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金沢から北陸新幹線で東京へ

15日〜19日の金沢出張は今日が最終日。ホッと一段落して新幹線車中で駅弁とハイボールを嗜んでいます。金曜日の18時台の東京行き新幹線はもう少し混んでいるかと思いきや、金沢からの乗車客は私の車両では一桁の人数です。もっと金帰月来のサラリーマンが多いのかと思っていました。豈図らんや、富山からは結構乗ってきました。ヘェ〜、どうして富山からなの?よく分かりません。

北陸新幹線かがやきは、富山〜長野〜大宮〜上野が停車駅。2時間半の乗車時間。ちょっと一杯、うたた寝で終点東京です。金沢は一人勝ちなのですからもっと人口が増えてもいいのにと思います。金沢の人口はたった45万人前後です。

来年1月にOUEN塾の実行委員会を立ち上げることになりました。漸く第一歩を踏み出すことができます。
現在はまだプレセールスの段階ですが、いくつかの会社が協賛を申し込んできてくださいました。これも福岡の実績があったおかげか。何事も実績ありき。苦しくても小さくても先ずは実績を出すことが何よりの納得材料になります。

[OUEN塾in福岡・北九州]は協賛企業、後援団体の支援形態、学生リーダーの体制がほぼ固まりました。10〜1月にやらなければならないことも固まり、これをOUEN JapanとOUEN学生リーダーがそれぞれの役割を果たすことです。そうすれば2月の本番は心配なく迎えることができます。
特に九州の女性は頼りになります。期待すること大であり、必ず果たしてくれるでしょう。このような信頼関係を若い学生さんと共に構築できたことを、学生リーダーに深く感謝するものです。信頼関係構築は年齢差や性差は全く関係ありません。

年末のOUEN望年会は、出欠の連絡期限が11月末ですが、10月19日現在で150名を超えました。上限は220名ですが、200名を目処に開催したいと思っています。

なんだかんだで、OUEN関係で年末前ですがバタバタの毎日です。
目が覚めて、する仕事があることが人の喜びだとか。
今日行くところがあるとか、今日用があるとか、そんな消極的人生で何が面白いのですか。やはり、「世のため人のために仕事をする」ことで人生は面白くなるのです。

富山を出て、親不知のトンネルを通ると、アッと言う間に長野です。長野で約半分。北陸新幹線は北陸を元気にしてくれる救世主です。

小林 博重

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ツエーゲンGMの西川圭史さん

加賀屋さんからの帰りは、加賀屋さんをご紹介いただいたツエーゲンGMの西川圭史さんの車で金沢駅まで送っていただきました。

西川さんは東大の後輩で、アメラグ部主将。六甲学園卒の生粋の関西人です。日本開発銀行を経て金沢のツエーゲン、サッカーチームのGMに転身されました。スポーツから地域活性化をとの想いで、石川県人になったのです。 奥さんは私の出身校である金沢大学附属高校から東大。東大アメラグ部マネージャーを経て電通入社。
西川さんはいわゆるY(嫁)ターンではなく、あくまでも彼の自由意思での決断だったのだとか。
東大卒、日本開発銀行勤務のエリートがそのような想いで人生の選択をしたことに、私は共感とその想いに対して尊敬の念を強く持つものです。 彼のその想いがあって[OUEN塾in金沢/石川]の石川事務局長をお引き受けいただいた由、OUEN塾は得難い人財に巡り会うことができました。

夜は、片町の小太郎にて、鍋を囲んで西川さんと一献傾けました。
小太郎さんには7月に飛び込みでお世話になって以来でしたが、ご主人や女将さんは私のことをよく覚えていただいていて、それは商売人の鏡、ビジネスの基本、人間通とはかくあるべしと小太郎夫婦に教えていただいた感があります。 鹿児島の黒豚のしゃぶしゃぶと鹿児島の焼酎。
日本海の魚介類の珍味と富山高岡の若鶴酒造醸造の日本酒「小太郎」。
美味しい酒肴に舌鼓を打ちました。今年はこれで金沢出張は最後になります。来年1月に伺うことを約束して、徒歩2分のゲストハウス「風と翼」の帰路に着きました。

今日は金沢出張の最後の日。訪問先は全てゲストハウスから徒歩圏内です。夕方には「かがやき」で東京への帰路に着く予定です。
毎度ながら楽しい金沢出張になりました。

小林 博重

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シューワさんの「創業30周年記念パーティー」に出席

昨日は大阪堺のシューワさんの創業30周年記念パーティーに出席しました。出張先の金沢から日帰り出張です。
「金なし、学歴なし、コネなし」の叩き上げで、矢野会長と矢野社長親子の泥臭い努力の賜物で、創業30周年を迎えられました。
ビジネスの成功の要諦は、泥臭い努力と不屈の哲学に依るものだと改めて感じ入りました。

矢野秀男会長のモットー
⑴いいカッコはするな
⑵嘘を言うな
⑶自分で言ったことは守れ
⑷何事にも「なぜ?」という問いかけをしろ
⑸思ったらすぐに行動をしろ
⑹人のやらないことをしろ
⑺棚からぼた餅はない
⑻何事にも(体力的、精神的、金銭的)余裕を持って

当たり前のことをコツコツと実行することが成功の要諦なのです。

300名を超える盛大なパーティーでした。立命館大学応援団のチアリーダーの皆さんのパフォーマンスの後、私も彼女たちのバックでシューワさんへのエールを送りました(私ができるただ一つの特技です)。

最終のサンダーバードで午前様になりましたが無事金沢に帰り着き、今日はふるさと能登の老舗旅館「加賀屋」さん訪問です。
金沢から特急「能登かがり火」で約1時間。懐かし能登の風景を車窓から眺めながら、和倉温泉までの旅を楽しむことにします。

小林 博重

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越前、加賀、能登、越中が北陸三県です。

金沢から大阪までの北陸本線の旅です。今日の北陸の天候は穏やかで、車窓から眺める風景で秋の北陸路を旅している気分になります。何とも安上がりなビジネスとレジャーの一石二鳥の北陸出張です。

北陸新幹線が開通する前は、サンダーバードは大阪⇆富山の往復だったそうですが、開通後は金沢止まりになったらしい。JRと第三セクターとの守備範囲なのでしょうが、これでは富山は面白くないでしょう。金沢の独り勝ちというのも分かります。

福井は越前、石川は加賀と能登、富山は越中。この三県を北陸三県と称しています。三県対等ですが歴史や文化、方言に至るまで大小違いがあります。

越前は江戸時代は親藩大名の松平、加賀・能登と越中は外様大名の前田百万石の大大名です。
前田藩の中でも越中は前田の支藩であり、加賀に搾取されてきた歴史があり、同じ前田藩でもニュアンスは大違いです。近親憎悪のようなところもあるのかもしれません。

特急サンダーバードの停車駅は、始発:金沢〜小松〜加賀温泉〜芦原温泉〜福井〜武生〜敦賀〜京都〜新大阪〜終点:大阪です。

当初はOUEN塾は[OUEN塾in北陸]で三県を巻き込んでのイベントを考えていたのですが、少し甘かったと思います。結果は、私のふるさとである石川県単独のイベントになりました。

自治体も人間が構成している組織なわけで、人間の心理の延長線に全てがあります。
複雑なようで単純、単純なようで複雑なのが人間関係です。
豊臣秀吉や松下幸之助さんは人誑しの天才と思いますが、彼らの人間通が天下を取ったり、世界に冠たる企業を創ったのでしょう。
私などその足元にも及びませんが、そのベースに論語で言う『恕の心』(相手を思いやる心)があることは確かです。その恕の心を心に留めて、何事も事を致すことです。

小林 博重

今日は、金沢から堺への日帰り出張です。

今日は堺市で行われるシューワさんの30周年記念パーティーに金沢からの日帰り出張で出席します。50肩で右腕がまともに揚らないのですが、何とかお祝いのエールで締めることができたらと思います。

金沢から大阪までサンダーバードで2時間半、大阪から関空快速と南海電車を乗り継いで堺まで3時間半弱です。東京青山の自宅に帰るのよりも時間がかかります。新幹線の威力は抜群です(北陸新幹線が金沢までしか開通していないので、今は金沢は大阪よりも東京に目が向いています。花の東京で致し方ないところがありますが、大阪としては早く北陸新幹線が大阪まで延びて、昔の関西文化圏の金沢になってほしいと思っているのではないでしょうか)。

OUEN望年会のご案内をして思うのですが、芸能人や政治家でない私が、私一人の人脈で200名の皆さんにお集まりいただくことは結構な力仕事です。
人と人の関係と距離感は十人十色であり、全て個別対応をしなければなりません。気の合った人たちに集まっていただくイベントではありませんし、ボランティアとビジネスが混じり合った独特なイベントであり、いくら人間好きであってもそんな物好きなことはやらないのだと思います。私はこれが半分面白く、喜んでいただく方々も多くいらっしゃるので、続けられるのです。
しかし、血気盛んな40歳代の私では、いくら人間好きでもやろうとしてもできなかったでしょう。凸凹なところが強すぎるとできるものもできません。人間、成長してできるようになるのです(しかし、いわゆる世間ずれして丸くなったのではまたこれもダメです。子どものようなピュアさを決してなくすことなく、精神の孤高を目指すことでなくては人は集まってきてくれないと思います)。本質とノウハウのいずれも高めることが必須と思います。

しらとりは かなしからずや
そらのあお うみのあをにも
そまずただよふ

白鳥のような何にも染まらない純粋さを持ち続け、人に愛される天性の愛嬌を大切にして、それなりに世渡りのコツも身につけて、正々堂々と世の正道を歩き続けることです。

小林 博重

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人間は日々成長する。

ここ1カ月の私の頭の中で走っているテーマは、
⑴[OUEN塾in福岡・北九州]の協賛企業の最終決定と、学生リーダーとの交流会
⑵[OUEN塾in金沢/石川]の実行委員会の立ち上げと協賛企業候補先のフォロー
⑶[OUEN Japan望年会]の出席者の固め
⑷[七朋会]および[六旗会]の人集め
⑸Mapビジネスの売り上げ拡大対策
になります。
⑸以外はボランティアかそれに類するものです。
少し⑸にウェイトをかけなければなりません。コストパフォーマンスを高める必要があります。

こんなことを考えているとボケる暇がありません。その意味では認知症予防になっています。

福岡県・福岡市・北九州市と石川県・金沢市を比較すると、どうしても前者の方がOUEN塾に対する理解と想いに一日の長があります。第1回を開催した地方とそうでない地方との差です。そのことを私が分かっただけでも大きな意味があります(私自身のことを考えても、OUEN Japanを立ち上げた頃と今では、気持ちに雲泥の差があります。私など、OUEN Japanは成り行きで立ち上げたのです。それが次第に自らのミッションになったわけで、そんな偉そうなことは言えません)。 これから石川県や金沢市に対して、時間をかけて粘り強く、OUEN塾のミッションを伝えていかなければならないと思います。

[OUEN塾in金沢/石川]は、漸く実行委員会の布陣が固まりました。来年1月の発会式を経て、本格的活動が始動します。1月の金沢の実行委員会の詰めをして、11〜12月は福岡・北九州に集中することにします。

小林 博重

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金沢で思うこと

金沢はめっきり秋めいて日中は心地よい気候ですが、夜になると寒さが身にしみます。ついこの前が酷暑の夏だったとは思えません。時の移り変わりが身にしみるようになったのは、やはり歳のせいなのかと思います。

昨日は、9時前に金沢で新幹線から北陸線に乗り換え、白山市と小松市の企業廻りをしました。
それぞれ、住宅地の中に会社があったり、田んぼの中の工業団地だったりと、商業の街、城下町の面影がある金沢との真逆の街のつくりです。 この点は、北九州市と福岡市の違いとよく似ています。

金沢には高校時代の3年間しか住んでいませんでしたが、ここのところ毎月1週間は出張していますので、金沢への想いもあって、勝手知ったる金沢になってしまいました。 天候は爽やかなこともあって、金沢駅から片町のゲストハウスまでゆっくりとウォーキングを楽しみました。1時間もかからず金沢の中心街に辿り着きます。 人口50万人弱のコンパクトな城下町です。
金沢駅〜武蔵ヶ辻〜近江町市場〜香林坊〜片町と、街の風情を楽しみながらのウォーキングです。ふるさとに帰ってきた(私のふるさとは能登ですが)感じです。金沢は嫌味のない雅さがあって、他国の人を快く受け入れる裏表のない人の良さがあって、自然と人工が実に調和しているいい街です。最近は北陸新幹線のせいもあって欧米人の観光客の姿もちらほら。メジャーな都市になりました。

夜は、ゲストハウスの近くの小料理屋の「富来」で軽く一杯。ご主人が能登の富来のご出身で、女将さんは金沢弁の素朴なお人柄。能登に帰って来たようで、心が和みます。

先日亡くなった元横綱の輪島大士さんは能登半島の七尾市石崎のご出身です。享年70歳。私とは4歳しか違わない。横綱でも病には勝てません。
輪島さんと言えば、私が小学生の頃、全国高校相撲大会が能登であった時に石川県代表で出ていたのを見た覚えがあります。高校横綱でもあり、将来は大相撲の横綱を張るだろうと故郷の英雄でした。向かう所敵なしの感でした。 自由奔放な70年の人生だったと思います。破天荒でしたが嫌味のない、真っ正直な人生を送られたのではないかと思います。
輪島さんの人生、貴ノ花さんの人生。いずれも私には魅力がある人生です。
真っ直ぐ、人間性そのままの美しい人生ではないでしょうか。私もそんな人生を歩んでいきたいと思います。

小林 博重

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悠々人生を生きる。

今日(15日)から金曜日(19日)まで金沢出張です。17日は、堺市本社のシューワさんの30周年記念パーティーが堺であるので、金沢⇄堺を日帰りします。18日は七尾市の加賀屋訪問です。

金沢は4月から毎月1週間の出張をしていますが、福岡・北九州のOUEN塾が漸く佳境に入ってきましたので、11月は隔週で福岡・北九州に出張しなければなりません。そのため今回の金沢出張は今年最後になります。次回は来年1月です。その時は、[OUEN塾in金沢/石川]実行委員会の発会式を執り行うことになります。

私は来月で66歳。古稀まであと4年です。同年代の殆どが第二の人生をスタートしています。彼らの話を聞くにつけ、悠々人生という表現がぴったりです。気持ちは老境といったところですか。
私は40歳代半ばでスタートしたので20年先輩に当たりますが、通例の再スタートではなかったため、悠々人生には全くご縁がありませんでした。これからも貧乏暇なし、あと34年は走り続けなければなりません。 まぁ、それでもいいか、私が選んだ人生ですから後悔はありません。
こうして、金沢や福岡に出張して美味しいものを食べ、時には観光も兼ね、息抜きしながら、これも悠々自適人生です。できればピンピンコロリの人生で幕を閉じたいものです。

これからの後半生で、自らの価値観を確立して、その価値観に沿った悠々人生を生きることです。

小林 博重

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『極上の孤独』が人間を成長させる。

『極上の孤独』(下重暁子著/幻冬舎新書)を読みました。37万部を突破しているベストセラーということもありますが、私とは対極にあるように思われる「孤独」という言葉は実は私の本質なのではないかという思いが潜在的にあったものですから、魅かれて手に取ったのです。

孤独ほど、贅沢で愉快なものはない
「淋しさ」と「孤独」は別物
孤独を味わえるのは選ばれし人
孤独は人を成長させる
素敵な人はみな孤独
一人の時間を大切にすると夢が叶う
孤独上手は中年から本領を発揮する
人間の顔は生き方の履歴書
一人好きは自分のペースを崩さないから健康になる
一人で行動できないと楽しみが半減する
年をとると品性が顔に出る
孤独を知る人は美しい
孤独を知らない人に品性はない
「来るものは拒まず、去るものは追わず」
大きな決断をする前に人に相談するな
孤独でないとカンが鈍る
組織のトップはみな孤独
孤独だからこそ、やり遂げられる
孤独な人は、いい出会いに敏感になる
孤独を刺激する若い友人を作る

これからは「寄らば大樹の陰」の時代ではありません。自分の得意技を磨き、自分の個性を確立して、自分の不得手をカバーしてくれる信頼できる人たちとパートナーシップを組んで夢を果たす時代になりました。 個の確立がないと幸せに生きることができない時代なのです。「孤独」は自分の内面を見つめることであり、それは人間を成長させるものです。 私自身、40歳代後半悩むことがあり、それが自分の内面を見つめることにもなりました。3年間の孤独の期間があって、今の自分があるように思います。

MapでもOUEN Japan でも、人と人のマッチングで成り立っていますから、孤独とは全く縁がないように思われますが、そのベースに「内面を追求する孤独」があるように思います。 極上の孤独が人間を成長させるのだと思います。

小林 博重

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白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよう

「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよう」(若山牧水)
この歌は確か中学生時代の現代国語の授業で覚えた短歌だったような気がします。もう半世紀以上になるでしょうか。妙に感動したことが記憶にあります。

白鳥(しらとり)に自分の姿を見ていたのでしょうか。空の青や海の青にも染まらない純粋で純真な生き方をすることは、孤高の人生を生きることで、それはあまりにも辛く悲しいことではないか、哀しいことではないか。
世間は濁世であり、如何に若者は純真無垢であっても、大人になるということは世間の濁流に飲み込まれなければ生きていくことはできない。それはあまりにも哀しいことではないか。 中学生の私はそんなことを考えていたのだなと、若さは純真無垢でも弱く脆いもののような気がします。

半世紀以上経って、私はそんな濁世に染まっては来なかった、そして若気の至りはあったにせよ、真っ直ぐに半世紀前の自分の純真無垢さのままに生きてきたのだと自信を持っていうことができると、ある意味で「よくそのまま生きてきたな」と自分を褒めるところまではいきませんが、そのままで後半生も生きていきたいと思います。

私のように、多くの人を知り人のお手伝いをして生きることを生業にしていると、間々、人の裏表を垣間見ることがあります。
騙されることが圧倒的に多い人生ですが、それだけに人の醜さ弱さを知ることが多いのです。純真無垢に生きている人は殆どといっていいほどいません。この私だってそんなものです。しかし、純真無垢に生きたいと思います。
どちらかと言えば、女性よりも男性のほうが世間ずれしていてピュアではない。そのように生きなければ自分を守れないと、肌で感じているのかもしれません。女性のほうが心は美しいと思います。 これからは女性の時代です。美しい生き方が大手を振ってできるような時代になってくれることを望んでいます。

私は、孤高の人生を生きることが、牧水が歌う「哀しい白鳥」ではないのではないか。純真無垢な生き方を通すことで、人を巻き込み、世の中を変えていくことができるのではないか、「哀しい白鳥」はそれは自分だけの世界に生きることであり、社会に対して前向きに積極的に生きることではないと私は思います。 私は哲学的生き方をしているといっても、頭で生きているわけではなく、そんなに頭がいいわけでもありません。だから楽観的人生を生きることができるのかもしれませんが。

MapとOUEN Japanを通して多くの人たちのお世話になって生きていますが、人間の裏表を前向き、楽観的に見るようになりました。争い諍いは何の得にもならないとも学びました。
喧嘩したい心になることも間々ありますが、グッと堪えて少し我慢すると、喧嘩が何の得にもならないこと、自己満足でしかないことだと、思うようになりました。少しは成長したのです。人間は一生成長するものです。

今日明日の土日で頭をクリアにして、来週1週間の石川県の出張を実りあるものにしたいと思います。

小林 博重