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シンプルイズベスト、ベストイズシンプル

昨日、今日は、加賀地方(JR松任、小松、加賀温泉)の企業訪問だ。金沢と能登の協賛企業が固まってきたので、加賀の企業も感触はいい。協賛企業数は20〜24社を目途としている。第1次の締めは9月末とし、年末までには全てを決定したい。 また、学生リーダーは第1次を8月上旬とし、そのリーダーから徐々に増やしていき、年末までに固めたいと思う。

学生リーダーが本格的に活動するのは年明けになる。企業との事前顔合わせからスタートし、8月上旬のイベントの開催となる。
東京、福岡、北九州のリーダーのサポートを得て、成功に持っていきたいと思う。

一方、福岡と北九州の学生リーダーは30名を超えるまでに増えた。2年前の第1回OUEN塾では5名だったことを考えると、これは嬉しい悲鳴だ。今度は彼らのメンテナンスをしっかりしていかなければならない。

Mapのビジネスマッチングについても、電話でフォローしている。OUEN塾で親しくなった企業同士のマッチングだ。すなわち、MapとOUENは一体不可分ということだ。

Map&OUENの活動をするにあたって、いつもステークホルダーについて考える。
ステークホルダーとは「経営における利害関係者」であるが、私は「世のため人のために尽くす」ことがベースであるべきだと思う。株主・経営者・社員・顧客・取引先等、様々あるが、その重視する順番は人によって様々だ。

人は全て自分が一番大切だと思うことが一般的と思うが、それを素直にスタートとすべきと思う。自分の想いを実現するためには、援けてくれる社員を大切にしなければならないし、お客様や取引先のことを考えないとビジネスは成功しない。全ては自分に返ってくるのだ。何事も大局に立って、世のため人のために尽くすことを考えれば自ずとどうしたらベストかベターかが分かるものだ。そんなに難しいことではない。

シンプルイズベストであり、ベストイズシンプルだ。

小林 博重

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究極の利己は利他に通じる。

昨日、妻から電話があった。午後、慶応大学病院で3時間待って受診した、視力は1.2に回復し体調も正常に戻ったと。28日に緑内障専門の先生に再診して今後の対応を相談すると。

一昨日に救急で受診しなかったら、もしかしたら失明に至っていたと考えるとゾッとする。何でも我慢すればいいというものではない。客観的に判断することだ。
看護師だった安藤裕美さんは「日頃のかかりつけの先生とのコミュニケーションがスムーズだったから適切な対応ができた」のだと。平岡先生との何十年も前からのお付き合いがあっての相談でありアドバイスだった。殺伐とした都会の人間関係であればなかなかこうはいかない。地縁血縁の大切さを痛感する。

手術となると、その施術時間は短いものだろうが、5日間は髪が洗えないのだとか。眼の手術なのにどうしてかと思うが、これから夏に向かう時期なのにと思う。妻は冬まで待とうかというが、そんな先でいいのだろうか。先生とよく相談することだ。

何はともあれホッとした。妻に万が一があったら私が一番困る。これは自己中なのだろうか。普通の人間はまずは自己中であって、それでは自分が困るから、独りでは生きていけないと悟るから「人に感謝する」ということなのだろう。「世のため人のために」という思いは、一番はそれが自分のためだからだ。自分を大切にするということは利己主義ではなく、それを極めていけば利他主義に通じるのだと思う。中途半端な利己主義だから利他主義と相反するのだ。

昨日から金沢の企業に正式に[OUEN塾in金沢/石川]への協賛のお願いを開始した。年末までに協賛企業20〜24社を決める。学生リーダーは10名を目処に8〜9月までに固める。学生リーダーは年明けから本格的活動をスタートし、来年8月のお盆前に4日間のイベントを開催するという段取りだ。 2月に開催する[OUEN塾in福岡・北九州]の半年後になるので準備活動は全て半年遅れになる。1つの成功事例があるということは安心要素だ。

今日は白山市と小松市の企業回り。最後は苗加不動産米山さんと学生リーダー募集について打ち合わせする。米山さんのような協力者はありがたい。福岡ではOUEN塾の立ち上げ前には誰もいなかった。これも私のふるさとだからだろう。地縁のありがたさを痛感する。

人との関係は鏡のようなものだ。こちらが投げるものと同じものが投げ返される。受け取りやすい球を投げれば受け取りやすい球が投げ返される。せいぜいいい球を投げることを心がけようと思う。

小林 博重

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妻の突然の病気

今週は石川県出張だ。メインは金沢市の企業だが、加賀と能登にも訪問する。今月は石川県オンリーだ。
6:16東京発〜8:46金沢着の始発の「かがやき」に乗る。これだとフルで一日仕事ができる。飛行機だとこうはいかない。
東京駅で駅弁を買う。今日は金沢の芝寿しの「本ずわいがに 棒寿し」だ。縁起担ぎで金沢を食する。

昨夜はいつもならずの出来事があった。私はいつも朝は3〜4時には起きるので、8時過ぎには床に入る。
床に入って寛いでいたら、妻が「2時間ほど前から左眼が痛い。頭も左が痛い。左眼が霞んで見えない。吐気がする。血圧を測ったら上は180を超えている。下は100を超えている」という。これは偉いことだ。血圧のせいだろうか。横になって静かにしていれば落ち着くのではないか。しかし、吐気は収まらないのだと。長男に電話したらすぐ119番で症状を話して指示に従ったらどうだという。
妻は、近くのかかりつけの平岡先生に電話した。そして、平岡先生のご指示通り、済生会中央病院と慶応大学病院に電話した。慶応病院の眼科のお医者さんと電話がつながり、すぐ救急病棟に来るようにとのことで、タクシーで慶応病院に向かった。 9時過ぎに病院に着いたが待合室には10名以上の患者さんがいた。そして、1時間くらい待たされて眼科の受診をした。

先生は眼圧を測って、これは「急性緑内障発作」だと。緑内障とは、簡単に言うと、眼圧が高いために視神経が傷んで視野が狭くなってくる病気だとか。応急処置として眼圧を下げなければならないということで点滴をした。 急性緑内障発作は、ある日突然発症し、症状の進行が早ければ失明してしまう可能性もある緑内障だとか。
今回の妻の症状は、突然発症して眼圧が急上昇した急性緑内障発作そのものであり、目の痛みや吐き気、頭痛などの症状が現れたのだ。

私は、妻は、健康優良児そのものだと思っていた。私は100歳現役と思っているが、それは妻が私の面倒を見てくれるのが大前提だ。
妻は、実母の介護は10年以上になるし、「世のため人のため」と言って好き放題の毎日を過ごしている、わがまま気ままの私の面倒も見なければならないのだ。我慢強い性格だ。少し身体を酷使していたのかもしれない。

といって私は今のOUEN&Mapの活動を止めるわけにはいかない。どうしたものだろう。
とにかく、完全に治療して早く元気になってほしいと思う。

小林 博重

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人生の幸せは「生涯現役」

今朝、応援団の後輩から電話があり、漸く新しい勤め先が決まったのだと。私より数年後輩だから還暦を過ぎたばかりだろう。母の介護と妻との離婚。本人はそれ以上は話さないが、切実な問題だ。彼は大学のOBOG会の役をしている。彼にはそれが生きがいのようだ。それでもボランティアであり、しょっちゅうOBOG会に関わっているわけではない。私は早く仕事を見つけるようにアドバイスしていたが、なかなか母の介護と両立できる仕事はなかったらしい。
それが「犬も歩けば棒に当たる」だ。いろいろなところでその話題を出していたらしい。人柄はいい人物だ。真面目である。まだまだ60歳前半は頑張ることができる年代だ。思いがけないところから話が来たようだ。
お金のこともあるが、仕事をしていないと認知症が近づいてくる。惚けてしまうだろう。兎に角、良かった。

昨日、石川県と富山県の合同県人寮のOBが集まる「一金会」なる会に出席した。メンバーは50代~60代であるので、定年後の過ごし方の話題が多くなる。もうこの話題は何回も聞いているが「定年後に必要なのはきょういくときょうよう」だという話だ。なるほどその通りだが、これは教育と教養ではない。
きょういくは教育ではなく「今日行くところはあるか?」。きょうようは教養ではなく「今日用事はあるか?」。要するに、スケジュールを埋めるという意味だ。
『囲碁』『スポーツジム』『映画』『博物館』『大学の講座』『図書館』『ゴルフ』とこんなところらしい(私には全く縁がない)。ボランティアでもビジネスでもないから、単なる時間つぶしだ。そんなことは長続きなどしない。時間を埋めるのもだんだん面倒くさくなるだろう。還暦を過ぎたくらいならまだまだ元気だろうから、時間つぶしとお金の一石二鳥でもあり、結局また働くことになるのだろうが、そんな気持ちで働くのもちょっと侘しくはないか。
会社も人手が足りないのだから、まだまだ働ける老人に働いてもらうニーズはあるものの、そんな思いの老人がほんとに役に立つのかどうか。

人それぞれの人生観があるのだから「お金がたんまり有って、働かないで済むなら、働きたくない」という生き方もありとは思うが、それが本当に幸せな生き方なのか。少なくとも私は「仕事=人生」の生き方だから、全く賛同はできない。

生き方、考え方は百人十色で良いが、生涯を通して認知症にならず元気に生きる「PPK(ピンピンコロリ)」は全ての人の憧れるところだろう。私はそのために「生涯現役で仕事(一体不可分のボランティアとビジネスの両立)を全うする」人生でありたいと思う。

最近は切れる中高年が多くなったそうだ。切れ者ならぬ「すぐにカッとする、腹を立てる中高年」だ。車内で喧嘩をする。公共の場で大きな声で怒鳴る、クレームを付ける等々。世の中に不満があるのだろう。
今の還暦は肉体は衰えたりとは言え、昔とは比べ物にならない身体能力を備えている。自らその不満を解決しようと努力することをすれば、とんでもない切れ者にはならないと思うのだが。
もっと中高年は、笑顔で、明るく、前向きに、素直な心で、人の話をよく聴き(相手の立場を理解しながら聴く)、分からないことは謙虚に若者に訊き(答えを明確にするために訊く)、後半生を堂々悠々人生にするべくチャレンジ精神を発揮して生きていってほしいと思うものだ。

小林 博重

人間の幸せの原点に戻ることを忘れない。

経営コンサルタントの守山淳さんから、終戦記念日に因んで送られてきた雑誌の原稿「靖国神社ってなに?」から抜粋する。
「一億総玉砕」という言葉があります。戦況が厳しくなった時に国民を鼓舞するための言葉でしょうが、国民の幸せのために已む無く始めた戦争であるとせば、その国民が全員玉砕しても闘うぞ、という標語は気が狂っていると言わざるを得ません。

その無謀とも言える戦略の一つに「回天特攻隊」(別名、人間魚雷)があります。劣勢な戦局を打開するために海軍が開発し山口県周南市大津島を基地とした秘密兵器と呼ばれたのが「回天」です。出動命令が出れば絶対に生還はできない人命軽視の作戦でした。
単に「秘密兵器」搭乗員募集との呼びかけに全国400人の若者が志願しました。出撃、訓練、整備などを含め回天に絡んでの犠牲者は145名。その特攻隊員の一人が任務の直前に母親に宛てた遺書が残されています。

「お母さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。本当ですよ、お母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら少し寂しくなってきました。それは、今日私が戦死した通知が届く。
お父さんは男だから分かって頂けると思います。が、お母さん。お母さんは女だから優しいから、涙が出るのではありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。
お母さん。こんな事を考えてみましたら私も人の子。やはりさびしい。
しかしお母さん。考えてみてください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私は行くのですよ。
母さん。今日私が特攻隊で行かなければ,年をとられたお父さんまで銃をとるようになりますよ。
だからね。お母さん。今日私が戦死したからと言ってどうか涙だけは耐えて下さいね。
でもやはり駄目だろうな。お母さんは優しい人だから。お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは 母さんの涙です」

あの戦争は何だったのでしょうか。日本、日本人を守るための戦いであったはずが人命軽視の回天を開発し志高い若者の夢を奪ったのです。その狂気が怖い。
あの戦争で亡くなった人達は愛する親、兄弟、妻子、恋人を置いて戦地に向かいました。
特攻で散った彼らがどんな思いで突っ込んでいったのか・・・その陰で涙した多くの家族、恋人がいたのか。
この遺書を残した特攻隊員は18歳。文中に12回「お母さん」が出てきます。母親への募る思いは痛いほど伝わってきます。

今の日本の平和はこうした人達の犠牲の上で実現したことを我々は忘れてはならないと痛感させる遺書です。
終戦記念日はこうした多くの犠牲者に感謝をし、二度と戦争を起こさない誓いを立てる日だと改めて思います。

この特攻隊員の文章を読んでいつも目頭が熱くなります。守山さんのコメントは全く同感です。
人間の幸せを追求するはずが、姑息な矜持を守るために意地の張り合いをして、その目的とは真逆な悲惨な結果に至るのだ。
特攻のような極限は決して起こしてはいけない。昨今の世界情勢をはじめとして、私たちの周りの卑近なことも同様だ。

私たちは日々の考動において、絶えず「原点に戻る」ことが如何に大切であるかを忘れてはならない。人間は幸せになるために生まれてきたのだ。

小林 博重

“ふるさと能登”の地域活性化に寄与したい。

来週1週間は金沢に出張する。OUEN塾の協賛企業リストの最後のフォローだ。

協賛企業候補のバランスは、金沢市:加賀地区:能登地区:石川県外=50:30:15:5だ。地域活性化が狙いでもあるので、地元本社の企業のウェイトは高い。人口の比較からしてもどうしても金沢市がメインになることは否めない。私の生まれ故郷である能登の活性化のためにも能登の15%は死守したいと思う。

28日(金)の最終日は一日能登の会社訪問日としている。加賀屋をはじめ、のと共栄信用金庫の取引先を訪問する。

のと里山空港はANAが一日2往復だ。搭乗率は6割程度だとか。主に能登観光を目的とした搭乗なのか。
私が応援しているJ’casは、JALやANAが飛んでいる主要路線から外れた“空の毛細血管”になろうとして立ち上げた航空会社だ。
社長は白根清司さん。私より1年先輩の67歳だ。広島出身で九州大学を卒業して日本航空に入社。スカイマークにも関わり、2018年10月にJ’cas(Japan-Commuter Air Service)を設立した。 ザイマックスの藤原常務の紹介で知り合い、関西空港⇄富山空港の路線開業をメインに富山県政財界にアプローチしている。

私も富山県にも人脈があることもありお手伝いをしているが、それに加えて能登の活性化に寄与する関西空港⇄のと里山空港の路線開業も視野に入れるのであれば力が入るというものだ。 関西からは大阪からサンダーバードが和倉温泉まで通じているが、インバウンドの関空からは能登に来るには不便だ。関西空港⇄のと里山空港は能登の活性化に寄与するだろう。 そんなことでOUEN塾も絡んでの能登出張だ。

中学生までしかいなかった能登だが、私の生まれ故郷である。やはり、誰にとっても“生まれ故郷”は別格だろう。
OUEN塾と並んで、航空路線の開業サポートでふるさと能登を元気にしたいと思う。

小林 博重

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柔らか頭で女性と付き合う。

Mapビジネスはビジネスコラボレーションサポートだ。私が人と人、企業と企業をつないで、関わる企業や人全てがハッピーになるコーディネートをすることだ。1対1のことが多いが、3者以上を結び付けることが増えてきている。それは私の人脈がどんどん増えて、その企業同士をコラボレーションするからだ。
人脈の年代は学生の18歳からから70歳代まで幅は広い。サラリーマン時代では考えられない。個人事業主であっても私のようなビジネスとボランティアが一体不可分の活動をしている人でなければ、考えられないだろう。その点で私は、このキャラクターを与えてくれた天に感謝したい。

昨夜は、そんなビジネスコラボレーションのキックオフMTGを私の事務所およびその延長で同じビルの2階のひごの屋という美味しい焼き鳥屋で行なった。飲み会は6時から10時までの4時間に及んだ。女性優位の飲み会だったのでまるで女子会の中に入っている感覚だった。
「女子は強し」当に21世紀は女性が元気だ。女性の時代だ。女性が世の中を変える、そんな時代だと思う。ビジネスの成功は如何に女性の心を掴むかだ。「女性を上手く使う」という発想では足元をすくわれる。この前、辞任に追い込まれた「どうしようもない正直大臣」のような精神構造では女性は動かない。皆んな賢いのだ。

私の周りは高校や大学時代からは考えられないほどの女性が集まっている。それも皆さん、賢い女性ばかりだ。私が成長するにつれて、周りの女性のレベルも高レベルになってきている。すなわち、女性のレベルは私のレベルでもある。

そんなことで、昨夜の飲み会は年甲斐もなく長丁場でグロッキー気味で自宅に帰ってバタンキューだったが、実に楽しい会だった。

小林 博重

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宇宙の意思に沿って生きる。

昨夜は大安くらぶで美食、美酒を堪能した。殊更、美味しかった。
安藤さんのお店である。心が通じている森松社長との夕食会だったせいもあるだろう。

勿論、美食や美酒は、それ自体が秀でていることもあるが、相手とそのシチュエーション、それに自分の心の状況が相まって、より一層美食は美食に、美酒は美酒になるものだ。

私は、お酒はさほど強くはないが大好きだ。お酒を飲みたいというよりも、心許した仲間たちと楽しいお酒を飲みたいと思う。その雰囲気が好きなのだ。
サラリーマン時代は組織の人間であるから、付き合い酒はしょっちゅうだった。私は人が大好きな性格だから全く抵抗はなかったが、一匹オオカミになった今、歳のせいもあるだろうが、一人で飲むことはなくなった。家で晩酌ということはここ10年はしていない。 人と飲む楽しいお酒だけにしている。煙草は40年は吸っていない。いずれにしても酒もタバコもそのものはそんなに好きではないのだ。

OUEN JapanにせよMapにせよ、人と人をつなぐボランティアであったりビジネスであったり。とにかく人とお付き合いすることが私の生業だ。私の生業が順調に展開することは人さまとの人間関係が良好で、人脈が拡大していくということだ。

宇宙は永遠に拡大し続けている。私の場合、命のある限りという限界はあるものの、生ある限り人脈は拡大し続けていくと思うし、それが生きがいでもある。人生は実に楽しく面白いものだ。

今日は、午前に入っていたアポがなくなって、その時間は来週の石川県出張のアポ取りに専念しようと思う。世の中上手くしたものだ。ドタキャンがあっても、それは別のしなければならないことをするためのドタキャンなのだ。ドタキャンも自分には意味があるのだ。宇宙は、全て“善かれかし”という宇宙の意思で動いている。それが宇宙の真理だ。

小林 博重

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長期スパンで人脈を作る。

土曜日の午前は1週間東京を留守にした整理。午後からパソコンからしか返信できなかったメールの送信だ。半分もしたところで疲労困憊。後は日曜日に回した。

日曜日午前から午後3時までは母が入居している老人ホームに長男と出かけた。事務所に帰って、漸く残りの殆どを処理した。あと少しは明朝に回した。

パソコンはあまり得意ではないので、纏まった量をこなすことは少し苦痛だ。しかし、私しか対応できないことであるから致し方ない。

そもそも私のビジネス自体が超属人的なのだ。人にとって変わってこなせる代物ではない。
Mapは私一代で致し方ないが、OUEN Japanはそういうわけにはいかない。どうしたらいいか、これが今の一番の悩みごとだ。少しずつ、その体制を構築する足掛かりを作ろうと思っている。

明日は、先週、福岡でお世話になったメディアボックスの森松社長をデリカフーズ小林社長にお連れする。

同社はカット野菜工場を福岡県宗像市で建設中で、来年3月に完成するとか。社員やパートアルバイト等の人材を確保が喫緊の課題だとか。

私が少しでもお役に立てないものだろうか。OUEN塾の活用もさることながら、パートアルバイトや中途採用は、リクルート代理店のメディアボックスの出番だ、ということでのご挨拶だ。

夜は、安藤裕美さん経営の「大安くらぶ」に森松社長をお連れする。安藤さんの人脈作りに少しでも貢献できたらと思う。

私が生業としている「人と人の出会い作り」は、長いタームでウィンウィンの関係を作ることだ。目先の利があるかないか、という普通の人間の物差しでは私の生業は成功しない。10年、20年、一生かけてのウィンウィンでなければ本当の人脈はつくることができないのだと思う。

小林 博重

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自らを謙虚に客観的に見つめる。

隔週に福岡・北九州と金沢に出張している。月曜日に出て金曜日に帰るのが定例だ。出張の時は金曜日の夜に帰宅するが、その次の土日はメールをはじめ、溜まった仕事の対応で東京の平日より多忙な土日になる。

私的には好きな仕事(ビジネスとボランティア)をしているのでストレスは溜まらないが、身体はそうでもないらしい。降圧剤は毎朝飲んでいるが、最近はその数値が高くなってきていはようだ。降圧剤の飲みはじめの時は120-60で正常だったが、ここのところは高値は135〜150と気をつけた方がいいと思われる瀬戸際の数値が続いている。 これは歳のせいか、それとも日々の多忙さのせいなのか。身体は嘘はつかない。正直だ。

昨今は高齢者の運転事故が頻繁にニュースになっている。これも日本が超高齢社会の入り口に入っているからなのだと思う。
サミュエルウルマンは「青春とは人生の或る期間をいうのではなく、心の様相をいうのだ」と謳っているが、それは精神の持ち方を言っているのであって、老人が体力的に青春であるということではない。
若い時にできたことが、同じように老いてできるわけではない。その点で精神と肉体は同一ではないのだ。生きとし生けるもの全て、生は有限という宇宙の真理を素直に認識することが「賢い人間」なのだろう。その点でもっと高齢者は謙虚で賢くなってほしいものだ。

私の生涯現役は100歳までの33年強と思っているが、それは思いであって、きっと現実はそうでないのだろう。

稲盛和夫さんの経営哲学に
「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という箴言がある。

100歳まで生涯現役で生きようと思うことは「楽観的に構想する」ということであり、「悲観的に計画する」とは、自らを謙虚に客観的に見つめ、身のほどを自覚して慎む心を持つことだ。賢くなることだ。 そして「楽観的に実行する」とは、青春の迫力を持って、夢に向かって積極果敢に考動することである。

人生の半分以上が過ぎて、漸く自分を客観的に見つめることができるようになった。凡人とはそんなものだ。

小林 博重

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