れがある地方都市での今年納めの場所です。 毎年、九州場所が終わると今年も最後だと1年を振り返って自らも反省するのです。

今場所は貴ノ花親方の廃業という角界では極め付けの大事件があった直後の場所であったこともあり、特にファンではないものの、「貴」と名の付く力士に注目しておりました。
貴景勝は22歳の若手。初めての三役を張って気合い充分。気っ風のいいつき押し相撲を取ります。貴ノ花親方仕込みであることもあり、精神力も強く、稽古も半端ないらしい。魅力ある相撲取りです。
「貴景勝」の四股名は貴ノ花の貴とおかみさんの景子さんの景を取って、「貴景」。それに「勝」を付けた、貴ノ花親方の期待の愛弟子と思っていました。「景」は貴ノ花親方が尊敬する戦国大名の上杉景勝から取ったそうで景子さんからではないそうですが、そんなことはどうでも良くて、貴ノ花親方の思い入れがある若手であることは変わりがないでしょう。

初日、稀勢の里を破って破竹の勢いで連勝街道を突き走り優勝を果たしました。
貴景勝の心の内は知る由もありませんが、そんな貴ノ花親方の思いもよく分かっていることと思います。
貴ノ花親方の生き方は一本気すぎて不器用の典型と思います。子どものようなところもあり、もっと上手に、という思いもありますが、これが貴ノ花の生き方なのでしょう。私にはよく分かります。 貴ノ花親方はさぞや嬉しいことでしょう。今頃は一人で美味し酒を飲んでいるのではないか。
男前同士の心の内を慮って、久しぶりに日本人に生まれた有り難さを感じました。

小林 博重

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